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プロローグ       聖女レベッカ、日本へ行く

ちょっと思うところができて、設定を固めるために書いた連載版。

せっかくなので投稿させていただきます。

「なあ、レベッカ。日本に行かないか?」


 北半球でそろそろ冬が終わろうとしているある日、アメリカ西海岸の田舎町。その町に三軒しかないレストランのうち一軒。


 末端のシスターとして働く傍らエクソシストとしても活動しているレベッカは、半年ぶりに顔を合わせた師に連れ出され、料理が出そろいウェイトレスが立ち去ったタイミングでそんなことを言われる。


「日本ですか? それは構いませんけど、また唐突ですね」


 これでもかとばかりに肉肉しい料理に目を奪われながら、不思議そうに質問するレベッカ。


 生まれ育った環境の問題で学力や教養などとはトンと縁がないレベッカだが、それでも東洋の神秘が詰まった異境・日本については一般常識程度の知識はある。


 その知識に照らし合わせると、わざわざ自分を送り込まなくても行きたがる人間はいくらでもいるはずだ。


 正直なところ、レベッカは聖女扱いされていることも含めて、教会勢力の中ではかなり異端のほうに分類される。


 功績やら何やらを踏まえてもわざわざ日本に送り込むような人間ではないし、日本に行く公務があったとして立候補して採用される立場でもない。


 はっきり言って、不自然にもほどがある。


「日本は日本でも、送り込まれる場所が場所なんでなあ。お前さん、潮見市って知ってるか?」


 一向に顔を上げずその青い瞳を巨大なソーセージに向け続けるレベッカに内心で呆れつつ、とりあえず話を進めるレベッカの師。


 北欧系の美女そのものの顔立ちにつやのある金髪、ラテンアメリカの小麦色の肌にメリハリの利いたグラマラスな肉体と、見た目だけなら色気漂う大人の女だが、実のところレベッカの実年齢ははっきりしておらず、推定年齢は一番上でもまだ後二年ほどはティーンエイジャーだ。


 いわゆる常に腹を空かせている年代であり、飯に心を奪われても仕方がない年頃である。


 一応「待て」ができて話を聞こうとする努力はしているだけましであろう。


「申し訳ありませんが、寡聞にして存じ上げません」


「じゃあ、綾羽乃宮商事って会社は?」


「時々名前を聞かなくもありませんね。商事ってことは流通関係だろう、ということぐらいしか分かりませんが」


「綾瀬天音は?」


「確か、世界を変えた超天才でしたか? 具体的に何をしたかとかは一切知りませんが」


「それらの本拠地が潮見市なんだよ」


 師の言葉に、意味が分からないという表情を浮かべるレベッカ。ただし、視線はソーセージに向けたままだ。


 世事に疎い自覚のあるレベッカですら聞いたことがあるような企業や個人の拠点なら、ニューヨークほどではないにしてもかなり発展しているはずだ。


 日本は日本語なる複雑怪奇な言葉を使えねば暮らしづらい国だと聞いてはいるが、その分治安が良く水や食事に困ることが少なく、医療も充実しているとも聞いている。


 今どき日本語ができる神父やシスターなどいくらでもいるし、エクソシストも同様で、どう考えても大部分の国や地域より暮らしやすい地域への派遣を拒否する理由が分からない。


 少なくとも、教会で徹底的に叩き込まれた神学関係の言葉以外はどの言語も割と怪しく、聖女ではあるが信仰心が薄くエクソシストなのに悪魔狩りに消極的なレベッカを送り込まねばならない理由はなさそうに感じる。


 師との会話を見ると難し言い回しを結構使いこなしているように思えるが、これはあくまで神学関係の言葉をそれっぽく並べているだけの張りぼてだ。


 そんなレベッカの疑問を察したのか、レベッカの師が事情を教えてくれる。


「潮見って土地は色々といわくつきでね。まともな教会関係者は位が高くて敬虔な信者であるほど近寄りたがらないんだよ」


「それはまた、どうしてですか?」


「あそこは、教会的には悪魔の巣窟ってことになるのか? いわゆる異教の神がごろごろ実在しててな。それがどいつもこいつも人間が狩れるような相手じゃないし、その関係か信仰って言葉を鼻で笑うような空気があってなあ。まあ、これは大なり小なり日本って国全体に蔓延している風潮ではあるが」


