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撲殺その8      通り魔

「あら?」


 自身もごみ拾いをしながら、聖心堂女学院のお嬢様達の放課後清掃奉仕活動を監督していたある日のこと。


 あまりよろしくない種類の気配を察したレベッカは、路地裏を覗き込む。


「……何もいませんね」


 路地裏に何もいないことを確認し、首をかしげるレベッカ。


 感じ取ったはずの気配も、きれいさっぱり消えている。


「残滓はありますが、これ以上は追えませんか」


 残り香程度の残滓を発見し、そう結論を出すレベッカ。


 残り香程度でしかないため、数歩先で完全に痕跡が途絶えてしまっている。


 残念ながらレベッカの能力特性上、この程度の手がかりでは追跡できない。


「とりあえず、まずは生徒達に注意喚起ですね」


 こちらに危害を加えてくる種類の何かが居たことだけは確実なので、表現に気をつけながらお嬢様達とその保護者に注意喚起をすることに決めるレベッカ。


 彼女達に何かあれば、いろんな意味でただでは済まなくなるのだから、当然の処置であろう。


「そうなると、今日のところはこれで終わりですね」


 七割ほど埋まったゴミ袋を見ながら、ため息交じりにそうぼやくレベッカ。


 地味に掃除が好きなレベッカとしては、一袋を満タンにできなかったのは消化不良もいいところだが、お嬢様達の身の安全には代えられない。


「皆さん、集まってください」


 そうと決まれば善は急げと、お嬢様達を集めて中止を告げる。


 この後、保護者達からも色々聞かれ、様々な後始末に奔走させられたレベッカは、主に私怨により気配の主を排除する決心を固めるのであった。








「理事長、何か心当たりはありませんか?」


「無くもないが、珍しく殺る気満々じゃのう」


 その日の夜。聖心堂女学院の理事長室。


 事後報告に訪れたレベッカが、前置きも何もすっ飛ばして、プリムにそう詰め寄る。


 事前に保護者からある程度連絡を受けていたプリムが、若干引き気味になりながら用意しておいた資料を確認しつつそう答える。


「中途半端にしか掃除できなかった上に、後の処理が非常に面倒だったんです」


「まあ、面倒だったというのは分かるのう。たしか、不審者を見かけたという扱いで中止したのじゃったか?」


「はい。一見して平凡で記憶に残らないタイプの男性が、妙なところからこちらを覗いていた。声をかけようとしたらすごい勢いで逃げたので追いかけられなかった。ということにしています」


「ふむ。まあ、不審者なんてものは、不審者と分かるような恰好なんぞしておらんのが普通じゃからのう。見おぼえのない男が挙動不審じゃったから念のために清掃奉仕を切り上げたというのは、責められる話でもあるまいし」


「ええ。ですが、不審者の存在自体がでっち上げなので、人相や背格好を聞かれても答えられなくて苦労しました」


「なるほど、その恨みもある、と」


「はい」


 さすがにそれは逆恨みではないのかと言いたくなるレベッカの態度に苦笑しつつ、もう一度資料に目を落とすプリム。


 レベッカが遭遇したであろう怪奇現象だが、実のところ日本全国各地で類似の事例や関連性が疑われる事件がいくつかあるのだ。


「これは儂の推測じゃが、恐らくレベッカが発見したものは、最近ネット上で広がっておる都市伝説が実体化した、いわゆる妖怪の類じゃろう」


「妖怪ですか?」


「うむ。レベッカは妖怪というものについて、どの程度知っておる?」


「東洋、それも特に日本におけるゴーストやヴァンパイア、デーモンなどの総称として使われる言葉だという知識はあります」


「基本は、そんな所じゃな。そんなところなのじゃが、この妖怪というやつ、実にいろんなものを内包しておっての」


 そう言って、一冊の本と使い込まれたペンを取り出すプリム。


「詳細はこの本を読んでもらったほうが早いので、後でそっちで確認してもらうとして、じゃ。日本の場合、原理が分かっていなかった自然現象に姿と名前を付けたもの、長く愛用されてきた古い品物に魂が宿ったもの、雪女や吸血鬼、鬼、だいだら法師のような人間以外の種族、都市伝説で語られておる実在せんUMAを全てひっくるめて妖怪と呼んでおる」


「それはまた、ざっくりとしたくくりですね」


「うむ。それで、今回関わっていそうなものは、最近ネット上で流行っておる『見えない通り魔』という都市伝説じゃな」


「都市伝説ですか?」


「言霊というのはなかなか馬鹿にできんもんでの。面白おかしくとか半信半疑であっても、日本の総人口の数%が認識してしまえば、妖怪として実体を得てしまうことがあるんじゃ」


