撲殺その10 福引とミサ
「一等賞、大当たり~!」
もうそろそろクリスマスというある日のこと。
クリスマスのミサと年越しのための買い出しに来ていたレベッカは、商店街の福引で一等賞を当てていた。
「おめでとうございます! 一等賞の最新型VRギアです!」
「は、はあ。ありがとうございます?」
テンション高く祝われて、戸惑いながら礼を言うレベッカ。
その時のレベッカの視線が、未練がましく二等の高級和牛十万円分に向いていたのは仕方がないことであろう。
「お荷物が沢山あるようですので、後でお届けしておきます。聖心教会ですよね?」
「はい、そうです」
いろんな意味で状況に取り残されつつも、とりあえず配送先を告げるレベッカ。
肉と洗剤以外アウトオブ眼中だったこともあり、いまだに現実についていけていない。
「あの、最初から気になっていたのですが、福引なのにこんな高価な品物を出して大丈夫なんでしょうか?」
来る途中、電気屋の店頭で宣伝していたVRギアの値段を思い出して、そう質問するレベッカ。
最新型と言ってもピンキリではあるが、提示されている型番を見る限りは恐らく最上位モデルである。
この種の機械に疎いレベッカだが、綾瀬天音が開発したパソコンが主流になって以降、こういった情報関連機器は基本的に型番が長いほど、もっと正確に言うとハイフンの数が多いほど高性能で値段も高いということぐらいは知っている。
今回提示されているVRギアは綾羽乃宮製でハイフンが六つあり、先ほど店頭で値引き込みで三十五万強の値段がついていたことを覚えている。
いくら一等と言えど、商店街の福引の景品としては相当高い部類なのは間違いない。
なお、一本しかない特等はペアのヨーロッパ旅行十日間なので、当然レベッカの眼中にない。
いくらVRギアより高価だと言ったところで、今更レベッカがヨーロッパ方面に行っても何の感慨もないし、そもそも欧米の有名な観光地は一通りエクソシストの仕事で訪れているのだから、換金以外で欲しがる理由がなくても仕方がないだろう。
「高額の物は全部綾羽乃宮グループからの協賛品なので、大丈夫ですよ」
「ああ、なるほど……」
商店街の役員らしい福引係のおじさんの説明に、それならいいかと一応納得するレベッカ。
天下の綾羽乃宮ともなると、お膝元にある全ての商店街に定価での総額百五十万以上の景品を提供する余裕があるらしい。
「何時ごろお持ちしましょうか?」
「本日の買い物はこれで終わりで、その後はもう外出はしませんので……。そうですね、五時ごろなら間違いなく教会に到着していますね」
「分かりました。では、それぐらいに配達します」
「お願いします」
当たってしまったものはしょうがないので、素直に貰っておくことにするレベッカ。
ついでにちゃっかり当てていた四等の大掃除用洗剤セットと五等の駄菓子詰め合わせ三つも、その場で受け取る。
「……ふむ」
駄菓子の詰め合わせをしげしげと観察し、何やら思いつくレベッカ。
せっかくなので、思いついたことに対して確認をする。
「すみません。こういった駄菓子の詰め合わせは、どなたに頼めば用意していただけるのでしょうか?」
「ああ、そう言えばクリスマスにミサをなさるのでしたね。だったら、商店街からの寄付ということで、二十三日に持っていきます」
「よろしいのですか?」
「ええ。ぶっちゃけちゃうと、それ一袋分の仕入れ値、五十円もしないんですよ。なので、百個二百個はポケットマネーでも余裕で出せますし」
「なるほど。では、今回はご厚意に甘えることにします」
「はい。例年だと五十個もあれば余るぐらいですけど、今年はシスター・レベッカがおられますので、念のために二百ぐらい用意しておきます」
レベッカの質問に対し、そう申し出をする役員。
そのままの流れで、大体の数も決めてしまう。
