【脱獄物語】大脱走⑥
ふたたび話を戻そう。
こうしてわたしたちはポルトガルのアゾレス諸島まで運ばれた。
鋭子のマネージャーは町外れにある小屋にそのスーツケースを置き、そのままこの国を後にした。
鋭子がマネージャーに頼んでいた仕事はここまでだった。
○
それからわたしと龍次がスーツケースから這い出した。
そして小型化装置を反転させ、二人だけ元の大きさに戻った。
そして大学生の時にアトランティス大陸を探したように、用意していた小型のクルーザーでアトランティス大陸を目指して出発した。
○
目的地までは丸一日かかった。
海は三十年前と何も変わっていなかった。
わたしたちは過去の記録と記憶を頼りに、アトランティス大陸、実際は海に突き出た小さな島を探した。
だが二日目も、まだわたしたちはアトランティス大陸を探しだせずにいた。
そこで田中一を元の大きさに戻して、彼にも探索に加わってもらった。
そこでわれわれも気付かなかった意外なことを田中一が突き止めた。
○
「おそらくこの海底には物質小型化装置が眠っているんです。そして何かのタイミングでその光を放っていると考えられます。そしてあなたたち二人は、たまたま偶然、ある時間にある場所でその光を浴びたのでしょう」
その可能性は一度も考え付かなかった。
だが確かに筋は通っている気がした。
そうでなければアトランティスにたどり着けたはずがなかったからだ。
○
「でも、どうやってそれを探し出したらいいんだ?」
龍次が聞いた。
「この装置はですね、非常に特殊な電波を放出するんです。その検知器を作れば、物質小型化装置の場所が割り出せます。アトランティス大陸はきっとその近くにあるはずです」
「なるほど……」
龍次はすっかり関心してうなずいた。
○
田中一がその晩のうちに検出装置を作り、われわれは反応が出てくるのを待った。
だが結局その日は何も出ず、あたりの海域を風の向くままにぐるぐると回った。
そうしているうちに、嵐が近付いてきた。
三十年前と同じだった。
だが今回ばかりは嵐に巻き込まれるわけにはいなかった。
二百人の仲間を無事にアトランティスに届けなければならないからだ。
○
だがそんな事情を自然が考慮してくれるはずもなく、われわれは嵐に巻き込まれてしまった。
時刻は早朝の四時頃だった。
空には分厚い雲が垂れ込め、夜のように真っ暗だった。
激しい雨がたたきつけるように降り出し、横から吹く突風は波を伴って船をもてあそんだ。雷がわれわれの真横で炸裂し、空気を焼き尽くす匂いが、海と雲の間に充満していた。
われわれ三人はずぶぬれになりながら、何とか船をコントロールし、つねに風上に船首を向けようとしていた。
○
その時、例の検出装置が鳴りだした。
「物質小型化装置のスイッチが入ったんです!」
田中一が叫んだ。
「どっちの方角だ?」
龍次が荒れ狂う嵐に負けじと叫び返した。
「東の方です!三時の方角です!」
田中一はびしょぬれになりながらも、モニターにしがみついていた。
だが嵐のせいで船はくるくると回転し、船首をどこに向けたらいいのかも分からなかった。
○
その時である……掛け値なしの奇跡が起こったのは!
○
この先の話は信じられない話かもしれない。
少なくとも科学的ではない。
だがそれは確かにわたしの身に起こった事であり、今もそれがあったことを確信している。
まぁ、信じる信じないは別としてありのままを書こう。
○
その時である……
『がんばれ! がんばれ、博士!』
その声は吹きすさぶ嵐の中、声を限りにわたしのことを応援してくれていた。
だがその声は龍次でも田中一の声でもなかった。
わたしは背後を振り返った。
龍次は操舵輪をにぎりしめ、田中一は機械にかがみこんでいた。
やっぱり二人の声ではない。
○
海を見た。
真っ黒な海が大きくうねり、雷があちこちできらめき、銀色に光る雨が真横に流れていた。
そこにも誰もいない。
『がんばれ、博士! もう少しなんだ!』
また声が聞こえた。
どこから聞こえてくるのかまったく分からなかった。
だが嵐の騒音の中で、その声ははっきりと聞こえた。
○
「キミは誰だっ?」
わたしは荒れ狂う嵐に向かって叫んだ。
「テルオ! どうした?」
「オヤジ! どうしたの?」
龍次と田中が心配そうに叫ぶのを聞いた。
たぶん一人で叫んでいるように見えたに違いない。
すると答えが返ってきた。
○
『スケイプです!
ずっとあなたを見守ってきたのです!
博士! アトランティスまでもう少しです!
