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アトランティスのつまようじ  作者: 関川 二尋
第十二幕
62/66

【脱獄物語】大脱走④

「それで、ここからどうやって逃げ出すの?輝男?」

 鋭子が実験室に入ってきた。隣にはピタリとスケイプもいる。

 それに続いて小夜子と、冴子シェフ、その助手となったチャールズも入ってきた。

 これでとうとう全員が実験室にそろった。

 閉じ込められた科学者たちとそのペット、ロボット、そしてアトランティスに行くために必要な道具の全てが!


   ○


「大塚の話では、もうこの刑務所は囲まれてるらしい」

 わたしはそういった。


 だがもう脱獄までの道のりははっきりと見えていた。

 わたしの頭の中ではアトランティス大陸までの道のりがはっきりと見えていた。

 これまで積み重なってきた運命の断片が、ようやく一枚の絵を完成させたのだ。


「おそらくその連中も、まもなくここにやってくるだろう。だがわたしには作戦がある。完璧な作戦だ。これからあと少しだけ、わたしの言うとおりに動いてもらいたい」


   ○

 

 わたしはまず冴子シェフと小夜子に、今一度カフェテリアに戻るように言った。

 そしてたくさんのコーヒーを作り、その中に小夜子の睡眠薬を溶かし込むように指示した。もちろん給水器など、彼らが利用しそうなもの全てにだ。

 この作業はチャールズも手伝ったので、作業時間はわずか十分ほどで終わった。


   ○


 結果から先に言うと、約一時間後に刑務所の外からやって来た応援部隊は、遅かれ早かれみなこのコーヒーを飲んだ。

 そして半日ほどの眠りに落ち、いわば空白の時間が生まれることになった。

 彼らだけではない、虎子たちとの乱闘で気を失っていた看守達も、気付け薬がわりにこのコーヒーを飲んだ。

 そして再び半日あまりも眠りこむことになった。

 

   ○


 鋭子とわたしはもう一度、わたしが閉じ込められていた『独房』に戻った。

 中に閉じ込めたままの松平に会いに行くためである。

 わたしは鋭子に作戦を伝えてあった。

 それは少し突拍子もない話ではあったが、何と言っても彼女は大女優であり、彼女にとっては、突拍子もない話を人に信じ込ませるのはたやすい仕事だった。

 つけ加えておくなら、松平は実に単純な男だった。

 そこで扉ごしに交わされた会話はこんな感じだった。


   ○


「松平くん、起きてるわね?」

「その声は、鋭子さんですね?無事だったんですか?」

「ええ。なんとかね」

「脱獄はどうなったんです?やっぱりダメだったでしょう?」

「もうすぐ終わるところよ。もうすぐむかえのヘリコプターが来る事になっているの。それよりあなたはクビになるわ、わたしはそれが心配でここに来たのよ」

「感激です! 鋭子さんがオレを心配してくれるなんて。でも大丈夫です、なんとかやっていきますよ」


   ○


「そのことなんだけど……あなた、わたしの知り合いの映画会社で働くつもりはない? あなたならその素質が充分にあるわ。ぜひいらっしゃいよ」

「マジですか? オレをスカウトしてくれるんですか?」

「ええ、そうよ。出来れば今すぐ返事を聞きたいわ」

「もちろん行きます!」

「うれしいわ、じゃあ今日の夕方に迎えのリムジンをよこすから、それに乗っていらっしゃい」


   ○


「はい! ありがとうございます! あの、あなたと働けるなんて感激です!」

「わたしもよ。あぁ、そうそう、わたしが持ってきたあの透明になるシートが運べないから、アレをあなたに持ち出して欲しいの。スーツケースに入れてあなたの部屋に置いておくから、忘れずにもってきて」

「はい、分かりました」

「くれぐれも忘れないようにね。あれは本当に大事なものなの」

「はい、絶対忘れません。必ずそうします!」


   ○


 結果から先に言うと、このスーツケースこそがわれわれ脱獄囚にとっての『ノアの箱舟』となった。

 小さくなったわれわれは、このスーツケースの中に身を潜め、松平によって正々堂々と、正面の門をくぐって刑務所の外に運ばれたのである。

 職員の松平は簡単なボディーチェックをされただけで、警戒厳重な包囲網をあっさりと抜け出した。

 もっともスーツケース一つの中に二百人の科学者やらペットやらロボットやらの全てが入っているとは誰も想像することはできないだろう。

 さらにそこには物質小型装置があり、それらはすべてカモフラージュシートで念入りに包まれていた。

 

