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撲殺その14     クリーチャー

「……クリーチャーの捕獲、もしくは撃破?」


『ええ。あなたがやらないと駄目らしくて……』


 二月も終わりが近づいてきたある日の朝。


 バチカンから直接入ったチャットコールに対応したレベッカは、唐突に告げられたその言葉に思わずぽかんとした表情を浮かべていた。


「そもそも、そのクリーチャーというのは一体?」


『正確なところは分からないけど、アメリカ国内で発見され研究所で調査が行われていた未知の生物が流出したそうよ』


「それでこういう話になるということは、危険生物の類ですか。で、私に声がかかったということは、どういう経路か潮見に入ってきているということですね」


『預言が正しければそうなるわね。日本で騒ぎになるといろんな意味で困るから、早めに発見して対処してしまいたいの』


「でしょうね」


 預言の聖女シルヴィアの言葉に、それはそうだろうと頷くレベッカ。


 今の日本ほどアンタッチャブルな存在が集中している国は他になく、そうでなくても流出した原因が何であれ騒ぎになった時点でアメリカのダメージは計り知れない。


「それで、どんな姿をしていてどのあたりにいるのか、それを教えていただけませんか? さすがに何の情報もなしでは対処の仕様がありません」


『そうね。聞いている限りでは姿はミミズの親玉という感じらしいけど、今でもそうなのかは分からないそうよ。ちなみに危険性はワニガメ以上といったところらしいわね』


「ふむ。そんなに簡単に姿が変わるのですか?」


『最短で十分で環境に合わせて変異したとのことよ。一応多細胞生物のはずなのに、下手をするとウィルスよりも変異が早いらしいわね』


「となると、どんな姿をしていてもおかしくはない、と。最悪、人間に擬態している可能性も考慮しておいた方がよさそうですね」


『そうね。まあ、さすがにそこまで一気にはいかないと思いたいところだけど』


「ですね。しかし、ミミズですか。姿形の情報が当てにならないことも踏まえると、なかなか探すのに骨が折れそうですね。探索範囲を絞れるような情報はありませんか?」


『ちょっと待ってね。確認してみる。……なるほど、あなたを指名したのはそういうこと……』


「どうしました?」


『どうやら、聖心堂女学院の敷地内に逃げ込んでいるようね』


「なるほど。では、生徒に被害が出る前に仕留めてしまいましょうか。多分生け捕りは無理だと思いますが、かまいませんよね?」


『ええ。好きなようにやっちゃって』


 シルヴィアの許可を得て、それならばと軽く気合を入れるレベッカ。


 そんなこんなで、レベッカはクリーチャーなどという、悪魔や悪霊とは別ベクトルで一般的には実在していないと思われている存在を殴りに行くことになるのであった。








「敷地内と一口に言っても、この学校はかなり広いのですよね……」


 例のファッショナブルなリュックを背負って授業中の聖心堂女学院に入ったレベッカが、どうしたものかと頭を抱える。


 お嬢様学校だけあっていろんなものが充実している聖心堂女学院は、敷地内になんと徒歩一時間ほどのハイキングコースまである。


 それも、お嬢様方の足で登れるようなぬるいコースとはいえ、れっきとした森の中の道だ。


 学院の敷地内でちゃんと塀で囲まれているから遭難までに至らないだけで、間違えて獣道に入れば普通に迷子になるぐらいの広さと険しさはある。


 その中を、大きさも外観もはっきり分からないミミズを探すというのは、かなり難易度の高い作業と言えよう。


「さて、どこをどうやって探しましょう……」


 校舎から裏庭を通ってハイキングコースにつながる道の入り口で、地図を見ながら真剣に悩むレベッカ。


 残念ながら、レベッカの能力は素手での撲殺に特化、聖痕は基本機能以外は現状、リソースが全て演出関係に振られている。


 こういった探し物に使える能力は一切ないので、勘と鍛えぬいた気配察知能力に頼るしかない。


 つまり、著しく成功率が低く効率も悪いということである。


「……禁止されてはいますが、ロザリオでダウジングを……」


「何を物騒なことを言ってるんじゃ……」


 あまりに無理ゲーな状況に負けて禁止された行為に手を染めようとしたところで、いつの間にかそばにいたプリムに突っ込まれる。


「ああ、理事長。実はバチカンからの指示で、この学院の敷地に逃げ込んだらしいクリーチャーの捜索と捕獲もしくは撃破を行うことになりまして」


「いきなり意味不明すぎるぞ……」


 レベッカの説明に、何とも言えない表情になってしまうプリム。


 突っ込みどころが多すぎる上に、説明が端的すぎて状況が理解できるのだが理解できない。


「そもそもクリーチャーとはなんじゃ? そんなもんがどこから湧いた?」


「あまり広める訳にはいかないので具体的にどこからというのは濁させていただきますが、海外から違法な形で持ち込まれたミミズの変種で、ものすごい勢いで変異するらしいです」


