撲殺その9 残り香
「……ふむ?」
秋のお祭りシーズンも半ばを過ぎたある日のこと。
所用で駅の方へ来ていたレベッカは、何とも言えない不穏な気配を拾う。
「……彼女ですか。これはまた、妙なものに憑かれてますね」
気配をたどり、その出所を突き止めて思わず顔をしかめるレベッカ。
不穏な気配を放っていたのは、レベッカと同年代だと思われる少女であった。
「……リュックの中に刃物数本、何に使うのかナックルダスターまで所持していますか。憑かれた結果こういう行動に出たのか、それとも元から不穏な事を考えていたせいで妙なものに憑かれたのかは分かりませんが、放置しておくとろくなことにならない感じですね」
そうつぶやいてカメラで少女を撮影。誰に連絡すべきか少々悩み、迷ったときは一番偉い人達の判断を仰ぐべしと美優とプリムに詳細付きで写真を送る。
なお、どうやってリュックの中身を確認したのかについては、過酷な人生で身に着けた眼力でとしか言いようがなく、少なくとも聖痕は何一つ関係ない。
「彼女のことはこれでいいとして、問題は憑いていたものが何かの移り香みたいなものだったことですよね……」
放置しておくのも危険で、かといってどこから来ているかも分からない少女に憑いていたものの出所など簡単に調べられるものでもなく、どうしたものかと頭を抱えるレベッカ。
もっと言うなら、どうにかして出所を突き止めたとして、それが隣の県ぐらいなら対処しに行けても北海道だの大阪だの福岡だのと言われてしまうと、さすがに簡単に祓いに行けるものではない。
「……とりあえず、できる範囲で調べるだけ調べてみて、遠方だったら美優さんか十六夜さん、法晴和尚の伝手でどうにかならないか相談しましょう」
やはり放置はできないと考え、どうにかして調べることにするレベッカ。
そうと決まれば善は急げと駅に併設されたショッピングモールで必要なものを買い集め、足早に教会へと戻るのであった。
「お主が送ってきた女子じゃが、無事補導されたぞ」
教会に戻ってすぐ、どうやって帰宅を知ったのかプリムがやってきてそう報告してくれる。
「また、ものすごく早いですね」
「儂ではなく美優の方の関係ではあるが、あやつは要注意人物だったようでの。お主だけでなく美優の部下も複数人が確認しておって、すぐにご用となったようじゃ」
「なるほど。となると、もともと不穏当な人物だったから、妙なものを引き寄せた訳ですか」
プリムの報告にさもありなんと頷きつつ、買ってきたばかりの最新版の日本地図を広げるレベッカ。
それを見たプリムが、不思議そうな顔をする。
「そんなもの、何に使うんじゃ?」
「憑いていたものの出所を探ろうかと思いまして」
「聖水の精製も含めて脳筋仕様だと思っておったが、お主そんなテクニカルな真似もできたのか?」
「私自身の能力では不可能ですね。今回は、昔頂いたこれを使って調べてみようかと思います」
「ロザリオ?」
「ええ。三年前に本部で研修をさせられたときに、先輩の聖女が用意してくれたものです。これに神気を通してダウジングします」
「……なるほど」
神気を通すという言葉に嫌な予感を覚え、じりじりとレベッカから距離を置くプリム。
このパターンは十中八九、流れ神気でひどい目にあうと決まっているのだ。
「とりあえず、嫌な予感しかせんから一度理事長室に戻っておくぞ」
「そうですね。恐らくこの部屋は神気で染まってしまいますから、理事長には厳しい状態になるでしょうし」
「だろうな。では、後で結果だけ聞きに来る」
そう言って、そそくさと教会を出ていくプリム。
毎度毎度このパターンでひどい目にあっているだけあって、さすがに学習したかと妙なことに感心しつつ、準備に入るレベッカ。
