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撲殺その2      聖女レベッカ、大家と顔合わせする

「よく来てくれたのう、シスター・レベッカ。儂がこの聖心堂女学院の理事長を務めておる、プリムフォード・ヴォスオードじゃ。プリムとでも呼んでくれ」


 着任翌日。着任の挨拶のために教会の土地と建物を所有している聖心堂女学院に顔を出したレベッカを迎えたのは、十歳ほどのガラスのような質感を持つ金髪に赤い瞳の、どう見ても人間ではない女児であった。


「……レベッカ・グレイスと申します。今後、聖心教会の管理をさせていただきます」


 どこからどう見ても小学生ぐらいにしか見えない、しかも自分達とは明確に狩るか狩られるかの間柄であろう少女に一瞬戸惑うも、現時点で敵対的な態度を見せていないのだからと、とりあえず無難な対応をするレベッカ。


 同席している初老の女性がどういう立ち位置なのか分からない現状、聖痕を発動させて殴りかかるのはどう考えても自殺行為でしかない。


「ふむ、これは腹を割って話したほうがよさそうじゃな。シスター、お主には儂がどのように見えておる?」


 レベッカの態度に何やら察したらしいプリムが、そんな質問を投げかける。


「十歳ぐらいのどう見ても種族:人類には分類できない種類の女の子に見えています」


「やはり、幻術は効いておらんようじゃな」


 プリムの質問に対し、正直に見たままを答えるレベッカ。


 レベッカの答えを聞いたプリムが、そうだろうという感じで頷く。


「そういう訳じゃ、学長。恐らくこやつには儂の正体も大方ばれておるじゃろうから、素直にすべての事情を話すぞ」


「仕方ありませんねえ……」


 学長と呼ばれた初老の女性が、ため息交じりにプリムの言葉に同意する。


 その様子から、学長は操られているとかそういう展開ではなく、普通に二人とも協力関係にあることを察するレベッカ。


 もっとも、それはそれでなぜこんなリスキーな真似をしているのか分からないのだが。


「まずは儂の種族じゃが、いわゆるヴァンパイアの真祖というやつじゃな。もっとも、長く生きていく間にいろいろあって、ちっとばかし別方向に進化しておるが」


「普通なら、我々とは敵対関係になる存在ですね。それも、大抵は不倶戴天のとつく類の」


「うむ。というか、儂の名前はそれなりに有名だったはずじゃが、バチカンから送り込まれたお主があまり反応している様子がなかったのはどういう事じゃ?」


「非常に単純な話で、興味が薄かったのでその手の名前は大体聞き流していました」


「……儂が言うのもなんじゃが、それでよくエクソシストが務まるのう……」


「私は追い回して狩るタイプではありませんし、相手がどんなタイプであってもやることが全く同じなので、情報があってもなくてもあまり変わらないんですよね」


 呆れながらのプリムの突っ込みに対し、苦笑しながらそう答えるレベッカ。


 レベッカの場合、戦闘能力のほぼ全てがチャンピオンにまで上り詰めたボクサーとしての技量に依存している。


 その影響か、他のエクソシストが使う塩と聖水以外の道具や武装は効果が著しく減少し、とても使えたものではなくなってしまうのだ。


 その反面、聖槌などでの打撃が一切通じないスライム型の悪魔でもなぜか普通にパンチで殴り倒せるので、道具を持たせるだけ無駄という結論が出ているのである。


 一応広域浄化と結界術のために塩と聖水ぐらいは使うのだが、逆に言えばレベッカが使う道具は聖水だけとも言える。


 エクソシストとしてのレベッカは、基本的に何でも拳だけで片をつける脳筋仕様なのだ。


「……そのあたりは置いておくか。深く掘るとろくでもない話ばかり掘り起こしそうじゃ」


「理事長もあまり人のことは言えないかと思いますが?」


「人類の歴史が始まる前から生きておって、黒歴史の類が一切ない方がおかしいじゃろうが」