「それはなんとなく分かるのですが、今回の件にその都市伝説が影響しているという根拠は?」


「単純な話じゃ。お主の確認した状況がネット上で流れておる都市伝説とそっくりで、類似の通り魔事件が四国と佐渡で発生しておる」


 そう言って、いくつかのニュースサイトを見せるプリム。


 その内容は、まさしくプリムが説明した通りのものであった。


「目撃者全員が顔も背格好も思い出せない、どの監視カメラにも映っていない犯人ですか……」


「うむ。今回お主は姿を目撃できなかったことを誤魔化すために、不審者がいたが顔も背格好もありふれ過ぎていて説明できんと伝えたらしいが、実は同じ時間にもう一人、同じ説明をした目撃者がおっての。これは間違いなく、都市伝説が実体化しておる」


「だとして、何をどうすれば掃除の邪魔をしてくれたこの都市伝説をとっちめることができるのでしょうか?」


「そうよのう。一番簡単なのは、噂の内容のとおり発見者の中で一番目立つお主が明日の昼にでも堂々とある程度人通りのある場所を歩くことじゃな。この手の妖怪は元となった都市伝説に縛られるから、夜や人目のつかん場所で犯行に及ぶことはなかろう」


「分かりました。明日は学校は休みで相談者も来ないでしょうし、適当に試してみます」


「おう、頑張れ」


 割とどうでもいい種類の私怨による動機で犯人を撲殺することに決めたレベッカを、にこやかな笑顔で送り出すプリム。


 今回はレベッカからの流れ弾は無さそうだと上機嫌で帰り支度を始めたその時……


「にょわ~~~~~~!?」


 いつぞやの七不思議の時のように、唐突に手鏡から照射された浄化光に顔面をもろに焼かれる。


 どうやら、行きがけの駄賃で何かを祓った際に、またしても全校の鏡を同時に光らせてしまったらしい。


 恐らく七不思議の時に異界でつながったまま固定されてしまっているのだろうが、プリムにとって実に難儀な話である。


「毎度毎度、儂は何か悪いことをしておるのか……?」


 あっさり顔面を再生したプリムは、そんな風に肩を落としながら帰り支度を済ませるのであった。








「……来ましたか」


 翌日の昼過ぎ、法健寺の参道。


 多数の参拝客に混じり法健寺に向かっていたレベッカは、昨日逃した気配を察知する。


「後は、どこで仕留めるか、ですね」


 周辺を確認し、どこかよさげなスポットがないかを探しながらそうつぶやくレベッカ。


 現在この参道にいるのは全て法健寺の関係者で、霊障だの悪霊退治だのに慣れ親しんだ人しかいないため、レベッカが少々暴れたところで派手に広まるようなことはない。


 それどころか、大部分は法晴の補佐を行うためにいくつかの格闘技の黒帯を持っている連中なので、直接戦闘に巻き込んでも自衛ぐらいは余裕でやってのける。


 が、参道なので微妙に足場が悪く、下手な殴り方をすると周りの人間を巻き込む可能性があるのが難儀なところだ。


『シスター、やりづらいようでしたら、境内に誘い込んでいただいても大丈夫ですよ』


 そんな迷いを察してか、通話状態を維持していた法晴和尚からそんな申し出がある。


 この事からも分かるように、今回の妖怪退治は法健寺が全面的に協力している。


 どうやら昨日の時点でお嬢様の保護者の誰かが法健寺に連絡していたようで、朝起きて掃除をしている最中のレベッカに法晴から声がかかって、今回の作戦が決まったのだ。


「そうですね。神仏の前で殴り合いをするのも心苦しいものがありますが、境内をお借りします」


『そこは気になさらなくても大丈夫ですよ。うちは毎日のように厄介な呪物の浄化をしていますからね。ものによっては、境内で殺し合いをせざるを得ないことなんてよくある事です』


「なるほど」


 法晴の言葉に、どこも大変なんだなあと我が身を振り返りながら納得するレベッカ。


 日本に来てから暇ができているレベッカだが、前にいた教会に移籍するまではあちらこちらに駆り出されては、都市壊滅級の悪魔や悪霊を撲殺して回っていた。


 その中にはバチカンの大聖堂や聖地エルサレムを占拠した強大な死霊の集団もあり、神の御膝元で暴力的な解決をした経験は十分すぎるほど持っていると言える。


 なお、言うまでもないことだが、それらの大部分は表向きにはなかったことになっている。


 エルサレムの件は珍しく宗教の壁を越えて協力し合った事件だったのだが、いろんな意味で沽券にかかわるため、事件の記録は厳重に封印されている。


 余談ながら、エルサレムの事件でシスターであるレベッカが乗り込んで解決したことについて大して揉めなかったのは、レベッカでなければどうにもならないほど相手が強かったこともあるが、良くも悪くも信仰心が薄く日本人並みに大雑把な性質がプラスに働いたことが大きい。


