撲殺その21 鮫
これでB級映画のフリー素材は大体網羅したはず
「シスターは泳がないの?」
「水着なんてしゃれたものは持っていませんので」
「レンタルだってあるよ?」
「正直言って、面倒くさいです」
潮見のほとんどの学校が夏休み初日となるある日。
十六夜の孫娘の公門城クレアに連れられ、レベッカはほとんど人が居ない海水浴場に来ていた。
なお、クレアはアメリカ人が四分の三のクオーターで、今年中学一年生である。
アメリカ人らしく大柄で年の割に無駄に発育がよく、金髪で青い目でイケイケな感じのテンプレなアメリカンなギャル(バリバリの死語)という、一応巫女装束をまとっていること以外に渋い和風のイケオジな十六夜の要素がかけらも見当たらない少女だ。
その巫女装束もやたらきわどいビキニの上にあえて胸元やら太ももやらが露出するように改造したものなので、顔の造形と併せて不健全な方向のコスプレ感満載である。
「それで、鮫が出るのでしたか?」
「そうそう。巨大鮫の幽霊」
「クレアさんは確か、まだ一応C級でしたよね?」
「うん。これがB級昇格の試験的な感じ」
「なるほど」
クレアの言葉に、自分がなぜここにいるのかを理解するレベッカ。
依頼を仲介してきた人物も含め誰も説明してくれなかったが、どうやら今回のレベッカの役割は、相手がクレアの手におえないレベルだった時のための保険らしい。
ちなみに、退魔師やエクソシストの資格には、年齢制限は一切ない。
なので、最年少の三歳から百二十を超えて現役のお爺ちゃんまで、幅広い年齢層が活躍している。
「ならば私は、焼きそばでも食べながら観戦させていただきますね」
「一応、戦えるようにはしておいてよ?」
「分かっていますとも」
そう言いつつ、今日は営業している海の家へ向かうレベッカ。
現在、この海水浴場は巨大な鮫がうろうろしているということで遊泳禁止になっているが、今日はレベッカが来るからと頼まれて営業をしているのである。
さすがに野次馬だけでは営業できるほどの客数ではないので、ここしばらくは休んでいる。
「さて、お手並み拝見と行きましょう」
ビーチが一望できる場所にイスとテーブルを動かして座り、先に用意されたイカゲソの串焼きをかじりながら高みの見物を決め込むレベッカ。
クレアは気が付いていないようだが、今回の依頼はC級やB級でどうにかなるほど簡単なものではない。
なので、出番に備えてきっちりカロリーを蓄えておく必要があるのだ。
「恐らくウェーブ制になると思いますが、クレアさんはボスまでたどり着けるのでしょうか?」
そんなことを言いながら、まるで焼きそばごときは飲み物だと言わんばかりに平らげて次の注文を出すレベッカであった。
「はっ!」
レベッカが焼きそばの次のおでんを食べ始めたところで、海から大量に上がってきた小型の鮫の幽霊。
それを相手にアメリカンなオーバーアクションで、無駄に力いっぱい柏手を打つクレア。
クレアの柏手で、雑魚の鮫幽霊は一瞬にして浄化される。
「最初からあのペースでは、すぐにバテそうですねえ……」
おでんの具材を半分ぐらい平らげたレベッカが、その様子を見てそうつぶやく。
柏手はそんなに力いっぱい打たなくてもちゃんと音はなるし、霊力のこめ方も無駄とムラが多い。
「小手調べってわけ。舐めた真似してくれるじゃん」
あまりに雑魚い小型幽霊に、闘志を煽られるクレア。
そんなクレアをさらに煽るように、同じぐらいの数の小型鮫幽霊が上陸してくる。
「ふむ。戦力の逐次投入と見るべきか否か、微妙なところですね」
ハイペースで削られていくクレアの霊力を見ながら、そんな評価を下すレベッカ。
何の奇跡かA級の中でも霊力保有量がトップクラスである十六夜の十倍以上の霊力を持つクレアだが、運用がへたくそでロスが大きい。
このペースで消費すれば、恐らく半分も仕留めきらないうちに息切れするだろう。
「さて、あと何ウェーブあって、どのあたりでクレアさんが息切れするかが問題ですね」
などと言いながら、カレーとラーメンを同時進行で平らげていくレベッカ。
カレーはもちろん、レトルトの安いやつである。
「それにしても、ここの所のパターンからサメ映画をモチーフにした何かが来ると思ったのですが、こんなウェーブ制のゲームみたいな動きをするサメ映画なんて、ありましたっけ?」
どうにも今までのパターンから外れる動きに、何とも言い難い違和感を覚えるレベッカ。
この手の霊障は、なんだかんだで一度確定したパターンはある程度守るものである。
なのに、断言はできないながらもパターンから外れる動きをしている感じが強い。
とはいえ、フリー素材として粗製乱造されているのがサメ映画だ。
レベッカが知らないどころか、よほどのマニアでなければ知らないようなマニアックで売れなかった作品の中に、こういう仕様の映画があってもおかしくはない。
