撲殺その16 ひな人形
「もう春ですねえ……」
プリムのごり押しで礼拝堂の隅に飾ったひな人形を見ながら、そんなことをつぶやくレベッカ。
季節は巡り、いつの間にかひな祭りの日が訪れていた。
「来週には卒業式があって、春休みですか。それが終わってゴールデンウィークに入れば、私がこちらに来てから一年になるわけですね……」
時の流れの速さにしみじみ感じいりつつも、ひな人形を見るのをやめてせっせと掃除を進めていくレベッカ。
五段飾りの立派なひな人形だが、この種の可愛いには興味がない、というより飯とサブカル系の娯楽以外に総じて興味が薄いレベッカには、掃除と片付けが大変だというぐらいの認識しかない。
さらに言えば、行事の内容もひな人形のいわれも、シスターで日本での法的な成人まで二、三年であるレベッカにはあまり関係のないものであり、日本で育ったわけではないので思い入れも薄い。
「ごきげんよう、シスター」
「ごきげんよう、花蓮さん」
そんなことを考えていると、中等部三年生の桃山花蓮がやってくる。
この花蓮という少女、綾羽乃宮ほどではないが古くから続く富豪の名家のお嬢様で、名前の音から連想するような守ってあげたくなる類の可憐な容姿をしているのだが、どうにも男運が悪い。
つい先日もレベッカが彼女に付きまとっていたストーカーを、そいつについた悪霊を除霊するという名目で殴り倒しているが、何故かそういうのがやたらよく湧いてくるのだ。
全員が全員殴り倒して問題ない相手でもない上、嫌悪感しかない方向性のあの手この手で花蓮をものにしようとする連中があまりにも多いため、ついに我慢できなくなった両親が婚約者を作ったという逸話がある少女である。
救いとしてはその婚約者と無事恋仲になった点と、婚約者が家も本人もうかつに手を出せないぐらいの力があることだろうか。
そんな彼女だからか、見る人が見ればはっきりわかるほど大量の禍々しい何かが体の周囲から引きはがされるように立ち上り、すごい勢いでひな人形に吸い込まれる。
「それで、今日はどうなされました?」
「かなり遅くなってしまいましたが、シスターに先日のお礼をお持ちしました」
「先日のお礼? ああ、もしかして、ストーカーの件ですか?」
「はい。今更かと思われるかもしれませんが、裁判も判決待ちで一区切りつきそうですので、改めてお礼をと思いまして」
「その件については、もうあなたのお父様からいただいていますが」
「それとは別に、私からの気持ちです。どうぞ、お納めください」
そう言いながら、大きな風呂敷包みを差し出してくる花蓮。
断るのも失礼かと、素直に受け取るレベッカ。
中身はどうやら重箱らしい。
「……これは?」
「当家の行きつけのパティスリーで作っている、スイーツのお重です。シスターは甘いものもお好きだと伺いましたが、その割にあまりこういう物には手を出していないとのことでしたので」
「そうですか。世の中にはこんな変わった形で売っているお菓子もあるなんて、私もまだまだ世間知らずですねえ」
「まあ、年越しシーズン以外は基本的に特注となる製品ですから、シスターがご存じないのも仕方がないとは思います。私も、正月以外でも特注という形で受け付けていることは、今回注文するまで知りませんでしたし」
「なるほど」
花蓮の説明に、そんなものかと納得するレベッカ。
正直なところ、究極的には食えれば何でもいいレベッカの場合、量以外の面で特注しようという考えは一切ない。
手土産にしても、レベッカの場合一番喜ばれるのは何気に聖水やそれを利用して作った諸々だったりするし、そうでなくても普通に手土産用のお菓子類を買うだけなので、やはり特注という考え方はない。
「中身が気になりますが、ここで開けるのはちょっと難しそうですね」
「そうですね。後でお部屋の方で召し上がってください」
レベッカの素直な感想に、さもありなんと頷きながらそう告げる花蓮。
今いる礼拝堂には、テーブル代わりに物がおけそうなのは、演壇か信者の座る椅子しかない。
さすがにどちらも少々抵抗があるので、後で確認ということになる。
「保冷材は入っていますが、一部のお菓子が要冷蔵なのでご注意ください」
「分かりました」
「それでは、これで失礼します」
最後に注意事項を告げて、礼拝堂を後にする花蓮。