 嫌な予感がして話題を変えようとして、学長に突っこまれて言い訳をするプリム。


 そもそも、いくら実年齢が数千歳を数えているとはいえ、のじゃロリを現在進行形でやっている時点で黒歴史を上積みしていると言えなくもない。


「話がそれるから、そのあたりは置いておくぞ。それで、どこまで話したか……、そうそう、儂の正体までじゃったな」


 どんどんそれようとする話を強引に戻すプリム。


 さすがにこれ以上それると何を話していたか分からなくなりそうなので、レベッカと学長も余計な口は挟まない。


「それで、なぜ儂が理事長なんぞさせられているかについてじゃが、正直なぜこうなったのかよく分からんまま、今の地位を押し付けられてなあ……」


「……それでいいんですか?」


「良いわけはなかろうが、もともと部外者でいろいろ弱みを握られておる儂には、どうすることもできんよ。そもそもの話、関わってる一番上は戦闘能力的にも社会的にも儂が抵抗できる相手ではないからのう」


「そんなすごい権力者が関わっているのですか?」


「うむ。表向きは単なる女子寮の管理人で、本人が直接行使できる権力なんぞ大したものではないがの。異常なまでに顔が広い上に、戦闘能力をはじめとしたさまざまな能力が地球で比肩しうる存在がおらんレベルでなあ。そうでなくても戦闘能力的な意味で手に負えんのに、他人に恩を売りまくった挙句弱みを大量に握っておるから、誰も本気では逆らえんのじゃ」


 プリムの言葉に、思わずそんな管理人が居てたまるかという表情を浮かべてしまうレベッカ。


 それを見たプリムが、うんうんとうなずきながら話を続ける。


「分かる。お主の気持ちも本気でよく分かる。が、世の中、権力者が皆分かりやすい地位や身分を持っているとは限らん。元大統領や政府高官などはまだいい方で、中には教え子や友人が軒並み出世して偉くなって、何かと世話を焼いてくれるというやつも居ってな。むしろ、そういう連中のほうが厄介じゃ」


「まだお若いシスター・レベッカではなかなか想像もつかないことでしょうが、法に触れない範囲でちょっとした便宜を図ってもらえる相手が大勢いて、場合によっては法に触れてもどうにかしてくれるというのは、表立って権力を持っているよりも無理がきくものです」


「まあ、その無理の果てが、今の儂が置かれている状況なんじゃがな」


 レベッカの反応に、思わず遠い目をしながらそんなことを言うプリムと学長。


 その表情は、二人がなんだかんだで世の中の酸いも甘いも噛み分けてきたことをうかがわせるものであった。


「何にしても、じゃ。触らぬ神に祟りなし、シスターもできるだけ関わらんようにすることじゃ」


「はあ……」


 関わらないようにするも何も、と言いかけて、何やらピンと来てしまうレベッカ。


 それが正しければ色々大ごとになるからと、恐る恐る自身の思い付きを口にする。


「あの、関わってはいけないというのは、意外と近くにあるなかなか凄まじい気配の持ち主の事でしょうか?」


「うむ、そ奴じゃ。普段はこんなにあからさまに気配を漏らしたりはせんから、お主に対する警告じゃろうな。後は、昨日増えた二柱ほどの気配をごまかそうとしている、というのもあろうが」


「昨日増えた?」


「今の時点では、シスターが気にすることではない。同じ地域に住む以上はいずれ関わる可能性もあろうが、基本的には高校生じゃからな。今年は受験らしいし、通っている学校は街の方じゃから、あまりこちらの方まで来ることはなかろう」


 プリムの言葉にそれでいいのかと思いつつ、わざわざ積極的に関わる必要もないかと考えなおしてとりあえず棚上げすることにするレベッカ。


 レベッカの同期には人類に分類されない存在は神にあだなすものだと考え、一体残らず狩りつくそうとする熱心な人間の方が圧倒的に多いが、レベッカは師匠ともどもそんな面倒なことは考えない不良エクソシストだ。