「何じゃ、そのB級映画に出てきそうな生き物は……」


「私も詳しくは聞いていませんが、クリーチャーというぐらいですからB級映画に出てきそうなビジュアルをしているのだと思います」


「なるほどのう……」


 いろいろある突っ込みどころのうち、一番重要な点について確認を済ませるプリムとレベッカ。


 他の点についても気にはなるが、突っ込んだところで機密の壁に阻まれるか、レベッカどころかバチカンも把握していないかのどちらかなのが分かるのでこれ以上は追及しないことにする。


「それで、ロザリオでダウジング、という発想になった訳か」


「はい。さすがに何の指標もなく足で稼ぐのは無理があるかな、と」


「そうじゃなあ……」


 レベッカの言葉に、裏庭を見て思わず遠い目をするプリム。


 そのミミズというのがどの程度の大きさかは不明だが、ワニガメ程度のサイズであってもこの裏庭なら普通に隠れられるだろう。


 視界が広がっている裏庭ですらそうなので、ハイキングコースが通っている森の中は考えたくもない。


「とりあえず、儂の方で軽く探知を飛ばしてみるかの。条件は普段おらぬ生き物でよかろう」


 そう言って、探知魔法を使うプリム。


 すぐに結果が出たようで、直後に顔を引きつらせる。


「何じゃこの深海生物に魔界生物と神話生物を混ぜたような面妖な反応は……」


「……つまり、生徒の皆様には間違っても見せてはいけない生き物だということですね」


「じゃろうなあ……。ちなみに、反応は向こうじゃ」


 そう言って、プリムがハイキングコースの方を指さす。


「ある意味では好都合ですね」


「じゃなあ。問題は、探すハードルが一気に上がったことじゃが……」


 そう言いながら、渋々といった体でハイキングコースに入って行くレベッカとプリム。


 時折探知を挟みながら、徐々に中腹にある展望台へと近づいていく。


「むっ、近いぞ!」


 展望台に続く広場に足を踏み入れながら何度目かの探知を行っていたプリムが、今までになく大きな反応を拾ってそう叫ぶ。


 次の瞬間、プリムの足元から翅と触手が生えた巨大なミミズが出現して、そのままプリムを丸のみしようとする。


「ぎゃ~!?」


 大慌てで飛びのこうとして、パリンという音とともに思いっきり下半身を食いちぎられるプリム。


 同時に飛びのいていたレベッカが、その姿に顔をしかめる。


「これはまた、禍々しい姿をしていますね」


 プリムの下半身を咀嚼しているミミズを見ながら、そう不愉快そうに吐き捨てるレベッカ。


 そんなレベッカの反応を見て、嬉しそうにたらこ唇をニヤリと歪めるミミズ。


 その口の隙間から、恐怖をあおるのに特化したようなえげつない構造の歯がのぞく。


 全容を現したミミズの姿は、どう見てもSAN値直葬ものであった。


「れ、レベッカ! こやつ、強いぞ! 儂の防御がパリンといった!」


 痛みにうめきながらせっせと下半身を再生させつつ、一応念のために警告をするプリム。


 一応対戦車ライフルぐらいは弾ける程度の防御はしていたのに、全く意味がなかったのだ。


「ええ、分かっていま……!?」


 プリムの言葉に返事をしようとして、直感に従い大きく飛びのくレベッカ。


 その直後に、レベッカのいたあたりにミミズから吐き出された唾液の塊が着弾する。


「くっ!」


 直撃は避けたものの飛沫がリュックに直撃、三分の一ほどが溶けて中身がぶちまけられる。


 それによる重量と重心の変化で一瞬動きが鈍るも、即座にリュックを投げ捨てて身軽になるレベッカ。


 そんなレベッカをいたぶるように、もう一発唾液の塊を吐き出すミミズ。


 次の一発が投げ捨てたリュックに直撃し、レベッカの荷物を全て溶かしてしまう。


「っ!!」


 自身の荷物がひとつ残らず跡形もなく溶けてなくなったのを見て、レベッカの顔から表情が抜け落ちる。


 それを見て調子に乗ったミミズが次の攻撃を叩き込もうとして、妙な迫力にびくっと震えて動きを止める。


 そんなミミズの様子を気にせず、レベッカがいつものように祈りのポーズをとる。


 そのポーズと同時に、まだ昼にもなっていないにもかかわらず周囲が一気に夜になり、空に何の前触れもなく満月が上る。