レベッカが着任してから、聖心教会のミサは参加者が急増している。
その理由として若い美人のシスターが来たからというのが一番なのは間違いないが、意外にも神父がスケジュールや体調の都合で来られない時に代理で行う講話の評判がいいのも同じぐらい大きな理由だったりする。
もっとも、レベッカの講話を位の高い真面目な人達に聞かれたら、間違いなく激怒されることだろう。
本人の宗教観や性格と同様、彼女の講話は全体的に間違ってはいないが雑だったり不真面目だったりするのだ。
当然のことながら、ミサに参加した信者でない人達を勧誘するような熱意はなく、参加者の九割はいまだに信者ではない単なる冷やかしである。
なお、レベッカも雑だがミサを取り仕切りに派遣されてくる神父も大概雑で、信者の方が圧倒的に少ないことに何一つ疑問を抱かず、講話はルーチンワークとばかりにアンチョコをそのまま読み上げるといういい加減さだ。
あくまで学校の施設の一部として運営されている教会なので、信者が増えたところで経営その他に影響があるわけではないのだが、それにしても適当な話である。
「それでは後程、お伺いしますね」
「はい、お願いします」
大体の打ち合わせを終え、その場を立ち去るレベッカ。
帰り道に頭の中に叩きこんだ型番を電気屋で確認し、その値段に遠い目をすることになるのであった。
「ふむ、それでお主がこいつを当ててしまった、と」
「はい。ものが高額なので、どうしたものかと……」
その日の夜。レベッカの私室。
相談があると呼び出されたプリムが、ものを見せられていろいろ納得してうなずく。
「それで、これはどうしましょう?」
「経費で買ったもので引いた福引の景品じゃが、お主が当てたものじゃ。お主が使えばよかろう。それとも、既に持っておったか?」
「いえ、この手の機器はアメリカにいたころに支給されたパソコンだけです」
「なら、問題なかろうが。それとも、あまり興味はないか?」
「いえ、興味はあるんです。ただ、私の身体能力をどの程度再現してもらえるのだろうか、というのが……」
「なるほど。スポーツ選手がVR関係にあまり手を出さない理由として多いあれか」
「はい」
レベッカの気持ちを察し、なるほどと納得するプリム。
「まあ、なんにしてもじゃ。身体能力を再現する必要がない用途もあることじゃし、一度使ってみてはどうじゃ?」
「そうですね、そうします」
プリムの勧めに応じ、とりあえず使ってみることにするレベッカ。
もっとも、基本的に電子機器には疎いので、こまごまとした設定についてプリムに手伝ってもらわねばならないのだが。
「これでよし、じゃ」
「ありがとうございます」
「なに、もともと必須項目はほとんどが自動で設定が終わるからの。儂がやったことなぞ大した作業ではないぞ」
十分後。無事に初期設定を終え、起動準備が整う。
「それにしても、今は肉体データのスキャンは普通の服を着たままでできるようになったんじゃな」
「昔は違ったのですか?」
「うむ。儂が使っている数年前の機種でも、下着姿かバスローブ一枚にはならんといかんかったからのう。お主が生まれる前に発売された、最初期のほぼプロトタイプという性能の物に至ってはな、全裸で横になる必要があったんじゃよ。開発者の天音なんぞは、さすがにそれはどうかという理由で市販するのを渋っておったんじゃがのう」
「いいから早く使わせろ、という声に負けた訳ですね?」
「うむ。まあ、それでも機能的にはストレージと各種メモリの容量以外はこれと大差なかったから、目立つ欠陥はそれぐらいだったがの。なにしろ、初期型でもメモリさえ増設すれば、最新のソフトが普通にラグもロード待ちもなく動くからのう」
「なるほど」
