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撲殺その13     メリーさん

「これが、私に対する挑戦状ですか……」


「はい。本来ならカップルで食べていただく予定の、超ロングチョコレートパフェ・バレンタイン特別バージョンでございます」


 バレンタインも目前に迫った二月十日。潮見駅前のとある喫茶店。


 三日前に送り付けられた挑戦状をもとに訪れたレベッカを待ち受けていたのは、高さ70センチはあろうかという長大なチョコレートパフェと何かの撮影スタッフだった。


 高さのせいで細く見えるが、バランスをとるために直径もそれなりの太さがある。


 どう少なめに換算しても、一般的なパフェの三倍から四倍の量はあるだろう。


 そのサイズに見合った量の様々なフルーツが彩を添える、まさに挑戦状と呼ぶにふさわしいパフェであった。


「なかなか凝ったパフェですが、それだけに食べづらそうではあります」


「そうおっしゃられることも想定して、取り分けや解体途中に仮置きするのに使うお皿やナプキンも用意してあります」


「ふむ、なるほど」


 そう言いながらスプーンを手に取り、パフェと向き合うレベッカ。


 その横では、レベッカに挑戦状を突きつけた張本人である女性店長が、固唾をのんで見守っている。


「それでは、溶けないうちにいただきます」


 そう告げて、上から順番に丁寧にパフェを崩していくレベッカ。


 さほど大口にも見えず、動作もゆったりしているのに、結構なスピードで高さが低くなっていくパフェ。


 その様子に、カメラマンを含めたギャラリーがどよめく。


「あの動作で、なんであんなに速く減ってくんでしょうね……? しかも、全然周りを汚したりしてないし……」


「あの量であの高さだったら、慎重に食べてもちょっとぐらいは飛んだり垂れたりするもんなんだけど……」


「しかも、頭がキーンってなったりとかもしてなさそうですよ……」


「それが一番びっくりだ……」


 あっという間にグラス部分までたどり着いたレベッカを見て、思わずそんなことをささやきあうカメラマンとディレクター。


 これ以上は無理、というところまで平らげるのにかかった時間は約五分であった。


「ごちそうさまでした」


「どうでした?」


「とても美味しかったです。しいて難を言えば、ソフトクリームの層とアイスクリームの層が結構なボリュームだった影響で、制限時間がシビアになっていたことでしょうか」


「やっぱりそうなります?」


「はい。グラスの中のアイスクリームはまだしも、外に出ているソフトクリームをあんまりのんびり食べると大惨事につながりますので、そこが大変です」


「あ~……」


 店長からの質問に対し、正直に思ったことを忖度なしで答えるレベッカ。


 その答えに、思わずうなる店長。


 この手のパフェはもとよりそういうものだからと食べやすさについては度外視していたが、味と見栄えばかり気にして制限時間までは意識が及んでいなかった。


 ホイップクリームに置き換えるか、それとも別のもので高さを稼ぐか、などと考えていると、レベッカから強烈な一言が飛んでくる。


「それで、挑戦状はこれだけでしょうか?」


「えっ? あ、そうですね。今回のはバレンタイン用の特別メニューでしたので、レギュラーメニューのストロベリー、抹茶、プリンの超ロングパフェもご用意いたしますね」


「三種類ですか?」


「普段はチョコパフェもありますが、バレンタイン期間は先ほどのスペシャルパフェになります」


「なるほど」


 店長の言葉にうなずきながら、新たなパフェへの期待で胸を躍らせるレベッカ。


 そんなレベッカを横目に、無線でキッチンに三種の超ロングパフェをオーダーする店長。


 オーダーに対する回答は、チョコパフェが半分を切った時点でもう作り始めていたというもの。


 ほどなくして、二つ目の品であるストロベリーパフェが到着する。


「いろんな種類の甘さと程よい酸味が自慢の、当店オリジナル超ロングストロベリーパフェです」


