NOT撲殺その5 桜の下に眠るもの
「今年も見事な桜じゃのう」
「……すごく奇麗です」
「じゃろう? レベッカは桜は初めてか?」
「映像では何度か。ですが、直接見るのは今年が初めてですね」
「そうか。徐々に開いて満開に近づいていく様は、なかなか良いものじゃろう?」
「はい」
年度終わりの三月末。
プリムとレベッカは、教会の裏庭でテーブルセットを出し、大量の花見弁当をつまみながら桜を眺めていた。
ちなみに、この教会の裏庭は聖心堂女学院の勝手口の一つにつながっている。
この勝手口の扉は、鍵が開いている時は女学院側からはフリーパスだが、教会側からは登録された人物しか出入りできない特殊なオートロックが使われているため、内部の人間の手引きでもない限りは防犯上の問題は起こらないようになっている。
もっとも、去年から出張時以外はレベッカが常時いて、レベッカ不在時の教会は完全に閉鎖されているため、この勝手口を侵入経路にする難易度はとてつもなく高くなっているのだが。
「現時点で八分咲きといったところかのう」
「そうなんですか?」
「うむ。全ての樹がそうではないが、この学院に植えられておる桜は、大体入学式ごろに満開になっての。入学式の翌日から一斉に散り始める。その散り方もまた、見事なものじゃ」
「なるほど。楽しみにしておきます」
「うむうむ」
プリムの説明を聞き、美しい情景を想像して期待に胸を膨らませるレベッカ。
基本的に飯が最優先の女ではあるが、案外こういうところはちゃんとした情緒を持っていたりするようだ。
もっとも、その間も太巻きを食べる手が止まっていないところが、いろいろ台無しではあるが。
「しかし、お主がちゃんとこういう物を美しいと感じるとは、意外じゃったのう」
「そうですか?」
「うむ。宝飾品や美術品などに対する反応を見ておると、美というものに興味がないのではないかとしか思えんかったからのう」
「そうですね。正直、身だしなみを超えるレベルでのファッションや美術関係には全然興味がありません」
「じゃろうなあ」
「ただ、花や景色の美しさに感動しないほど興味が薄いわけでもありません。単に、身銭を切ってまで美を追求する気はないだけです」
「お主、身も蓋もないのう……」
「私は性質的にどうしてもエンゲル係数が高くなりますし、身につけているものも基本的に流通量の少ない特殊な製品ですので、そちらにかなりの予算が割かれます。美容だの調度だのに割けるお金はありません」
「いや、分からんではないが、それでもちょっとのう……」
いなり寿司片手に非常に身も蓋もないことを言いきるレベッカに、思わず渋い顔をするプリム。
飯に掛けた費用がそのまま戦闘能力と戦闘可能時間に直結するレベッカの場合、どうしても食費を削るわけにはいかない。
しかも厄介なことに、飯の質をよくすると体の切れが良くなる事実が発覚しているため、あまり質を落としてコストダウンするのもよろしくない。
さらに言うと、飛行機を使うレベルでの移動でもなければ、レベッカの格好は基本的に修道服にロザリオで固定である。
階級的に化粧やアクセサリーを今以上に身に着けるのはよく思われないこともあり、レベッカはそれらを口実にとことんまでファッションだの芸術だのをさぼり倒しているのだ。
「のう、レベッカよ。お主も一応年頃の娘なんじゃから、もう少しこう、な……」
「一応これでも、最低限人前に出て恥ずかしくない程度には身だしなみに気を遣っていますし、これ以上のお洒落にかけられるお金も時間もありません」
「では、せめて教養として、もう少し芸術関連をな……」
「そうですね。そちらに関しては、そのうち小川社長にでもお願いして、いろいろ教えてもらうことにします」
「まあ、そんなところかの……」
サケのカルパッチョを食べ終えたレベッカの妥協案を聞き、しょうがないかと納得するプリム。
ファッションに関しては、レベッカがシスターを続ける限りは、どうしたところで「何のために?」という疑問が付きまとう。