「なるほど。誰も行きたくない理由は理解しました。ならば、なぜ人を送り込む必要が出てきたのですか?」


「理由は二つあってな。一つは今いる爺さん婆さんがそろそろ引退したいって言いだして、後任をよこせって申請が入ったこと。これについてはまあ、最悪教会そのものを廃止するか、近隣自治体の人間を異動させるって手もなくはない。実際、神託が無きゃ、どっちかにして終わりだっただろうな」


「ああ、神託が下りているのですか」


「下りちまったんだよ、残念ながら。で、さっきから肉に釘付けだが、俺は別に食うなとは一言も言ってないからな」


 期待に満ちた表情で師の言葉に反応し、すぐに小さく手を組んで食前の祈りを始めるレベッカ。


 いかに飢えていようと、このあたりを欠かさない点は一応とはいえシスターらしい点であろう。


「なんか飢えてそうな顔してたが、お前さん、そんなに食い意地張ってなかったよな?」


「……前にお肉をいただいてから、もう三カ月は経ちますから」


 一見上品に見え、だがその実ものすごい勢いでソーセージを食いつくすレベッカに若干引きつつ、そんな疑問を口にするレベッカの師。


 師の質問に、口の中のものを飲み込んでから現状を正直に告げるレベッカ。


 その答えに深刻なものを感じ、質問を変えるレベッカの師。


「聞き方が悪かったようだな。最近、ちゃんと食ってるか?」


「さすがにパンとスープに困るほどではありません。野菜類は親切な小母さま方がおすそ分けしてくださいますので、そちらも体を壊すほど不足しているわけではありません」


「つまり、肉類だけ、縁がないと」


「ええ。残念ながら、私がお世話になっている教会はそんなに裕福なところではない、というよりこんな田舎の教会が裕福な訳がありませんので、食うに困らない程度に小麦や野菜の寄進があるだけましだと思うしかありません」


「あ~、それもそうか……」


「ちなみに、お酒を飲ませようとする悪い狼は沢山いますが、育ち盛りの私にお肉を御馳走してくれるような紳士はこの町ではとんと見かけません」


 食事の合間にもたらされるレベッカの現状に、いろいろ納得しつつも思わず天を仰ぎそうになるレベッカの師。


 見た目こそ大人っぽくて無駄にエロいレベッカだが、先ほども説明した通りレベッカの推定年齢は一番上でも十八歳は越えていない。


 一番下だとまだハイスクールに入ったところなので、酒を飲ませて手を出せば州法に触れる。


 そんなことに気が付かない大人が多いのは、聖職者の端くれとして頭が痛い。


 そもそもシスターに手を出そうとしていること自体が言語道断だが、それを言い出すとブーメランになりかねないのであえて深くは追及しない。


 何せ人間というのは魔が差す生き物なので、いくら宗教を根幹とした組織とはいえバチカンほど巨大な組織になると、上から下まで全ての構成員が百パーセント完璧に戒律を守って生活するなど不可能である。


「それで、どうする?」


「どう、とは日本に行くことですか?」


「ああ」


「渡航費やビザ申請などはお願いしても大丈夫ですよね?」


「そりゃもちろん」


「後、一番重要で深刻な問題があるのですが……」


「日本語か? まあ難しい言葉だから不安になるのも分かるが、ちょっとした買い物とミサをできるぐらいの内容に絞れば、そこまでは難しくないんじゃないか?」


「そうですか?」


「ああ。そもそも、ミサなんて講話が違うだけで内容は同じだから、いくつか講話を丸暗記するかアンチョコでも作っておけばどうにかなるだろう」


「それでいいんでしょうか?」


「やっぱ不安か? そんなお前さんに、日本語を覚えるための魔法の言葉を教えてやるよ」


 不安そうなレベッカに対し、にやりと笑いながらそんなことを言い出すレベッカの師。


 師の不敵な笑みに、ベーコンエクスプロージョンを食べる手を止めて、再び不思議そうな表情を浮かべるレベッカ。


 なお、ベーコンエクスプロージョンとは大雑把に言うと、ベーコンにベーコンを巻いて大きな塊を作り、それをオーブンでローストするという考えだした人間の正気を疑いたくなる料理である。