「これも素晴らしい一品です。それでは、いただきます」


 店長の紹介を聞いてそう感想を述べると、先ほどの焼き直しのような動きで五分ほどで次のパフェを平らげるレベッカ。


 今度は食べ終わったタイミングで抹茶パフェが運び込まれてくる。


「抹茶パフェと言っていますが、一部は味変のためにほうじ茶のクリームやアイスを使っています」


「ほほう。薄茶の部分はそういう理由でしたか」


 などと言いながら、これまた五分ほどで平らげる。


 三杯目だというのに実に美味そうに食ってはいるが、普通の人間だと胸やけ以外にも軽度の低体温症になりかねない量のアイスクリームやソフトクリームを食べている。


 毎度のことではあるが、胃袋以外の部分もどうなっているのか、いろんな意味で謎な女である。


「これが最後になります。プリンパフェです」


「なるほど。アイスを盛っていた部分の一部がプリンになっているのですね」


「はい。他にも、上のほうに配置されていたロールケーキやクッキーもプリンクリームが使われています」


「ふむ。それでは、いただきます」


 これが最後の一食だ、ということで、先ほどより若干ペースを落として食べていくレベッカ。


 もっとも、ペースが落ちていると言っても、五分が五分十秒とか二十秒になる程度の差ではあるが。


「ごちそうさまでした」


 そのまま若干丁寧なペースで最後までプリンパフェを食べきり、上品な仕草で口を拭ってチャレンジ終了を告げるレベッカ。


「そういえば、この挑戦状、どういう種類の挑戦状だったのでしょうか?」


「えっとですね。最近潮見で噂の爆食シスターに、新商品や期間限定商品、自慢の一品などを食べていただいて、量と味双方で満足させることができるかどうか、という、ある種の宣伝も兼ねた挑戦状です」


「ふむ。でしたら、今回のパフェは店長の勝利ですね。チョコパフェこそ、実質的にきつめの制限時間が発生していましたが、他の三品はそこまで忙しくないものでしたし」


「そうですか、ありがとうございます!」


 ただで山盛りの果物を使ったスイーツを四品も食べさせて上機嫌なレベッカが、あっさり勝利を認める。


 それを聞いた店長が、本当にうれしそうに喜ぶ。


 その後さまざまな店の名物メニューを生み出し、また品数勝負というやり方でデカ盛り系以外にも様々な店の宣伝に寄与することとなる「爆食シスターへの挑戦状」シリーズ、その第一回は無事に撮影終了となるのであった。








 その後の帰り道。唐突にレベッカの携帯電話が鳴る。


「……おや? 知らない、というか文字化けしている電話番号ですか」


 携帯を取り出して番号を確認し、問答無用で電話を切るボタンを押すレベッカ。


 あまりよろしくない霊力を感じるが、いちいち対処する義理もないのでスルーである。


 直後に再び、同じ番号からかかってくる。


 うるさいので電話を切り、マナーモードに切り替えるレベッカ。


 しつこくしつこくかかってくる電話を完全に放置していると、ついに相手がしびれを切らしたのか、実力行使に躍り出る。


 どんな手を使ったのかというと、携帯電話ではなくパソコンの通話機能を勝手に起動し、強引にレベッカに相手をさせるという手段である。


『私、メリーさん。今、潮見駅にいるの』


「ふむ。今やネタ系都市伝説のフリー素材としてネット界隈で散々いじり倒されている、あのメリーさんですか」


『私、メリーさん。そんなしょぼい連中とは違うの』


 レベッカの正直な、それだけに身も蓋もない感想に対して即座に反論し、通話を切る自称メリーさん。


 その流れに、帰宅する足を止めずに、どうしたものかと歩きながら考えこむレベッカ。


 正直な話、ネット上でいじり倒されすぎた影響もあって、レベッカは本来のメリーさんの都市伝説がどんな内容かを知らない。


 恐らく最終的に背後を取って、振り向いても振り向かなくても何らかの形で命を奪う、というものなのだろうが、ネタにされすぎていて恐らくレベッカに限らず一定水準のエクソシストには通用しない。