教養という切り口で多少なりとも芸術関連に興味を持ってくれるのであれば、それだけでも大きな進歩と言えよう。
「そういえば、教養で思い出したのですが……」
「なんじゃ?」
ほうれん草の胡麻和えに箸を伸ばしながら、ふと思いついたという風情で言うレベッカ。
レベッカが教養関連のネタを振って来たことに興味を持ち、プリムも話を聞く態勢になる。
「桜が美しく艶やかに咲くのは、根元に死体が埋まっていてその血を吸い上げるからだ、という都市伝説の元ネタが、文学作品だというのは本当ですか?」
「……どうじゃろうなあ。儂も全ての文学作品に目を通しているわけではないからのう……」
「そうですか……」
「うむ。明治の文豪の代表作は大体目を通しておるとはいえ、趣味の問題でいまいち記憶に残らなんだ作品も多いし、そもそも難しい問題が一つあっての」
「というと?」
「そもそも、文学作品と単なる娯楽作品の境界線がよく分からん」
「あ~……」
プリムの言葉に、心底納得し共感してしまうレベッカ。
難しい問題だから考えるのは拒否、と言わんばかりの態度で唐揚げを口にする。
文学に限らずありとあらゆるジャンルで共通する問題だが、高く評価され後世まで残る作品が高尚なものかどうかという線引きは、常にプリムやレベッカのような多少嗜む程度の一般人を悩ませる。
厄介なことに、作者の死後一世紀以上経ってから高尚な作品と評価されたものが、発表された当初は低俗な作品扱いだったり誰も見向きもしなかったものだったりといったことは珍しくもない。
他にも名作扱いだけは変わらないが低俗な作品扱いと高尚な作品扱いを行ったり来たりするものや、最初は持ち上げられていたが数十年するとあっさり手のひらを返されていたりと、世相をはじめとしたいろんな評価軸が絡み合って摩訶不思議な状態になっているのが、この手の作品の評価である。
特に文学は古今東西大量の作品が存在するため、プリムがレベッカの問いに答えられないのも仕方がないだろう。
「正直、儂ははっきりとは覚えておらんが、そういうのはネットで調べたほうが早いんじゃないか?」
「そうですね。まあ、今思い出したレベルなので、もともとそんな興味もなかったと言えば無かったんですが……」
「どうした?」
「いえ。この教会の経歴にいろいろ物騒な不運があったので、ここの桜はそういうのはないのかなと、ふと……」
「……少なくとも、儂が過去視をした時には、そういうのは特になかったがのう……」
「ガス爆発で吹っ飛んだ際に、埋まっていたものも一緒に、というのはありませんか?」
「じゃとしたら、結局今は関係なかろう?」
「そうですね」
プリムに言われ、納得しながら残りの田作りを平らげるレベッカ。
ぶっちゃけた話、レベッカとしては別に何が埋まっていても害がなければ割とどうでもいい。
ただ単に、ネタにしているうちに好奇心が湧いただけにすぎない。
「まあ、そもそもじゃ。ガス爆発自体オイルショックの前の話じゃし、仮にその頃に死体を埋めておっても、今頃全部なくなっておろう」
「死体は無くなっても、怨念は残るものですが……」
「お主、この教会で何本浄化光の柱をぶっ立てたか、覚えておらんのか?」
「ああ、確かに。ちょっとした怨念ぐらいなら、とっくに消滅してますか」
「そういう事じゃ」
プリムの指摘に、反論の余地もなくうなずくレベッカ。
ついでにプリムの苦手な蕪の梅酢漬けを彼女の弁当からもらってかじる。
行儀が悪い行いではあるが、残すよりはいいからとちゃんと合意の上で行っている。
悪い言い方をするならば、体のいい残飯処理である。
「……あれだけ言っておいてなんじゃが、今更気になってきた。ちょっと調べてみるか」
「そうですね。私も調べてみます」
そう言いながらプリムが立ち上がったのを見て、いつも残る類のものを勝手に食べながら同じように立ち上がるレベッカ。
何かあるかも、という前提で桜の木の根元を観察すると、何となく違和感があるポイントが目についたのだ。
「……ふむ。何か埋まってますね。聖気の反射加減から察するに、金属質のものです」