「主よ、再びこの両手を血に染めることをお許しください」


 その祈りの言葉と同時に辺りに斬魔な大聖が輝くトラペゾヘドロンでも叩き込みそうな感じのBGMが鳴り響く。


 BGMに合わせて修道服でも隠しきれていないグラマーで肉感的なボディラインを強調するかの如くレベッカの全身が光り、その豊かな胸の谷間から聖痕が浮かび上がる。


 浮かび上がった聖痕がレベッカの左右の拳に宿り、足元から吹き上がった風が修道服の裾をはためかせベールを吹き飛ばす。


 ベールが吹き飛んだ拍子に三つ編みがほどけたらしく、素晴らしい金髪が風にたなびく。


 その場を濃密な神気が包み込み、レベッカの聖痕がフルパワーで解放された。


「では、互いの罪を清算しましょう」


 いつものようにアルカイックスマイルで処刑を宣言するレベッカ。


 その言葉に、我に返ったミミズがいきり立ったように一声上げる。


 そのまま、ノータイムでレベッカの回避を封じるように多数の触手を伸ばして攻撃を繰り出しつつ、三度目の唾液の塊を吐き出す。


 それらの攻撃全てを、正面からのラッシュで迎え撃つレベッカ。


 数秒の攻防の後、ほぼ無傷のレベッカが触手の弾幕と唾液の塊を突破してミミズの顔面を殴り飛ばしていた。


「!!??」


 予想外の事態に混乱するミミズに頓着せず、返り血ならぬ返り体液で修道服の一部を焼かれながらも徹底的にラッシュを叩き込むレベッカ。


 相手が基本軟体生物であることも踏まえ、のけぞらせてダメージが減衰しないように注意して打撃を叩き込み続ける。


 魔界生物の性質が混ざったが故の弱点か、本来なら相性的に大したダメージにならないはずの打撃攻撃により、恐ろしい勢いで体を削られて消滅させられていくミミズ。


 だが相手もさるもので、殴られながらも半ば不定形な軟体生物の体を活かして、時折レベッカの顔面やボディに反撃を直撃させる。


 本来ならそれらのうち一撃でも入ればミンチになる威力の攻撃なのだが、どういう体をしているのか、それとも受け方に工夫があるのか、レベッカにはかけらもダメージが通った様子はない。


 そのうちの一発が胸部に当たってたゆんという感じで跳ね返されたのを目撃してしまったプリムは、巨乳の弾力なら神話生物の攻撃も弾けるのかなどと見当違いなことを考えていたりする。


 そんな壮絶な殴り合いが続くこと、約十分。


 ついに反撃する能力もなくなったミミズの顔面に、レベッカのコークスクリューが叩き込まれる。


 コークスクリューが入ると同時に、ミミズの全身を浄化の光が包み込む。


「主よ、この哀れな子羊に救いの手を」


 いつものレベッカの祈りと同時に、ミミズを包み込んでいた浄化の光がいつものように天地を貫く光の柱となる。


 そのままミミズが消滅するかと思ったところで、玉虫色の名状しがたい何かがすっと出てくる。


 その姿は人間の語彙ではとても描写できるものではないが、あえて何か書き記すとすれば直視しなくても同じ空間にいるだけでSAN値が消失するという表現になるだろう。


 そんな名状しがたいヤバ気な存在を見たレベッカが、あらあらといった感じでおっとりと手を頬に当てる。


「どうなさいましたか、ブラザー?」


「───」


「ああ、なるほど。これは、あなたの担当でしたか」


「───」


「いえいえ。では、よろしくお願いしますね」


 何やらレベッカと会話していたらしい名状しがたい何かが、まるで謝罪するかのようにそのいあいあしたくなる体をペコペコ動かした後、ミミズの残りをかき集めて消える。


 名状しがたい何かが立ち去ってすぐ、あたりが普通に午前中の景色に戻る。


「……お主、神話生物と知り合いだったのか?」


 景色が完全に戻ったところで、下半身の再生を終えたプリムがあきれと畏れを混ぜたような態度でレベッカにそう聞く。


 なお、どういう原理か服も元に戻っている。


「知り合い、と呼べるほど親しくもありませんけどね。昔一度、とある事件で共闘したことがあっただけです」


「……あれと共闘とか、なんでお主人間のまま精神が普通の範囲なんじゃ? TRPGなら判定の余地なくSAN値が逝って脳がやられるか人じゃなくなるかのどっちかなんじゃが……」