「まあ、最後まで付き合うのが面倒がなくていいでしょうね」


 少し考えて、そう結論を出すレベッカ。


 この種の怪異は一度スタートしてしまうと、介入できるポイント以外で対処するのは非常に難しい。


 メリーさんの場合は最後の方、自宅の前だったり数メートル後ろの角だったりといったその気になれば認識できる距離に入るまで、実は本人も現在どこにいるかとか次どこに移動するかとかを正確に把握できないという特徴がある。


 なので、最低でもそこまでは付き合うしかない。


 そうと決まれば急いで教会に帰るべし、と、速足で帰路に就くレベッカ。


『私、メリーさん。今、潮見遊水地の地下貯水湖にいるの。……私、メリーさん。なんでこんなところに出現しているの?』


「どうやら、変則的な移動をすると現在位置がバグるみたいですね」


 時折入る現在位置報告のタイミングを読んで適当な民家の屋根を移動し、メリーさんの出現場所をバグらせて遊んだりしながら移動すること十数分。


 ついに、レベッカが教会の前の通りにたどり着く。


『私、メリーさん。やっと聖心堂女学院正門前に憑いたの』


 その言葉を聞き、教会の入り口前で足を止めてメリーさんを待つことにするレベッカ。


 レベッカが待機予定のポジションについたと同時に電話が鳴り、勝手に通話が始まる。


『私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの』


「私、レベッカさん。今、あなたの後ろにいるの」


 電話と同時に背後に気配が発生し、反射的に後ろのさらに後ろを取るレベッカ。


 レベッカの背後にいたのは、プリムと同じぐらいの外見年齢の、エプロンドレスを着た金髪の妙におどろおどろしい雰囲気をまとった少女だった。


『私、メリーさん。今の動き何!? なんで後ろを取ってるの!?』


「この業界では、後ろを取られたら取り返すか問答無用で殴り倒すのがルールですから」


『私、メリーさん。さすがにそんな物騒なルールがある業界は知らないの!!』


 そう言いながら振り返ったメリーさんだが、そこにはすでにレベッカの姿はなかった。


「私、レベッカさん。今、教会の十字架の上にいるの」


 そう宣言したレベッカの言葉につられ、教会の屋根の上を見るメリーさん。


 そこには、片足で十字架の天辺に立ち、もう一方の足をモデル立ちのように後ろに回して胸の前で手を握る、いわゆる「シスターと言えばこう」というポーズをとっているレベッカの姿が。