 そもそもどう考えても人間が勝てる相手ではないのだから、レベッカ的には実害がないのにちょっかいを出して自滅するなど御免こうむりたいところである。


「さて、いろいろ納得してもらえたようじゃし、昼飯の前に一仕事、採用試験代わりに頼みたいのじゃが構わんか?」


「内容によります」


「何、単純なエクソシストの仕事じゃよ。儂が理事長を押し付けられる前から、すでにえらいことになっている場所があってな。そろそろ牧村が維持のために注いだエネルギーも切れそうじゃから、可能であれば原因の排除、不可能なら結界の修繕と強化を頼みたい。強化と言ってもそんな難しい話ではなくてな、ぶっちゃけC級の牧村でもできる範囲で十分じゃ」


「分かりました。ただ、今日は挨拶だけのつもりでしたので、浄化はともかく結界関係は全然準備ができていません。その時間だけいただけたら助かります」


「分かっておる。何も、丸腰で挑めと言うほど、そちらの仕事を知らんわけではない」


 レベッカの申し出に対し、そんなことかという表情で許可を出すプリム。


 プリムから許可を得て、ほっとした表情で立ち上がるレベッカ。


「それで、準備はどの程度時間がかかる? まだ来たばかりで諸々揃ってはおらんだろうから、こちらで用意できるものは用意するが?」


「でしたら、この学校に料理を出す施設があれば、そこでお水と塩をいただければ助かります。必要な準備はそれだけですから」


「水と塩か。塩はともかく、水は何に使う?」


「聖水の材料にしますが、よほど霊的に汚染されているものでなければどんなものでも問題ありません」


「ふむ、どういう事じゃ?」


「口で説明するより、見ていただいたほうが早いかと思います」


「それもそうじゃな。では、現場に行く前に学食によろうか。ついてくるがいい」


 そう言って、自ら案内をするため席を立ち、部屋を出ていくプリム。


 その後を素直についていくレベッカ。学長もお目付け役として一緒にくるらしい。


 こうして、初日に早速着任後初となる正式な依頼を受けるレベッカであった。








「ここですか」


「うむ、ここじゃ」


 最低でも自転車は欲しくなるほど広い学院の敷地、その片隅にあるやたら厳重に閉ざされた門を見ながら、認識の一致を確認するレベッカとプリム。


 片隅と言っても敷地を囲う外壁の際にあるわけではなく、中央付近ではないだけで割とどこからも離れた場所にある。


「この奥には小さな祠があるのじゃが、そこがえらいことになっておっての。汚染のされ方から察するに、恐らくこの学院ができた頃、もしくはできるよりもっと前からこうじゃった可能性がある」


「手には負えないが放置もできないものを簡単には動かせない重要施設の一部に取り込んで管理する、というのは割とどこの国でもよくやる手法です。ここもそうだったのかもしれません」


 プリムの説明を聞いて自身の考察を告げながら、門の前まで進むレベッカ。


 閉ざされて見えないはずの門の向こうを見透かすように見つめ、一つうなずく。


「原因の排除は今すぐに可能ですが、その後の浄化はかなり時間がかかりそうです」


「ふむ……。まあ、さすがにここまで汚染されておると、一気に浄化など人間の限界を超えておるか。いや、むしろ能力的に可能であったとしても、下手に一気に浄化してしまうと何処にどんな影響が出るか分からんな」


「はい。ですので、工業排水などで重度に汚染された川を浄化するように、複数の手段を使って半年ほどかけて浄化を進めていこうかと思います」


「半年でいいのか?」


「汚染度合いはひどいですが、幸いにして汚染範囲がさほど広くはありませんので、それぐらいの期間で問題なく終わります。そういう訳ですので、まずは第一段階である原因の排除に入ります。門の鍵を開けてください」


「うむ」


 レベッカに促され、門を出入りできる状態にするプリム。


 それを見届けた後、祈りのポーズを取りながらレベッカがプリムに警告する。


「理事長は少し離れていたほうが安全だと思いますよ?」


「中に入ればともかく、この位置で影響を受けるほどやわではないぞ。そもそも、儂はこの中にいる連中にどうこうされたりはせんが」


「いえ、そうではなくて、聖痕の発動に巻き込まれるのですが……」


「問題ない、問題ない」


 いろんな意味で甘く見ているとしか思えないプリムの態度に、思わず言葉に詰まるレベッカ。


 微妙に迷った末に今まで一言も言葉を発していない学長にちらっと視線を送ると、呆れた表情のまま黙って首を左右に振られてしまう。


 その学長の反応を見て、百聞一見に如かずと説明をあきらめる。


 見た感じ、レベッカごときに簡単に滅せられるほど軟弱な生き物でもなさそうだし、そもそもここまで自信満々だと聖痕のエネルギーについて説明したところで甘く見てスルーしそうだ。