花蓮と入れ違いで、小柄な少女が入ってくる。
「ごきげんよう、先生!」
「あら、ごきげんよう、玲さん」
入ってきたのは片山玲。ここ数年で急成長したお菓子メーカーの創業者の孫娘である。
小学校に上がる頃はまだ急成長を始めてすぐだったこともあり、普通の公立小学校に通っていた。
その関係で、レベッカなど一部の人間の前では庶民のノリが見え隠れする少女でもある。
レベッカのことを先生と呼ぶのも、学校で働いている大人は基本先生だという公立小学校のノリの延長線上だ。
元気溌剌という言葉を体現しているような少女で、基本的にあまり悪いものを寄せ付けないタイプでもある。
そんな玲でも完全ガードという訳にはいかないらしく、やはり何か禍々しいものが引きはがされてひな人形に吸い込まれる。
もっとも、先ほどの花蓮とは比較にもならないほど密度が薄く、量もささやかなものではあるが。
「どうなさいました?」
「先生の動画見て、うちの工場長が挑戦状をたたきつけたいって言いだしたんだ」
「なるほど。どんなものですか?」
「例のものをこちらへ!」
レベッカの問いかけににんまりと笑って、手をたたいて外で待機していた運転手兼務の使用人を呼ぶ。
呼ばれた使用人が、苦笑しながら大きな金属製のバケツを二つぶら下げて入ってくる。
「じゃじゃ~ん! うちの人気商品のバケツクッキーを、さらに大家族仕様にした特別版! 中で割れないようにボリュームアップするのに苦労したって言ってたよ」
あまりない胸を張って、やたら偉そうな態度でそう宣言する玲。
そんな玲の宣言に合わせ、使用人の女性がバケツのふたを開けて中身を見せる。
中には、さまざまな種類のクッキーがこれでもかと言わんばかりに詰め込まれていた。
「これはすごい……」
「でしょ? 全部で二百四十枚、種類も従来品から四種類増えて十二種類!」
「それは……、確かに中で割れないようにするのは、とても難しそうです」
「そうなんだよね。わたしも色々アイデア提供したけど、効果あったの一つか二つだったし」
「なるほど」
「しかも、ここまでやって、なんと八十枚入りの従来品三つ買うより三割以上安い!」
「本当に、それはすごい……。血のにじむような企業努力が見えます……」
玲の説明に企業が重ねた苦労と工夫が垣間見え、いろいろと感じ入るものがあるレベッカ。
日本のうまくて安いは、こういう事で支えられているのだ。
「それでは、後でじっくりいただきますね」
「うん。ただ、味の評価は正直に忌憚ない内容でお願い。嘘ついて持ち上げられても、誰のためにもならないから」
「それはもちろんです。ただ、私には動画を撮影してアップする能力がないので、配信で宣伝することはできませんけど」
「そっちは全然当てにしてないから、安心して。うちが欲しいのは先生の味覚であって、人気とか拡散能力じゃないから」
レベッカの言葉に、真剣な表情でそう言い切る玲。
もともと、過去の挑戦状でもレベッカは表現にこそ気を遣うものの、まずいものはまずい、口に合わないものは口に合わないとはっきり言っていた。
そのあたりが露骨に出るのがおかわりを要求するかどうかで、出したものを完食したかどうかだけでは全く安心できないのだ。
その結果、これまでの十回の挑戦状で二品の新メニューが没に、三品の看板メニューが材料や調理過程などの見直しに至っている。
最近は視聴者も目が肥えてきて、レベッカの食べ方と微妙な表情で美味いか不味いか好みに合わないだけかの区別がつくようになってきていたりするため、挑戦者もだんだんハードルが上がってきているのはここだけの話である。
幸いにして、求められている味のハードル自体はそこまで厳しいものではないので、没メニューも何気に味付けその他を変えてリサイクルされていたりはするのだが。
「じゃ、今日は帰るね。失礼します」
「ええ、また」
そう言って、来た時と同じように元気に出ていく玲。
それを見送ったところで、重箱とバケツ二つに目を向けるレベッカ。
「とりあえず、ダイニングの方に運びますか。重箱の中身には要冷蔵のものもあるようですし」
そうつぶやいて、ものすごく嵩張る頂き物をダイニングルームへ運び込むレベッカ。
その後も生徒や地域の人が手土産片手に顔を出し、そのたびにひな人形に何かが吸い込まれを繰り返す。
