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撲殺その18     聖痕の進化 その3

「新入生というのは、初々しいものですね」


「シスターも学生だったらそれを言われる年代なんだけどねえ……」


 聖心堂女学院の入学式があったある日。


 全校生徒及び大学部の学生に対する紹介も終わり、教会に戻ってきたレベッカは、来賓としての仕事を終え一息入れに来た美優相手にそんな感想を告げていた。


「それにしても、話には聞いていましたが、本当に見事に散りましたね」


「うん。毎年のことだけど、本当に一気に散るんだよね」


 何とも言い難い空気になった話題を転換すべく、分厚いカツサンドとハンバーグサンドをつまみながら強引に桜に話を変えるレベッカと美優。


 窓の外では、見事な桜吹雪が続いていた。


「基本的に庭は完全に業者の方に任せっきりなので直接はあまり関係ないのですが、これってお掃除大変そうですね」


「だろうね。ってか、教会の前とかはシスターが掃除してるんでしょ? 完全に他人事ってわけでもないじゃん」


「それでも、庭ほど大変ではありませんし」


 唐突に、風情やら情緒やらに欠ける話を始めるレベッカと美優。


 いろいろ情緒面で難があるレベッカはまだしも、一応文化芸術系の事業も手掛けている美優が似たような思考回路なのは、いろいろ問題があるのではないだろうか。


「そういえば、小川社長は聖心堂女学院の出身ですか?」


「いんや。うちは姉妹に従姉妹も併せて、全員潮見高校。小中は普通に市内の公立だったし、従姉妹は中学まではイギリスだったし」


「では、単純に地元を代表する世界的企業のトップとして、ですか?」


「そうなるね。まあ、綾羽乃宮の分家や親戚には、ここの出身者もいるけどね」


「本家は違う?」


「うん。本家はずっと公立。この学校に文句があるとかじゃなくて、どっちかって言うと分家と色々あってのことらしいけど」


「なるほど。お金持ちには、いろいろありますからねえ……」


「それですませてくれるシスターのこと、ボクは大好きだよ」


「下っ端の聖職者には、話を親身に聞いているふりして聞き流したり、深入りしない範囲で適当に切り上げたりするのも重要なスキルですから」


 堂々と保身に走るレベッカに対し、実に満足そうにうなずく美優。


 信仰心が薄いのがプラスに働いてか信心深い連中よりもむしろ聖職者らしく、その上法や倫理に触れる方向で腐ってはいないレベッカのことを気に入っているのである。


「それはそれとして、小川社長はこんなところでのんびりしていて大丈夫なんですか?」


「スケジュール的にはそろそろ移動かな。ってことで、お仕事一つお願いしたいんだけど、大丈夫?」


「仕事ですか? 具体的には?」


「少し前に、シスターが熊を仕留めたところあるでしょ? あそこから奥に進んでいくと推定樹齢千年以上の大きなヤマザクラの樹があるんだけど、そのあたりが異界化しかかってるっぽいんだって。それを処理してきてほしいんだ」


「っぽいってことは、確認はされていないんですね?」


「うん。ただ、ボクに話を持ってきたのがこのあたりの守護霊の頭目みたいなのだから、まず間違いはないと思うよ」


「なるほど」


 美優の説明に納得し、一つ頷くレベッカ。


「で、お願いしていい?」


「はい、お任せください」


「ありがとう。じゃあ、またおいしいもの、手配しとくから。何かリクエストとかある?」


「そうですね……。久しぶりに塊肉をじっくりローストしたいですね」


「了解。調理用のいいお肉用意しとくよ。それとは別に、今日はシスターができないタイプの料理も用意しようかな?」


「それは楽しみです」


「楽しみにしてて。じゃあ、お願いね」


 そう告げて、教会を出ていく美優。


「さて、念のためにこれは全部食べてしまいましょう」


 美優が出て行ったのを見送ってから、残った、というより仕事の手付金として美優がさりげなく置いていった大量のサンドイッチを腹の中に収めるレベッカ。


 その途中、またもいつぞやのように


《総摂取カロリー及び総消費カロリーが規定値を超えました。聖痕の機能を拡張します》


 というアナウンスが流れたが、どうせ大した機能ではなかろうと完全にスルーである。


 サンドイッチを食べ終わったところでいつもの装備を身につけ、追加で水を満タンにした20リットル入りポリタンク四つほどをリュックに強引に固定して戸締りを確認し、教会を出ていくレベッカ。