がんばってください!』
その声は本当にはっきりと聞こえた。
――スケイプです――
たしかにそう聞こえた。
あのダイアモンドのつまようじに書かれていた物語の主人公の名前。
断じて幻聴ではなかった。
そしてわたしはその名前を聞いただけたで、彼の存在を信じることができた。
そんな偶然などありえるはずがないからだ。
確かに彼は今、ここに、わたしと一緒に、この船とともに存在しているのだ。
○
「進路が分からないんだ! 君には分かるのか?」
『はい、でもどうやって伝えたらいいのか……そうだ!』
その声と同時に、わたしの前に小さな子供が現れた。
○
その瞬間に時間が止まった。
雷は光ったままで凍りつき、雨は無数の粒となって空中に浮かび、世界からは一切の音が消えた。
わたしにはその子供が誰であるのかがすぐに分かった。
そしてこんなにも長い間、彼のことを忘れていたことを知って愕然とした。
そう、わたしは完全に彼の事を忘れていたのだ。
あんなに大事な友達だったというのに!
○
彼はまだわたしが幼稚園生ぐらいの子供だった頃、いつも一緒にいてくれた『ネコ』という友達だった。
頬に三本のひげが生えており、目つきも何となくネコっぽかったので、わたしがそう名づけたのだ。
今もそれは変わらない。
○
「キミはネコだね?」
「ああ、ひさしぶりだね、テルオ、げんきにしてたかい?」
そういうネコの姿は少し透明で現実味がなかった。
それでもその姿はわたしにはたまらなく懐かしく、暖かいものだった。
○
「ああ、元気にしてたよ」
「キミはずいぶんと、おとなになったね」
そういうネコはまだ子供の姿のままだった。
「うん、そうなんだ、ずいぶん大人になっちゃったよ」
「いいことさ、ぼくはきみのそんなすがたがみられて、とてもうれしいんだ」
「なぁ、わたしはちゃんとしているかい?」
わたしはそう聞いた。それがとても気になったのだ。
ネコに認めてもらえるような、そんな人間になれただろうか?
どうしてもそれを聞いておきたかった。
○
「ああ。きみはとてもつよくなったよ、
ともだちもいっぱいできたし、いいやつのまんまだ、
ちゃんといいところをだいじにもっている、
きみはちゃんとやくそくをはたしてくれたんだね?」
「そうだよ……ちゃんと約束、守ってきたんだ……」
わたしはまたもや泣いていた。
小さい頃にネコと交わした約束の一つ一つが思い出されてきたのだ。
○
「わかってるよ。きみはさいこうのともだちだよ」
ネコにそういわれて、わたしは本当にうれしくなり、胸がいっぱいになって泣いてしまった。
再びネコに会えたのが、そして彼がわたしを認めてくれたのが本当にうれしかったのだ。
それからネコはある方向を指差した。
○
「まっすぐこっちだよ、もうすぐなんだ、テルオ、がんばれ!」
同時に止まっていた時間が流れ出した。
雷がとどろき、風がわたしの白衣をばたばたとなびかせた。
雨がたたきつけるように吹き付け、船は狂ったように揺れ動いた。
○
「龍次! あっちの方向だ! あっちに船を進めてくれ!」
わたしは龍次に大声で船の進む方向を伝えた。
ネコは船首にすっくと立ち、ずっと一点を目指して立っていた。
わたしはネコのすぐ後ろに立ち、左手で手すりをがっちりと握りしめ、右手の人差し指をネコの指差す同じ方角に向けた。
○
一瞬、前方で雷が光り、その光の中に、海にそそり立つ島のシルエットが浮かび上がった。
それは真っ黒な海面に立つ、柱のような小さな島だった。
そしてネコの小さな指先はまっすぐその島を指していた。
○
「見えた!」わたしは思わず叫んだ。
「本当か?」龍次の声が聞こえた。
「ああ、確かに見えた! アトランティスだ!」
わたしはネコと一緒にずっとアトランティスを指差した。
龍次が操る船は嵐の中をゆっくりと、しかし確実にアトランティス大陸を目指して進んでいった。
○
そして島はゆっくりと近づいてきた。
島影はだんだんと大きくなり、波が穏やかさを取り戻してきた。
あいかわらず雲は海面に触れそうなほど分厚く垂れ込めているし、雷はあちこちで光っていたが、雨は小雨になり、風は弱くなってきた。
○
そして海面に光の柱が何本も立ち上がった。
雲の隙間から日光が次々にさしてきた。
「見えた!」龍次が言った。
「あれが、あの小さな島がアトランティスですか?」
田中一はびしょびしょにぬれた眼鏡をふきながら言った。
