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アトランティスのつまようじ  作者: 関川 二尋
第十二幕
63/66

【脱獄物語】大脱走⑤

 わたしたちは箱に入ったまま、半日あまりも待っていた。

 時間の感覚はまるでなかったが、腕時計によれば夜の七時半だった。

 その頃、松平の部屋の鍵が開けられる音が響いた。

 小さくなったわたしたちには、その音ですらずいぶんと大きく聞こえた。

 同時に大塚長官の声も聞こえてきた。


   ○


「なんてザマだ!あんなジジイに閉じ込められて!」

 大塚の声は怒りに満ちていた。

 がそれに答える松平はずい分とのんきな感じだった。

「叔父さんも同じ様なもんじゃないですか」

「なんだ、その言い方は! だいたい体力だけが取り柄なのに、投げ飛ばされたそうじゃないか?」

「ハっ……それがどうしたんです?」

「なんだ、その態度は?」


   ○


 繰り返すようだが、二人の声は本当に大きかった。

 巨大なスピーカーを直接、耳に押し当てられたように聞こえてきた。

 とうぜん松平の含み笑いも、やけにはっきりと聞こえた。

「……叔父さん、あんたはオレの本当の価値を分かっていない」

「おまえは誰に向かって口をきいてるんだ? 私は長官だぞ、いいかお前をクビにする事だってできるんだ、いや、はっきり言えば、おまえをクビにしてやろうと考えているんだぞ、謝罪の言葉もしゃべれないのか?」

