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撲殺その24     呪いのビデオ

「呪いのビデオ?」


「ああ。店子の質屋から持ち込まれてな。正確にはビデオではなくディスクなのだが」


 お月見の時期のある日。


 十六夜に大潮神社に呼び出されたレベッカは、社務所で出されたお月見団子をぱくつきながら首をかしげる。


「それを私が祓えばいいのですか?」


「ああ」


「十六夜殿では無理なのですが?」


「私が、というよりは、ここでの除霊や浄化が無理だ」


「というと?」


「単純に、再生できるデッキがない」


「……なるほど」


 十六夜の言葉に、それならばしょうがないと納得するレベッカ。


 この手のテープだのディスクだのの画像や映像が呪われている場合、再生しなければちゃんとした除霊や浄化はできない。


 当然、再生すれば呪いが発動するわけだが、対処せず放置すればそれはそれで呪いを伝播させ周囲を汚染し、辺りに不幸をまき散らすのだ。


 なので、この手のものが対処されずに残った挙句に規格そのものが廃れて再生できなくなってしまった場合、とても厄介なことになる。


 どうやら、今回はそのパターンに該当するようだ。


「それで、そのディスクはいったいどんな規格のものなのでしょうか?」


「ああ、VHDという規格らしい」


「……なんですか、それ?」


「私もこれを渡されて初めて知った口だが、かつてレーザーディスクと規格争いをしたものの、量産化に後れを取っていまいち定着せずに敗北した規格らしい」


「あの、そもそもレーザーディスクという物が分かりません」


「……ああ、それもそうか。シスターが生まれる前にDVDに取って代わられた規格なんぞ、知らなくて当然か」


「はい。かろうじてビデオテープは仕事先でベータもVHSも見たことがあるのですが」


「むしろ、それらが生き残っていた現場があったのか」


「VHSは割と残っていますね。ベータは一度しか見たことがありませんが」


 レベッカから意外な話を聞かされ、世の中の奥深さを思い知らされる十六夜。


 余談ながら、ビデオテープの規格であるベータとVHSの争いは十六夜が中学に上がるころにVHSの勝利がほぼ確定する形で決着がついており、十六夜自身も多少はその成り行きを覚えている。


 が、その流れで映画やオリジナルビデオアニメなどをビデオテープとレーザーディスクで売っていたのは知っていても、特に興味がなかったためそれ以外の記録媒体は存在自体知らなかったのである。


 なので、十六夜に息子が生まれたころまでVHDという規格がカラオケでしぶとく生き残っていたことなど、当然知っている訳がない。


 ちなみに、レーザーディスクもVHDもCDやDVDと違って一般家庭で録画できるような機器やブランクメディアは販売されておらず、基本的に再生専用である。


「とりあえず、事情は理解しました。ただ、初めて聞くような規格の再生機器なんて、当然持ち合わせていませんよ?」


「ああ。シスター自身が持っているなんて思ってはいないが、そちらの理事長や小川社長あたりなら伝手があるのではないかと思ってな」


「……確かに。ですが、そのお二人なら、十六夜殿も普通に面識があるのでは?」


「残念ながら、シスターほど深い付き合いがあるわけではなくてな。多分、頼めば探してはくれるだろうが、直通の番号なんぞ持っておらんのでどうしても手間がかかるし、取り次いでもらうだけでも大変でなあ……」


「言われてみれば、そうかもしれません」


 十六夜の言い分について、それなりに納得するレベッカ。


 よくよく考えれば、片や女子校の理事長で片や世界屈指の大企業の社長。いくら貴重なA級の退魔師と言えど、簡単に頼みごとができる相手ではない。


 更に言えば、常に多忙で全ての依頼を受けられるわけではない十六夜と、半ば専属に近い形で仕事を請け負っているレベッカとでは、コネの太さも全然違う。


 モノがモノだけに、放置しておけば廻り廻ってプリムや美優に被害が及ぶ可能性も低くはないが、それでも突き詰めれば十六夜の仕事のために便宜を図ってくれという話でしかない。


