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アトランティスのつまようじ  作者: 関川 二尋
第十幕
46/66

【過去物語】高校時代

 輝男は中学校を一番の成績で卒業し、そのまま地元の公立高校へと進学した。

 だがこの時期の輝男のプロフィールは科学者としてはかなり異色である。

 テレビの報道や新聞・雑誌などが好んでよく取り上げたのは、輝男が高校時代に地元の『暴走族』に参加していたということである。

 これまでの輝男の人生を振り返れば、それがいかに突飛なものかよく分かるだろう。もちろん真相は少し違う。


   □


 確かに輝男が『暴走族』に参加していたのは半分事実である。

 警察に捕まったこともあるし、祖母と母親は輝男がガラの悪い男達に誘われて、しょっちゅう外出していたと証言している。

 高校のクラスメート達は輝男を密かに恐れていたし、それが暴走族に入っているせいだというのも公然の秘密であった。


   □


 もう半分の事実というのは、輝男にその自覚が全くなかったということである。

 輝男は自分がいわゆる暴走族の仲間入りをしているとは全く思っていなかったのだ。輝男は龍次の姉『虎子』に誘われるまま、いつも仕方なくついて行っただけだったのである。


   □


 輝男は中学校でのあの一件以来、すっかり虎子に気に入られていた。

 輝男が持っているまっすぐな自尊心や、疎外されてもくじけずにいる態度、誰も怖れない勇気、そういったものが、虎子の心に響いたのであろう。

 虎子もまた親との確執や自分の育った環境の中で、そういったものを大事に守ってきた人間だった。


   □


 そして虎子は一度気に入った人間にはとことんつきあうタイプだった。

 彼女は少しでも輝男の気晴らしになってやろうと、輝男をいろんなところに呼び出すようになったのだ。

 最初こそ、虎子も輝男への善意のつもりで呼び出していた。

 だが、輝男をよく知るようになり、輝男の持つ人間性というものに触れてみると、輝男に会うのは彼女にとって『趣味』のようなものになった。


   □


 輝男と話していると、自分の考えている『正しいこと』と『悪いこと』の判断が明確になってくる気がした。

 それは弟の龍次や、暴走族仲間では分かちあえない感覚であり、その時期の彼女がなによりも必要としていたものだった。

 最初こそ月に一度程度の呼び出しだったが、半年もすると呼び出しは、ほとんど毎日になっていた。


   □


 虎子からの呼び出しはたいてい夜九時過ぎだった。

 それはだいたいこんな具合だった。


   □


 まず家の前に四台の改造バイクが爆音を響かせて止まる。

 近所の犬が大騒ぎで吠えている中を、二階にある輝男の部屋に向かって、大声でメッセージが伝えられる。


   □


『輝男さぁーん!コウジっす!虎子ねーさんから、呼び出しがかかってるんスけど!』


 輝男を迎えに来るのは、いつも虎子の親衛隊『四天王』の役目だった。

 いずれも喧嘩慣れした一癖も二癖もある連中であるが、彼らは虎子を崇拝しており、また虎子の認めている輝男に対しても友情を感じていた。


   □


 輝男は読んでいた本を閉じ、部屋の窓を開けて四人を見下ろす。

 最初は恐ろしく見えていた四人も、この頃ではすっかり普通の友達になっている。


「こんばんは、みんな!また、ツーリングですか?」

「あー……そうっス!ツーリングっス!」

「わかった、今行きます!ちょっと待ってて!」


   □


 輝男が一階に下りていくと、祖母が居間から怯えたようすで輝男を見ていた。ちなみにこの時期、母親は体調が悪く入退院を繰り返しており、ほとんどテルオと祖母の二人暮らしであった。

「また出かけるのかい?」 

 祖母は忌々しそうにそう言った。かつては無視していればよかっただけだが、今ではそれも出来なかった。虎子とひと悶着あってからはなおさらだった。

「あ。おばあちゃん、ちょっと出かけてくるね」

「あ、ああ。わかったよ」

 それから輝男は誰かのバイクの後ろにまたがり、四人にエンジンの改造の仕方を講義しながら、虎子の元に向かう。


   □


「おっ、来たねぇ!テルオ」

「こんばんは、虎子さん」

「じゃ、早速行こうか!今日は箱根まで行くよ」


 虎子は輝男の頭にたたきつけるように、おそろいの真っ赤なヘルメットをかぶせた。彼女の真っ赤なレザーのつなぎはギラギラとした血の色で、背中には『夜虎破魔 爆走族』と書かれている。


