撲殺その11 ストーカー
「素晴らしい絶景です……」
目の前にデデンと盛られたフライドチキンとポテトの山に、うっとりした声を漏らすレベッカ。
正月休みも終わり、ほとんどの会社と学校が始まっている一月上旬のある日。
レベッカは、白髭のお爺さんで有名な世界的フライドチキンチェーンにおいて、たまに唐突に行われる食べ放題イベントに来ていた。
ちなみに、山とは言っているが、トレイに盛られる限界の関係で、チキンは大きい部位を五ピースほどである。
レベッカはその方面では有名人であるため、これでも通常よりは多く盛ってくれている。
「さて、いつまでも眺めていないで、早速いただきましょう」
そう言って、手を合わせていただきますをするレベッカ。
ついに食前の祈りを日本人の習慣に合わせる形で省略するようになったが、少なくとも日本にいる関係者は誰も困らないので、現在のところ何処からも突っ込みは入っていない。
「……部位による味と食感の違いが興味深いです」
そんなことを言いながら、瞬く間に最初の分を食べつくすレベッカ。
がっついている印象もなく割と上品に食べているのに、食べにくい複雑な形状のフライドチキンを一個十数秒で完全に骨だけにしてしまっている。
ポテトも併せて全て食べきるのに、結局五分もかかっていない。
「さて、次行きましょう」
何をどうすればここまできっちり骨だけにできるのか分からない、というレベルまで肉を食べきった骨を持ってカウンターに向かうレベッカ。
食べ残し防止のために、次の注文は食べ終わった骨と交換というルールになっているこの食べ放題イベント、恐らくそのシステムでなければ笑えない量の骨が積みあがってしまうことだろう。
「……おかわりでしょうか?」
「はい。ルール違反かもしれませんが、可能な限り沢山用意していただくことって、できませんか?」
「……少々お待ちください」
レベッカの恐ろしい申し出に、ちらりと店長の方を見る店員。
店員の視線を受け、重々しくうなずく店長。
「では、バーレルとボックスでご用意させていただきます」
掟破りの対応に、店内がどよめく。
店長としては、このペースで来られたら対処が追いつかないので特別対応をしただけなのだが、それが許されるほどの食いっぷりをグラマーではあるが線の細いシスターがやってのけているのが恐ろしい話である。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
とりあえず倍の十ピースを詰めたバーレルと標準サイズ五個分だと公表されているポテトのボックスを、強引にトレイにのせてレベッカに渡す店員。
それを受け取って軽く頭を下げ、席に戻るレベッカ。
なお、ポテトも渡して時間を稼ごうという店長の思惑も空しく、先ほどと大差ない時間でレベッカが食べつくしたため、最終的には店員が一人ついてわんこそば方式で供給することに。
食べ終わったテーブルを掃除する店員がそれなりの頻度で骨を回収して新しいチキンを盛ったバスケットを渡すという対応で、どうにかギリギリレベッカを待たせずに食べ続けさせることに。
ひたすらうまそうに食っているのでさほど苦にはならないとはいえ、大赤字もいいところだろう。
「ごちそうさまでした」
制限時間ギリギリまでわんこチキンを食べ続けたレベッカがごちそうさまをする頃には、既に二十羽近い鶏の骨がゴミ置き場に運び込まれていた。
「……さすがにこの値段で食べるには多すぎた気がするので、次回以降は参加を控えます」
「いえいえ、気持ちいい食べっぷりですので、次回も遠慮なさらずにどうぞ」
他のことに対応していた店長が、笑顔でそう告げる。
この店はドライブスルー併設の大型店舗なので、実は食べ放題イベント実施中でも普通の客に通常メニューを提供している。
その関係で、レベッカがうまそうに食っているのを見て普段より多めに買ってしまう客が続出。
さらに客の一人によってリアルタイムの映像としてレベッカが食べている姿が配信され、見物人がドリンクやポテトなどを買って見学、さらに帰り際にチキンを買っていくという流れがかなり起こっていた。
特に利益率の高いドリンクの売れ行きが良かったため、何だかんだでレベッカ一人によって出た赤字ぐらいは補填できていたりする。
「とはいえ、毎回は申し訳ないので、次は食べ放題でないときに普通にメニューを制覇させていただきますね」
「お待ちしています」
レベッカのその申し出に、にこやかに応じる店長。
こうして、なんだかんだで出禁にならずに済むレベッカであった。
「……この気配ですね」
店を出て教会に戻る途中、聖心堂女学院をうかがう不審な気配を察して小さくつぶやくレベッカ。
実のところ、新学期が始まった直後ぐらいから不審人物を見かけたという情報が、生徒自身や教員、保護者、近隣住民などから複数入っていた。
