撲殺その22 ニアミス
「さすがにお盆休みだけあって、今日は開店前から人が一杯並んでいますねえ……」
世間一般はお盆休みのある日の早朝。
レベッカは道の駅の直売所が開店するのを、一足先に営業開始した屋台のパンをかじりながらおとなしく並んで待っていた。
「最近、やたらと神力が充実した野菜や果物が並んでいますが、出所を調査しろなんて上も無謀なことを言いますよねえ……」
夏休みに入ってすぐぐらいの頃にバチカンから来た指令に、思わずため息をつきたくなるレベッカ。
純粋に安くてうまい野菜や果物を味わっているだけのレベッカにとって、そんな虎の尾を踏むことになりそうな仕事はしたくない。
なお、聖力だの神力だのに満ち溢れたものをプリムが食って大丈夫なのかというと、聖水と塩以外は問題ないらしい。
あれだけ浄化やら聖属性やらに弱いくせに、そういうところは非常に都合のいい雑な体をしているようだ。
「……む」
丁度パンを食べ終わったあたりで、道の駅の駐車場に入ってきた車の一団からただならぬ気配を感じて居住まいを正すレベッカ。
この封印してなお、駄々洩れの圧倒的な神威。どう考えても、接触を避け続けてきた新神であろう。
「……平常心、平常心。別に敵対するわけではありませんし、今日のところは私は単なる買い物客です」
そうつぶやいて心を鎮め、開店時間を待つレベッカ。
心構えもなく急に遭遇するより、よほどいいだろう。そんなことを考えながら、誰が悪いわけでもないのに妙に居心地が悪い思いをすることになるレベッカであった。
「頼まれているのは野菜類ですが……、まだいらっしゃいますねえ……」
買い物かごを片手に、悩ましい顔をするレベッカ。
最近話題の美味しい野菜を並べている特設コーナーでは、いまだに新神達が陳列作業を行っていた。
「仕方がない。まごまごしていても邪魔ですし、覚悟を決めますか……」
そうつぶやいて気合いを入れ、特設コーナーへ向かうレベッカ。
ついてすぐに、正体不明の野菜なのか果物なのか分からない作物に遭遇する。
「……これは、一体……?」
レベッカの日本語読解力では読み方すら分からない、だが字面と見た目から瓜の類であることだけは判断できる謎の作物に、全力で悩んでしまうレベッカ。
分からないならスルーすればいいのだが、それはダメだという謎の確信があって無視もしづらい。
恐らくこれは、ニアミス程度でいいから彼らと交流を持てという、自身に聖痕を与えた何者かの意思なのだろうと察し、あきらめて近くの恐らく人種的にはイギリス系だと思われる金髪の新神女性に声をかけることにする。
「あの、すみません」
「あっ、はい。どうしました?」
思い切って声をかけたところ、特におかしな反応もなくあっさり女性が対応してくれる。
「この読み方が分からない瓜は、どういうものなのでしょうか?」
「あっ、それは”まくわうり”って読んで、冷やして半分に切って、真ん中の種を取ってからスプーンですくって食べます」
「……ああ、メロンみたいな感じですか」
「そうですね。小型のメロンだと思っていただけたら間違いないです」
「それなら、珍しいものですし、いくつか買って帰ります」
聞きたいことを聞いたので、これ以上話し込む必要もなかろうと買い物に戻るレベッカ。
とりあえず五玉ほどかごに入れて、他の野菜や果物を見て回ることに。
「あと頼まれていたのはナス、きゅうり、トマトとあればブドウ……。せっかく来たからスイカも買って帰るとして……」
頼まれていたものを次々かごに入れ、ついでによさそうなほうれん草など頼まれていないものも買い込み、最後に一番エネルギーが満ちているスイカを一玉取ってレジへ向かう。
さすがにこれ以上は、リュックに入れないと運べない。
「八千三百円です」
スーパーで買うより安いとはいえ、高価なブドウやスイカも混ざった上に買った量が量なので、当然のごとくなかなかの値段になる。
もっとも、自分の分も含めて貰った予算でおつりがくるので、やはり格安は格安である。
「さて、頑張って詰めますか」
そう気合いを入れて、リュックの中に買ったものを詰めていくレベッカ。
最近神託の聖女シルヴィアから教わった、聖力を通すことで若干容量を大きくするという裏技でスイカを詰め、ホウレン草や小松菜、チンゲン菜などを緩衝材代わりに入れていく。
その時点でリュックが満タンになるため、もらったレジ袋二つに他の野菜を詰めていく。
最後に潰れやすいブドウとトマトを載せ、袋の入り口をテープで止めてこぼれないように固定する。
見て分かるほど不安定だが、何気にしっかり固定されているためよほどでないとこぼれたりしない。
これで今日の用事は終わったと、いつものようにフードコートで何かをと思ったタイミングで、悪霊の気配を感じ取る。
「……なぜこのタイミングで!」
内心で舌打ちをしながら、足早に裏道へと移動するレベッカ。
移動した先の裏路地には、なかなか強い瘴気を放つ人型の悪霊が敵意マシマシといった感じで待ち構えていた。
人型と言ってもはっきりとした輪郭があるわけではなく、手足と頭らしい部位があるのでそう見えるだけの存在だ。
輪郭ははっきりしないものの、あちらこちらに頭蓋骨や人の顔っぽい模様が浮かび上がっており、それらすべてが恨みがましい表情を浮かべていてなかなかの禍々しさである。