「日本にはな、肉の食べ放題ってものがある」


「!?」


「それもな、お前さんに支払われる予定の給料でも、節約すれば月に二回は行ける程度の値段でな」


「!?!?」


 肉の食べ放題。そんなあり得ない存在を示され、目を見開いて絶句するレベッカ。


 アメリカの場合、安い牛を丸一頭購入するという方法であれば、バラされた肉を買い付けるより安く食べ放題といえるだけの量の肉を得られる。


 が、レベッカ個人はもちろんのこと、住んでいる教会にも現在そんなことをできるだけの財力はない。


 それどころか、一般的な分量の安い肉を神父の分と合わせて二人分買うことすら、なかなか容易ではない経済状態だ。


 支給されるという給料がいくらかは分からないが、そんなうまい話があるとは到底信じられない。


 肉とは言っても牛や豚ではなく鶏肉だったり、牛肉でもほぼスジ肉や内臓の中でも特に安い部位ばかりだったりとか、そういった裏があるに違いない。


「疑ってるようだが、日本で一般的な肉の食べ放題ってのは、牛肉の赤身がメインだぜ。白身内臓系に特化して値段下げてる店もあるが、豚や鶏しかねえって店は違う種類の食べ放題だ」


「そんなに食べ放題の種類があるのですか!?」


「ああ。俺が言った肉の食べ放題ってのは、正確には焼肉食べ放題っつってな。室内でやるバーベキューの変種みたいなもんなんだよ。大体の店は九十分から二時間の制限時間で、安いところで十五ドルぐらいから、高い店でも四十ドル程度で好きなだけ食える。もっとも、酒は別料金だがな」


「最大で二時間もですか!?」


「ちなみに、月に二回ってのは高い方の店だ」


「なんと!?」


 信じられない話を次々に叩きつけられ、完全に動きが止まってしまうレベッカ。


 そもそも、高い店でも四十ドル程度というのが法外に安いのだが、現在レベッカたちに一食四十ドルも出せるような経済的な余裕はどこをひっくり返しても存在しない。


 そんな贅沢を月二回も可能にしてくれるとは、一体どれほどの給料をもらえるのか、否、その潮見という土地がどれほどの魔境なのか、恐ろしくてしょうがない。


 貧乏暮らしが染みついているレベッカは知らない。まともな一般企業なら、新入社員でもその程度の給料はもらっているということを。


 もっとも、新入社員の場合、実家暮らしで家賃などがないのであればという但し書きがつくが。


「それで、決心は固まったか?」


「……はい。行かせてください」


「だったら、これ食ったら日本語の勉強だ。どうせもろもろの手続きや向こうの受け入れ準備なんかに、三カ月ぐらいは必要だしな」


「つまり、三カ月で日常生活に不安がない程度の日本語をマスターする必要があるわけですね」


「そこまで急がねえけど、まあ、早いに越したことはないからな」


 やたら気合が入っているレベッカを、空回りしなきゃいいんだがなどと思いながら生暖かい目で見守るレベッカの師。


 自身の師匠がどんな思いを抱いているかなど知る由もないレベッカは、この後の勉強のためにも頭に栄養を叩き込むべし、とばかりに次々と料理を平らげていく。


 すでに四十ドルを超える金額の料理を平らげているあたり、どれほど肉に飢えていたのか察せてしまう。


(にしても、こいつよく食うようになったなあ……)