 ならば、仕事をレベッカに丸投げして、報酬を全額譲ったほうが誰も損しないし話が簡単に終わるだろう。


「そういう訳で、手続き関連はこちらで全て行うので、実作業はシスターに全面的にお任せしたいのだが、どうだろう? 無論、報酬は全額譲ろう」


「十六夜殿がそれでいいのであれば、お引き受けします」


「ありがたい、助かった」


「ただ、ものがものだけに、私の伝手でも再生は不可能かもしれません。その時は申し訳ないのですが……」


「ああ、分かっている。そうなったらそうなったで、塩漬け案件として厳重に封印をかけておくだけだ」


「それで、そのVHDというものはどれですか?」


「ああ、今持ってくる」


 そう言って、十六夜が奥の封印部屋から持ってきたのは、3.5インチのフロッピーディスクをA3サイズにしたような、結構大きいディスクであった。


「また、大きいですね」


「見た目の通り、それなりに重量がある」


「でしょうね」


 十六夜の言葉にうなずき、VHDディスクを手に取るレベッカ。


 手に取った瞬間に呪いがレベッカを侵食しようとするが、A級の資格が取れるなら今際の際でもはじき返せる程度の強さである。


「では、ちょっと聞いてみます。数日、お時間をください」


「ああ。面倒な仕事を押し付けて申し訳ないが、頼んだぞ」


 十六夜の言葉にうなずき、ブツを持って社務所を出るレベッカ。


 こうして、レベッカとマイナー規格の戦いが幕を開けたのであった。








『VHD? また、難儀なものを探してるんだね』


 大潮神社を出てから三十分後。


 教会に戻ったレベッカは、まずは大企業からと美優に連絡を取っていた。


『やはり、再生は無理ですか?』


『いや、大丈夫だよ。うちのグループに、その手のマイナー規格に保存されたデータをコンバートして別のものに保存する事業やってる会社があるから』


『そうですか。では、そこの機材をお借りしても大丈夫でしょうか?』


『うん。ちゃんと修理もできる体制を取ってるから、トラブって壊しても大丈夫だよ。まあ、被害を抑えるために、普段の作業所じゃなくて別室でやってもらうことになるとは思うけど』


『分かりました。ありがとうございます』


『いつも他には頼めない種類の、非常に面倒くさい仕事をやってもらってるからね。たまにはそれぐらい、骨を折るよ。あ、でも、実はね。もしかしたら似たような仕事を頼むかもしれないんだよね』


『と、言うと?』


『まだ断定はできないんだけど、歴史の闇に消えたマイナー規格やそこそこ使われたものの定着しきる前に競争に負けた規格とかに、その手の呪われたブツが結構あるらしいんだよね』


『ふむ?』


『で、そうだと言われてるものが本当に呪われているのかとか、呪われてるとして機材使って中を見ないと対処できないのかとか、そういう問い合わせが結構あってさ』


 美優の言葉で、何を頼みたいのか理解するレベッカ。


 一般人が撮影や録画に使わなかったはずのVHDですら、呪いのビデオが存在したのだ。


 他の滅んだマイナー規格に同じものがないなどとは、間違っても断言できない。


『つまり、他のそんなのあったのか的な規格のビデオなんかを浄化する仕事が、今回以外にもあると』


『うん。すでに、MDとHDDVDで怪しいのがあったりするしね。あれらもそんな昔のものじゃないのに、すでに機器の入手に苦労する状況になってるし』


『そういえば、ありましたね、そんな規格』


『今はDVDやブルーレイと共存しながら移行する形でうちの新規格のテラシートに移行してる最中だけど、このテラシートもいつまで規格として生き残れるのやら』


『技術革新は、すごい勢いで進みますからねえ』


『うん。まあ、今の通信速度なら最低でも百倍ぐらい速くならないとテラシートの速度に勝てないし、容量的にもテラとか言いながらヨタまではやろうと思えば確保できるから、五年は大丈夫だと思いたい』


 マイナー規格の話のついでに、美優が現在進行中の記録媒体についてぼやく。


 綾羽乃宮が数年前から発売している「テラシート」という記録媒体は、最低記憶容量が百二十八ペタバイトで毎秒数百テラバイト単位の読み込み書き込み転送および処理が可能な円盤状の記録媒体である。