「ここから先は、どんな目にあっても自己責任ということでお願いしますね」


「分かっておる」


「それでは始めます。主よ、再びこの両手を血に染めることをお許しください」


 その祈りの言葉と同時に修道服でも隠しきれていないグラマーで肉感的なボディラインを強調するかの如くレベッカの全身が光り、その豊かな胸の谷間から聖痕が浮かび上がる。


 浮かび上がった聖痕がレベッカの左右の拳に宿り、足元から吹き上がった風が修道服の裾をはためかせベールを吹き飛ばす。


 ベールが吹き飛んだ拍子に三つ編みがほどけたらしく、素晴らしい金髪が風にたなびく。


 その場を濃密な神気が包み込み、レベッカの戦闘準備が整った。


「のお~!? 体が焼ける!? 溶けるぅ~!?」


「だから、離れていたほうがいいと……」


 レベッカから放たれた濃密な神気にさらされ、なかなかにグロい状態になったプリムがのたうち回る。


 プリム達ヴァンパイアは、度合いの差はあれど普通に聖水でダメージを受ける。


 そんな存在が至近距離で聖痕が発する神気を浴びて、無事で済むわけがない。


 即座に消滅しなかったというだけでも、プリムがいかに強力なヴァンパイアだったかを証明していると言えよう。


「……細かいことは流すとして、まずは中の殲滅からですね」


 のたうち回るプリムを放置し、門を開けて中に入るレベッカ。


 中には時代も人種も統一されていない、それどころか人類にすら分類されない者まで入り混じった悪霊の集団が待ち構えていた。


「やはり軍団(レギオン)タイプですか」


 わらわら出てきた悪霊を見てそう断定すると、ピーカブースタイルのまま敵陣まっただた中に突っこんでいくレベッカ。


 先頭の一体がジャブの射程内に入ったところで、攻撃を開始する。


 最も多くジャブ一発で片付く人魂タイプと若干タフな不定形型はひたすらジャブで駆逐し、小型から中型及び防具をつけていないタイプの人型はジャブの連打かワンツーパンチで仕留める。


 この時、非常に面白いことに、本来ならパンチの効果範囲外にいるはずの悪霊も、直接殴られている悪霊と接触するぐらいの距離にいるものはまとめて殴り飛ばされるのだ。


 なので、ジャブ一発で十体以上の人魂と不定形が消滅し、ワンツーやストレートで人型が五、六体消滅したり吹っ飛んだりしている。


 レベッカは知らないことだが、その挙動は「インド人を右に」という誤字で有名な雑誌が隆盛を極めたころのゲームセンターに多数導入されていた、ベルトアクション型格闘ゲームの雑魚敵の挙動そっくりであった。


 つまり、少し進めば後ろからも敵が湧いて出てきて、普通のプレイヤーだとそのうち処理が追い付かなくなって囲まれて、ボタン同時押しなどで発動する全方向攻撃の必殺技でHPゲージなどを消費しながら殲滅する羽目になるということである。