「ちなみに、当時はソフトも開発環境も貧弱で、窮余の策として一部のゴーグル型VR機器対応のソフトを強引にフルダイブ仕様に変換するシステムで時間稼ぎをしておったが、それでも十分高評価だったのう」
プリムが語るVRギアの歴史を、興味深そうに聞くレベッカ。
なお、機能的には大差ないと言っているが、それでも各種処理速度自体は三倍以上になっている。
単に、ベースとなったプロトタイプが十分すぎるほど速かったため、メモリ容量を同じにすれば一般人には違いが分からないだけである。
そもそもの話、この手のハイテク機器で多少の延命措置だけで二十年前の機種が現役を張れること自体、普通におかしい。
「まあ、与太話はこれぐらいにしておいて、まずはプリインストールされておるソフトを適当に使ってみればよかろう。ゲーム類は微妙じゃが、旅行ソフトは出張先の地理の確認なんぞには使えるじゃろうて」
「そうですね。ではさっそく試してみます」
「うむ。では、儂は帰るぞ」
そう言って、フルダイブを始めるレベッカ。
レベッカが条件反射で浄化光をぶっ放す可能性を考え、そそくさと帰宅するプリム。
結局プリインストールソフトの大部分はレベッカにあわなかったのだが、旅行ソフトと全身を使って遊ぶパズルはお気に召したようで、ただの高価な置物になることだけは避けられたのであった。
なお、珍しいことに、今回はプリムに理不尽な流れ弾などはなかったことだけここに記しておく。
そして、ミサ当日、つまり十二月二十五日の早朝。
「ふむ、また禍々しいですね……」
掃除と最後の準備のために礼拝堂に入ったレベッカは、非常に禍々しい魔法陣が宙に浮いているのを目撃する。
「さすがに教会の敷地はちゃんと浄化したはずですが……、ああ、なるほど。貰ったVRギアを玄関口にして、インターネット回線で侵入してきましたか。VRギア自体には妙な気配の類はなかったことを考えると、もともと回線内に潜んでいた感じですね」
唐突にもほどがある展開に首を傾げつつ、とりあえず出所をさっくり特定するレベッカ。
恐らくフルダイブ機能で仮想現実にログインしたことで、限定的な異世界への扉が開いて教会への侵入を許してしまったようだ。
「ここまで完成してしまっていると、さすがに妨害はできませんね。少し待ちますか」
すでに起動してしまっている魔法陣を前に、いつでも対処できるようギミックを起動し、椅子や講壇などを収納しながら様子を見るレベッカ。
この手の物は、起動中に手を出すと大惨事につながると相場が決まっている。
「……やっと出てきましたか」
魔法陣の中央から這い出てきた悪魔っぽいのを見ながら、待ちかねたというようにつぶやくレベッカ。
この後ミサの準備があるのだから、とっとと終わらせないと時間がない。
「久しぶりだな、レベッカ・グレイス!」
「……どちら様でしょうか?」
以前宮内庁の依頼で撲殺した鬼と変わらぬほどの威圧感を見せる悪魔を前に、思わず首をかしげるレベッカ。
正直、全く覚えがない。
「貴様! 忘れたというのか!?」
「その様子から察するに、恐らく以前に払った悪魔のうち一体だとは思うのですが、似たような相手とは飽きるほど戦っていますので、さすがにいちいち覚えていません」
「サンフランシスコの議事堂を占拠した我のことを、何一つ覚えていないだと!?」
「残念ながら、それほど特徴のある案件ではなかったのか、全く覚えていません」
あっさりそう言い切るレベッカ。
レベッカが対処したものには、議事堂などの類が関わった事件などいくらでもある。
その中にはホワイトハウスで大統領を人質にとったと思わせておいて実はその大統領がすでに憑りつかれて乗っ取られていた、というような凝った事件もいくつかあるので、単に議事堂を占拠した程度では記憶にないのも当然だろう。
それを聞いた悪魔が何かをわめきながら攻撃を仕掛けてきたが、頭に血が上っている者の攻撃など大した意味がない。
