撲殺その20 待機任務
今回短めです
「この時期は雨が続いて大変です」
「無ければ無いで困るんじゃがのう」
梅雨真っただ中の六月中旬のある日。
なんぞ書類を持ってきたプリムにお茶を出しながら、レベッカがそんな枕話を振る。
「梅雨がなければ水が足りんし作物によっては成長が妨げられるが、雨というのは人間に限らず、それだけで行動が制限されるからのう」
「ですねえ」
「水が足りんと言えば台風もそうなんじゃが、こっちは暴風による被害もデカいのがのう……」
「たまに、ものすごい被害が出てますよね」
「うむ。一時期ほど激甚化することは無くなっておるが、それでも年に一個ぐらいはデカいのが来るしのう」
書類の話に入る前の枕話として、この時期の天候について話すプリムとレベッカ。
「それで、本日のご用は?」
「うむ。お主がこちらに来てから一年たったからの。この一年の動向やら実績やらを踏まえて、短期契約から無期限契約に切り替えてはどうかと思っての。関係各位と相談して同意を得たから、お主が良ければ契約変更させてもらいたいのじゃ」
「それは願ってもない話ですが、当初の契約は三年契約だったような……」
「うむ。が、ちゃんと契約書に契約期間満了前の契約変更についての項目もある。それに、今回はお主に有利になる変更じゃから、労基に目を付けられることもなかろう」
「なるほど」
プリムの言葉に、そういうことならとうなずくレベッカ。
言うまでもないことだろうが、レベッカに労働法関係や契約関係に関する知識などない。
が、そんなレベッカの無知に付け込むような人間は関係者から排除されているため、そんなのんきで危うい状態でも特に問題は起こっていない。
今回もプリムはちゃんと専門家目線で問題ないと判断されたものを用意しているし、プリムなら悪いようにはしないという信頼関係もある。
「念のために一応言っておくが、別に断ってもペナルティはないぞ。単に、今のまま三年契約で二年後に更新するか否かを決めるだけじゃ」
「分かっています。そうですね……、期限以外は今のままでということなら、契約を変更していただけたらとてもありがたいです」
「うむ。では、こちらにサインと印鑑を頼む」
レベッカの意志を確認したところで、書類を差し出すプリム。
書類を受け取り、迷うことなくサインを書き込んで印鑑を押すレベッカ。
その迷いのなさに、横で見ていたプリムのほうが不安になってくる。
「信用してくれるのは構わんが、もうちょっとちゃんと目を通してはどうかの?」
「どうせ細かい条項は見ても抜け道とかの判断はできませんし、理事長自身もそういうところで無知な相手を引っかけるような真似をするとろくな目に合わない自覚があると思っていますので」
「まあ、それはそうなんじゃがなあ……」
妙な説得力を持つレベッカの言葉に、納得できるが納得できないという表情でうなるプリム。
自身のやたら頑丈で回復の早い体とセットの不幸体質はよく理解しているし、信義的なもの以外にそういう面でも余計な工作をするとろくな目に合わないのも自覚している。
が、それを理由に信用されるというのは納得しがたいものがあるのだ。
「……まあ、よい。それで、ここしばらくはほとんど外出しておらんようだが、何かあったのか?」
「バチカンから待機命令が出てまして、現在下手に外出とかできません」
「なるほどのう。それなら仕方が……」
そこまで口にしたところで、レベッカがかなり聞き捨てならないことを言っていたことに気が付くプリム。
教会で待機するよう命令が出ているということは、教会から比較的短時間で移動できる範囲内において何かが起こるということである。
その状況で、レベッカの手が届く範囲にいる。そこから導き出される結論に、軽く絶望せざるを得ない。
「そうか……。この教会で、待機命令か……」
死んだ魚のような目でうわごとのように呟くプリム。
その呟きに心中を察し、思わず十字を切るレベッカ。
やばいと思うならとっとと逃げればいい、などという無理なのがはっきりしている無駄なアドバイスはしない。
そのタイミングで急激に空気がよどみ、礼拝堂のほうから派手な物音が聞こえてくる。
「……礼拝堂に何か来たようですね」
「……やはりか。……この部屋から礼拝堂を通らずに外に出る道は……」
「残念ながら、ありません」
「……そうじゃよなあ……」
無情な事実を告げるレベッカの言葉に、うなだれることしかできないプリム。
ここに引きこもっていても、どうせよく分からない理不尽な展開でダメージを喰らうのが目に見えていることも、実にテンションが下がる。
「仕方がない……、覚悟を決めるかの……」
「そうですね」
ぼやきながらも覚悟を決め、礼拝堂を覗くことにするプリム。
それに倣って、後をついていくレベッカ。
礼拝堂にいたのは、人類が人類のままでタイマンで勝てる限界ぎりぎり、という感じの悪魔であった。
なお、所詮人類にタイマンで挑まれて負ける可能性があるレベルでしかないので、ランクとしては下級の範囲を超えない程度である。
その証拠に、バフォメット型とでもいえばいいのか、よく見かけるヤギの頭に蝙蝠の羽というテンプレ的な姿をしている。
「むう、あ奴は……」
廊下から礼拝堂を覗きこんだプリムが、うめくようにそう呟く