 そのお約束を守るように、前後から戦力を逐次投入するかの如くちょろちょろちょろちょろと雑魚悪霊が湧いて出てきてはレベッカにプレッシャーをかけてくる。


 いかに処理速度が速かろうと前後を頻繁に振り返ればうち漏らしも出てくるもので、気がつけばレベッカは周囲をぎっちり囲まれていた。


 言うまでもないことながら、レベッカはボクサーなので全方位を薙ぎ払うような攻撃は持っていないので、この状況は絶体絶命と言える。


 なお、そもそもあの種のアクションゲームの全方位攻撃は物理的に無理がある、という突っ込みはするだけ野暮というものであろう。


「はっ!」


 周囲を囲まれたレベッカが取った行動、それは前の集団に対して、倒れ込むようなモーションでチョッピングライトを放つというものであった。


 普通に考えれば、この状況でそんな真似をすればリカバリー不能なほど大きく体勢が崩れる自殺行為でしかないが、レベッカの場合は違う。


 倒れ込んだ先にいる悪霊をすべて消滅させた後、拳から放たれ地面に到達したエネルギーが衝撃波となり全周囲を薙ぎ払う。


 気がつけば、その一撃で見える範囲にいた悪霊たちは全て消滅していた。


「さすがに数が多いと使わざるを得ませんか……」


 無事に急場を切り抜けたとはいえ、リスクの大きな大技を使わされたことで、レベッカの表情は硬い。


 そもそもこの技、地下ボクシングのチャンピオン時代に、十人以上の男たちを同時に相手にして戦わされるという過酷な試合の最中に編み出さざるを得なかったものだ。


 最初から全周囲を囲まれる形で試合開始となったため、半ば破れかぶれになりながら一人でも道連れにと放った結果、リングを粉砕しつつばら撒いた衝撃波で敵を全員一撃でノックアウト、直接殴られた一人は死にこそしなかったものの再起不能の大怪我を負うことになったいわくつきの技である。


 そんな技なのでいろんな意味で負担が大きく、レベッカとしては可能な限り使わずに済ませたい。


「……あれがボス? いえ、ボスはボスでもウェーブ1のボスという感じですね」


 獣の毛皮を身にまとって手に石斧を持った、歴史の教科書に乗っている原始人そのものといった風貌の悪霊を前に、そう結論を出すレベッカ。


 今まで殲滅してきた悪霊より二回りほど強いが、この場の汚染状況を考えると弱すぎるのだ。


「まあ、細かいことは無視して、黒幕が出てくるまでさっさと進みましょう」


 そうつぶやいて、悪霊が石斧を振り上げた瞬間に相手の懐に入り込み、体力の消耗を抑えた編成のラッシュを叩き込んで消滅させる。


 全部でどれだけあるかは分からないが、中ボスごときに関わってる余裕はない。


「奥に来い、ということでしょうか?」


 原始人風の悪霊を倒した瞬間、今までなかったはずの石灯篭が道を作るように出現したのを見て、微妙に据わった目になりながらそうつぶやくレベッカ。


 敷地の広さ的にウェーブ制かと思っていたが、どうやらステージ制だったらしい。


 ここまで十分はかかっていないので、消耗らしい消耗は囲まれたときに放った大技一発分だが、休憩なしでずっと戦い続けなければいけない可能性があるのは厄介だ。


「下手に休んで最初からとか言われると面倒です。さっさと進みましょう」


 一瞬迷った末に、とっととクリアしてしまえと腹をくくるレベッカ。


 こうして、レベッカにとって久しぶりに戦闘そのものが長丁場となる除霊作業が、本格的にスタートするのであった。








「思ったより早かったな」


 レベッカが突入してから約一時間。全部で六つのステージをクリアしたところで、ようやくラスボスらしい存在が出現した。


「我の元まで届くこと自体は最初の戦闘の時点で……あべしっ!?」


 徐々に姿を現すなどというまどろっこしい演出を行いながら何かグダグダ言っているラスボス相手に、相手の全貌が見える前に問答無用でフックを顔面に叩き込むレベッカ。


 もう昼時に入っている上、相手は人間の手に負えるギリギリぐらいの悪魔だ。


 喋っている間はダメージ無効、などの小細工もされていないので、とっとと殴り倒すに限る。


「ちょ、ちょっとまて! 人がしゃべっている間はあべし!?」


 まだ言葉を続けようとする悪魔を無視し、淡々とラッシュを叩き込むレベッカ。


 まずは可能な限りリスクを下げるため、攻撃や詠唱が可能そうな部位を徹底的に痛めつける。


 特に顔面は魔法やブレスなど防ぎづらい攻撃につながりやすいため、比較的高頻度で殴っている。


 あまりに暴虐的なラッシュに思わず顔面をガードしようとした悪魔だが、それに合わせて飛んできたコークスクリューのストレートに腕そのものをえぐり潰され、さらに余波が顔面を強打する。