 こうして、レベッカは新年度最初の仕事に向かうことになるのであった。








「ふむ、確かにおかしなことになっていますね」


 教会を出て、約一時間後。獣道を踏み分けて森の中を進んでいたレベッカは、ひときわ目立つ立派なヤマザクラの巨木の前にたどり着く。


 ヤマザクラの周囲は、幽世との境界が極めてあいまいになっていた。


「さて、予想がついていたので限界まで水を持ってきましたが、これで足りるのでしょうか?」


 ポリタンクの水を聖水に変えながら、周辺を見渡すレベッカ。


 なんだかんだで全部で80リットル以上の水は持ってきているが、原因がはっきりしない上に範囲が広すぎるため、それだけで足りるかどうかは分からないのだ。


「とりあえず、まずは基本に忠実に、桜の木の根元に聖水を注いでみますか」


 そう方針を決め、聖痕を七割ほど解放しながら桜の根元に水を注ぎこむレベッカ。


 ポリタンク一本分を注ぎ込んだところで、桜の様子が変わる。


 桜の根元から、痩せてボロボロになった男がはい出してきたのだ。


『貴様、何をする!?』


「あら?」


 怒鳴りつけてきた男に対し、おっとり顔に手を当てながらそう返すレベッカ。


 さすがに、こんなに早く反応があるとは思わなかったのだ。


「あの、失礼ですが、どなたでしょうか?」


『そんなことは、忘れたわ!』


「なるほど。……もしかして、このヤマザクラはあなたの死体によって、大きく艶やかな花を咲かせるように育ったのでしょうか?」


『そんなわけあるか!』


「さすがに無理ですか」


 正体不明の男を死体と断言しつつ、ピントのずれたことを言い放つレベッカ。


 そんなレベッカの態度に、毒気を抜かれそうになりつつかみつく男。


「それで、この辺り一帯が急に異界化しているようですが、何か心当たりありますか?」


『……すまん。どうやら利用されたようだ』


「利用ですか?」


『ああ。中途半端に神化した儂を踏み台にして、この一帯の神木であるこのヤマザクラを乗っ取って地脈を汚染しようとしてる奴がおる』


「ふむ。となると、この程度の聖水の量では足りませんね」


『そうだな。……いや、お主ならどうにかなるか』


「と、言うと?」


『お主が全力で儂を殴れば、本来のヤマザクラの女神が目覚めるかもしれん。うまく目覚めてくれれば、この程度の干渉ははねのけられるじゃろう』


「なるほど。……殴っていいんですか?」


『あまり殴られたくはないが、今のうちなら物理的に痛いだけで済みそうだからな。これ以上進むと、それこそ霊的にも痛い目に合う』


「そうですか。では、できるだけすぐに終わるように、全力全開でやらせていただきます」


『頼む。……よし、どうせ殴られるなら、干渉してきている何者かの力も限界まで引っ張りこむか』


 そう言って、大量の瘴気を鎧のようにまとう男。


 それを確認したところで、レベッカがいつものように祈りのポーズをとる。


 祈りのポーズをとった瞬間、まだ昼だというのに周囲が夜に早変わりし、晴れ渡った空に見事な満月が浮かび上がる。


 満月の下、はらはらと花びらを散らす桜の大木をバックに、レベッカが祈りの言葉を口にする。


 なお、いつの間にか男とヤマザクラの間にレベッカが割り込むような位置関係になっているが、この種の演出における矛盾点は気にしてはいけない。


「主よ、再びこの両手を血に染めることをお許しください」


 その祈りの言葉と同時に、辺りに太正桜にロマンの嵐が吹き荒れそうな感じのBGMが鳴り響く。


 BGMに合わせて修道服でも隠しきれていないグラマーで肉感的なボディラインを強調するかの如くレベッカの全身が光り、その豊かな胸の谷間から聖痕が浮かび上がる。


 浮かび上がった聖痕がレベッカの左右の拳に宿り、足元から吹き上がった風が修道服の裾をはためかせベールを吹き飛ばす。


 ベールが吹き飛んだ拍子に三つ編みがほどけたらしく、素晴らしい金髪が風にたなびく。


 その場を濃密な神気が包み込み、レベッカの聖痕がフルパワーで解放された。


「では、互いの罪を清算しましょう」


『うむ、そうだな』


 レベッカの宣言に合わせ、ヤマザクラを背に両腕を広げてノーガードで仁王立ちする男。