 円盤状なのはいろいろ試した結果一番速度と容量が稼げたのがその形だったことに加え、これまでのCDケースなどがそのまま流用できるという事情も大きい。


 なお、処理速度が毎秒数百テラなのは本体側の限界によるもので、理論上は容量ともにヨタ単位まで加速可能ということになっている。


 開発者は美優の双子の姉で稀代の天才科学者と呼ばれる綾瀬天音であり、公表されている理論は分かるけど分からないだとか、実際にそうなっているのは確認できるがなぜその現象が起きるのかが理解できないとか、彼女の発明品にありがちな評価を余すことなく受けている。


 ちなみに、綾羽乃宮グループとしては処理速度や容量よりも、和紙に近い長期保存性と紙を超える強靭さにフロッピーディスク並みの生産コストのほうに価値を見出しているのはここだけの話である。


『まあ、多分シスターはそういう話興味ないだろうから置いとくとして、シスターは今日、予定開いてる?』


『ええ、問題ありません』


『じゃあ、二時間後ぐらいに迎えに行くから、そのVHDは今日中に終わらせちゃおう』


『分かりました。お願いします』


『OK。それじゃあ、また後で』


 そういって、通話を切る美優。


 完全に通話か終わったのを確認して電話をしまい、時計を見て考え込むレベッカ。


「二時間後ですか。ならば、先に食事を済ませてエネルギーを蓄えておきますか」


 そう決めて、今日の昼に食べる予定だったハンバーグの種を取り出すレベッカ。


 ちなみに、総重量は三キロ以上ある。


「さて、ホットプレートを熱している間にフライパンで焼き上げますか」


 大量のハンバーグを食べるために、フライパンだけでなくホットプレートも駆使するレベッカ。


 ついでに、ハッシュドポテトもホットプレートで焼く。


 野菜は普通にキャベツの千切り、ただし丸一玉分である。


 ソースも中濃にウスターにお好み焼き、マヨネーズにケチャップ、おろしポン酢、デミグラスとストックしてあるものはすべて準備している。


「これだけ食べておけば、とりあえずそれなりに持つでしょう」


 ハンバーグの焼ける音と匂いに心を躍らせながら、二時間後の決戦に向けてそんなことを考えるレベッカであった。








「これが、VHDのデッキですか?」


「うん。なかなかいかついでしょ?」


「そうですね……」


 ディスクのサイズから予想はしていたが、VHDのデッキはなかなかにいかつかった。


「これ、ここに運んでセットするの、なかなか大変だったのでは?」


「大変って言っても、所詮デッキ一つとテレビ一台だからね。テレビ台も併せても台車一台で事足りるし、最近のテレビは薄くて軽いし」


「そうですか。それならいいのですが」


 機器が一式設置された体育館のような建物を見ながら、そんな話をするレベッカと美優。


 綾羽乃宮系列の会社とはいえ、マイナー規格や過去のものとなった規格のメディアを今のメディアに変換して保存、なんて利益の無さそうな事業をやっている会社なのに、こんな建物まで持っているのはなかなかに不思議な話である。


「多分疑問に思ってそうだから先に言っておくとね。ここは動作の怪しい機材を入手したり修理したときに、動くかどうかのチェックをするために必要な建物なんだよ」


「そうなんですか?」


「うん。そういうのって中のコンデンサとかが劣化してて、たまに電気通したら爆発炎上することもあるんだよね。だから、ここの建物は対爆仕様になってるし」


「……なるほど……」


「後、機材によっては、修理にこれぐらいのスペースが普通に必要だったりもするし」


「ほほう……」


「まあ、それだけじゃなくて他にも危険物の処理だったり、今回みたいな除霊関係だったりでも使うことはあるけど」


 美優の説明に、世の中の奥の深さを思い知るレベッカ。


 余談ながら、この会社の利益は、大部分が機材の修理や代用品の製造とその手の危険なものの処理によるものである。


「じゃあ、浄化作業に入る?」


「いえ、その前にちょっと、やってみたいことがありまして」


「やってみたいこと?」


「はい。ここに、幽体や精霊のような不可視の存在が普通に映る鏡がありまして」


「……ああ、なるほど。呪いのビデオって言えば、画面から出てくるのが定番だもんねえ」


「はい。なので、画面の前にこういう感じで」


 そう言いながら、全体が映るように鏡を配置するレベッカ。


 それを見た美優が、笑いそうになりながら確認を取る。


「シスターがやりたいの、それだけ?」


「いえ。このあたりに、聖水トラップとかも仕掛けておきたいかな、と」


「あ~、全身が這い出たあたりでドボン、だね」


「そうなります」


「うん。見事にコントだね」


 レベッカがやりたいであろう光景を想像し、ついに我慢できずに笑ってしまう美優。隣で黙って控えていたエンジニアの青年も、レベッカの言葉に何を想像したのか、笑い声が漏れないよう口を押えて肩を震わせている。