 たまらず吹っ飛ばされた悪魔に対し、油断も容赦もなく、それどころか休憩すら一切せずに追い打ちのラッシュを叩き込むレベッカ。


 翼でも持っていれば飛んで離脱も出来たのだが、彼は残念ながら陸戦型の悪魔らしく、ヒグマより大きくはあってもそれだけだ。


 もっとも、翼なんぞ持っていたところで、最初のラッシュの時点でもぎ取られただろうから、結局結果は変わらなかっただろうが。


「せ、せめて、何か一言ぐらいは……ひでぶ!?」


 一言も発せずひたすら黙々と殴り続けるレベッカに文句を言おうとして、五カ所同時に打撃を受けて強制的に黙らせられる悪魔。


 せめて一撃でも反撃を叩き込まねばと意地で距離を取ってレベッカを見て、思わず愕然とする。


「なぜだ、なぜ五人もあべしひでぶ!?」


 あまりの理不尽さにクレームを入れるも、当然聞き入れられるわけもなく五人からの波状攻撃で一期にとどめを刺される悪魔。


 なお、レベッカが行ったのは約一分ほどの間自律行動をする質量のある分身を生み出すという技で、超巨大な悪魔を殴るのにどうしても攻撃の面積と密度が足りなかったときにやってみたらできた、という技である。


 本人は聖痕の力を借りていると思っているが、実のところやろうと思えば聖痕が発現する前の闇ボクシングチャンピオン時代でも可能な、まぎれもなくレベッカ自身の技量と身体能力だけで成立させている技である。


「か、体がー!?」


 レベッカの手加減も情け容赦も、さらに言えば聖職者としての体面や倫理も一切存在しない圧倒的密度の攻撃により、ついに消滅する悪魔。


 悪魔が消滅したのを確認し、背を向けて再び祈りのポーズをとるレベッカ。


「主よ、この哀れな子羊に救いの手を」


 我ながら白々しいと思いながら、絶対にありえないとわかっている祈りの言葉を告げる。


 なお、レベッカの頭の中はお腹空いたで埋め尽くされており、ろくに抵抗も出来ずに殴り倒された悪魔についてはもはや意識のかけらにも残っていない。


 こうして、明治以前からあったであろう危険領域は、ついにその原因がすべて排除されてしまうのであった。








「終わったかの?」


「ええ。後は浄化作業だけです」


 浄化作業のための塩と水を取りに戻ったレベッカを、しれっと復活していたプリムが出迎える。


「しかし、お主もえげつないのう。せめて、台詞ぐらいは聞いてやればよいものを」


「お腹が減っているときの長話ほど、イラっと来るものはありませんので」


「そういう理由か……」


「あと、一方的にべらべら喋った挙句に先制攻撃をしてくるのも目に見えていたので、さっさと安全に終わらせるためにも、容赦なく殴ることにしました」


「それはまあ、否定はできんのう」


「話を聞いてほしいのであれば、言いたいことが終わるまで絶対無敵の空間でも展開してればよかったんですよ。あそこなら、それぐらいのことはできたんですから」


「確かにのう。それで、さっきも聞いたが、塩はともかく水はどうするんじゃ?」


 レベッカの言い分に納得し、話を変えるプリム。


 相手の強さや本性を見抜けず一方的に蹂躙された愚か者のことなど、これ以上掘り下げても意味がない。


「水ですか? 私の聖痕にはいろんなものを浄化する機能がありますので、それを使って聖水にします。普通の人間はともかく理事長には危険なので、今度こそ離れていてくださいね?」