問題は、そんなマイナーな映画に、この手の霊障に影響を及ぼすほどの力があるとは思えないところであろう。
「となると、もうひとひねりありそうですね」
カップうどんにお湯を注ぎながら、そう判断を下すレベッカ。
カップうどんの蓋を止め、タイマーをセットしたところで鮫の動きに変化が現れた。
「なっ!?」
何度目かの柏手で雑魚をまとめて払ったクレアの足元から、標準的なホオジロザメの倍ほどのサイズの幽霊鮫が飛び上がって噛みつきに来る。
「させるか!」
その幽霊鮫を、どこからか取り出した釘バットでホームランするクレア。
そうでなくてもヤンキーっぽい武器なのに、所々微妙に赤茶けた染みがついているところが更にヤンキーっぽさに拍車をかけている。
「相手が鮫なのですし、そこはチェーンソーではないのですか?」
クレアに襲い掛かったのと同じタイミングで海の家に飛び込んできた巨大鮫を、左のジャブで雑に殴り倒して消滅させながらそう突っ込むレベッカ。
チェーンソーが使われた有名な鮫映画は確かにあるが、たとえ除霊であっても普通ビーチにチェーンソーは持ち込まない。
「漫画のヤンキーじゃあるまいし、普通中一女子がチェーンソーなんて持ち歩かない!」
「釘バットの時点でヤンキーっぽいので、チェーンソーでも大差ないかと」
「あるよ! ものすごく大きな差があるよ!」
レベッカの言葉に、全力で突っ込むクレア。
その間も、次々に襲い掛かってくる鮫幽霊を片っ端からホームランしていく。
時折バットの釘の影響でぐしゃっとつぶれている鮫が居るのはご愛敬であろう。
「さて、時間ですね」
クレアの突っ込みをスルーし、鳴り響くタイマーを止めてカップうどんをほぐすレベッカ。
状況的にこれが最後だろうとアツアツの揚げをかじり、うどんを美味そうにすする。
レベッカが幸せそうにカップうどんを食べている間も、クレアは必死になって鮫幽霊をしとめて回っている。
すでに何発か攻撃がかすって巫女装束の前はフルオープンになっており、きわどいビキニに包まれた巨乳がポロリしそうな感じでたゆんたゆん揺れている。
バブルぐらいまで定番だった芸能人水泳大会なら、恐らく確実にポロリしているであろう揺れ方である。
「シスター! そろそろきついヤバいヘルプ助けてギブギブギブ!!」
「でしょうねえ」
始末が追いつかなくなってついにギブアップ宣言をしたクレアの様子にうなずき、悠然とバケツに水を汲んで浜辺へを歩いていくレベッカ。
レベッカが来てくれたのを確認し、全力のフルスイングで幽霊鮫を大量に始末して離脱の時間を稼ぐクレア。
クレアとスイッチしてから、聖水に浄化したバケツの水を豪快に撒くレベッカ。
まかれた聖水は湧いていた雑魚を一掃するだけでなく、簡単な結界の役割も果たす。
「ここからは、私の仕事ですね」
「おねがいします」
バケツを足元において、手をお腹の当たりで組んでクレアにそう宣言するレベッカ。
暗にレベッカに下がれと言われ、素直に後を任せて海の家に退避するクレア。
クレアが逃げたところで海面が派手に盛り上がり、下手な山よりデカい超巨大な鮫幽霊が出現する。
「な、な、な、何あれ~!?」
「多分、今回のラスボスですね。まあ、戦艦や山より巨大な鮫というのも、割と定番ですし」
「B級映画っぽい展開なのは認めるけど、それを基準にして語るのは間違ってると思う!」
平然と構えて呑気なことを言い放つレベッカに、クレアの突っ込みが突き刺さる。
そんなクレアの突っ込みを無視し、祈りのポーズをとるレベッカ。
レベッカが祈りのポーズをとった瞬間、海岸に夜が訪れ空に見事な満月が浮かび上がる。
「主よ、再びこの両手を血に染めることをお許しください」
その祈りの言葉と同時に、辺りに元祖鮫映画のBGMが鳴り響く。
BGMに合わせて修道服でも隠しきれていないグラマーで肉感的なボディラインを強調するかの如くレベッカの全身が光り、その豊かな胸の谷間から聖痕が浮かび上がる。
浮かび上がった聖痕がレベッカの左右の拳に宿り、足元から吹き上がった風が修道服の裾をはためかせベールを吹き飛ばす。
ベールが吹き飛んだ拍子に三つ編みがほどけたらしく、素晴らしい金髪が風にたなびく。
その場を濃密な神気が包み込み、レベッカの聖痕がフルパワーで解放された。
「では、互いの罪を清算しましょう」
ピーカブースタイルに構え、いつものようにそう宣言するレベッカ。
戦闘態勢に入ったレベッカに、超巨大鮫幽霊が容赦なくダイブしてくる。
それを、紙一重で回避するレベッカ。
そう、下手な山よりデカい巨体から繰り出されるダイブアタックを、紙一重で回避したのだ。
「ええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
