NOT撲殺その3 マンドラゴラ(萌え系)
「これは一体……」
大晦日の午後、教会の裏庭。
大掃除の一環として庭の掃除をしていたレベッカは、どう見ても異常な植物に言葉を失う。
「……どう対処してもろくなことにならない気がしますし、理事長に相談ですね」
異常事態は対処できそうな人間に丸投げ。
即座にそう決めてカメラでその植物を撮影し、プリムに送りつけるレベッカ。
植物の写真を送りつけてから十分後、大慌てでプリムがやってくる。
「一体あれはなんじゃ!?」
「それはむしろ、私の方が聞きたいぐらいですが……。とりあえず、現物はあれです」
「……疑っていたわけではないが、この種の植物がコラではなく実在しておったとは、この目で確かめてた今でも信じられんのう……」
恐れおののくようにそうつぶやいたプリムに、にこにこ笑顔を向けるその植物。
そう、笑顔である。
レベッカとプリムの視線の先には、頭から葉っぱと花が生えて首から下が土に埋まった幼女としか表現しようのない、謎の植物が存在していた。
普通なら子供の悪ふざけを疑いそうなビジュアルだが、頭の部分のサイズが子猫の顔ほどしかないので悪ふざけで埋まっているということはありえない。
「それで、これは何でしょうか?」
「……分からん。さすがの儂も、こんな植物は魔界でも見たことがないからのう。ただ、しいて言うなら……」
「言うなら?」
「マンドラゴラ(萌え系)じゃな。見た限り、葉っぱと花は魔界のマンドラゴラと同じじゃし」
「なるほど……」
プリムの言葉にいろいろ納得するレベッカ。
確かに、これは萌え系としか言いようがない。
なお、魔界だの魔界のマンドラゴラだの聞き捨てならない単語も出てきているが、いつものようにレベッカは華麗にスルーしている。
「しかし、マンドラゴラということは、引っこ抜くと悲鳴を上げるのでしょうか?」
「多分、上げるじゃろうなあ……」
「……除草剤、効くと思いますか?」
「魔界の植物は無駄にしぶといからのう。恐らく、人間界で普通に使われとる除草剤は全く効き目がなかろう」
「放置するのは……」
「多分分かっておるとは思うが、それは一番の悪手じゃな」
「ですよねえ」
「見られた場合の面倒くささに目をつぶったとしても、こいつらは基本、すさまじい勢いで増えるか巨大化しおるからのう」
「つまり、抜くしかないわけですね……」
プリムの説明を聞き、深刻な表情でそうつぶやくレベッカ。
プリムの方も、渋い顔でうなずいている。
「そこで問題になるのが、儂とお主、どちらが抜くかなんじゃが……」
「私が抜くかどうかは、悲鳴を聞くと死ぬという情報の真偽によります」
「じゃろうなあ。残念ながら、人間が至近距離で食らえば普通に死ぬ。お主の場合、聖痕持ち共通の耐性があるはずじゃから、十歩ほど離れれば大丈夫じゃろうが……」
「至近距離では多分防げない?」
「うむ。いや、お主の場合は大丈夫なのではと思わんでもないが、そんな不確実な考えで抜くのはちとリスクが大きすぎる」
「理事長は、そのあたりは?」
「儂らクラスになると、マンドラゴラの悲鳴ごときは完全に無効化できる。が、だからと言うてうるさいのはうるさいし、聞かされて気分がいいものでもないからのう」
レベッカの質問に、実に嫌そうにそう答えるプリム。
いくら即死や精神的な状態異常を無効化したところで、鼓膜が破れるのではと思うほどの叫び声のうるささは変わらない。
そんなものを、至近距離で聞きたいと思う者はそうはいないだろう。
「ちなみに、耳栓で声を防ぐというのは?」
「無駄じゃ無駄。その程度で防げるのであれば、人間界まで伝承が伝わるわけがなかろう」
「なるほど」
「とまあ、それが普通のマンドラゴラなんじゃが、あれにその手の常識が通用するのかが……」
「ですよね……」
「正直、嫌な予感しかせんのじゃが、放置するのが一番まずいのだけは変わらんしのう……」
なかなか踏ん切りがつかない様子のプリムに、さもありなんと頷くしかないレベッカ。
レベッカにしても、仮に自身に即死効果が通じなかったとして、抜きたいかと言われたら即座に否と答えるだろう。