 何度も言うようだが、作戦は完璧だった。


   ○


 すこし話を戻しておこう。

 わたしと鋭子が松平に会いに行く間、田中一には科学者全員を小さくしておくように伝えてあった。

 科学者は大体三人が横に並び、田中一が彼らに光を浴びせていった。

 科学者たちはハチほどの大きさにまで縮んだ。

 小さくなった彼らは慎重に田中一の手に這い登り、田中一の机の上に乗せられた。

 もちろんペットたちもすべて小さくなり、気を失ったままの龍次もまた小型化された。


   ○


 それらの作業が全て終わったあたりで、わたしと鋭子が実験室に戻ってきた。

 小さくなった彼らが机の上に乗った光景はなんとも不気味だった。

 本当に小さなミニチュアの人間やら動物やらがわらわらと机の上を動いているのだ。

 鋭子は露骨に顔をしかめた。

「なんか虫みたい、あたしたちもこうなるの?」

「まぁね、まぁそのうち慣れるよ」


   ○


 それからわたしは田中一を小型化した。

 次に鋭子も小型化した。

 そして机の上に乗せて、人数を数えた。

 数はぴったり。一人の脱落者もいなかった。


   ○


 ちなみにこの時、大塚守男は目隠しをされた上に、両手両足を縛られて廊下で眠っていた。途中で意識を取り戻すといけないので、念の為に小夜子の睡眠薬も飲ませてあった。

 だから彼はこの間にわれわれが何をしていたのかを知ることはできなかった。


 そして大塚長官を見たのもこれが最後となった。


 ちなみにこの後、彼は数々の贈収賄、汚職などが発覚し、さらに彼の手の届かない権力の手によって監獄行きとなる。いわばこの脱獄のゴタゴタをウヤムヤにするため、すべての罪をひとりで背負わされたのだ。

 まぁ因果応報、自業自得というわけだ。

 ということで少しばかり彼にもメッセージを……


   ○


「大塚君、君は本当にひどいやつだった。

 君は最初からわたしを憎んでいたから、わたしがそうとしか感じ取れないのは仕方がないことだ。

 しかしだね、君はあまりに長いこと過去の恨みを引きずりすぎだよ、そんなことで人生を過ごしていくのは実に無駄なことだとわたしは思う。

 恨みというのは強烈な感情だから、それを打ち消すのはたやすいことではないと思う。でもどこかでその連鎖を断ち切らないことには(それには自己犠牲の精神が多分に必要だと思うのだが)、そこから先にはどこへも進めない。

 考えてもみたまえ、君がわたしという存在に囚われずに生きていたなら、君は刑務所の看守なんていう仕事をせずに、立派な政治家になっていたかもしれないんだ。

 はっきりいって君のように恨みを抱えた人間はこの世にゴマンといる。

 みんながそんな思いをかかえて生きていくのは、実に辛い世の中だとは思わないかね?

 もっと楽しく暮らしていく方法は、君の歩いている道のすぐ横に、そこらじゅうに分岐して広がっていたのだよ。

 これはきみの友人としての忠告だ。今からでもそれを探したまえ!」


   ○


 それからわたしは彼らをまとめて、小さな箱の中に入れた。

 実際は順番に並んで入ってもらったのだが、とにかくみんなをひとまとめにすると、その小さな箱を抱えて実験室をあとにした。

 ポケットの中には物質小型化装置と万能合い鍵も入っている。


   ○


 わたしは廊下に出ると実験室の扉をしめ、大塚長官のポケットから鍵を拝借して、実験室の扉に鍵をかけた。

 これで密室の雰囲気を演出した訳だ。

 それからがらんとした廊下をゆっくりと歩いていった。

 目指すのは松平の部屋。

 それは本館二階の、カフェテリアのちょうど真上辺りにある。

 他の看守達はまだみんな気絶したままだ。

 彼らを起こさないように、静かに悠然と廊下を歩いていく。


   ○


 カフェテリアに通じているガラス張りの廊下を歩いていくと、夜明けの光が差し込んでいた。

 空はまだ暗く、てっぺんの辺りでは銀色の星が瞬いていたが、地平線の辺りでは青い空が現れはじめ、夜の空と交じり合っていた。

 芝生は朝日を浴びて鮮やかな緑を取り戻し、森の中では鳥達のさえずりが聞こえ始めていた。

 今日はいい天気になりそうだった。


   ○

 