噴霧器に聖水を入れて執務室を清めたところで、おもむろに立ち上がって祈りのポーズをとる。
「主よ、再びこの両手を血に染めることをお許しください」
その祈りの言葉と同時に、辺りに竜破斬な魔法をぶっ放しそうな感じのBGMが鳴り響く。
BGMに合わせて修道服でも隠しきれていないグラマーで肉感的なボディラインを強調するかの如くレベッカの全身が光り、その豊かな胸の谷間から聖痕が浮かび上がる。
浮かび上がった聖痕がレベッカの左右の拳に宿り、足元から吹き上がった風が修道服の裾をはためかせベールを吹き飛ばす。
ベールが吹き飛んだ拍子に三つ編みがほどけたらしく、素晴らしい金髪が風にたなびく。
その場を濃密な神気が包み込み、レベッカの聖痕がフルパワーで解放された。
「では、捜索を始めましょう」
そう言って、ロザリオを垂らした手を日本地図の上にかざす。
その瞬間、まるでモーターでも仕込んだかのように高速でぐるぐる回転し始めるロザリオ。
チェーンが千切れるのではないかという回転の後、大量の光の玉をばら撒き始める。
ばら撒かれた光は次々と地図に落ちていき、そのうちいくつかが地図上に光の柱を立てる。
最後の一つが部屋の外へ飛び出したところで、ロザリオの回転が止まる。
「……そういえば、聖痕のフルパワーで探し物をしてはいけないと言われていましたね……」
今更のように、ロザリオをもらったときの注意事項を思い出すレベッカ。
言うまでもなく、手遅れである。
「とりあえず、聖痕を停止しましょう。主よ、この哀れな子羊達に救いの手を」
いつものように雑な祈りの言葉で聖痕をオフにし、じっと地図を見るレベッカ。
そこに、プリムからメッセージが届く。
「……今後ロザリオは使用禁止、ですか。まあ、そうでしょうねえ」
アフロ頭でケフッと口から煙を吐くプリムの画像とともに届いたメッセージに、さもありなんとうなずくレベッカ。
レベッカがプリムの立場なら、間違いなく同じことを言う。
「とりあえず、遠方の物は一旦丸投げするとして、徒歩圏内にある反応だけでも処理してきた方がよさそうですね」
そうつぶやき、一本数百キロカロリーの高カロリードリンクを次々に飲み干しながら仕事道具の状態を確認し、リュックに詰めて教会を出ていくレベッカ。
誰かに頼まれた訳でもないのに今日一日潮見では瘴気の類が発生しない状態にするだけで飽き足らず、ヤバそうな何かがある場所を粉砕すべく行動を起こすレベッカであった。
「魂を真に救済する天主の会、ですか。名前からして驚くほど胡散臭いですねえ……」
三十分後、立石山東部の中腹付近。
獣道と大差ない道を掻き分け掻き分け探し当てた建物は、看板に書かれた名称と相まって筆舌に尽くしがたいほど怪しかった。
「こんなところにこんな建物があるなんて、地元の方はご存じなのでしょうか?」
使われている建材からそんなに古くないはずなのに妙にぼろい建物に、そんな疑問が湧いてくるレベッカ。
もっとも、知っているなら間違いなく撤去しようと動く人間が出てくるであろうビジュアルなので、恐らくは関係者以外誰も知らないのだろうが。
「まあ、中から漏れてきている気配的に、どうせ話し合いなんて成立しないでしょうから、最初から最後の手段で進めましょうか」
そう言って、胸の前で手を組んで祈りのポーズをとるレベッカ。
この時プリムあたりが傍に居れば「最後の手段とそうでない手段との間に大きな差はなかろうに」あたりの突っ込みを入れていただろうが、残念ながらここにはその手の突っ込みを入れる人物はいない。
つまり、レベッカの行動を誰も止めないということである。
「主よ、再びこの両手を血に染めることをお許しください」
