撲殺その19 廃墟
タイトルと冒頭の会話で大体落ちがバレるやつ
「廃墟の除霊、ですか?」
「ええ。我々では対処が難しくて」
五月の連休、法健寺。
相談があると法晴に呼び出されたレベッカは、意外な相談内容に目を丸くする。
「法晴和尚で対処が難しいとは、いったいどのような?」
「場所が悪いというのもありますが、相手が物理攻撃に特化したタイプでして。いちいち準備や発動に時間がかかる技しか習得できていない上に、身体能力的にも一般人並みであまり荒事向きとは言えぬ拙僧では、どうにも相性が悪くて手が出んのですよ」
「なるほど。では、前回のように安全圏からの大技、というのは?」
「建物の中に引きこもられると、それが一種の結界として作用してしまいまして。情けない話ですが、二日ぐらい動けなくなるほどの霊力を込めて、仕留めきれるかどうかが五分より分が悪いのです」
「ふむふむ。となると、十六夜殿でもいけそうですが……、手が空いていませんか」
「残念ながら」
法晴の説明で、とりあえず状況を理解するレベッカ。
どうやら、法晴のところに回ってきた案件は、相当な武闘派が相手のようだ。
「後、結構長く放置されている物件なので、中が結構危険な感じに崩れてるんですよね。ですので、崩落などに巻き込まれないように注意してください。場合によっては、相手がそれをトラップとして使ってくることもあります」
「ああ、よくある奴ですね。逆に、最悪の場合完全に崩してしまうのはありですか?」
「問題ないとは言えませんが、もともと、解体のための除霊ですからねえ。シスター自身の安全が確保できるのであれば、その場合でも自然倒壊という扱いで処理してもらいます」
「分かりました。そういうことならお引き受けします」
法晴の言葉に一つ頷くと、依頼を快諾するレベッカ。
インファイト特化で広範囲攻撃の類をほとんど持っていないレベッカ向きの、非常にやりやすい類の仕事である。
何よりありがたいのが、建物を崩落させても大丈夫という条件である。
かつてレベッカが除霊した数百階建ての超高層ゴーストビルのように、この種の悪霊が出る廃墟は建物自体が悪霊化している可能性もあるので、建物がどうなっても問題ないという条件は重要なのだ。
「それでは、今日中に終わらせてきますね」
「お願いします。地図はシスターの端末に送っておきました」
「ありがとうございます」
「報酬ですが、お金とは別に、市内の飲食店の招待券詰め合わせも用意してあります」
「それはとてもうれしいですね。では、準備もありますし、これで失礼します」
法晴の言葉に嬉しそうにうなずくと、一礼して法健寺を辞去するレベッカ。
余談ながら、追加報酬の招待券は法健寺が檀家から頂いた物で、戒律上行きづらい店が多かったので無駄にするよりはとレベッカへの報酬に回したものである。
「さて、詳細をあまりちゃんと説明せずにかなり面倒な作業を押し付けてしまいましたが、シスターは怒らないでしょうか……」
出て言ったレベッカの背中を見送ってから、そんなことをつぶやく法晴。
法晴が手も足も出なかったのは相性の悪さもさることながら、現場の状態が非常に面倒なことになっているからでもある。
一応レベッカに説明した内容に一切嘘も隠し事も含まれてはいないのだが、危険な感じに崩れているとか相手がトラップとして使ってくるとかの度合いについては、ちゃんと説明していない自覚がある。
もっとも、口頭で説明しても伝わりづらく、かといって物理的にも霊的にも写真や映像を撮影できる環境ではなかったので、詳細説明などしたくてもできないのだが。
「抗議されたら、素直に謝るしかないですね……」
そうぼやきながら、一応レベッカの無事を祈る法晴であった。
「なるほど……。これはまた、仮に何もいなくても何かいそうな雰囲気の建物ですね」
現場となる山奥の廃病院に到着したレベッカは、その外見について素直にそう評する。
その廃病院は、手あかがついたと表現しても許されるほどホラー向けの外観をしていた。
「さて、そうなると……」
