NOT撲殺その4 レベッカの食事遍歴
あけましておめでとうございます。
本年も撲殺聖女伝をよろしくお願いします。
「やっと三が日の用事が全部終わったよ……」
「儀礼的なものゆえあまり蔑ろにできんとはいえ、新年早々に詰め込みすぎじゃよなあ……」
「お疲れ様です」
年が明けてすぐの一月三日。出席予定があった各種行事を終えた美優とプリムが、談話室と名付けられた聖心教会の和室でダレていた。
「それにしてもこの教会、和室だけでなく掘りごたつなんてものもあるんだね~」
「私も牧村神父から教えてもらうまで、このスペースが何なのかを知りませんでした」
教会に不似合いなこたつ、それも掘りごたつという建物自体に手を入れなければならない設備について、そんな感想を口にする美優とレベッカ。
実はこの和室、教会の図面をたどっていくと一番最初の時から存在している。
応接室や礼拝堂の妙なギミックを始め、他のところは建て直しのたびに変更されているのに、ここだけは頑固にこの仕様が引き継がれていたりする。
「まあ、くつろげるスペースがあるのはいいことだよ」
「そうじゃな。リラックスできるという観点では、こたつに勝るものはそうは無かろうし」
「マッサージチェアなんかも、いいやつだったらなかなかのものだけどね」
そう言いながらミカンに手を伸ばしかけ、少し迷って手をひっこめる美優。
その様子に、レベッカが不思議そうな顔をする。
「食べないのですか?」
「うん。ちょっと迷ったけど、年末年始は付き合いの関係で食べ過ぎ気味でね。胃の調子があんまりよくないから、今日のところは控えておくことにした」
「なるほど。それはお大事に」
「まあ、胃薬も飲んでるし、そこまで重症でもないからね。あくまでも念のためだよ」
「レベッカには縁のない話だろうがのう」
「保護された直後は、そうでもなかったんですけどね。今はまあ、食べ過ぎ程度では」
最近の体調について話す美優を受けて、そんなことを言うプリムとレベッカ。
レベッカに関しては聖痕が発現して以降、胃の調子どころかありとあらゆる病気と無縁である。
これに関しては珍しいことに、普通に聖痕の機能の一つだったりする。
もっとも、元から超人的な肉体を得られる素質を持っていたレベッカの場合、ちゃんと栄養を取って鍛えれば、普通の病気や毒の九割は影響を受けなくなるので、聖痕がなくてもそこまで劇的な変化はなかったかもしれないが。
「食べ過ぎで思い出したんだけど、レベッカさんにおせちの残り、食べてもらってもいいかな?」
「そういう事は喜んでお引き受けしますが、そんなにたくさん残っているのですか?」
「来客が多くて準備する量が多くなるから、どうしても余るものも増えてね。それに、おせちって結構、好き嫌いが分かれるものとか総じてそんなに食べないものとか混ざってくるし」
「そうじゃのう。伊達巻やかまぼこ、栗きんとんなんぞはまだしも、紅白なますだのごぼうだのはそんなに食えるものでもないしのう」
「数の子とか田作り、昆布巻きなんかも好き嫌い別れて余りがちだしね。他のものにしても、保存食の側面があるからそんなに美味しくもないし、そのせいか飽きやすいし」
「なるほど。でしたら、ありったけ食べさせていただきます」
「本当に? あんまり廃棄出したくないから、助かるよ」
美優の頼みの内容を聞いて、快く引き受けるレベッカ。
レベッカ自身は好き嫌いは特にないし、まずい飯やゲテモノ、およびゲテモノすれすれの珍味の類も色々食べてきている。
好みの問題に入る程度のものなど、自身の体積以上の量があっても物の数ではない。
「しかしレベッカよ。美優も言ったがおせちというのは飽きやすいぞ。お主と言えど、そんなに量が食えるものか?」
「スターゲイジーパイの、それも生臭みが強いものでギネス記録を取った時に比べれば、単に飽きやすい程度のものは物の数に入りません」
「お、おう……」
「……一体何があってどういう経緯でそんなことを?」
「派遣先でたまたまスターゲイジーパイの大食い大会をやっていて、参加者が少ないからという理由で協力要請を受けまして」
「それで優勝したらそのままギネス記録に挑戦させられた?」
「はい。さすがにあの時だけは、終わったあと三十分ほどは生臭さで気分が悪かったです」