あっさり全ての攻撃を回避し、胸元で手を組んで祈りのポーズをとる。
「主よ、再びこの両手を血に染めることをお許しください」
その祈りの言葉と同時に、辺りに陽気なクリスマスソングが鳴り響く。
BGMに合わせて修道服でも隠しきれていないグラマーで肉感的なボディラインを強調するかの如くレベッカの全身が光り、その豊かな胸の谷間から聖痕が浮かび上がる。
浮かび上がった聖痕がレベッカの左右の拳に宿り、足元から吹き上がった風が修道服の裾をはためかせベールを吹き飛ばす。
ベールが吹き飛んだ拍子に三つ編みがほどけたらしく、素晴らしい金髪が風にたなびく。
その場を濃密な神気が包み込み、レベッカの聖痕がフルパワーで解放された。
「では、互いの罪を清算しましょう」
「何だこのクリスマスソングは! ふざけているのか!?」
「BGMの選曲は聖痕が勝手に行っているので、苦情を言われてもどうにもなりません」
喚き散らす悪魔に対しそう無情な結論を告げながら、ピーカブースタイルで突っ込んでいくレベッカ。
ここから先はいつものルーチンで、徹底的な手数で相手の腕や羽を粉砕消滅させつつ念入りに殴り倒す。
以前の鬼同様変に身体がでかい事もあり、何発か股間に打撃が入っているあたりがなかなかに哀れだ。
前回下手に逃げるのに成功してしまったのもマイナスで、普段より念入りにじっくり時間をかけて殴り続けられているのも不幸である。
名も名乗らずに殴り合いに入ってしまった悪魔に止めの一撃が入ったのは、実に三曲目のクリスマスソングが終わるタイミングであった。
「主よ、この哀れな子羊に救いの手を」
止めの一撃で悪魔が消滅したのを確認し、背を向けて十字を切りながらいつもの白々しい祈りの言葉を告げるレベッカ。
レベッカの祈りに合わせて浄化光の柱が立ち、一部がレベッカの自室のVRギアに吸い込まれて消え、クリスマスソングがゆっくりとフェードアウトする。
「なんか、派手なことになってるねえ」
「おや、小川社長」
「やあ、おはよう。ミサの寄付に来たよ」
「それは、ありがとうございます」
「あと、昨日うちのパーティで使った食材がちょっと余ったみたいだから、ミサが終わった後で送るよう手配しておいたよ」
「ありがとうございます!」
資金の寄付より食材のプレゼントを喜ぶ現金なレベッカに、思わず苦笑を浮かべる美優。
「そうそう。プリムちゃんから伝言。『碌な目に合わん気がするから、ミサが終わるまですっこんでおく』だって」
「分かりました」
「じゃあ、この後予定があるから、もう行くね」
「はい。本日はありがとうございました」
そう言って、スマートに立ち去る美優。
レベッカとさほど大差ない長身だけに、その仕草は大変様になる。
「さて、大急ぎでミサの準備を終わらせなければ」
そう言ってスイッチを押し込み、椅子や講壇を元に戻すレベッカ。
この後どうにか準備を間に合わせ、派遣されてきた神父を迎え入れ無事にミサを成功させるレベッカであった。
なお、レベッカさんはフェアクロは無料接続分を使い切る前に手を引きました。
あまりにも本来の自分との差がつらかった模様。
なお、今回の悪魔は完全消滅しているので、もう一度復活は不可能でございます。
前回もそうですが、こういうのを問答無用で消滅させて追跡調査とか丸投げで完全スルーを決め込むもんだから、謎が一切解決しないという問題が。
まあ、実働部隊に敵が出現した背景を探ってから仕留めろというのも無茶ぶりではありますが。
余談ながら、プリムの出演回に関しましては、作者の気が向いたときに3D6振って1ゾロなら不幸な目に合わないという救済措置を行っていまして、今回はそれが適応されました。
基本的に問答無用でひどい目に合わせているので、たまにはサイコロの神様の慈悲があってもいいかなと。