そんなものの処理を押し付けているのだから、無理は言えない。
「……しょうがない、腹をくくるか。レベッカ、お主は教会の中に入っておれ」
「はい、分かりました。お願いします」
「うむ」
数分後。ようやく腹をくくったプリムが、レベッカを避難させて一応気休め程度に耳栓をし、マンドラゴラ(萌え系)を勢いよく引っこ抜く。
勢いよく引っこ抜かれたマンドラゴラ(萌え系)は、一瞬何が起こったのか分からないという表情を浮かべ、次に目からハイライトを消して絶望したような顔になる。
そして……
「きゃ~!!!! 痴漢変態ロリコンペドフィリア変質者強姦魔~!!!! 助けて犯される~!!!!」
「のぉ~!! 耳が!! 鼓膜が!!」
少なくとも一キロ四方には届こうかというほどの大音量で、非常に人聞きの悪いことを叫び出すマンドラゴラ(萌え系)。
至近距離で大音量を浴びせられ、耳から耳栓を吹き飛ばしながら血を吹き出してのたうち回るプリム。
難儀なことに、鼓膜を破られても悲鳴そのものは脳に直接叩き込まれるため、うるささは変わらない上内容的に精神ダメージも大きい。
救いがあるとすれば、今の大音量でプリムの擬態も解けているため、はたから見れば幼女が全裸の幼女の人形を持ってのたうち回っているようにしか見えない事だろう。
将来を心配されそうな状況ではあるが、少なくともレベッカが被害にあうよりはよほどダメージが少ないのは間違いない。
これが成人男性であれば、完全に社会的に死んでいる。
そういう意味では、マンドラゴラの伝承通りと言えなくもない。
「……鬱陶しいので、調理しますか」
あまりのうるささに教会から出てきたレベッカが、冷めた目でそんな物騒なことを言い出す。
そのあまりに物騒な言葉に、マンドラゴラ(萌え系)が絶句する。
「……お主、そういうのは抵抗がないタイプか?」
いつの間にかしれっと復活していたプリムが、レベッカの物騒な言葉に微妙な表情を浮かべつつ質問する。
「そうですね。正直、今は単に変な音を出す根菜にしか見えていませんので、別に気にはなりません」
「……そうか、やっぱりお主はそうなのじゃな……」
「一応言っておきますが、さすがに最初の姿だと、邪悪だと分かっている点も含めて多少は抵抗がありますよ。ただ、今は先ほどの人聞きの悪い叫びでエネルギーを使ったせいか、茶色いセクシー大根に幼女風の顔が付いた植物にしか見えません」
「ふむ……」
「まあ、また叫ばれるとうるさいので、さっさと調理してしまいます。聖水で茹でれば、邪気も抜けるでしょう」
そう言ってプリムからマンドラゴラ(萌え系)を受け取り、教会の中へ入って行くレベッカ。
その後を追いかけるプリム。
「それにしても、物語などでこの手の植物を見るたびに気になるのが、菜食主義者やヴィーガンにとって、この手の植物は食材になるのかどうかなんですよね」
「また、危険なことを考えておるのう……」
「だって、ある程度の意思疎通が可能、もしくはそう見えなくもないという観点では、これも牛や豚も大差ないじゃないですか」
「まあ、それはそうなんじゃがな。それで、お主はあの手の主張に関してどう考えておるんじゃ?」
「ダイエタリーヴィーガンや修行の一環でヴィーガンを始めた人、体質の問題で菜食主義にならざるを得ない人みたいな個人で完結している方なら、人それぞれに事情があるので好きにすればいいとは思っています。ただ、全ての動物性資源の利用を禁止すべきという極端な主張を強制しようとしてくる人については、そんな物理的に不可能なことを言われてもなあ、と思うんですよね」
「物理的に不可能か。たしかにそうなんじゃが、具体的には?」
「食虫植物のような事例を別にしても、ありとあらゆる植物は間接的に動物の死骸を栄養源にしているので、ヴィーガンの主張を厳密に追求すると食べるものが無くなります」
「じゃよなあ……」
極端な主張に対する問題点を端的に示すレベッカの回答に、しみじみ同意するプリム。