それらの目撃情報がなぜかレベッカのいる時間帯、レベッカの居る教会を避けるように動いていたので、前々から予約していたのをこれ幸いと、試しに午後から長時間不在にしてみたのだ。
ちなみに今日は休日だが、クラブ活動の活動日が重なっている関係で、登校している生徒も多い。
なので、もしかしたら釣れるかもしれないと思っていたら、見事に釣れたようだ。
「あまり期待していなかったのですが……」
そう言いつつ、限界まで気配やら何やらを殺すレベッカ。
日頃駄々洩れになっている聖なる力も、今は物理的に接触しなければ分からないほど小さく抑えられている。
そこまでやれば相手も気が付かなかったようで、不審人物はあっさりレベッカに背後を取られる。
「今日こそは、今日こそは花蓮タンと……」
そんなことをぶつくさ言いながら、楽器を演奏している生徒を凝視しているやせ型の男。
言動と醸し出している雰囲気に加え、やせ形で目の下に濃い隈というコンボ。
テンプレ過ぎて逆に実在しているとは思わないレベルで典型的なストーカーである。
テンプレから外れている点があるとすれば、幽霊に憑りつかれている系の何とも邪悪な気が漏れていることぐらいだろうか。
なお、花蓮というのは聖心堂女学院に通うお嬢様の一人で、現代では珍しい婚約者がいる少女である。
「花蓮さんと、どうなさるのでしょうか?」
「なっ!? いつの間に!?」
背後からちょっと道でも尋ねるかのノリで声をかけたレベッカに、飛び上がらんばかりに驚く不審人物。
「いつの間にも何も、ちょうどいま通りかかったところですが」
不審人物の問いかけに、困ったようにそう答えるレベッカ。
その答えを聞いた不審人物が、いきり立って叫ぶ。
「嘘をつけ! お前普段はもっといろんなものが駄々洩れだろうが!」
「そうですか?」
「そうだよ! だからいないタイミングを見計らったのに、なんで気配とか消してわざわざ背後取るんだよ!? それでただの通りすがりとか、無理があるだろうが!」
不審人物のいちいちごもっともとしか言いようがない指摘に対し、アルカイックな笑顔を浮かべて手を頬に当て、小首をかしげてあらあらと言ってとりあえず誤魔化すレベッカ。
「それはそれとして、お互いのために不審者として通報されるような行いは控えていただけると助かるのですが……」
「不審者!? この僕タンが!?」
「はい。今どきなかなか無いぐらい絵にかいたような不審者ぶりで、これは突っ込み待ちなのかそれとも絶対に押すな系のネタふりなのか迷うレベルでして」
激高して詰め寄ってくる不審者に対し、思うところを正直に答えるレベッカ。
そのレベッカの言葉にガチギレした不審者が、ついにポケットから折り畳み式のナイフを取り出して構える。
その構えがやたらと様になっていて隙が無いことに、レベッカは思わず眉を顰める。
「……ふむ。それを抜くということは、話し合う気はないと」
「花蓮タンと僕タンの将来を邪魔する奴は、みんな敵だ!」
「そうですか。では、あまり気が進みませんが、力づくで止めさせていただきましょう。主よ、再びこの両手を血に染めることをお許しください」
その祈りの言葉と同時に、辺りに有名なプロレスラーの入場曲が鳴り響く。
BGMに合わせて修道服でも隠しきれていないグラマーで肉感的なボディラインを強調するかの如くレベッカの全身が光り、その豊かな胸の谷間から聖痕が浮かび上がる。
浮かび上がった聖痕がレベッカの左右の拳に宿り、足元から吹き上がった風が修道服の裾をはためかせベールを吹き飛ばす。
ベールが吹き飛んだ拍子に三つ編みがほどけたらしく、素晴らしい金髪が風にたなびく。
その場を濃密な神気が包み込み、レベッカの聖痕がフルパワーで解放された。
「では、互いの罪を清算しましょう」
「誰が罪人だ!」
「そんなバリバリに銃刀法違反の刃物を構えておいて、無罪ということはあり得ないと思うのですが?」
「うがあ!!」
レベッカの淡々とした指摘にキレて、あり得ないほど鋭い動きでレベッカに切りかかってくる不審者。
それをスウェイバックでかわし、カウンター気味に五発ほどのジャブを叩き込むレベッカ。
あろうことに不審者は、そのジャブを半分は回避し、かわしきれなかった分をナイフで受け流した。
「……ふむ。姿勢や足さばきなどから何となく予想はしていましたが、ここまで鍛えているとは予想外でした」
「花蓮タンに付きまとってる連中を排除するのに、鍛えていて無駄はないと思ったんだよ! 事実、今役に立ってるじゃないか!」
「その教師が、あなたに憑いている悪霊ということですか」
「先生のことを、悪霊とか言うな!」
『そう思うのであれば、そろそろ解放してくれ……』
不審人物の叫びにかぶせるように、しわがれた気持ち悪い声が疲れ切った様子でそう口を挟んでくる。