「知っているのですか?」
「うむ。割と長い因縁があってのう。まあ、実力的にはお主が普通にしばき倒せるレベルじゃ。言ってはなんじゃが、今の儂でもやりようによっては余裕じゃし」
「ふむ」
「ただのう……。あ奴は無駄にタフでの。普通に仕留めただけでは平気な顔で再生してきおる」
「理事長のような感じですか?」
「そうじゃのう。まあ、さすがに儂ほど理不尽な再生能力はないが、普通のA級では仕留めるどころか一度倒すところまで行くのも厳しかろうな」
「つまり、性質的には理事長の亜種、もしくは下位互換と考えていいのですね?」
「そうなるの。残念ながら、属性相性的にお互い物理攻撃以外通らんから、本来の姿に戻れん限りは体格とパワーの差で現状では勝てんがのう」
「なるほど。つまり、面倒だからとっとと始末したほうがいいということですね」
そう呟いてから、祈りのポーズをとるレベッカ。
レベッカがやろうとしていることに気が付き、少しでもダメージを軽減するため慌てて応接室に駆け込むプリム。
プリムが応接室に駆け込んだところで、教会の中が満月の夜の屋外に変わる。
当然のことながら壁も消え、降り注いでいた雨も雨雲ごときれいさっぱりどこかへ消え失せる。
「主よ、再びこの両手を血に染めることをお許しください」
その祈りの言葉と同時に、辺りに聖なるしっぽな美少女怪盗に変身しそうな感じのBGMが鳴り響く。
BGMに合わせて修道服でも隠しきれていないグラマーで肉感的なボディラインを強調するかの如くレベッカの全身が光り、その豊かな胸の谷間から聖痕が浮かび上がる。
浮かび上がった聖痕がレベッカの左右の拳に宿り、足元から吹き上がった風が修道服の裾をはためかせベールを吹き飛ばす。
ベールが吹き飛んだ拍子に三つ編みがほどけたらしく、素晴らしい金髪が風にたなびく。
その場を濃密な神気が包み込み、レベッカの聖痕がフルパワーで解放された。
「では、互いの罪を清算しましょう」
そのセリフとともに、問答無用で殴りかかるレベッカ。
もともと雑に殴り倒すスタイルのレベッカだが、今回はいつにもましてやることが雑である。
なお、やることが雑なだけにプリムへの配慮など当然あるわけもなく、当たり前のように神気で焼き払っている。
「グワアアアアアアアアアアアアアア!? な、なんだ!?」
いきなり浴びせられた濃密な神気に全身を焼かれ、驚きの声を上げる悪魔。
それに一切答える気を見せず、全力でラッシュを叩き込むレベッカ。
親の仇でもここまで問答無用で執拗に殴らないのでは、というほど丹念にじっくり殴り続ける。
息もつかせぬラッシュはおよそ十五分に渡った。
「はっ!」
何かを探るように殴り続けていたレベッカが、ようやくフィニッシュのコークスクリューを叩き込む。
いつものようにパンチに合わせて天使が飛び出し羽根をまき散らしながら天高く舞い上がる。
「主よ、この哀れな子羊に救いの手を」
それに合わせて、お約束のまったく心のこもっていない雑な祈りの言葉とともに、胸の前で十字を切るレベッカ。
レベッカが十字を切った瞬間、天地を貫く浄化光の柱が教会の敷地全体を覆いつくす。
そう、教会の敷地全体を、である。
「……理事長が巻き込まれるのはもうそういうものだとしても、さすがに今回のは威力が大きすぎるような……」
いつもの数倍の密度と出力で発生した浄化光の柱に、思わず冷や汗を垂らすレベッカ。
なお、野外の月夜は浄化光の柱が消えると同時に、元の教会の廊下に戻っている。
「あの、理事長、大丈夫ですか……?」
「なんかお主、どんどんフィニッシュの後の浄化が高出力化しておらんか?」
「……無事だったのはいいのですが、高出力化に関しては私に言われても……」
「じゃろうなあ……。というか、最近浄化耐性が急激に伸びておる気がするぞ。元が極端にマイナスじゃから、目立った変化はまだまだじゃがな……」
「それは何とも言えませんね……」
「分かっておる。しかし、お主今日はいつにもまして殺意が高かった気がするが、なぜじゃ?」
「ああ。今日のうちに絶対に復活できないレベルで叩いておけば、いくつかの店の期間限定メニューに間に合うかもと思いまして」
「……飯の恨みに負けたか……。まあ、人間としては健全じゃと思っておこう……」
レベッカのカミングアウトに、思わずジト目になりながらそうコメントするプリム。
「まあ、そういうことですので、さっそく食べに行ってきます」
そう言って、うきうきとした足取りで教会を出ていくレベッカ。
いつの間にか財布を確保している点については、突っ込んだところで無駄であろう。
なお、レベッカがどの程度の品数期間限定メニューを食べることができたのか、店側がレベッカの来襲に耐えられたかは定かではない。
「あまり長時間身動きが取れん形で拘束すると、レベッカの中の妖怪飯よこせが暴走すると、バチカンのほうに一応釘をさしておくか」
うきうきと出ていくレベッカを見送りながら、そんなことを決意するプリムであった。
どこまで雑な展開で許されるかに挑んでみました。
敵との問答がなくなると一気に内容が減る事実。
なお、理事長の浄化耐性は問答無用で消滅手前まで行く攻撃が、かろうじて致命傷で済むようになった程度ですので、結局は飾りです。