「ありませんね、どうせオレはクビでしょう。いいんですよ、分かってるんです。だからオレはここを出て行きますよ」

 ガサゴソと荷物をまとめている音が響いてきた。


   ○


「おまえを雇ってくれるトコなんかどこにもないぞ、ましてこんなに給料を出してくれる会社なんかどこにもない! お前は世間が分かってないんじゃないのか?」

「そうなんでしょうね。でもほっといてください。オレは自分にふさわしいところに行くんです」

「ハッ! 無理に決まってる!」

「それをこれから試してみるつもりです、それより叔父さんは自分のことを心配したほうがいいんじゃないですか? 二百人も脱獄させちゃったんだ、責任は重いですよ」

「うるさい! 勝手にしろ!」

 大塚はそういい残して去っていった。


   ○


 しばらく松平の身支度をまち、やがてわれわれを乗せたスーツケースが静かに動き出した。

 平らな床をすべり、階段をゴトゴトと落ち、こんどは舗装された道路をゴロゴロと移動していく。

 その間じゅう、箱の中は大騒ぎだった。

 なにしろこのあたりの用意は何もしていなかったものだから、あっちに揺られ、こっちに揺られ、そこらじゅうを転げまわることになってしまった。

 だがその長い旅もようやく終わった。

 車が近付いてくる音が聞こえ、スーツケースのそばで止まった。

 続いて扉が開かれる音が聞こえ、女性の声が聞こえてきた。


   ○


 ちなみにこの女性というのは鋭子のマネージャーで、彼女は鋭子から一連の指示を預かっていた。

 それはトランクを回収し、アゾレス諸島のある島に運んでいくというものだった。

 もちろんその中にわたし達が入っていることは知らない。


   ○


「あなたが松平君?」

「はい、そうです」

「鋭子からきいてるわ。スーツケースを預かるわね」

 わたしたちを入れたスーツケースが空中に浮かび、車の中に運び込まれた。

 今度は向きが横向きになったので、箱の中は人間も動物も入り乱れてまたもや大騒ぎとなったが、幸い事故にはならなかった。


   ○


「あの、鋭子さんはいないんですか?」

「そうなのよ、どこにいるか見当もつかないの。それより、あなた、鋭子になんていわれてきたの?」

「僕を雇ってくれるって、そういってました。あの、聞いてませんか?」

「もちろん聞いてるわよ。ずいぶんと立派な体格の男の子がいるから、どこか映画会社を紹介してやって欲しいって」

「あ、それです! そう言われました!」

「ええ、でもその前にもう少し鍛えた方がいいわね、あなたシルベスタ・スタローンって好き?」

「はい! 大ファンです!」

 松平の声が嬉しそうに弾んだ。


   ○


「アクションスターを目指すのはどうかな? がんばればものになるかも。だめかも知れないけどね。まぁやって見ないことには分からない、でしょ?」

「オレ、がんばります、だから色々教えて下さい!」

「素直でいいわね。でもわたしは厳しいわよ」

「はい、スタローンになれるんなら、命がけでがんばります!」

 松平の声はとてもうれしそうだった。


   ○


 わたしは彼があまり好きではなかったが、今の彼は素直にいいやつだと思えた。

 人間、好きなことを一生懸命やるのが一番だということだ。


   ○


 余談になるが、彼はこのあと、本当に映画スターになる。

 それも日本ではなく、ハリウッドで。

 なんと彼は英語までマスターしてしまうのである。

 人生何が起こるか分からないが、一生懸命がんばればありえないようなことも現実になるのである。

 今現在の彼は、ビバリーヒルズの豪邸に住み、次のアクション映画大作の撮影を控えているという。

 わたしも彼の最新作を見るのを楽しみにしている。

 がんばれ、松平君!


   ○


 さて、肝心のスーツケースはその日のうちに、鋭子のマネージャーとともにポルトガルに旅立った。

 ちなみにこのときの移動が最も辛かった。

 飛行機の貨物室というのは、恐ろしく寒いところだったのだ。

 わたしたちはビスケット一枚を引っ張り出し、犬も猫もみんなで一緒になって食べながら、身を寄せ合い、眠りそうになった仲間を起こしながら、なんとかその時間を乗り切った。

「もう少し考えておくべきだったわね……」

 鋭子が震えながら言った。


   ○


「いや、誰もここまでは予想できないよ。な、田中君?」

「そうですか?僕は予想してましたよ」

 田中一は学生服を三枚も着こんでいた。

「きみは?小夜子さん?」

「予想は出来ないけど、あたしにはスケイプがいるから」

 小夜子はスケイプのお腹にべったりとくっついていた。

 龍次だけは元気だった。

「やっとサクラに会える!」

 時おりそういってはうれしそうに笑うのだった。

 しかもどういうわけか彼は半袖だった。

 それでちっとも寒くないらしい。

 じっさい彼の体からはいつも湯気が噴き出していた。

 これが恋の力なのだろう。


   ○


 ちなみに龍次の後日談を先に披露しよう。

 龍次はアトランティスでサクラと再会した。

 なんと彼女もまた、結婚することなく龍次を待っていたのだ。

 サクラはわれわれと同じ様に歳をとっていた。

 だが彼女の美しさはいくつになっても変わらず、そのまま残されていた。

 二人は涙を流して再会を喜び、その日のうちに結婚を宣言した。


   ○


 ちなみに現在、龍次はこのアトランティスで村長をやっている。

 サクラとはいつも一緒に手をつないで歩き、二十匹以上の犬を連れて毎日海岸の散歩をしている。

 だが本当に驚くのはこれからで、なんとその一年後、二人の間には可愛い双子の子供ができたのである。

 今は二人とも五歳になっており、すっかりミニ龍次、ミニサクラとなっている。

 ともかく四人が永遠に幸せでありますように!