その間もジャブやフックとナイフの刺突や斬撃の応酬は続いており、拳とナイフの衝突音がなかなかに派手に響いている。
「悪霊にそこまで言わせるなんて、なかなかありませんよ……」
『ああ。俺も甘く見ていた。中身のない小僧だと思って憑りついて煽ってみたら、よもや妄想だけでこちらを取り込んだ挙句、俺の力なしでも軍隊でやっていけるほどに己を鍛えるとはな……』
「やはり、あなたを祓ったところで変わりませんか……」
『残念ながら、な』
「だとしても、さすがにあまりにも哀れですので、とりあえずあなただけは浄化してしまいますね」
『頼む……』
無駄にハイレベルな攻防を続けながら、悪霊とそんなやり取りを交わすレベッカ。
とはいえ、自身に技量だけで対抗して見せる相手自体が久しぶりなのもあって、勝負を決めようにもなかなか難航してしまっている。
普通に考えれば素手対ナイフ、しかもお互い達人クラスの技量と体力の持ち主となると、圧倒的にナイフの方が有利だ。
が、そこは達人ではなく超人のレベッカ。
先ほど人間の限界を超えた分量のチキンを食べてきていることもあり、エネルギーは満タンである。
そもそもレベッカの拳は、普通に金属を破壊できる。
過去には戦車の装甲をジャブでぶち抜いたこともあるので、ナイフで切られた程度では皮膚にすら傷が入らない。
ではそれ以外の部位はというと、これまた目玉ですら生半可な刃物や銃弾は通らないほどの弾力と剛性を兼ね備えている。
何をどうすればこんな体が出来上がるのか不明だが、対戦車ライフルで腹を貫通されたことはあるので、一応無敵という訳ではない。
もっとも、今回の対決に関して言えば、不審人物の持っているナイフの品質ではレベッカに致命傷を与えることは不可能であろう。
むしろ、いまだに相手のナイフが折れるどころか刃こぼれもしていないことのほうが脅威である。
「ちっ、そこ!」
「なかなかの一撃ですが、当てることに意識が行き過ぎてますね」
そんなことを言いながら防御をすり抜けてきたナイフを微妙な動きだけで回避し、カウンターのフックを相手の腹部に叩き込むレベッカ。
これまでの十分ほどの攻防において、初めての有効打だ。
そもそも、レベッカ相手に初撃を防いで攻防に持ち込んだこと自体、日本に来てからは初の快挙である。
が、残念ながらこれまで一方的にボコられてきた鬼や悪魔と比較すると、この不審人物の肉体はあくまで人間の範疇を超えない。
浄化モードの拳なので命にかかわるような負傷はしないが、カウンターでボディに入った時点で戦闘を続けるのが難しくなるぐらいのダメージは入ってしまう。
そのまま、いつものようにラッシュに入り、コークスクリューでとどめを刺すレベッカ。
『ありがとう……』
「いえいえ。主よ、この哀れな子羊に救いの手を」
浄化されながら礼を行ってくる悪霊に対し、十字を切りながら珍しく白々しく聞こえない祈りの言葉を告げるレベッカ。
レベッカの祈りに合わせて浄化光の柱が立ち、不審人物がその場に崩れ落ちる。
「さて、後始末はとりあえず理事長に……、いえ、この場合は花蓮さんの保護者の方に任せた方がよさそうですね」
そうつぶやいて、花蓮の保護者に連絡を入れるレベッカ。
レベッカが連絡を入れてから約一分後、ナイフを持ったまま気絶している不審人物が花蓮のボディガードと警察の手によって連行される。
結果的にレベッカに一方的に撲殺されたとはいえ、銃刀法違反のナイフをもっている時点で犯罪なので、問答無用で現行犯逮捕だ。
なお、外傷がないので証拠不十分ということで、レベッカは暴行等の罪を疑われることはない。
そもそも、ナイフを持っている不審人物と何カ所か服に小さな裂け目があるシスターのレベッカの組み合わせだと、深く追及されることもなく正当防衛で終わりにされるだろうが。
「さて、事情聴取が終わったら、何を食べましょうか……」
事件の背景だ何だに一切興味を示すことなく、警察の現場検証を見守りながらそんなことをつぶやくレベッカであった。
これまでで一番いい戦いをしたのがテンプレ的なキモオタ系ストーカーだった件について
なお、個人的な経験を言うと、食べ方がきれいでおいしそうなら、目の前でどんなすごい量食っててもこっちの食欲が落ちるってことはあんまりないので、今回の聖女様の食いっぷりも五分十分見てただけなら宣伝効果は出るのではと思っております。
チキンの食べ放題ですが、当然のごとく現実で実際に行われたイベントとはルールその他が結構違います。これはもう、この日本のこのテンポはこういうルールとシステムでやってるということで一つお願いします。
プロレスラーの入場曲ですが、イノキボンバイエだろうがパワーホイールだろうが好きなものを想像してください。