物理法則的にあり得ない動きに、思わずクレアが絶叫する。
相手は幽霊なので本来実体はないのは確かだが、それでも砂を巻き上げるなど物理的に影響を及ぼしている。
山よりデカいサイズの鮫幽霊が物理的な影響を与えながら真芯でとらえた攻撃を、紙一重で回避して無傷などありえないにもほどがある。
そんなクレアの突っ込みも兼ねた絶叫をスルーし、超巨大鮫幽霊に反撃を叩き込むレベッカ。
当然のごとく、いつものラッシュである。
「あのサイズ相手に普通の打撃って効くの……?」
あまりにも小さく非力に見えるレベッカのラッシュを見て、持って当然と言える疑問を口にするクレア。
だが、クレアの懸念とは裏腹に、レベッカのラッシュは着実に鮫幽霊を弱らせていく。
その状況を嫌った鮫幽霊がしっぽを薙ぎ払う動きでレベッカを振り払い、砂浜に潜って逃げる。
薙ぎ払い攻撃をまたしても紙一重で回避して無傷でやり過ごしたレベッカが、相手の次の動きに対応すべく砂浜でどっしり構える。
今度こそレベッカを食いちぎらんと、初手と同じく真芯でとらえるダイブアタックを敢行した鮫幽霊だが、次は驚きの方法で対処されてしまう。
「ちょ、ちょ、ちょ! 何でシスターの打撃があのサイズの幽霊をはじき返してんの!?」
レベッカが取った対処法とその結果に、またしてもクレアが絶叫する。
そう。レベッカは対戦格闘ゲームの対空技よろしく、アッパーカットで超巨大鮫幽霊を叩き落としたのだ。
あまりの威力に完全に顔面が陥没した状態で、腹を上にしてダウンする超巨大鮫幽霊。
その隙を逃すまいと、わき腹あたりに潜り込んでラッシュを叩き込むレベッカ。
次のラッシュはとどめを狙っているらしく、最初のものに比べて一撃の重さが段違いだ。
どうやら悪霊としての強さはそれほどでもないらしく、超巨大鮫幽霊は急速に力を失って体を薄れさせながらサイズを小さくしていく。
サイズが山から大豪邸ぐらいまで小さくなったところで、レベッカがとどめのコークスクリューをストレートで放つ。
いつものようにパンチに合わせて天使が飛び出し羽根をまき散らしながら天高く舞い上がる。
「主よ、この哀れな子羊に救いの手を」
それに合わせて、お約束のまったく心のこもっていない雑な祈りの言葉とともに、胸の前で十字を切るレベッカ。
レベッカの祈りに合わせてまき散らされた羽根を覆いつくすように浄化の光が広がり、柱となって天地を貫く。
浄化光の柱が消えたところで、ビーチが昼に戻った。
「これで終わりですね」
「……A級って、こんなことできないと駄目なの?」
「さあ?」
一部始終を見学したクレアの疑問に、小首をかしげながらそう答えるレベッカ。
残念ながらレベッカの場合、他のA級は十六夜と法晴を入れても十人も知らない上に、彼らの得意分野や手札の半分も見ていない。
お互いに同じことは絶対不可能だと分かっているが、どの程度のことができるかは一切分からないのだ。
「そのあたりは人は人、という事で。ただ……」
「ただ?」
「今回は出力勝負になった面があって、いつもよりお腹が空きました」
「あれだけ食べてて!?」
「残念ながら私の聖痕は燃費が悪くて、摂取カロリーがそのまま霊力に直結しているのですよ。正確なところは不明ですが、あの規模の浄化だとざっと二万キロは消費してるでしょうね」
「うわあ……」
過去の経験からの推定値を口にしたレベッカに、全力でドン引きするクレア。
それでもデカ盛り定食やアメリカンサイズの料理なら数食、一般的な定食でも三十食はいらないぐらいなので、コスト的には格安の部類になる。
他のA級が同じ規模の浄化をやろうと思うと、数万から数十万の消耗品をいくつも使う上に、やった後高確率で当人が動けなくなって他の仕事に穴が開くため、その分のコストもかかる。
強力な悪魔や悪霊に対処するというのは、とにかく金がかかるのだ。
「という訳で、打ち上げのバーベキューです。当然、しめはかき氷で」
真顔で言い切ったレベッカに、自分が付き合わされる流れであることを察して遠い目をするクレア。
結局この日のクレアの昇格試験は不合格であり、不合格理由に納得しつつも悔しさで自棄になっていたところにレベッカにつられて普段の倍以上の量を食べてしまって、腹痛と体重両方の理由で後悔することになるのであった。
いろいろポカやらかして、完成していたはずの新作が一週間ずれたわけですが。
なお、今回出てきたクレアのおばあちゃん、十六夜の嫁のジュリアさんはパワフルでアメリカンな淑女です。
日本に留学した際に神道にはまり、退魔師で外見も性格も好みのど真ん中だった十六夜のもとに押しかけ女房しました。
その孫娘が二重の意味でヤンキーっぽいのは大いなる謎ですが、このシリーズの謎なんて深く考えても意味がないのでスルー推奨です(待て