 何を言われても平気でスルーどころか、自分の宗派に対する悪口にあっさり乗っかる人間に噛みついても、労力の無駄というものであろう。


「それでは、今から誘導……。いえ、どうやら時間切れのようです」


『ふむ。出てきましたか?』


「はい。実に物の怪といった感じの風貌をしています。あれでは特徴も何もありませんね」


『ほほう? それは興味深い。拙僧が行くまでは……、まあ無理ですか』


「残念ながら、多分そんなに強くはないかと」


 そんな話をしながら、姿が見えた「通り魔」を法健寺山門につながる石段の前の広場へ誘導するレベッカ。


 レベッカに誘導されていると気が付かず、後ろから猛然と襲い掛かる通り魔。


 たとえ背後からだとしても、来ると分かっている攻撃を食らうはずもなく、あっさり回避して相手を視界内に収めるレベッカ。


 その通り魔は、ぼんやりとした陰に包まれた中肉中背の黒い人型をした何か、としか表現できない姿をしていた。


 漫画などで正体不明の人物をヒントなしで描写する場合、こういう姿になっていることが多い外見、といえば伝わるだろうか。


 これを見ても誰も不審人物だと思わないところが、妖怪の妖怪たる所以なのだろう。


「さて、相手に人格だの意思だのも特に無さそうですので、これ以上被害者が出る前にさっさと終わらせましょう」


 そう言ってレベッカは胸の前で手を組み、祈りのポーズをとる。


「主よ、再びこの両手を血に染めることをお許しください」


 その祈りの言葉と同時に、辺りにダークでプリズンな感じのBGMが鳴り響く。


 BGMに合わせて修道服でも隠しきれていないグラマーで肉感的なボディラインを強調するかの如くレベッカの全身が光り、その豊かな胸の谷間から聖痕が浮かび上がる。


 浮かび上がった聖痕がレベッカの左右の拳に宿り、足元から吹き上がった風が修道服の裾をはためかせベールを吹き飛ばす。


 ベールが吹き飛んだ拍子に三つ編みがほどけたらしく、素晴らしい金髪が風にたなびく。


 その場を濃密な神気が包み込み、レベッカの戦闘準備が整った。


「では、互いの罪を清算しましょう」


 いつもの処刑宣言とともに、軽快なフットワークで「通り魔」に近寄るレベッカ。


 それより早く包丁を腰だめに構えて突っ込んでいく「通り魔」。


 通り魔の一撃をあっさりかわして、カウンターの一撃で包丁を弾き飛ばしつつ顎を殴って浮かせるレベッカ。


 この時点ですでに死に体となっていた「通り魔」に、いつものように情け容赦のない圧倒的な手数のラッシュを叩き込む。


 秒間百を超える打撃を叩き込む神のラッシュは今日も切れ味抜群で、あまりの威力に都市伝説まで一緒くたに殴り潰してしまう。


 もしこの「通り魔」の都市伝説がもう少し時を経て熟成されていれば、こいつが撲殺された程度では消えてなくならなかっただろう。


 が、ようやく実体を持つに至った程度の、言霊としてもまだまだ貧相な都市伝説では、これだけ圧倒的な暴力にさらされてはひとたまりもない。


 結果として、処刑用BGMがサビに入る前に消滅、ぶっとい光の柱を立てて浄化が完了してしまう。


「主よ、この哀れな子羊に救いの手を」


 最後に例の白々しい祈りの言葉を口にするレベッカ。


 その言葉に合わせて、BGMが不満げに未練たらしく徐々にフェードアウトする。


「お見事です」


「お手数をおかけしました」


「いえいえ。うちの者で対処していれば、一人二人はけが人が出ていたでしょうからな。それを思えば、この程度の協力など、物の数でもありませんよ」


 相手を見るために大急ぎで出てきたらしい法晴和尚が、手をたたきながら賞賛の言葉を口にする。


「それで、ここまで協力いただいたのですから、何かお手伝いをしようかと思いますが、手伝えるようなことはありますか?」


「それなら、シスターの聖水を譲っていただけたら助かります。そうですね……、今日の作業を考えると、ポリタンク二つ分ほどあれば非常にありがたい」


「それぐらいならお安い御用です」


「本当ですか!? それはありがたい。……ああ、そうだ。大変遺憾なことに、現在我々は檀家の皆様から頂いたサツマイモを消費しきれずに困っておりまして。せっかくですので、シスターに手伝っていただいてよろしいでしょうか?」


「喜んで」


 法晴の誘いに、目を輝かせてそう言い切るレベッカ。


 その後、これで一割もないのなら確かに持て余すだろうという量のサツマイモをもらったレベッカは、焼きイモや大学芋、芋きんとん、スイートポテトや焼き芋タルトなど思いつく限りの芋料理を作って堪能して一日を終えるのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 吸血鬼がエヴァンゲリオンで 船幽霊がガンダムXで コックリさんがガオガイガーで 通り魔がスパロボOG なのかな?
[一言] コックリさんがガオガイガーのヘルアンドヘブンで 船幽霊がガンダムXのサテライトキャノンかな? 吸血鬼はもしかしてエヴァンゲリオン?
[一言] 某黒タイツの人ならシルエットもくっきりしていたでしょうね
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