「ああ、間違いないよ、あれがアトランティス大陸だ」
わたしの人差し指の向こうに、ぴたりとその島が重なっていた。
ネコはいつの間にかいなくなっていた。
○
こうしてわたしたちはアトランティス大陸にたどり着いた。
それは海の真ん中に断崖を見せてそそり立つ小さな島だった。
わたしたちはその島にたどり着くと、仲間の入った箱を海岸に置き、船を小さくして上陸した。
○
それからわたしたち三人も海岸で小型化し、同じサイズの仲間達とともに、かつての記憶を頼りに内陸へ向かって歩き出した。
海岸を抜けて、森に入り、草原を歩いていった。
かつてここを歩いたのは三十年前だった。
だが道は何も変わっていない感じがした。
そして丸一日をかけて内陸へと歩き、やがてサクラのいる村が見えてきた。
○
三十年前と同じ様に、村中の人たちが入り口で待っていた。
その真ん中にいたのはサクラだった。
確かに歳はとっていたが、それでもすぐにサクラと分かった。
○
わたし達の中から龍次が走り出した。
村人の中からサクラが走り出した。
その真ん中で、みんなが見守る真ん中で、二人は抱き合って再会を喜んだ。
そっと鋭子がわたしの手を握ってきた。
わたしは黙ってそれを握り返した。
わたしたち全員が幸福の中にいた。
○
こうして
わたしたちの脱獄と、アトランティス大陸への旅は終わりを告げた。
○
もう語るべきことはあまりない。
だが田中一と小夜子の後日談が残っている。
なんと二人は結婚した。
今現在も二人は楽しく暮らしている。
田中一はずい分と陽に焼け、たくましくなった。
だがあいかわらず学生服を着ている。
小夜子は絵を描くようになり、村中の人の似顔絵を描いて回っている。
そのどれもがにっこりと笑っている。
二人ともがまったく新しい人生を歩みだした。
二人とも、失った三十年ぶんをしっかり取り戻したまえ!
○
ちなみに冴子シェフの後日談も。
彼女はここでもシェフをやっている。
この村の唯一のレストランを経営している。
店は大評判で昼も夜も客が絶えることがない。
そしてチャールズはウェイター兼、皿洗い兼、調理補助と忙しく働いている。
冴子シェフ、あなたの作る料理はいつも最高だ!
いつも美味しい料理をごちそうさま!
○
さて、これで本当に最後になる。
後日談を締めくくるには、この話がもってこいだろう。
○
アトランティス大陸に到着した翌日、わたしは鋭子と手をつないで村のはずれにある廃屋を訪れた。
そこはまったく昔のままだった。
「どうしてここにきたの?」鋭子が聞いた。
「ここから全てが始まったからさ」わたしはそう答えた。
○
裏庭に回ると、ロボットの形をした彫刻が今も立っていた。
今ならば分かる。
これは彫刻ではなく、ロボットそのものだったのだ。
手帳に出てきた主人公の親友、村人達によって壊されてしまったチャールズそのものだったのだ。
○
「これが、あのチャールズなの?」
「ああ、そうだったんだ」
わたしはポケットから『アトランティスのつまようじ』を出した。
ダイアモンドで出来たそれは、朝日を浴びてキラキラと輝いていた。
わたしは指先にぼんやりと広がる暖かみを感じながら、その爪楊枝をもとあった場所、チャールズが守っていた花壇の真ん中に返した。
○
「過去と未来はちゃんとつながっているんだ」
わたしはチャールズを見上げて言った。
「わたしたちはその中を生きていくのね」
わたしの手をそっと鋭子が包み込んだ。
「ああ、だから全ての時間を大事に生きていかなくちゃならない」
○
そう、大事に人生を生きるべきなのだ。
何かに囚われすぎたり、不安に踊らされたりして、いたるところにある人生の楽しみを見逃してはいけない。
われわれは自由ではあるけれど、一人で生きていけるわけではない。
みんなで手を取り合って、限りある時間を精一杯楽しく生きていくべきなのだ。
わたしは三十年という長い時間を牢獄で過ごしてきた。
その時間を取り戻すことはもうできない。
だがそれでもまだ間に合う。
本当の自由を手に入れることはいつだってできるのだ。
それはそんなに難しいことではない。
この脱獄がそうだったように。
わたしたちがアトランティス大陸を見つけ出したように。
あまり難しく考えることはない。
わたしたちは望めばどこへだってたどりつける。
そう、それはたいしたことじゃない。
たいしたことじゃないのだ。
脱獄物語 ~終わり~
最後にエピローグがあります!