「三十年か……」

 わたしはしばし足を止め、目の前の光景をしばらく眺めた。

 この場所に三十年間も閉じ込められていたのだ。

 その間、毎週日曜日、鋭子は一度も欠かすことなくわたしを訪ねてきてくれた。

 それが今さらのようにうれしく思えてきた。

 そして知り合えた科学者達のことを思った。

 みんなすばらしい科学者達だった。


   ○


 掛け値なしの本当の天才、田中一は人生の大事な時期を閉じ込められてしまった。

 かつての恋人のために死力を振り絞って戦った小夜子は、せっかくの発明をゆがめられてこの土地に閉じ込められた。

 そのほかの科学者一人一人にも同じ様にストーリーがあった。

 だが誰一人、ここに閉じ込められていい人間はいなかった。


   ○


 それでも彼らと出会えたことはすばらしいことだった。

 閉じ込められていた時間は全て無駄に流されてしまう。

 だがそこで積み重ねてきた知識や経験、いろんな思いはこの先きっとすばらしいものをもたらしてくれるだろう。

 そう思うと、ここでの三十年間の思いが、全て溶けさってゆくような気がした。

 と、森の向こうで小さな人影が動いているのが見えた。

 おそらく外からの増援部隊が到着したのだろう。

 これ以上ぐずぐずしている時間はなかった。

 わたしはその場を後にすると、松平の部屋を目指した。


   ○


 あとは最後の仕上げだけだった。

 わたしは万能合い鍵を用いて松平の部屋に忍び込んだ。この時、このカギを開けたのを最後に万能合い鍵の繊維が切れてしまった。だが最後までこの道具はわたしたちを助けてくれた。