こういうケースでお約束の展開というと、などと考えながらロビーに入っていくと、真正面の壁に血で書かれたおどろおどろしい文字が。
「ふむ。『お前を殺す』、『地獄に落ちろ』、『呪う』ですか。あまりひねりはありませんね」
お約束の血文字に対し、そんな妙な感想を漏らすレベッカ。
なお、この廃病院は単純に移転のあとバブルがはじけて、買い手がつかずに放置されていたものだ。
別にやぶだから経営難になったとか、何やら違法な治療や手術を行って死人をたくさん出したとか、そういった背景はない。
さすがに規模が大きな病院なので、治療の甲斐なく亡くなってしまった人は結構な人数に上るが、規模からすれば別に多くも少なくもない。
そういう背景を知っていると、何とも微妙な気分になってくる。
「ホラーやお化け屋敷の基本を踏襲してきそうな印象ですが、そのたぐいで建物の崩落ネタはどうでしたか……?」
法晴から聞いた話を思い出し、小さく首をかしげるレベッカ。
あるようで意外と数がないのが廃病院を舞台にしたホラーだということもあり、ジャンルとしてメジャーになり切れていないこともあって、殺人鬼と違ってお約束ネタを網羅しているとはいいがたいのだ。
「まあ、素直に奥に行きますか」
そう呟いて、とりあえず受付と待合に進んでいくレベッカ。
裏口が完全に崩落して出入り不能になっているので、どこに行くにしてもまずは受付を抜けなければならない。
受付の前を通り、あえて上から潰して回ろうと階段のほうに向かうと、なぜか天井からゾンビ化した患者っぽい何かがとびかかってくる。
それをノールックで叩き落すと、次は正面から、どちらかと古いデザインのナース服を着た看護師の幽霊が。
「……ここでは、看護師の死人は出ていなかったと思うのですが……」
そう首をかしげながら、容赦なく殴り倒すレベッカ。
何度も言うようだが、この病院は移転によって建物が使われなくなったものであり、経営難や不祥事で潰れたわけではない。
「まあ、気にしてもしょうがないですか」
そう結論を出し、屋上までずんずん進んでいくレベッカ。
時折聖水を撒いたり、出てきたゾンビっぽい何かやゴーストっぽい何かを殴り倒したりしながら、どんどん上に登っていく。
なお、ゾンビやゴーストと断定しないのは、殴った感触やらオーラやらが全然違うからである。
「ここが屋上ですか」
そんなこんなで十分後。とうとう屋上に通じる扉の前にたどり着いたレベッカが、近くの窓から外を覗いて確認する。
その合間に十秒チャージでエネルギー補給するのも忘れない。
今のところ殴った数が少なく、また事前に十分食ってきているため、現時点では十秒チャージ一個で十分足りている。
「当然のように鍵がかかっていますが、そもそも蝶番がさびて外れかかっているのが……」
そういいながら、慎重に扉をゆするレベッカ。
いつ崩落してもおかしくない建物だけあって、大した音もたてずに扉が外れる。
『……お姉ちゃん、風情がないね』
「別に、こっちの仕事にそういうのは求めていませんので」
外れた扉をどけて屋上に侵入すると、小さな男の子の声が出迎える。
「それで、あなたがここのボスですか?」
『ああ、そうなるね』
「どうにも、いろんな意味で毛色が違うのですが……」
『だろうね。だって、僕はこの病院の治療で死んだわけじゃないから』
「となると、探検にでも来て、崩落か何かに巻き込まれた口ですか?」
『うん。バカみたいだろう?』
「私の口からは何とも」
まだ姿を見せない少年の声に、そう応じるレベッカ。
やるなと言われるとやりたくなるのが子供だし、痛い目に合わなければ理解できないことも多い。
その結果、命を落とすことも残念ながら珍しい話ではない。
「それで、復讐でもしているのですか?」
『復讐? 別に誰も恨んでないのに、そんなわけないじゃん』
「ならば、これは?」
『リアルお化け屋敷、いいよね?』
そういいながら姿を現し、邪悪な笑顔を浮かべる少年。
その傍らには、フランケンシュタイン的な巨人が立っている。
「なるほど。では、問答無用ということで問題ないですね?」