『私、メリーさん。一体どうやって今の一瞬でそこに移動したの!?』


「企業秘密です」


 メリーさんの質問にそうとぼけて見せるレベッカだが、何のことはない。


 単に、普通に飛び上がって着地しただけである。


 そこまでやって気が済んだのか、レベッカがいつものように祈りのポーズをとる。


 そのポーズと同時に、まだ夕日には早い時間帯のはずの周囲が一気に夜になり、空に何の前触れもなく満月が上る。


「主よ、再びこの両手を血に染めることをお許しください」


 その祈りの言葉と同時に辺りに日曜朝に放送されている変身ヒロインが変身して必殺技を叩き込むときのようなBGMが鳴り響く。


 BGMに合わせて修道服でも隠しきれていないグラマーで肉感的なボディラインを強調するかの如くレベッカの全身が光り、その豊かな胸の谷間から聖痕が浮かび上がる。


 浮かび上がった聖痕がレベッカの左右の拳に宿り、足元から吹き上がった風が修道服の裾をはためかせベールを吹き飛ばす。


 ベールが吹き飛んだ拍子に三つ編みがほどけたらしく、素晴らしい金髪が風にたなびく。


 その場を濃密な神気が包み込み、レベッカの聖痕がフルパワーで解放された。


「では、互いの罪を清算しましょう」


『私、メリーさん。いきなりすぎてついていけないの!』


 メリーさんの抗議の声を無視し、拳をピーカブースタイルに構えて高く飛び上がるレベッカ。


 空中で一回転宙返りをしながら、小手調べとばかりにメリーさんに向かって拳圧による衝撃波のラッシュを叩き込む。


 問答無用すぎてついていけないメリーさんを襲う、無慈悲な衝撃波の弾幕。それにより地面にたたきつけられたメリーさんが、反動で空高く浮き上がる。


 浮き上がったメリーさんがちょうどいい高さに落ちてきたところで、レベッカがいつものラッシュを始める。


「何じゃこれは!? いきなり周囲が夜になったと思ったら、レベッカが見知らぬ幼女をボコっておる!?」


 運悪く、ラッシュが始まったタイミングでメリーさんを挟んでレベッカと向かい合う位置に通りかかってしまうプリム。


 どうやらコンビニに行った帰りらしく、手にしたエコバッグから一番近いコンビニチェーンの限定商品がいくつか覗いている。


「あら、理事長」


「ちょっ!? 幼女をボコりながら普段の世間話をするような調子で話しかけるでない!」


「と言いましても、このメリーさん、何やら妙なものに汚染されているようですので……」


「そういう問題ではないのじゃ!」


 そんなことを言いながら、とっさにエコバッグを安全圏に避難させるプリム。


 もうこうなったら何かの流れ弾を食らうのは避けようがないと判断し、せめて少しでも被害を抑えようとあがいた結果である。


 そんなプリムの動きを見たレベッカが、今日は巻き込まないように工夫するかといつものフィニッシュブローをコークスクリューのストレートからコークスクリューアッパーに変更する。


 が、その程度の配慮でプリムに被害が及ばないのであれば、これまでの流れ弾は全て回避できているだろう。


 残念ながら、派手に殴り飛ばされたメリーさんはそうはならんやろうと突っ込みたくなる軌跡を取り、ものの見事にプリムに直撃した後ストレートで殴り飛ばされたかのように地面と水平に吹っ飛んで壁に叩きつけられる。


 そのギャグマンガかコントのような現象にレベッカが言葉を失っているうちに、浄化光がプリムとメリーさんを焼き始める。


「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


『きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』


 あまりの痛さに絶叫するプリムとメリーさん。


 その声に我に返ったレベッカが、大急ぎで締めの言葉を口にする。


「主よ、この哀れな子羊に救いの手を」


 二人の断末魔の叫びに背を向け、十字を切りながらいつもの白々しい祈りの言葉を告げるレベッカ。


 その言葉に合わせていつものように浄化光のぶっとい柱が天地を貫く。


 数秒後、そこには完全に真っ白に燃え尽きているメリーさんと、白骨化した状態からせっせと元気に復活しているプリムの姿が残されていた。


「……大丈夫ですか?」


「流石に今度ばかりは、この程度で死なん身体を恨めしく思ったぞ……」


『私、メリーさん。もう、これからはフリー素材としておもちゃにされる生活で満足するの……』


 レベッカの問いかけに、哀愁漂う雰囲気でそうぼやくプリムとメリーさん。


 なんだかんだで、今日も潮見は平和であった。

メリーさんはどう考えても都市伝説界のいじられ系フリー素材だと思います。


なお、理事長よりメリーさんのほうがダメージが低かったのは、単純な属性相性というか、単に妙なのに憑かれて混ざっただけか生粋の闇の生き物かの違いです。

単なる戦闘能力や耐久性なら、理事長のほうが圧倒的に強いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れさまです。 レベッカって、胃が10個あるか、全ての内臓で消化が可能なんだと思ってますw あ、違うか。 聖痕の進化、BGMとか背景じゃなくて、内臓機能の強化に使われていたんですね!…
[一言] クロニクルの世界観にする理由が分かりません。 作品自体は面白いと思うのですが……
[良い点] 理事長、ガッツリ浄化に巻き込まれて過去一番酷い事になってるw [気になる点] メリーさん、消滅せずに良かった… [一言] フリー素材といえばあとは第六点魔王とハーケンクロイツですかねぇ…
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