恐らく過激派でもそこまで極端なことは言っていないのだろうが、そのレベルでなくても見えないところでないと困る形で動物性資源を使っているものは結構ある。
毛皮のコートや牛革の靴を利用しない、などというレベルでは、到底すべての動物性資源を利用しないとは言えない。
もっとも、食事から肉類を完全に排除し、生活に影響のない範囲で見て分かるレベルの動物性資源を使わないようにするのは不可能ではないので、それを自分だけで、もしくは内輪でやる分には、外野が文句を言う筋合いはなかろうが。
結局のところ、どんな主義主張でも、他人に強制しようとするのもそれを全否定して潰そうとするのも双方にとって碌な結果にならないので、互いに推奨したり反論したりするレベルを超えないに越したことはない。
なお、法に触れ倫理的にも問題が多い類の主張に関しては、その限りではないことだけは明言しておく。
「そういえば、あれだけの大音量じゃというのに、誰も近くに来んのう」
「ここはもともと近くにそれほど民家や商業施設もありませんし、今日は学校も休みですからねえ。それに、たまに愁嘆場の仲裁とかもやっているので、その絡みだと思われている可能性はあります」
「お主、そんなこともやっていたのか……」
「これでも一応聖職者の端くれですので、そういう仕事もあるんですよ。後は、人生相談に雑な回答をする仕事とか」
「自分で雑な回答と言うてしまうのか……」
「逆の話、この国でまだお酒も飲めない年齢の私に、何を求めてるんですか?」
「……確かに、それもそうじゃのう……」
レベッカの身も蓋もない回答に、心底納得するプリム。
いろいろと貫禄があるので忘れがちだが、レベッカはまだ未成年である。
「それで、そ奴はどう調理するんじゃ?」
「そうですね。根っこの部分はささがきにしてあく抜きした後、ニンジンや玉ねぎなんかとかき揚げにして年越しそばのトッピングにしましょうか。葉っぱは浄化で強引にあくを抜いて、そのまま天ぷらですかね?」
「ふむ。となると、今日の年越しそばは少しばかり予定変更じゃな」
「何か、考えていたことがあったんですか?」
「うむ。天音からわんこそばマシーンを借りていての。お主にしこたま食わせるために年越しわんこそばなどどうかと思って居ったんじゃよ」
「わんこそばですか!」
「うむ。が、せっかくかき揚げを作るんじゃから、最初の一杯は普通の温そばにしてトッピングを楽しみ、それが終わったらお主だけわんこそばマシーンに挑戦、でよかろうかと思っての」
「そうですね」
プリムの提案に、嬉しそうに同意するレベッカ。
結局、マンドラゴラ(萌え系)は食べても特に体に害はなく、かといってこれと言って益もないという結果に終わった。
なお、市販の生麺のそばを百袋以上用意して挑んだわんこそばは、レベッカの胃袋に完敗したことをここに記しておく。
書き終わってから、そういえばほぼ同じ反応するマンドラゴラの話を大分昔にアルカディアかどっかで読んだなあ、と思い出したものの、勿体ないのでそのまま投稿。
ネタの都合上、あいつの反応が似たような内容になるのはどうしようもないので、大目に見てください(待て
なお、前回書き忘れたのですが、理事長が無傷で済むパターンがもう一つだけありまして、それがおでん屋に行った回みたいに流れ弾を喰らってひどい目に合う展開にしづらかった時。
あの時も最初はおでん屋の主人が手元狂わせて熱々のおでんを理事長の口に直撃させて、どこぞのダチョウな人たちみたいな反応をさせようかと考えていたのですが、おでん屋の主人がかわいそうなのとおでん種がもったいないのでやめました。
それ以外だと場面的に理事長がひどい目に合わせづらかったので、たまにはいいかとスルーしました。
一応理事長がひどい目に合う内容にはルールがあって、自滅か第三者のミスが絡まない形の不運、レベッカおよびその戦闘相手からの流れ弾や誤爆に限る、理事長以外に被害が及ばない内容である、という取り決めをしています。
なので、焼肉で網の上ではねたホルモンが顔面に直撃してのたうちまわるとかはありですが、食べ物商売の人が食べ物の扱いを間違えて、とかは無しとなります。