   ○


 また少し話を戻そう。飛行機の中でのことだ。

 わたしと鋭子は二人ともが寒そうな格好だった。

 サイとコロをそれぞれ胸に抱き、二人で体を寄せ合って暖をとっていた。

 その中でわたしたちはいろんな話をした。

 手帳の物語のことも話して聞かせた。

 脱獄にまつわるいろいろなことも話した。

 それらが全て終わったところで、わたしは彼女にプロポーズした。

 このときのことも書いたほうがいいだろう。


   ○


「あの、突然なんだけどさ……」

「なに?」

「そのわたしと結婚して……ほしいんだ」

 たぶんわたしの顔は真っ赤だったと思う。

 するとどういうわけか鋭子が突然立ち上がった。


「ちょっとみんな聞いてくれる?さ、もう一度言ってみて」


 仲間達はみんなこっちを見ていた。

 みんな退屈していたころだったから、大半がにやにやとしてわたし達を見ていた。

 だが悪い意味ではない。

 みんなが祝福してくれているのは良く分かっていた。


   ○


「あの、鋭子さん、結婚してください!」

「テルオ、その前に聞きたいことがあるんだけど?」

 鋭子は腰に手を当て、ふんぞり返ったような姿勢でわたしを見下ろしている。

 あれ?なにかタイミングが悪かったのだろうか?

 それとも、これはやっぱりわたしの片思いだったのだろうか?

 そんな事ばかり考えていた。


   ○


「テルオ、わたしを愛してる?」

「もちろん愛してるさ!」


 仲間から歓声と冷やかしが上がった。

 またわたしは真っ赤になってしまった。


「ちゃんと愛しつづけてくれる?」

「愛し続けるよ」


「苦労するのはいやよ」

「苦労はさせない」


「楽しませてくれなくちゃダメ」

「君を楽しませる!」


「なにがあってもわたしの味方でいられる?」

「わたしはずっと君の味方だ」


「わたしの信頼を裏切らない?」

「僕はぜったいに裏切らない!」


   ○


「みんな聞いた?」


 仲間達は一斉にうなずいた。


「輝男、今の全部誓って」

「命をかけて誓うよ!」

「だれか、白衣を貸して!」


 すると鋭子の周りに何百着の白衣が舞った。

 それはなんだか祝福の天使がいっせいに舞い降りたような光景だった。

 そして鋭子は白衣の一着を羽織り、もう一着をベールのように頭にかけた。

 そしてそっとわたしにほほえみかけた。


「いいわ、お受けいたします!」


   ○


 わたしはなんだか感動してぶわっと泣き出してしまった。

 わたしは本当に幸せだった。

 それから仲間達に手荒く祝福された。

 その中心でわたしたちはキスを交わし、神父も神主もいなかったが結婚したのである。


   ○


 ちなみに鋭子の後日談だ。

 彼女はアトランティスに来てから、一緒にわたしたちの家を作り、仲間の家を作り、さらにいろんな建物の設計をした。

 今のアトランティスがカラフルで、統一感があって、とても素朴な村になっているのは彼女のおかげである。

 彼女は女優としてだけでなく、建築家としての才能にもあふれていたのだ。


   ○


 さらに彼女は冴子シェフとともに料理教室を開いたり、科学者を招いて学校を作ったり、サクラと一緒に園芸教室を開いたりした。

 彼女の周りにはいつも文化の花が開いていた。

 彼女はあらゆる文化を愛し、大事に育てた。

 このアトランティスを理想郷に導く女神、彼女こそがまさにその人だった。


   ○


 ちなみにわたしと鋭子の現在のスケッチも少々。

 アトランティスでわたしたちは幸せに暮らしている。

 二人とも白髪が増え、それなりに歳をとった気はするが、いまでも大の仲良しだ。

 子供には恵まれなかったが(なんと言っても二人ともずいぶん高齢で結婚したのだ)、わたしはとても幸せだ。


 ちなみに彼女に直接言うことはないのだが、わたしは今でも彼女に恋をしている。


 朝目覚める時、一緒に食事をするとき、海岸を散歩する時、ともに眠りにつくとき、わたしは彼女を眺め、彼女の美しさに驚き、そのたびに恋をしている。


   ○


 ああ、わたしはなんと幸せなのだろう!

 彼女がわたしと同じ様に幸せを感じていますように!



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