「なんだか、今日は物凄く人が多かったですね……」
最後の一人が持ち込んだものを片付け、ようやく一息付けたところで一日を振り返るレベッカ。
が、この日の来客はまだ終わっていなかった。
「レベッカよ、儂の手におえん種類の肉塊をもらったのじゃが、食えるように調理してくれんか?」
この日最後の来客は、大方の予想通りプリムであった。
「あら、理事長。一体何をいただいたのですか?」
「うむ。イノシシとシカじゃ。残念ながら、儂の知り合いにジビエが得意なのはおらんでなあ……」
「ああ、確かにそのあたりのお肉は、美味しく食べるのに少し工夫が要りますからねえ……」
そういいつつ、プリムからなかなか見ることのない大きさの塊肉が入った保冷バッグを受け取るレベッカ。
レベッカに塊肉を渡し、勝手知ったるなんとやらという感じでダイニングへと向かおうとするプリム。
その時、プリムから高濃度で特大の良くないものが吸いだされ、ひな人形に取り込まれる。
『何よこれ! 一体どんな人生を送れば、こんなえげつない厄をため込めるのよ!?』
プリムから吸いだされたものを取り込んだ直後、最上段のお雛様がわめきだす。
「あら?」
「むう……。そういえば、ひな人形は厄をため込むから、早めに祓ってからとっとと仕舞わねばならんかったな……」
「そういうものなのですか?」
「うむ。じゃが、おそらく儂のせいとはいえ、ここまであっさり厄神化するのはおかしいぞ?」
「理事長の溜め込んだ厄が強すぎたから、だけではないということですか?」
「いくら儂の運が悪くても、一人で厄神を生み出すほどの厄をため込むことなぞできんわ。なんぼ何でも、儂自身が無事ではすまぬぞ……」
「いえ、理事長の不死身ぶりなら、それぐらいは大丈夫かな、と……」
「あれは一応種も仕掛けもある種類の不死身じゃからな? どんなことからでも復活できる訳ではないからな?」
唐突にわめき始めたひな人形を前に、どことなく呑気な会話をするレベッカとプリム。
それを見ていたひな人形が、邪悪な気配マシマシで怒りの声を上げる。
『そもそも、この教会に来る奴の男運とか、全体的に悪すぎない!? 最初に重箱持ってきた奴なんて、そのままだといずれ本人無関係なところであいつを取り合って発生した痴情のもつれで刺されて殺されてたわよ!?』
「前々から薄々感じてはいましたが、花蓮さんの男運はそのレベルですか……」
『他の連中にしても、普通の範囲で収まる厄なんて、ほんの二、三人だったわよ!!』
「今も昔も、上流階級なんてそんなものなのでしょうねえ……」
「じゃろうなあ。後、長生きしておれば、それだけ妙な厄を拾ったり溜め込んだりする確率も上がるからのう。この教会に来るのは、学生以外は大部分がジジババじゃし」
ひな人形の主張に対し、呑気にそんなことを言い合うレベッカとプリム。
それを聞いていたひな人形が、最後の宣言をする。
『そういうわけだから、厄神にされちゃった八つ当たりと厄神としての役割と厄落としを兼ねて、この一帯にそこそこえげつない感じの災厄をばら撒くわ!』
「それが必要な事なのはわかりますが、さすがに災厄をばら撒くと言われて黙ってみているわけにもいきませんね」
ひな人形の宣戦布告ともいえる言葉を聞き、手に持っていたブロック肉をさりげなく安全圏に置きつつそう応じるレベッカ。
嫌な予感がして逃げようとして、すでに空間が隔離されていることに気が付き絶望するプリム。
感触から言って、ひな人形が厄神になってしまった時点で空間が隔離されていたようだ。
「なんか儂、毎回逃げ遅れとるのう……」
そうぼやきながら、どうせ必要だろうと礼拝堂のギミックを起動し、邪魔な椅子や演壇を収納するプリム。
プリムの動きを横目に、レベッカが手を祈りの形に組む。
祈りのポーズをとった瞬間、礼拝堂が夜の野外に代わり、晴れ渡った空に見事な満月が浮かび上がる。
「主よ、再びこの両手を血に染めることをお許しください」
その祈りの言葉と同時に、辺りにひな祭りの音楽がBGMとして鳴り響く。
BGMに合わせて修道服でも隠しきれていないグラマーで肉感的なボディラインを強調するかの如くレベッカの全身が光り、その豊かな胸の谷間から聖痕が浮かび上がる。