「うむ。さすがに学習した。今度から戦闘や浄化作業になりそうな状況では、とっとと距離を取ることにする」


 そう言って、そそくさと離れていくプリム。


 プリムが十分な距離を取ったのを見て、軽く聖痕を発動させるレベッカ。


 フルスペックで発動するには意識の切り替えのために祈りの言葉が必要だが、単に聖水を作るぐらいならちょっと念じる程度で十分だったりする。


 発動した瞬間、水と塩があっさり聖別される。


「なるほど。その程度で聖水が作れるのは、コスパの面で非常に優秀じゃのう」


「ええ。使ってせいぜい私のカロリーだけですし、それも樽一つ分でちょっと余分に歩く程度のカロリー消費で済みますから。ただ、さっきまでずっと戦っていたので、とてもお腹がすきましたが……」


「分かっておる。すでに学食の方に連絡を入れて、ボリューム最優先の料理を用意させておる」


「それは助かります。ではとっとと本日の浄化作業を終わらせてきますね」


 そう言って塩とペットボトルを手に祠の前に移動し、豪快に祠にぶっかけるレベッカ。


 またしても聖職者らしからぬ行動に出るレベッカに、思わず絶句するプリムと学長。


「……それでいいのか?」


「他にどうしろと?」


 プリムの突っ込みに、全力で開き直るレベッカ。


 ちゃんと聖句を唱えてどうのこうのという作業は、もっと浄化が進んでからの話だ。


 崩落した建物の撤去作業だって、まずは大雑把にがれきをどけるところからスタートなのだから、浄化作業も似たようなものである。


「さて、後はお昼なのですが、理事長に質問です」


「なんじゃ?」


「先ほど、この中にいる連中にどうこうされるほどやわではない、とおっしゃっておられましたが、ではなぜ放置されていたのでしょう?」


「単純な話、この中の連中と儂だと、属性的にお互いの攻撃を吸収しあう形になっての。道中の雑魚はまだしも、ラスボス相手になると永久に勝負がつかんのじゃ」


「そういう事情でしたか」


「まあ、儂の場合、人間から血を吸わせてもらわねば見た目通りの戦闘能力しか発揮できん、というのものあるがの」


 プリムの事情を聴いて、そういう事ならと納得するレベッカ。


 属性相性の問題でどうにもならないのであれば仕方がない。


 なお、近隣に存在するいろんな意味で人と隔絶している連中にやってもらう、という発想はレベッカにはない。


 なぜなら、小火とも呼べぬ程度の火災に国中の消防自動車をかき集めて全力で放水するような事態になるのが目に見えているからである。


 大が小を兼ねるにも、限度というものがあるのだ。


「さて、お待ちかねの昼飯じゃ。よく食うと聞いておるから、好きなものを食い放題で学食に話を通しておる。これとは別にちゃんと報酬と晩飯も用意しておくから、楽しみにしておくといい」


「ありがとうございます」


「このシスター、見た目はすごく聖職者らしいのに……」


 レベッカとプリムのやり取りと表情に、横で一部始終を見守っていた学長が思わず額を抑えてうめく。


 そんな学長の様子に最後まで気づくことなく、奢りの昼食に心を躍らせるレベッカであった。

主要登場人物の一人、プリムさんがようやく登場します。

基本的に余計な事したり無関係なのに運がなかったりで流れ弾食らってひどい目に合うだけの役どころですが、一応亜神一歩手前ぐらいにはお強いです。

なお、肉体の密度がすごいので水に浮かないとか、普段は幻覚をまとっているので一般人の目には妙齢の美女に見えていて本来の姿はそっちとかいろいろ設定はありますが、聖女様にはろりっこモードの姿しか見えていないのでこの辺の設定が本編で出てくるかどうかは不明です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 名前だけとはいえ、教官と宏、春菜の名前が出てますね。 [気になる点] 澪が出てくるのか。 「春菜ちゃん頑張る」で描かれなかった澪の焼肉食べ放題の再チャレンジでのバッティングとかありそう。…
[一言] のじゃロリはドジっ娘。 ネクロノミコンにそう書かれてますよね。
[一言] >>その挙動は「インド人を右に」という誤字で有名な雑誌が隆盛を極めたころのゲームセンターに多数導入されていた、ベルトアクション型格闘ゲームの雑魚敵の挙動そっくりであった。 >>拳から放たれ…
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