 そこに、容赦なくラッシュを叩き込むレベッカ。


 もともと利害の一致によるプロレス的な何かではあるが、レベッカの打撃は容赦がない。


 わずか数秒で男が引きずり込んだ瘴気を浄化しきり、仕上げとばかりにヤマザクラまで貫くようなコークスクリューを叩き込む。


 なお、またしても立ち位置が入れ替わっているが、そもそも聖痕の解放シーンが演出の関係で位置が変わっていただけなので、これが本来の位置関係である。


『ぐっ! 覚悟は決めていたが、効くな!』


「さすがに、手加減していては中のものが消しきれませんで……」


『いや、分かっている。気にするな』


 男の言葉が終わると同時に、男の胸元で止まっていたコークスクリューのエネルギーが貫通し、天使の姿になってヤマザクラに突撃。


 ヤマザクラに直撃したところで、天使の羽が桜吹雪に混ざるように撒き散らされる。。


「……あの天使のような光が、拡張された機能ですか……」


『拡張? 何のことだ?』


「いえ。先ほど、ここに来る前に、聖痕の機能が拡張された、という知らせが頭の中に直接響きまして……」


『ふむ。だが、特別に何かあるような感じではなかったが……』


「終わった後にいつも立っている光の柱と違って、どうせこけおどしの類でしょう」


『なるほど』


「とりあえず、戦闘モードを解除します。……主よ、この哀れな子羊に救いの手を」


 いつにもまして雑なレベッカの祈りに合わせ、撒き散らされた天使の羽がヤマザクラに吸い込まれて、いつものように太い浄化光の柱をおっ立てる。


 その柱による浄化エネルギーにより、辺り一帯の異界化が、強引に解除される。


「どうやら、これで終わりのようですね」


『そうだな。ヤマザクラの女神が目覚めるようだが……』


「一応宗教も宗派も違うので、対面は遠慮させていただきます」


『そうか。まあ、それなら仕方ない。お主にも立場があるのじゃろう』


「ええ。私自身はどうでもいいと思っているのですが、ここの所上のほうで何かあったらしくて、あまりなれ合うな的な圧力が……」


『世知辛いのう……』


「まったくです……」


 そう言って、最後に残った聖水をあたりに撒いてダメ押ししてから、道具とリュックを回収して颯爽と立ち去るレベッカ。


 聖痕の拡張機能によるものかそれともヤマザクラの女神の行為か、そのタイミングでレベッカの手元に飛ばされたはずのベールが戻ってくる。


 こうして、何者かによって人知れず地脈に対して行われていた干渉は、撲殺シスターと正体不明の亜神によるプロレス的なやり口により人知れず阻止されたのであった。


 なお、報酬の肉料理はというと……


「熟成肉の塩釜焼とシュラスコ食べ放題に加えて、みんなのあこがれ『マンガ肉』を用意してみました」


「まあ!」


「塩釜割るのは、シスターがやっていいよ」


「それでは、遠慮なく!」


 レベッカの好みや最近の読書傾向などを踏まえ、やたらと「分かっている」感がある内容になっていたのはここだけの話である。

これで、書籍版に登場した時の状態に追いつきました。

引き取られてから何年も進化がなかったのに一年程度で三度も進化が入るとか、日本に来てからどんだけカロリー摂取して消費したのか想像するのが怖いですが、深くは考えない方向で。


この話でちょろっと出てきましたが、戦闘終了後の浄化の柱はちゃんと浄化機能があります。

が、戦闘中のエフェクトはほぼただの演出です。

止め演出で出てきた天使も、当然ただの演出で何の効果もありません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れさまです。 桜は散るからこそ美しい。 ですけど、散ってほしくは無いんですよね……。 聖職者がそれで良いのですかw 塊肉って食べる機会があまりないんですよね。 特に、肉を切らな…
[一言] やはりここはシスターがメインヒロインな巴里燃え版のⅢでw
[良い点] 今回は話が通じる人?で良かったですねぇ。 [一言] 聖痕「こけおどし言うな!泣いちゃうぞ」
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