 松平の部屋は見事に散らかっていた。

 トレーニング用の機械が部屋のあちこちに置かれ、その隙間に洗濯物が山となって積まれていた。

 使った食器は出たままだし、漫画の雑誌があちこちに積み上げられていた。

 壁にはロッキーの映画のポスターと、鋭子の最近の映画のポスターが並べて貼りだされ、そこだけはなんともほほえましい感じだった。


   ○


 彼のベッドのすぐそばにスーツケースが一つおいてあった。キャスターのついた縦型のタイプで、鋭子が持ち込んだものだった。

 わたしは科学者達の入った小さな箱をとりだして蓋を開けてみた。

「苦しくないかい?」

 そういって箱の中に耳を突っ込む。そうしないと彼らの声は小さくて聞き取れないからだ。

 すると鋭子の声がまっすぐに、澄んだ鈴の音のように聞こえてきた。

「すごく気持ち悪いけど、大丈夫!」

「あと少しでアトランティス大陸だ!みんながんばってくれ!」

 箱の中からは小さな歓声が上がった。


   ○


 それからわたしはその箱をそっとスーツケースの中に入れた。

 今度はわたしが小型化し、かばんの中に入るだけだ。

 わたしは箱を踏まないように、スーツケースの中に片足を入れた。そして頭からカモフラージュシートをかぶった。

 万一スーツケースの中身を調べられそうになったときに、全てがこのシートでくるまれていれば見つからないはずだ。

 そしてポケットから物質小型化装置を取り出すと、そのライトの部分を自分に向けてスイッチを入れた。


   ○


 それはなんとも妙な感覚だった。

 自分が小さくなっているというよりも、回りが巨大になっていく感覚のほうが強かった。

 天井はみるみる遠ざかり、部屋の壁が高層ビルのように伸び上がっていく。

 すぐに体は子供ほどの大きさに縮み、わたしは両足をスーツケースの中に入れてすっぽりと収まった。

 さらに小型化は進む。そのまえにわたしは身をかがめて物質小型化装置を箱の上に置いた。

 そしてカモフラージュシートをすばやくスーツケースの中に手繰り寄せ、箱と物質小型化装置を包んだ。

 さらに身長は縮んでいき、やがてすっぽりとスーツケースの中に納まるサイズになると、手早く内側からチャックを閉めた。

 それから暗闇が辺りを包み、自分がどれほどの大きさなのかまったく分からない時間が過ぎた。


   ○


 わたしは完璧な闇の中にいた。

 と、ちょうつがいのきしむ音が前方から聞こえてきた。

 闇の中に光が差し込み、わずかに開いた扉のシルエットが見えた。

 その扉の中からはまばゆい光が漏れ出していた。

 わたしは光の方向へ歩いていった。

 扉は箱に開けられた小さな穴だった。

 ダンボールが波打っている断面がやけに巨大に見えた。

 その扉の向こうには、鋭子が待っていた。

 わたしとまったく同じ大きさの、いつもどおりの鋭子の姿だった。


   ○


「やったわね、輝男!」

「ああ、やったぞ!」

 わたしは光に向かって走り出した。

 鋭子の背後から科学者達が続々と姿を見せた。

 田中一に小夜子に冴子シェフに大勢の科学者達に、そのペット達。

「やったぞ!とうとうやったんだ!」

 鋭子もまたわたしに向かって駆け出してきた。

 彼女の笑顔は本当に美しかった。

 その目に涙が浮かんでいるのが、とてもうれしく感じられた。

 まるでわたしは何かの映画に出演しているような気分だった。

 それほどにこの瞬間は美しく、完璧だった。


   ○


「輝男!」

「鋭子!いよいよ約束を果たす時が来た!」

 わたしと鋭子はがっちりと抱き合った。

 彼女の体はとても温かく、柔らかく、そして涙のにおいがした。

 わたしは彼女の体を強く抱きしめた。

 わたしがずっと求めていたのはこの瞬間だったのだ。

 わたしがずっと恋焦がれていたものは、この腕の中にいる鋭子だった。


   ○


「待ちくたびれたわよ、もうどれくらい?十年?二十年?」

「ずいぶん待たせたね、ごめんよ、でもこれで約束を果たせる!」

「約束?何の約束だったっけ?」

「約束だよ!アトランティスに連れて行ってあげる!」

「え?わたし、いやよ」

 鋭子はまたそんなことを言い出した。


   ○


 わたしの心臓に冷たい血がどっと流れ込んだ。

「えっ?」

 こういう答えが来るとはわたしは思っていなかったのだ。

 たぶん一瞬青ざめたのではないかと思う。

 だが鋭子はすぐにわたしの顔を見て笑った。

 そして唇にキスをすると、すかさずこういった。

「あんまり遅いから、あたしが連れてってあげるわよ!」


   ○


 わたしは安心したせいでつい吹きだしてしまった。

 すると鋭子も微笑した。

 後ろからは仲間達の笑い声も聞こえてきた。

 すると何だか笑っているのが楽しくなって、みんなで馬鹿みたいに笑った。

 すると鋭子がみんなのほうを向き、右手を高く掲げて叫んだ。

「さぁ、みんなでアトランティスに出発よ!」

「おぉぉ!」

 仲間達も右手を挙げてこれに答えた。


   ○


 それからわたしたちは二人で手をつなぎ、仲間たちの待つ明るい光の中へと入っていった。


   ○


 こうしてわたしたちは脱獄に成功した。


   ○


 わざわざこうして一区切りして書いたのは、あのときの喜びが蘇ったからだ。

 本当にあの瞬間は最高だった。

 だからもう一度だけ、同じ事をするのを許して欲しい。


   ○


 こうしてわたしたちは脱獄に成功した!


   ○


 何度書いても最高だ。

 あのときの感動が薄れることはない。

 あの瞬間、わたしが仲間とともに小さな箱に入った瞬間、この脱獄は成功した。


 わたしが書きたかったのは脱獄の物語だったから、ここで話をやめてもいいのだけれど、やはり書き足しておくのが筋というものだろう。


 ということでこの先はいわば後日談ということになる。




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