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アトランティスのつまようじ  作者: 関川 二尋
第十一幕
53/66

【脱獄物語】ヒロインの登場①

 とうとう十一章である。

 ところでデータが紛れ込んでいた件だが、龍次の子供達が犯人ではなかった。久しぶりに田中君に来てもらって機械を見てもらったのだが、わたしが分けた章の間にそのデータは挟まれているらしい。

 分かるのはそれだけ、暗号かどうかも分からないらしい。

 ならまぁ別に気にすることもないだろう。

 だから今はとにかく続きだ。

 神城龍次の姉『虎子』が助けに来てくれた。

 わたしは独房から出たものの、大塚の手により再び閉じ込められてしまった。

 物語はそこから始まる。


   ○


 目覚めると、また独房の中にいた。

 まだ独房の中にいた。

 狭くて小さな灰色の天井、高い位置に取り付けられた小さな窓、窓に取り付けられた鉄格子、それはうんざりするほど見慣れた光景だった。

 光の反射具合からするとちょうど正午のあたりだろうか?

 それにしてもどれくらい眠っていたのだろう?


   ○


「お目覚めかね?博士」

 突然の声に驚いて足元を見ると、ベッドのすそにスーツに身を包んだ大塚が足を組んで座っていた。

 誰かがいるとは思っていなかったから、しばらく心臓の動機が止まらなかった。

 一方の大塚はまるで何事もなかったかのように、わたしのことを冷ややかに見下ろしていた。


   ○


「あまり驚かさないでくれ……」

「そんなつもりはない。きみがかってに驚いただけだ」

 大塚はいやみに笑って答えた。

 と、その時わたしは急に思い出した。

 眠っていたのだった……それも死んだように熟睡していた……

 まさかとは思うが……


「今日は何日だ?」


   ○


「何だね、唐突に?」

「何日だ?わたしは何日眠っていた?」


 聖脱獄記念日を寝過ごしてしまったのでは……そのことを考えただけで冷や汗が吹きだしてきた。


「今日は7月30日。お前が眠っていたのは半日ほどだよ」


 それを聞いてほっとした。

 ということは、脱獄の可能性はまだ残っている。


   ○


「キミの脱獄計画は大失敗に終わったよ。神城龍次と虎子はまだ独房で眠っている。助けに来たヤクザたちは全員手錠をかけてカフェテリアに放り込んである。勝負はついた、わたしの勝ちだ」

「そうか……」

 わたしはベッドの上で半身起き上がると、大塚に向かい合った。

「……それよりも、あんたは大塚守男だそうだな?」

「なんだね、あらたまって」

「わたしの同級生だったそうじゃないか、あの大塚守男なんだろう?」


   ○


「おいおい、今まで気付いていなかったのか?ひどい奴だな」

「話をそらすなよ、あんたは本当に陰険な奴だ」

「今まで忘れていたお前も相当ひどいと思うがな」

「あんたは小さい頃の恨みを晴らすために、わたしをここに閉じ込めたんだ、そうなんだろう?」


「まぁ最初の動機はそうだったかもしれないな」

「ここの監獄を作ったのも、お前だそうじゃないか?」

「ああそれは事実だ、ちなみにお前がつかまったあの日、お前を自宅まで迎えにいったのもこのわたしだよ。どうせ気付いていなかったろうがね」

「つまりは全てあんたの個人的な恨みが原因だったってわけだ?」

「まぁ、そういう解釈もあるね」


   ○


 大塚は悪びれた様子もなく、それどころか肩をすくめておどけて見せた。

 わたしの心臓の中に怒りを煮詰めた血がどっと流れこんできた。

 そのあまりの濃厚さにしばらく息がつけなくなった。

 どうも最近わたしは感情の起伏が激しくなっている。

 怒りっぽくなっている。


   ○


「そのために、そんなくだらない理由のために、罪もない多くの科学者が、長い間ここに閉じ込められたんだぞ。彼らの、二百人もの人間の人生を台なしにしたんだぞ。それを分かっているのか?」


「そんなのは知ったことじゃないよ、わたしは自分のしたいことをしただけだ。そのために努力もしてきたんだ……」

 大塚はそういって自分のスーツのボタンをつまんだ。見るからに高級そうなスーツだった。

 ネクタイもワイシャツも、袖に光っているカフスボタンも嫌味なくらい高級そうに見えた。

 わたしにはその全てが、多くの人の犠牲の上に成り立った贅沢品に見えた。


「だが……それがなんだというんだね?」


   ○


「そんな考え方は間違っている、あんたの父親はそれを教えてくれなかったのか?」

「いいや、ちゃんと父親から教わったよ。人間というのは平等じゃない。だから一つでも上のポジションに登れるようにあらゆる努力を尽くせ、ってな。そうすれば人よりいい暮らしが出来る。人に命令されることもなくなる。そのときこそ、真の自由が手に入るってね。確かに親父の言うとおりだったよ。わたしは自分のしたいことを、自分の力だけで実行できるようになった」


「それがこの刑務所というわけだ」


「まぁね。ここでは山川鋭子を毎週見ることができる。お前が苦しんでいる姿を毎日見ることもできる。さらにいえばここでは莫大な副収入を得ることもできる。こうして一流の服を着て、休日には一流のレストランで食事をして、家族には好きなだけ贅沢もさせてやれる。人はわたしを尊敬し、毎日のように誰かが頭を下げにやってくる。これはすべてわたしが自分の能力で手に入れたものだよ」