「さあ? 聖痕のおかげでは?」


「お主、分からんことは何でも聖痕のせいにすればいいと思っておらんか?」


「他に心当たりもありませんし」


「……むう」


 レベッカの雑な結論にうなりつつ、いろいろ諦めて矛を収めるプリム。


 そのまま深くため息をついて、本日の結論を口にする。


「しかし、今回はB級映画かと思えばラブクラフトとか、訳が分からんぞ……」


「ですねえ。まあ、そんなことより、仕事道具が全滅したので、また買い揃えないと……」


「服もなかなかのダメージじゃしのう……」


「そっちも問題ですね。予備が十着ぐらいあるとはいえ、地味に値段が張るのでそんなにポンポン廃棄したくはないのですが……」


「その服、何か特殊な機能でも付加されておるのか?」


「いえ。日本で普通に宗教関係の服や道具類を売っている店を探して調達したものです。特殊効果なしの一番安い普通の服ですが、流石に需要が少ないものなので……」


「なるほどのう……」


 その説明にプリムが納得したところで、レベッカの腹が豪快に鳴る。


「さすがにお主の燃費であれだけ暴れれば、腹も減って当然か」


「はい。とりあえず、ミミズと言えばハンバーガーなので、服や道具類の調達ついでに潮見で一番高いハンバーガーを頂いてこようかと」


「その都市伝説は風説の流布とか侮辱とかそのあたりに引っかかりかねんから、あまり口にするでないぞ。それはそれとして、一番高いと言うと三千円ぐらいか?」


「いえ。十四個積み重ねて一メートルオーバーの高さの、一万円ちょっとのハンバーガーです」


「高いというのは、そういう意味か!?」


「はい。挑戦状も貰っていることですし、今からでも問題なければ受けて立ってこようかな、と」


「まあ、好きにせい。ただ、そのハンバーガーがどういったビジュアルか気になるから、儂もついていいかの?」


「本日の予定に問題がないのであれば、こちらとしては全然問題ありませんが」


「そうか。じゃったら今日はアポイントの類もなし、書類仕事も午後からで十分間に合うから、ついていくとしよう」


 レベッカの返事を聞き、上機嫌で着替えに戻るプリム。


 その後、


「何じゃ、このバーガーは!? いくらアメリカンと言っても、直径だけでなく高さも儂の顔よりデカいというのは無茶ではないか!?」


 レベッカとともに訪れたアメリカンバーガーの店で自分の顔よりデカいハンバーガーを見てビビるプリム。


「ふむ。フィッシュバーガーだけでもタラにシャケにサバと三種類もあるのですね。という訳で、次のタワーをお願いします」


 そんなプリムを横目に、タワー三本を平らげてボリューム面では挑戦者を惨敗させるレベッカであった。

なんか、ここんところB級映画シリーズになってる気がしますが、単にネタが下りてくるのがそのシリーズだっただけの話でございます。


今回ちらっと出てきた預言の聖女シルヴィアさんですが、フルネームがシルヴィア・グレイスであること以外一切決まっていません。

ちなみに、グレイスは聖痕持ってる親も戸籍もなかった人間全員に共通で与えられてる苗字です。

いずれ本編で入れられたらいいなあと思いつつ、触れる機会がなさそうなのでここで。


後、理事長が自分の顔より厚みが分厚いと言っているバーガーですが、あくまでも目の錯覚でそこまでデカくはありません。

恐らく半分から三分の二の間ぐらい。

直径は普通に理事長どころかレベッカよりデカいですが。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新、お疲れさまです。 今回の犠牲者はクリーチャーですか。 最近は敵に、とっとと逃げた方が良いと言いたくなってます。 流石に哀れすぎるのでw ダウジング、ダメなんですよね。 というかイメ…
[一言] 処刑用BGM候補で一つ思い付いたのがあったので 北斗の拳(アニメ第一期)よりOP曲 クリスタルキング「愛を取り戻せ」はいかがでしょう? 今の若い人には判らなさそうな選曲で申し訳ない
[一言] >>レベッカの腹が豪快になる は「鳴る」じゃないとお腹がなにかとんでもないものに成ったように見えますよw
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