 悪魔祓いのついでに壊滅させた犯罪組織から保護し、エクソシストと聖職者に擬態するためのイロハを教えていたころを思い出して、思わず感慨にふけってしまうレベッカの師。


 拉致した女児を使った興業の会場で保護したという経歴でなければ、裸に剥いて股間を確認するぐらいしか性別を識別する方法が無いぐらい、保護したばかりの頃のレベッカは痩せていた。


 そこまで痩せていれば当然食も細くなるわけで、よくもまあここまで女らしい身体に育ったものだと妙な感慨を覚えるのも仕方ないところであろう。


(そういや、さっきはその気にさせるために結構いい加減なこと言ったが、あの頃は読み書きや常識を教えてもなかなか覚えなかったよな。三カ月どころか、そもそも日本に送り出せるほど上達するのか?)


 面倒を見ていたころのことを思い出し、結構深刻な不安に襲われるレベッカの師。 


 そんな師の心配とは裏腹に、地頭は別に悪くないレベッカは驚異的な集中力と吸収力を見せ、その日の時点で予定していた内容をあっさり覚えてしまう。


 どうやら、当時は栄養状態とモチベーション、双方の理由でなかなか頭に入らなかったらしい。


 その後、三カ月でネイティブと変わらないレベルの日本語を身に付けてみせる。 


 そんなこんなで三か月半後。サンフランシスコ国際空港。


「三カ月で日本語覚えたのは素直に感心するが、そこでなんでネット小説にハマるかね?」


 待ち時間の間に最近追いかけ始めた作品の最新話を読み始めたレベッカに対し、あきれたようにそう突っ込むレベッカの師。


「そんなの、通信費以外無料でいくらでも読めるからに決まってるじゃないですか。日本語や日本の風俗、流行なんかの勉強にもなりましたし」


 師に突っ込まれて理由を告げるレベッカ。


 今まで趣味を持つ金銭的余裕などなかったレベッカにとって、これが生まれて初めて持った趣味だったりする。


 なお、通信費が月額固定であるのをいいことに、レベッカはネット小説だけでなく動画も無料のものは片っ端から視聴している。


 さすがに違法アップロードされているものには手を出していないが、期間限定無料配信の映画やアニメは評判を調べた上で厳選したものを限られた時間をやりくりして見ている。


 ちゃんと日ごろの奉仕活動や家事などは手抜きせずにやっているため、世話になっていた教会の神父もあきれはしても文句は言っていない。


「さすがにそれは思いっきり偏ってたり間違ってたりするから、鵜呑みにするんじゃねえぞ」


「分かっています」


 そう言いながらも、画面から目を離さないレベッカ。


 隣に師がいるのに失礼な、と言われそうだが、すでに話すことは全て話しており、話題も尽きてしまったのだからしょうがない。


 そもそもそれを言い出せば、数分前までレベッカを放置して妙齢の美女を口説いていたレベッカの師のほうが問題が大きかろう。


「っと、搭乗開始のようだな」


「ですね」


「行ってこい」


「行ってまいります」


 特に気負うこともなく別れの挨拶を済ませ、空の客となるレベッカ。


 こうして、バチカンの一部界隈に「撲殺聖女」の二つ名をとどろかせたレベッカの、欧米を拠点とした活動は終わりを告げるのであった。

連載に当たって、とりあえずレベッカの年齢と時系列をサイコロ振って決めたところ

宏達と同学年でがんばる編開始直後ぐらいということになりました。

後付けのキャラなのでフェアクロ及びがんばる編のWEB版には出てきませんが、

今後書籍版のほうにはゲストとして顔を出すかも?

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど「なろう」は日本語学習をしたい外国人の方にも重宝されるんですね! 目からウロコだー
[一言] 手取りで22万円ぐらいですかね? レベッカなら3日で日本語マスターしそうですねw
[一言] >それを言い出すとブーメランになりかねないので 現実の宗教をモチーフにしてるわけでは無いだろうけど現実の世界宗教も児童虐待で問題になってるしね
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