 これが輝男の所属していたという暴走族の名称である。ちなみにこの難しい漢字は『ヨコハマ爆走族』と読ませている。

 当時、このグループは神奈川県内でも最大の規模で、最強の軍団とうたわれていた。


   □


 虎子は真っ赤なBMWにまたがり、輝男がその横についている小さなサイドカーに体を押し込める。

 虎子はにんまりと笑顔を浮かべると「しっかりつかまってなよ!」と言い終わらないうちに、後輪をはげしく空回りさせながら、夜の町へと走り出す。


   □


 たいていがこういうパターンだった。

 輝男はほとんど毎晩、虎子と四天王の四人と一緒に明け方までツーリングに出かけた。時には虎子の仲間の二百人あまりと一緒に走ることもあった。

 だが輝男はやはりそれをツーリングだと思っていた。速度制限は無視するし、道幅いっぱいに広がって走るし、わざわざマフラーを外して騒音をまき散らすなど、理解に苦しむところもあったが、虎子がそういうのだからそれがツーリングというものなのだと思いこんでいた。


   □


 こうして輝男は、昼は大学進学を目指す高校生、夜は暴走族の一員という、得体の知れない二足のわらじを履くことになったのである。


   □


 しかし本当に特筆すべきはそのことではない。

 こういった生活の中で、ついに輝男が発明家としての才能を開花させたのである。


 輝男の画期的な発明品は、特にこの時期に多く生み出されている。

 

 例えば……


 無限に培養できるガソリンの代用品(これは非常に難しい計量を必要とした)

 完璧に排気ガスをクリーンにし、防音効果のきわめて優れたマフラー

 運転手のいらない自動運転システム


 どれも輝男が虎子のために発明したものである。


 だがどれも虎子に却下され、世の中に出回ることはなかった。

   

   □


 そういった発明のエピソードも少し書き記しておこう。

 発明はたいてい、虎子の何気ないひと言から始まった。


   □


「あー、ついてないなぁ」


 虎子は小さな公園を取り囲む縁石のひとつに腰掛けて、深々と頭をたれていた。

 隣では輝男が同じ姿勢でうつむいている。

 時刻は夜中の一時過ぎ、二人の前にはサイドカーがとめられ、その鼻先をふさぐように一台のパトカーが止まっていた。


   □


 この日の二人は確かについていなかった。

 二人の手にはおそろいの銀色に輝く手錠がはめられていた。


「虎子さん、そういう時もありますよ」

「輝男、おまえねぇ……スピード違反10キロでつかまってんだぞ。それも埼玉のこんなど田舎で。しかもじいさんの警官に……あたしゃ泣きたいよ。かっこ悪いったらないぜ」

「まぁ10キロオーバーでも違反は違反ですから」

「そーいう話じゃないの!10キロのスピード違反だぜ?それは違反の内に入らないだろ?ちょっと追い抜くときに……あー!くそっ!」

「まぁ確かにそうですね。いきなり手錠かけるなんてのも普通じゃないですよね。逃げましょうか?」

「出来るのか?手錠がついてるんだぜ」


   □


 輝男はにんまりと笑って、ポケットからライターのような装置を取り出した。

 いつかこういうときがくるのではないかとひそかに作っておいたものだった。


「なんだよ、それ?」

「ライターに見えますけど、実は万能合い鍵なんです」

「これも外せるのか?」

「もちろんですよ」

「えらい!あんたは天才だ!もぉーかわいくって仕方ないぜ!」


 虎子は手錠のついたままの手を輝男の頭にまわし、乱暴に振り回した。

「あの、苦しいです。少しじっとしていてください」


   □


 輝男は冷静に虎子の腕をふりほどくと、そのライターの先端を手錠の鍵穴に触れさせ、スイッチを押した。

 その状態では見えないが、そのスイッチの中から出てきたのは極細のワイヤーの束で、衝撃に対しての記憶合金の性質を持っていた。

 記憶合金といえば温度に反応するものが有名だが、衝撃に対する記憶というのは輝男のオリジナル発明だった。

 輝男がライターを何度かひねると、ワイヤーがあらゆる歯車にからみつき、手応えのないところは柔らかく、手応えのあるところは硬く針金の性質が変わっていく。

 それを五回も繰り返すと、必要な鍵の形が内部で出来上がり、どんな鍵でも開けるという仕組みだった。


   □


 実際虎子の手錠はかちりと開いた。

「やったぜ!おまえ、ホント天才だなっ!」


 虎子は慣れた手つきで手錠を外すと、輝男から万能合い鍵を取り上げた。そして手早く輝男の手から手錠を外すと、二人は警官の隙をついてバイクに飛び乗り、まんまと逃げ出した。