そう最後通牒を突き付け、相手の返事を待たずに祈りのポーズをとるレベッカ。
祈りのポーズをとった瞬間、まだ昼だというのに周囲が夜に早変わりし、晴れ渡った空に見事な満月が浮かび上がる。
「主よ、再びこの両手を血に染めることをお許しください」
その祈りの言葉と同時に、辺りに見た目は子供で中身は大人の名探偵なアニメにおいて、クライマックスの脱出シーンで流れる感じのBGMが鳴り響く。
BGMに合わせて修道服でも隠しきれていないグラマーで肉感的なボディラインを強調するかの如くレベッカの全身が光り、その豊かな胸の谷間から聖痕が浮かび上がる。
浮かび上がった聖痕がレベッカの左右の拳に宿り、足元から吹き上がった風が修道服の裾をはためかせベールを吹き飛ばす。
ベールが吹き飛んだ拍子に三つ編みがほどけたらしく、素晴らしい金髪が風にたなびく。
その場を濃密な神気が包み込み、レベッカの聖痕がフルパワーで解放された。
「では、互いの罪を清算しましょう」
そう宣言して、ピーカブースタイルに構えるレベッカ。
その急展開ぶりに、思わず戸惑った表情を浮かべる少年。
『ちょっとお姉ちゃん、いきなりそれはいくら何でも脳筋過ぎない?』
「気にしては負けです」
そう断言しつつ、軽快なフットワークで一気に距離を詰めるレベッカ。
そのまま、少年と巨人、両方を均等にボコり散らかす。
『あばばばばばばばばば!!!』
『GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
容赦のないレベッカの打撃を受け、妙にコミカルな悲鳴を上げる少年と巨人。
打撃に合わせて、徐々に廃墟が崩れていく。
それに気が付いたレベッカが、打撃の回転を上げていく。
いつものように一分ほどラッシュを続け、二人同時にぶち抜けるように位置取りをしてから、お約束通りコークスクリューのストレートでとどめを刺す。
その一撃の衝撃によるものか、それとも除霊効果により場を維持できなくなったか、廃墟が勢いよく完全に崩落する。
もくもくと立ち昇る土煙。派手に崩れ落ち飛び散るがれき。舞い散る埃。
その中から光の天使が空高く飛び上がり、悠然とレベッカが歩いて出てくる。
「主よ、この哀れな子羊に救いの手を」
完全に外に出たところで、いつもの祈りの言葉を口にするレベッカ。
その言葉に合わせて廃墟を光の柱が包み込み、レベッカの頭にベールが落ちてきて夜空が夕焼けに代わり、BGMが最後のフレーズを奏でて消える。
「……予想はしていましたが、実に派手に崩れましたね」
全て終わったところで、結果を見てそう呟くレベッカ。
崩していいと言質は取っていたが、後片付けは大変そうである。
そこの苦労は法晴か、彼に依頼した人物の仕事ではあるが。
「さて、後は法晴殿に報告して、招待券をいただいてご飯ですね」
そううなずくレベッカ。
なお、この日まずレベッカが向かったのはカレー専門店で……
「この券でいただけるだけのカレーをください」
「……もしや、あなたは近頃噂の爆食シスターか?」
「そうなりますね」
「ならば、まずチャレンジメニューからだな」
店主が用意した米だけで三キロはある全トッピング三倍盛りに挑戦することになるレベッカ。
レベッカが出されたものを制限時間の六分の一、十分ほどで平らげた後、招待券のメニュー全てを制覇したのは言うまでもない。
爆炎とか土煙の中から悠然と歩いて出てくるシーンって、見栄えして格好いいですよね(待て
セオリーを無視してしょっぱなから屋上に突撃かました聖女様には、もうちょっと様式美というものを大切にしてほしいと思わなくもない今日この頃。
なお、最初から崩す気満々だったうえにギミックをガン無視した関係もあって、レベッカが法晴和尚を問い詰めたりする未来はありません。
真言宗で退魔師的な理由でも肉系はご法度な法晴和尚。残念ながら市販のカレールーや飲食店のカレーはたいていアウトです。
他にも、同じような理由でもらっても使えない招待券やお食事券は、結構な数あったりします。