「……なんじゃと?」
「少し掘ってみます。……クッキーの缶ですか。それも、なかなか厳重に封されていますね」
「いわゆるタイムカプセルの類じゃな。勝手に掘ってしまってよかったのかのう……?」
「この類のものは、高確率で埋めた当人が忘れるか工事や地形の変化などで行方不明になるものと相場が決まっていますので、別に構わないかと。そもそもここは私有地ですし」
「まあ、そうじゃが……」
レベッカの無駄に力強い断言に、腑に落ちないながらも一応同意するプリム。
プリムが同意したのを見て、中身を確認すべく容赦なく開封するレベッカ。
ないとは思うが、危険物だったらまずいので確認しないという選択肢はない。
「……驚きです。ちゃんと防水加工が施されています」
「手が込んでおるのう……」
「ようやく、中身が出てきました。……理事長ですね」
やたら厳重に防水防触加工を施したうえで一部の隙も無く密閉されたクッキー缶の中から出てきたのは、プリティでキュアッキュアな感じのコスプレをしたプリム(なお、幼女形態の方)が映った数枚の写真と手紙であった。
「確かに儂じゃが、なんでこんな格好をしておる? というかそもそも、なぜ儂の本来の姿が映っておる……? もしかして、あやつか!?」
「何か思い出しましたか?」
「……うむ。十年ほど前の卒業生での。珍しく、両親ともども儂の本来の姿が見える人間じゃった」
「ふむ。ですが、確か理事長の幻術は電子機器も誤魔化せる類でしたよね? こんな風に本来の姿が映るのはおかしいのでは?」
「それなんじゃが、この時の記憶がないということは、そのレベルで酔わされておった可能性が高い。ほれ、見てみよ……」
「……どう見ても、出来上がっている顔色ですね」
「じゃろう? 少し思い出したんじゃが、確か卒業後にこやつの親に招待されて、様々なしがらみで断り切れんかった日があってな。その時しこたま飲まされて完全に記憶が飛んでおったんじゃが、こんな格好をさせられておったのか……」
「わざわざ泥酔させるあたり、なかなかの策士ですね」
「うむ。さすがに素面で教え子の前でこの格好ができるほど、儂も趣味人ではないからのう……」
そうぼやきながら、同封されていた手紙らしきものに目を通すプリム。
その内容にどんどん顔色が悪くなっていく。
「……こやつ、ヤバい性癖を持っておったようじゃな……」
「ふむ? ……実は、貞操の危機だったと」
「いや、どうやら最初から泥酔させた時点でコスプレをさせるだけに止めるつもりじゃったようだが……」
「次は素面で、ですか?」
「らしいのう。そういえば、卒業後もよく出入りしておったわ。妙な視線を感じると思えば、あやつじゃったか……」
そうぼやいた瞬間に、プリムのパソコンにメッセージが入る。
「……おう……」
「どうしました?」
「どうやら、なにがしかの方法で監視されておったようじゃ……」
「あら……」
「お主、気が付かなかったのか?」
「私自身が見られていたわけではなく、悪意も危険もなければ察知できません」
「そうか……」
レベッカの回答に肩を落としつつ、メッセージの相手を着信拒否にしてみなかったことにするプリム。
「……食欲がなくなった。全部平らげておいてくれ」
「分かりました」
結構な量が残る弁当をレベッカに押し付け、ふらふらした足取りで勝手口から学院に帰っていくプリム。
それを見送ったレベッカが、手を洗って浄化を済ませつつ首をかしげる。
「一体、理事長はどんな危険な性癖にさらされたのでしょう?」
そうつぶやきながらも、触らぬ神に祟りなしとばかりにあっさり残りの弁当に意識を切り替えるレベッカであった。
お雛様が厄神化するレベルの悪縁だけあって、プリムを狙っているお姉さんは「お巡りさん、この人です!!」とやらなきゃいけないタイプです。
間違っても、タワーを立てるような関係ではありません。
なお、本当に手が後ろに回るような真似はしない程度に自制心がある模様。
どうでもいいことながら、レベッカの食ってる動画ってASMRに分類されてる気がする。