 いくら悪霊相手とはいえ、思いっきりおちょくる気満々であるあたり、いつものことながら聖職者らしからぬ実にいい性格をしていると言えよう。


 もっとも、少なくとも日本の場合、聖職者と聞いてイメージするようなくそ真面目で常に説教をかましてくるような堅苦しいタイプはどちらかと言えば少数派で、特に寺の住職の場合、ユーモアあふれる面白い性格をしている人物の方が多い。


 だからと言って、レベッカのようなある種の性格の悪さを持っているのが普通かというと、当然そんなわけはないのだが。


 ちなみに、同席しているエンジニアの青年は退魔師の家系の分家の分家という家に生まれた人物で、素質がないので退魔師資格は取らなかったが業界についてはそれなりに詳しい。


 分家の分家かつ当人は資格を取れないほど素質がないとなると、残念ながら霊障関係の解決を図るための伝手としては機能しない。


 なので、今回のように機材の専門家が必要だが、その手のことに全く知識も縁もない人間を立ち会わせるのはちょっと、というようなケースでよく駆り出される人材だったりする。


「それじゃあ、準備できたら電源入れてディスク挿そうか」


「ですね。そのあたりの操作は全然わからないので、ディスク挿入以外はお願いします」


「了解。って言っても、私もVHDなんて触ったことないから、基本操作は彼に丸投げなんだけど」


「もう、準備はできていますよ」


「あら、本当だ。いつの間に」


「シスターが聖水入りのたらいをモニターの前に設置している間に、全部終わらせておきました。あとはディスクを挿して再生操作をするだけです」


「そうですか。では……」


 エンジニアの青年にうなずき、モニターからかなり離れた場所に設置されたデッキに呪いのディスクを挿入するレベッカ。


 いくら古くてマイナーな規格のデッキと言えど、さすがにこの種の作業は見て分かるようになっているため、機械に疎いレベッカでも間違えたりはしない。


 レベッカが挿入したディスクが機械に認識されたのを確認し、再生ボタンを押すエンジニア。


 再生が開始されると同時に、いくらなんでもこうはならんやろうと突っ込みたくなるようなノイズが入りまくった映像がモニターに映し出される。


「なるほど。何の心得もない人間が至近距離で見ていたら、間違いなく秒で呪われますね」


「そんなに強烈?」


「デッキがあるうちに対処したのは正解だったと言わざるを得ない程度には、強烈に呪われてます。この種の呪われたアイテムは経年劣化を起こさないので、百年も放置していたら半径十キロ程度は人が立ち入れないぐらいには濃密な呪いで土地を汚染していたかと」


「うわあ……」


「そこまでですか……」


 レベッカの説明に、ドン引きする美優とエンジニアの青年。


「……それはそうと、浄化の成否とは全く関係ないことで、今更ながらにこうしておけばよかったかも、という内容を思いついたのですが……」


「……何かな?」


「十六夜殿のお孫さんのクレアさんを、実習名目で立ち会わせてあげたほうがよかったかも、と。このクラスの呪いを浄化する作業を、安全圏から見学できる機会はそうありませんし」


「ああ。そう言えば、中学生でC級ライセンス持ってるお孫さんがいるって言ってたね」


「はい。夏休みに昇格試験に落ちまして、今特訓中です」


「なるほどなるほど。でもまあ、うちも十六夜さんとはそんなに付き合いがあるわけじゃないし、お孫さんに至ってはいるって事しか知らないレベルだから、さすがにここに立ち会わせるのはねえ」