浮かび上がった聖痕がレベッカの左右の拳に宿り、足元から吹き上がった風が修道服の裾をはためかせベールを吹き飛ばす。
ベールが吹き飛んだ拍子に三つ編みがほどけたらしく、素晴らしい金髪が風にたなびく。
その場を濃密な神気が包み込み、レベッカの聖痕がフルパワーで解放された。
「では、互いの罪を清算しましょう」
『えっ? ちょっと待って? 罪の精算っていつから殴り合いになったの!?』
ピーカブースタイルで構えながらいつもの宣言をするレベッカを見て、これから起こるであろうことを察してそうわめくひな人形。
プリムはすでにレベッカの聖痕の光に焼かれて、礼拝堂の片隅で真っ白になって倒れている。
そのポーズが、愛犬と一緒に天に召された少年の最後にやたら似ているのだが、そういうパロディを意識する余裕はプリムにはないので、単なる偶然である。
『ええい! 一方的に殴られるいわれはないわ! 行け! 五人囃子ビットに右大臣左大臣ミサイル!』
お雛様の宣言に合わせて、複雑な軌道を描いてレベッカに襲い掛かるひな人形達。それを、マシンガンのようなジャブで片っ端から迎撃するレベッカ。
『三人官女コンビネーション!』
「踏み込みが足りませんし、間合いも甘いですよ」
思いつく限りのライン取りで攻撃を仕掛けるも、一発たりとも有効打を出せずに撃退される五人囃子と右大臣・左大臣。
それに業を煮やして三人官女を送り込むも、多少手数が増える程度レベッカにとってなんぼのものでもない。
あっさり対処されてお雛様が無防備にさらされる。
『くっ! こうなったら厄神ビーム!』
「ふん!」
『そんな!? だったら、厄神ビーム増幅フォーメーション!』
無防備に殴られてたまるものかと、凝縮した厄をビームとして放つお雛様。
それを正面からラッシュで散らしながら、お雛様本体を殴ろうと距離を詰めていくレベッカ。
そんなレベッカの動きに恐れ戦きながらも、お内裏様以外の人形を使って出力を増幅するお雛様。
そんな努力も空しく、ついにレベッカのストレートがお雛様をとらえようとする。
『くっ! お内裏様シールド!』
もう後がないと分かりながらも、傍らのお内裏様人形でストレートをブロックするお雛様。
だが、残念ながらその悪あがきはむしろ、次のラッシュをスタートさせるきっかけとなってしまう。
「はっ! はっ! はっ!」
ストレートをもろに受けたお内裏様や、少しでも時間を稼ぐべく割り込もうとしてきた他のひな人形を、雑にジャブで弾き飛ばすレベッカ。
そうして無防備になったお雛様を、ついにジャブからのワンツーがとらえる。
なお、この戦闘で弾き飛ばされたひな人形たちは、毎回そうはならんやろうという感じで壁や屋根を何度も跳ね返ってからプリムを直撃して戦線復帰しており、今回はラストだからか全部プリムに突き刺さって沈黙している。
『がっ! ぎゃ! ぐあ!』
仮にも女性型の存在が上げるのはどうかというような悲鳴を上げながら、どんどん存在を削られていくお雛様。
そのままついに、とどめのコークスクリューが叩き込まれる。
『そんな馬鹿な~!?』
高密度の浄化光に包まれ、断末魔の叫びをあげるお雛様。
それを見たレベッカが、いつものように決め台詞を口にする。
「主よ、この哀れな子羊に救いの手を」
背を向けて十字を切りながら白々しい祈りの言葉を告げる、いつものルーティン。それに合わせて巨大な浄化の光が柱となって天地を貫く。
その直後にいくつも枝分かれした浄化の光が方々に着弾し、行きがけの駄賃とばかりにプリムを雑に焼いてから消えることで今回の騒動は終わりを告げた。
「さて、人形がひどいことになっていますが、どう片付けましょう?」
お雛様を含め、すべての人形がプリムに突き刺さっている現状を見て、どうしたものかと考えこむレベッカ。
見たところ、あれだけ殴られてあちらこちらにぶつかったにもかかわらず、人形も建物も傷一つついていない。
「とりあえず、教会の入り口は閉めておきますか」
そう結論を出し、片付けの手順を考えるのは後回しにするレベッカ。
結局、今後聖心教会ではひな人形を飾ることは無くなったのであった。
一部の古参スパロボプレイヤーにとってトラウマなセリフを仕込んでみた今日この頃。
なお、恐らく言うまでもありませんが、前回のBGMの表記はわざとやってます。歌詞は危険。