   ○


 わたしは彼が得意そうに話すのを聞いて、わたしの祖母と母を思い出した。

 祖母と母は一種の病気だった。簡単に言えば、育児拒否症だった。

 自然界でも時々そういうことが起きるから、不思議なことではないかもしれない。

 だが大塚という男は、この祖母と母にどこか似ていた。

 他人に対して、他人の人生に対してまるで無関心だった。

 それが自分の強さだと、堂々と言い放ち、恥ずかしさのかけらもなかった。


   ○


「あんたは特殊な人間なのかな?」

 わたしはついそんな風に言った。

 大塚はきょとんとした顔でわたしを見つめた。

 それからわたしを馬鹿でも見るような目で見下ろした。


「お前は本当の馬鹿だな。まるで社会というものがわかっていない。いいかね、この社会は常に勝者と敗者を振り分けるように出来ている。いわば長い階段みたいなものだ。足を止めたらそこで終わり、あとはどこまで他人より高くのぼっていけるか、その意思が自分にあるか、そういうことで社会的なポジションが決まっていくんだよ。君にはそういう肝心なことを教えてくれる父親がいなかったな?」


   ○


「ああ、ものごころついたときには亡くなっていたよ」

「そして君を育てたのは、君に無関心な祖母と母親だった。あまり人の親を悪く言いたくはないがね」


「だったら口をつぐんでいた方がいい」

 わたしはムッとしていった。


 わたしの態度が気にいったのだろう、大塚の嫌味な笑いが広がった。

「だからだよ、誰からもそういうことを教えてもらえなかったんだ。異常なのは君のほうだよ。世間がキミのことをどう呼んでいるか聞いたことがあるだろう?」

「……何が言いたい?」


「お前は正真正銘のマッドサイエンティストだよ」


   ○


 そんなはずはなかった。

 わたしは馬鹿ではない。

 わたしはいつだって努力してきたし、人の喜ぶ事だってしてきた。

 裏切られたりもしたけれど、それでもまだいろんな人たちを信じることができた。

 それがすばらしいことだというのも知っている。

 たしかにわたしの発明で多くの人が亡くなった。

 それはわたしが一生抱えていく罪だ。

 だがまだわたしは人類のために役に立ちたいと思っている。

 今生きている人間達、これからうまれてくる人間達のために、安全で平和な世界を作ってやりたいと願っている。

 わたしは異常なんかではない。

 断じてマッドサイエンティストなんかではない!


   ○


「さて、わたしはそろそろ行くよ」

 大塚はそういって立ち上がった。

「独房からは出してくれるんだろうな?たしか今日が約束の日だったはずだ」

 大塚は金色に光る重たそうな腕時計を見た。

「そうだな、危険も過ぎたことだし、出してやろう。もう少し待ちたまえ」

 そういって独房を出て行った。


   ○


 しばらくして、隣の独房から虎子の声が聞こえてきた。

 本人は声をひそめているつもりだろうが、迫力のある声はよく響いて聞こえた。

「輝男、あんた隣にいるのかい?」

「ええ、いますよ、虎子さんは大丈夫ですか?」

「ぐっすり眠ったからね、体調はすごくいいよ」

「龍次も一緒ですか?」

「ああ、まだ眠ってるよ。でも大丈夫。それよりごめんな、輝男、おまえを助けてやれなかった」

「あやまらないで下さい、それにまだ失敗したってわけじゃないんです」

「ということは、まだ作戦があるんだな?」

「まぁ、そういうわけです」

「さすがだな、輝男!それでどうするんだ?」


   ○


 こうして虎子としゃべっているのは実に懐かしい感じだった。

 そういえばわたしは高校生の頃、よくこうして虎子としゃべっていたものだった。

 虎子と話していると、時間の溝があっという間にうめられ、あの頃に戻った感じがした。


   ○


「それがまだ決まってないんですよ、いくつかプランがあるんですけど」

「どんなプランだ?」

「ここでは話せませんよ」

「まぁ、それもそうだな、あ、龍次が起きたみたいだよ」

「輝男、ごめんな、失敗しちまった」

 龍次の声も聞こえてきた。

「あやまるなよ、龍次。それにまだ失敗した訳じゃない。あと一日残っている」

「どういう意味だ?」

「これは運命なんだよ。大丈夫、必ずおまえをサクラのところに連れて行く」


   ○


「龍次、あんたも少しは輝男を見習いな。男ってのはね、どんな時でもあきらめちゃいけないんだ」

 虎子がいかにも姉の口ぶりで言った。

「聞いただろ?輝男。姉貴はいつもこうなんだぜ。何かって言うとお前を見習えってさ。今でもしょっちゅうだぜ」

 わたしは少し笑った。

「それより、なにかあたしに手伝えることがあるかい?」

「今のところ、ありません」

「あら、冷たいねぇ」

「すみません、とにかくわたしはもうすぐこの独房を出ます。そしてもう一度プランを立て直して、明日には脱獄を決行します。だから虎子さんと龍次はここで待っていてください。あなたの仲間も、必ずみんなを連れ出しますから」



   ○


「わかったよ。輝男、気をつけなよ」

「はい。虎子さんも気をつけてくださいね」

 と、その時、廊下の向こうから足音が聞こえてきた。

 刑務所暮らしが長くなると、靴音だけで誰だか分かるようになる。これは十中八九、大塚だった。

 ようやく独房を出られるのだ。

「虎子さん、また後で……」




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