「ですか」


「うん。少しぐらい仲良くなってからでないと、ちょっとねえ」


 美優の言葉に、それもそうかと納得するレベッカ。


 その間にも映像は流れ続け、ついに画面の中から髪の長い女の悪霊が顔を出す。


「……!?」


 顔を出した悪霊が、鏡に映った自分の顔にビビッて引っ込む。


「……?」


 その数秒後にまた顔を出し、不思議そうに首をかしげる。


 当然ながら、鏡に映った悪霊も同じように首をかしげる。


 それを見た悪霊が、ようやく目の前に鏡を置かれているのだと理解する。


「……!!」


 明らかにおちょくられていると分かる状況に、怒りの形相でモニターから這い出して飛び掛かろうとする悪霊。


 上半身全体がモニターから這い出たところで、慣性の法則に従って地面のたらいへとダイブする。


 たらいになみなみと注がれた高濃度の聖水が悪霊の全身を受け止め、派手な水柱を高く高く上げる。


「くぁwせdrftgyふじこlp;@:「」!!」


 悪霊にとって濃硫酸に等しき高濃度の聖水。そんなところにダイブしたのだから、たまったものではない。


 全身を激しく焼かれた悪霊は、どう表現していいのか分からない叫び声をあげてのたうち回る。


「……最初の鏡の反応は笑えたけど、さすがに聖水ダイブは威力がありすぎて笑えないね~……」


「そうですね。次に同じことをするなら、市販品にしましょう」


 美優の正直な感想に同意し、妙なことを言いだすレベッカ。


 それを聞いたエンジニアの青年が、怪訝な顔をしてレベッカに質問する。


「市販品の聖水ですか?」


「はい。それなら、あそこまで実体を持てる悪霊相手には熱湯風呂程度の威力で収まるでしょうから」


「というか、聖水なんて市販しているんですか……」


「最近は、ネット通販での取り寄せもできるんですよ」


「今時の退魔師業界って、そんなことになってるんですねえ……」


 レベッカの裏話に、どう反応していいか分からず微妙な表情をしてしまうエンジニアの青年。


 心霊関係の道具がネット通販で揃うというのは、さすがにモヤモヤするものがあるようだ。


「まあ、資格を持っていない人が見れるようなページではないので、素人が手を出して大火傷ということはありませんから安心してください。ちなみに、霊的なシステムで認証しているので、偽証は不可能です」