その祈りの言葉と同時に、辺りにドラゴンが燃えそうなカンフー映画風のBGMが鳴り響く。
BGMに合わせて修道服でも隠しきれていないグラマーで肉感的なボディラインを強調するかの如くレベッカの全身が光り、その豊かな胸の谷間から聖痕が浮かび上がる。
浮かび上がった聖痕がレベッカの左右の拳に宿り、足元から吹き上がった風が修道服の裾をはためかせベールを吹き飛ばす。
ベールが吹き飛んだ拍子に三つ編みがほどけたらしく、素晴らしい金髪が風にたなびく。
その場を濃密な神気が包み込み、レベッカの戦闘準備が整った。
「なんだなんだ!?」
「貴様、何者だ!?」
「さあ、互いの罪を清算しましょう」
中から出てきた妙なものに憑かれている感じの信者と思しき人々に対し、ピーカブースタイルで構えながら明らかに聞く耳を持たない返事をするレベッカ。
そのまま、有無を言わさず軽快なフットワークで距離を詰め、容赦ない打撃を片っ端から叩き込んでいく。
一発ごとにカンフー映画のごとく吹っ飛ばされる信者たち。中には車田的な飛び方をする者やるーみっくな世界のギャグキャラのような飛ばされ方でお星さまになる者もいる。
最後に勿体つけて出てきた教祖らしい誰かも、その流れで何かをいう暇もなく殴り倒される。
教祖らしい誰かが他と違った点を挙げるとすれば、他の信者たちは基本的に一発か二発、場合によってはほかの人間の打撃に巻き込まれたとか衝撃波でまとめて吹っ飛ばされて終わりだったのに対し、教祖らしい誰かはやたら念入りに時間をかけて何百発もじっくりと叩き込まれたという点だろうか。
それだけ念入りに殴られて耐えられる存在がそうそういる訳もなく、教祖らしい誰かに取り付いていた何かは結局正体不明のまま撲殺され、天高く吹っ飛ばされる。
「主よ、この哀れな子羊達に救いの手を」
最後の雑な祈りの言葉と同時にBGMが終わり、教祖らしい誰かが地面に落ちて巨大な光の柱を立てる。
「さて、普通なら家探しすべきなのでしょうが、そういうのは専門の方に任せましょう」
本日二度目の聖痕全開起動による空腹に負け、またしても偉い人に丸投げして立ち去ることにするレベッカ。
「今日は普段より重労働だった気がするので、久しぶりに自腹で焼肉食べ放題に行きますか」
あまりの空腹に、そんなことを決めるレベッカ。
余談ながら、焼肉食べ放題自体はほぼ週一の間隔でいろんな店に行っているレベッカだが、ほぼ全て奢りで自腹は月に一度あるかないかだったりする。
「前回行った店がここでその前がこことなると……、次はこのお店ですね」
ここ二カ月のローテーションを確認し、本日の店を決めるレベッカ。
出禁にならないように、店の人と仲良くなりつつ負担にならない頻度や周期というのを決めて食べに行っているのだ。
最近は副収入もあって月一ぐらいなら食べ放題ではない焼肉屋でも問題ない財力があるレベッカだが、日本の税制について詳しくない上に確定申告という物についていやというほど聞かされているため、さすがにまだ自分の食欲を普通の焼肉屋で自腹で満たす度胸はない。
「……もしもし、レベッカ・グレイスです。本日これから大丈夫でしょうか? 問題ない? でしたらこれから伺います」
そうと決まれば善は急げ、とばかりに予約を入れ、ベールと髪紐以外全て放置でそそくさとホームへ帰っていくレベッカ。
その日の夜、配信界隈ではグルメ系配信者の生放送に爆食シスター降臨ですさまじいバズりを記録することになるのであった。
読者の皆様はそろそろお気づきかと思われますが、いい加減ネタが切れてきました(待て
というわけで、シスターに食わせたいもの、撲殺させたい生き物、処刑用BGMなどネタをください