「「三十分で済んでる!?」」
レベッカの言葉に、思わず明後日の方向で驚いてしまう美優とプリム。
なお、スターゲイジーパイとは、ニシンやイワシなどの小さめの魚を丸ごと一匹使い、頭をパイの表面から空を見上げるように突き出すようにして焼いたパイのことである。
その強烈なビジュアルに加え、魚の種類によっては中のホワイトソースと悪い方向で抜群の相性を見せることもある、ヨーロッパのゲテモノ料理として有名なイギリスの郷土料理だ。
レベッカが大会で食べたスターゲイジーパイは、その中でも特に相性の悪い組み合わせだったようで、慣れているはずの地元民をして三つから四つが限界だった。
むしろ、それをよくギネス記録が取れるほど大量に食えたものだと、参加者から化け物を見るような目で見られたのは言うまでもない。
「まあ、そのスターゲイジーパイが可愛らしく見えるようなものも、色々食べさせられましたが」
「ということは、ヨーロッパの四大ゲテモノ料理とか、世界のゲテモノ料理大全に乗っている料理とかも食っておるのか?」
「多分、そういう意味で有名なもので食べてないのは、キビヤックぐらいですね。さすがに、アラスカに派遣されるような案件は今のところありませんから」
「うちの社員に言わせると、キビヤックは製造方法と臭いがあれなだけで、味は案外問題ないらしいけどね。残念ながら食べたことはないから、本当かどうかはわかんないけど」
「食ったことがある社員がおるのか?」
「うん。彼に言わせると、味だけならイギリスあたりの頭おかしい扱いされてる料理のいくつかより美味しいってさ。もっとも、あくまで個人の感想だと言い切ってたけど」
「ふむ。ということは、シュールストレミングと同じ枠だと思っておけばよさそうだの」
「まあ、アラスカの伝統的な保存食で重要な栄養源だからね。食べたことない人間があれこれ言うのは無しにしよう」
美優の言葉にうなずくレベッカとプリム。
食ったことがないものをあれこれ言うのは、ろくなことにならない。
「とりあえず、いろんなところでいろんなものを食べた経験から言うと、地下ボクシング時代に与えられていた家畜のえさにも劣るような食糧でも、味の面では最底辺ではなかったのだなと感心せざるを得ない料理って結構あります」
「へえ、そうなんだ?」
「はい。イギリスとか、産業革命初期の下層民が平均寿命二十代だったのも分かるかなって料理が結構伝わってますし」
「ああ、それはねえ……」
レベッカの言葉に、いろいろ思い出して遠い目をする美優。
田舎料理や貴族料理の中には結構ちゃんとしたものもあるイギリス料理だが、約一世紀に及ぶ産業革命による人の移動で途絶した文化や技術は、なかなか深刻なものがあるのだ。
「ここまでくると、レベッカがどんなものを食ってきたのか興味がわくのう……」
「だったら、VRで試してみる?」
「そうじゃのう。せっかくじゃから、レベッカも食べたことがなさそうな、最近発明されたゲテモノ料理も混ぜてためすかの」
「それも面白そうだね」
余計な好奇心を持って、自ら地獄に突っ込んでいくプリム。
その流れに、落ちの予想がついた美優がいたずらっ子のような笑みを浮かべて同意する。
その結果、
「のわああああああああああああああああああああああああ!? 生臭さと甘ったるさとえぐみのハーモニーがああああああああああああああああああああああ!!」
「うぎゃああああああああああああああああああああ!? 今度は激辛の中にほんのりささやく苦みと脂っこさがえげつないのじゃああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「臭い臭い臭すぎるうううううううううううううううううううううううう!!」
などなど、お題の九割を被弾したプリムが、ちょくちょく強制ログアウトを食らいながらのたうち回る羽目になるのであった。
理事長が被弾した料理が何かとかはあえて言いません。好きなものを想像してください。
ゲテモノ扱いされてるものの大部分が見た目かにおいに問題があるだけで、味は普通においしいものだったりするあたりが奥が深いところです。
なお、直近の目標はB級映画の三大フリー素材である「サメ」「ゾンビ」「殺人鬼」を全部撲殺させることだったりとかします。