「妙なところで、オカルトっぽいシステムになってるんだねえ」


 最近の退魔師関係の事情に、思わず感心の声を上げる美優。


 その間に、ようやく高濃度聖水ダイブのダメージから立ち直った悪霊が、怒りの形相で立ち上がる。


「さて、そろそろ決着をつけますか」


「一方的にいじめた挙句に、問答無用で拳で語って浄化する。聖職者とは思えない鬼畜の所業。でもそこにしびれる憧れる」


 祈りのポーズに手を組んでそう宣言したレベッカに対し、すごくいい笑顔で本日の行いを羅列する美優。


 レベッカが祈りのポーズをとった瞬間建物が野外に早変わりし、まだ昼だというのに周囲を夜の闇が覆いつくして空に見事な満月が浮かび上がる。


「主よ、再びこの両手を血に染めることをお許しください」


 その祈りの言葉と同時に、辺りに呪いのビデオがテーマのホラー映画のテーマ曲がBGMとして鳴り響く。


 BGMに合わせて修道服でも隠しきれていないグラマーで肉感的なボディラインを強調するかの如くレベッカの全身が光り、その豊かな胸の谷間から聖痕が浮かび上がる。


 浮かび上がった聖痕がレベッカの左右の拳に宿り、足元から吹き上がった風が修道服の裾をはためかせベールを吹き飛ばす。


 ベールが吹き飛んだ拍子に三つ編みがほどけたらしく、素晴らしい金髪が風にたなびく。


 その場を濃密な神気が包み込み、レベッカの聖痕がフルパワーで解放される。


「では、互いの罪を清算しましょう」


 そう宣言して、ピーカブースタイルに構えるレベッカ。


 レベッカの宣言に、ようやくこれまでの一連の事態を引き起こした真犯人を認識する悪霊。


 これはきちっと報復した上で徹底的に呪わねばと思って向き合った途端、悪霊の顔面をとてつもない衝撃が襲う。


「ふぎゃっ!?」


 先ほどとは違い、何とも間抜けな叫びをあげる悪霊。


 重量的な問題か、それとも殴られたことがないが故か、今までレベッカが殴ってきた連中とは比べ物にならないほど大きくのけぞっている。


 が、そんなことを斟酌するようなレベッカではない。


 BGMが終わるまでに仕留めて見せるとばかりに、情け容赦ないラッシュがマシンガンのごとく叩き込まれる。


 先ほどの聖水で大ダメージを受けていたこともあり、早くも悪霊の姿が薄く透けていく。


 そのまま消滅なんて許さないとばかりに、レベッカが神気を濃縮したコークスクリューのストレートで思いっきり顔面をぶち抜く。


 フィニッシュブローのコークスクリューが悪霊の顔面を粉砕した際、いつものように祈りのポーズの天使が相手の体を貫通してから羽根を散らしながら天高く舞い上がる。


「主よ、この哀れな子羊に救いの手を」


 それに合わせて、お約束のまったく心のこもっていない雑な祈りの言葉とともに、胸の前で十字を切るレベッカ。


 レベッカの祈りに合わせてまき散らされた羽根を覆いつくすように浄化の光が広がり、柱となって天地を貫く。


 光の柱が消えると同時に、周囲の景色が屋内の作業所に戻る。


 そのタイミングで、どこに飛んでいたのか最初に吹き飛ばされたベールがレベッカの頭にふわりとかぶさる。


「始まった時は、そのBGM違うんじゃない? って思ったけどさあ」


「はい?」


「やってること見てるとどっちがより質の悪い悪霊か分かんない感じだから、ある意味あってるかもしれないって思ったよ」


「そうかもしれませんね」


「さて、今日は何食べたい?」


「そうですね。お昼は自家製ハンバーグでしたから……、鶏肉関係で」


「じゃあ、最近開拓した鶏料理のお店に連れてってあげる」


「ありがとうございます」


 いつものごとく身も蓋もない雑な撲殺劇の感想を告げ、今日の夕食の予定を決める美優。


 それに嬉しそうに応じるレベッカ。


 美優がチョイスする店は味も量も充実していて、燃費の悪いレベッカにとってはとてもありがたい店ばかりなのである。


「お兄さんも、大変だと思うけど機材のチェックと後片付け、お願いね。その代わり、ちょっと豪勢な残業食手配しとくから」


「本当ですか!? 助かります!」


「他の人にも用意しとくから、連絡よろしくね」


「はい!」


 親会社の社長の太っ腹な言葉に、レベッカに負けず劣らず嬉しそうな声を上げるエンジニアの青年。


 今後もちょくちょくマイナー規格の呪いのディスクやらファイルやらに遭遇しては呼び出されて手伝わされる羽目になるのだが、この時点ではそこまで高頻度で呼ばれるとまでは予想だにしていない。


 こうして、末永く続くマイナー規格系の呪いとの戦い第一弾として本来ならたくさんの人を恐怖に陥れるはずだった呪いのビデオは、いい性格をしたシスターのえげつない行いとマイナー規格の壁に阻まれて、何一つなすことなくただのビデオディスクに戻るのであった。

滅びたマイナー規格は調べれば調べるほど闇の深さがにじんできて困る。


とはいえ、この系列はVHDがMOだのZIPだのHD-DVDだのスマートメディアだのメモリースティックだのに代わるだけで、展開そのものは全く同じになるので、またやるかどうかは未定です。


もし、次があったらネタが尽きたか気が向いたかのどっちかだと思ってください。


しかし、結局のところ記録の保存って観点では、文字の読み方さえ継承できれば内容の確認に特別な機材が必要ない紙なんかの物理媒体で保存するほうが安全なんだなあ、とつくづく思うわけですが……。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] LD/VHDはデッキと言う呼ばれ方ってされなかったような。 プレイヤーと言う方がメジャーだった気がします。 [一言] 懐かしい。 β vs VHS 家はβ派でした。 S-VHS vs…
[一言] 更新、お疲れ様です。 VHD知りませんでした。 生存競争が激しかったんですね~。 で、勝利したVHSですら、過去の遺物になってますからね……。 時代の流れとはいえ、物悲しいです。 聖水ト…
[一言] >聖水の通販でモヤってるエンジニアの青年へ 最も古い自動販売機が古代エジプト時代の 聖水の自動販売機だったりするんだぜ!
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