特に心臓のあたりにある顔っぽい模様は強烈で、間違いなくトラウマになるか問答無用で殴り倒したくなるかの二択になる表情と雰囲気を見せている。
「……さて、向こうの皆様がいらっしゃるまでに、さっさとけりをつけましょうか」
これはヤバい、そう判断したレベッカが、丁寧に荷物を地面に降ろして万一にも巻き込まないよう距離を取り、祈りのポーズをとる。
レベッカが祈りのポーズをとった瞬間、朝のさわやかな青空が一瞬にして満月の夜空に代わる。
「「「「「えっ?」」」」」
「またなんか、けったいなことになっとんなあ」
一瞬遅く、新神達がこの裏路地に踏み込んでくる。
なぜか、いつもより早いタイミングで、神の指的な必殺技をぶっ放しそうな感じのBGMがあたりに流れる。
ああ、こういう感じで関わってしまうのか、などと諦念を抱きながらいつもの祈りの言葉を口にするレベッカ。
「主よ、再びこの両手を血に染めることをお許しください」
その祈りの言葉と同時に修道服でも隠しきれていないグラマーで肉感的なボディラインを強調するかの如く全身が光り、その豊かな胸の谷間から聖痕が浮かび上がる。
浮かび上がった聖痕がシスターの左右の拳に宿り、足元から吹き上がった風が修道服の裾をはためかせベールを吹き飛ばす。
ベールが吹き飛んだ拍子に三つ編みがほどけたらしく、素晴らしい金髪が風にたなびく。
その場を濃密な神気が包み込むと同時にピーカブースタイルで構えを取り、シスターの戦闘準備が整った。
「さあ、互いの罪を清算しましょう」
いつもの口上とともに、悪霊に向かって突っ込んでいくレベッカ。
もともと大した距離は離れていなかったので、拳が届く位置まで一秒かからず肉薄する。
得意のラッシュの距離に踏み込んだところで、例によって例のごとく容赦のない打撃の雨を浴びせかける。
後ろでギャラリーとなった新神達が何か言っているが、いろんな意味で気にしている余裕は今のレベッカにはない。
可及速やかにこの悪霊を始末し、とっとと撤収せねばならない。
そんな力みの影響かいつもより派手に浄化の光をばら撒いていることに気が付かないまま、常人の動体視力では何一つ見えないスピードと手数のラッシュを叩き込み、フィニッシュブローのコークスクリューで悪霊の心臓の位置にある顔を容赦なくぶち抜くレベッカ。
コークスクリューを振りぬいた直後、拳型のエネルギーが悪霊の心臓部を拳型にくり抜いて貫通し、悪霊の背後で祈りをささげる天使のマークを浮かび上がらせる。
いつもなら空高く天使が飛び上がるのだが、今回は演出を考えている何者かもちょっと腰が引けている気がする。
「主よ、この哀れな子羊に救いの手を」
悪霊を仕留めたことを確認したレベッカが、くるりと振り向いて十字を切りながらいつもの白々しい祈りの言葉を口にする。
その言葉に合わせて背後で光の柱が天まで上り、悪霊を跡形もなく消滅させ、それと同時に処刑用BGMが見事なタイミングで最後のフレーズを奏でて終わる。
音楽が終わったワンテンポあとに、何事もなかったかのように月夜が朝の清々しい青空に戻り、足元にひらひらとベールが落ちる。
「あら?」
さてどうしたものかと少し悩み、白々しく今気が付いたという様子で新神達の方に顔を向けるレベッカ。
この後、どうやってうやむやな感じでこの状況から離脱するかを考え、ここまで白々しいことをやったのだからと何の解決にもならない種類の挙動で誤魔化して逃げることにする。
そう。レベッカは妙に様になる挙動で、ウィンクをしながら内緒ですよという感じで唇の前で人差し指を立てるというあざとい真似をやってのけたのだ。
その一連の動きを照れも迷いもなく、内心を悟らせずにやってのけたのだから、なかなかの役者であろう。
以前殺人鬼相手に見せた棒読みの大根役者ぶりは、やはりわざとだったようだ。
(さて、可及速やかに撤収)
そう内心でつぶやきながら、髪を三つ編みに整えてベールをかぶり、避難させておいた荷物を回収して悠然と立ち去るレベッカ。
お互いに気配が感知できないぐらいの距離まで来たところで、大きくため息をつく。
「どうにか、無事にやり過ごせましたか……」
今頃になって大量に噴き出した汗をぬぐいながら、そうぼやくレベッカ。
せっかくの新作バーガーとフルーツタルトを見送る羽目になったが、あまり深く縁をつないでしまって妙なことに巻き込まれては、たまったものではない。
見た限り、人柄としてそういう無茶を押し付けてくるタイプではなさそうだが、これに関してはそういう問題ではないのだ。
「……さて、消費したカロリーは何で帳尻を合わせましょうか……」
今頃になって空腹を訴える胃袋をなだめながら、帰り道にある店をリストアップするレベッカ。
結局、荷物の多さに挫折して飲食店に入ることはあきらめてまっすぐ教会に帰り、何枚でも半額のクーポンを利用してピザ全種類制覇に走るレベッカであった。
書籍版のがんばる編をお読みいただいた方には一発でわかるかと思いますが、6巻でゲスト出演したシーンのレベッカ視点です。
がんばる編では割と余裕かましてたように見えますが、実は内心では結構テンパってたという。
何気に、レベッカ本人よりもBGMとか演出担当のほうが派手にテンパってる感がありますが、その程度にはあの新神たちは制御周りがやばいということです。
どっちがよりやばいかというと、言うまでもなく金髪のほうですが