   □


 ちなみに輝男は忘れているが、この万能合い鍵はそれ以来ずっと虎子が持っていた。

 虎子はこんな便利なものを返すつもりはなかったし、輝男は虎子が喜んでくれただけでうれしかったから、そのことはすっかり忘れてしまっていた。


   □


 さらにもう一つのエピソードを。


『カーナビ』と呼ばれる自動車用電子地図も、実は輝男が最初の発明者である。

 それはこんなきっかけで生まれた。


   □


 虎子はその日もサイドカーに輝男を乗せ、五十人の仲間を引き連れて神奈川県内の国道を走っていた。

 すると、その背後からサイレンをならし一台の救急車がやってきたのである。


   □


 虎子はさっと右手を挙げるとバイクを路肩に寄せた。

 その合図に仲間のバイクもすぐに路肩によって道をあけた。

 虎子は暴走族ではあったが、こういうルールに関しては特に厳しかった。

 仲間もそのことはよく知っていたから、すぐにスピードを落とし救急車が通り過ぎるのをおとなしく待った。


   □


 しかし、しばらくして走り出したところ、またその救急車に追いついたのである。

 前には緩やかな渋滞が広がり、どの車ものろのろ走るばかりでいっこうに道をあけようとしない。

 その様子に虎子の顔がみるみる真っ赤に染まった。

 輝男はこれまで何度かこの形相を目にしていた。その形相は虎子の怒りが最大級のものであることを示していた。

 こうなった虎子には手が付けられなかった。


   □


 虎子の仲間達も輝男も知らないことだったが、虎子は母親が病院に担ぎ込まれた日のことを今でもよく覚えていた。

 それは虎子がまだ五歳だった頃のこと、母親がおなかを押さえて痛みを訴えたのだった。

 そのとき家にいたのは虎子と母親の二人だけだった。

 虎子はすぐに救急車を呼び、母親に付き添って病院に向かった。


   □


 だが車は突然渋滞に巻き込まれた。その時も無神経なドライバー達が救急車の前を塞いでいたのだ。

 隣では母親が痛みにうめき声を上げ、車の天井からはサイレンの音がわんわんと鳴り響いていた。

 だが車はのろのろとよけるばかりで、いっこうに道が広がらなかった。五歳の虎子にはどうしていいか分からなかった。

 父親に車に乗せてもらったことは何度もあったから、これが無神経なドライバーのせいだと言うことだけはちゃんと分かっていた。


   □


 彼女から見れば、みんな意地悪な大人だった。

 虎子は突然立ち上がると救急隊員達の目の前をさっと横切り、車の後部の扉を開けて外に飛び出した。

 そして渋滞する車の列に向かって叫んだ。

「お願い!道をあけてよ!母さんが死にそうなんだ!お願い!どいて!病院につれていかせて!」


   □


 だが車はまったくどかなかった。

 虎子は道の真ん中を走り出すと、どかない車の窓をたたき、泣きながら道をあけるように訴えた。

 その車がどくと、次の車へ移動し、また窓をたたいて訴えた……

「お願い!車をどけて!早く道をあけて!」


 だが車の渋滞は果てしなく長く、どれだけ車をどけても病院まではまだまだ遠い。

 それでも虎子は泣きながら車の窓をたたき、ドライバーに必死で訴え続けた……


   □


 今になってもこういう事がずっと繰り返されている……

 ただ虎子はあのころよりも成長した。

 泣いて訴えることしかできなかった女の子は、力を持った女性に成長していた。


「おい、奴らに交通ルールを思い知らせてやれ!」


 虎子はバイクからスラリと木刀を抜き出した。

 仲間達は一瞬戸惑った顔つきになったが、虎子の形相に一瞬で腹を決めるとそれぞれ金属バットや鉄パイプを取り出した。


   □


「いくよ!」


 虎子はアクセルをふかすと、真っ先に渋滞の列につっこんだ。

 そして一番後ろの車に木刀を振り下ろした。派手な音を立ててボンネットがへこみ、バックミラーがおられ、窓ガラスには蜘蛛の巣状のヒビが走った。


「さっさと道を開けなっ!」

 ズラリと並んだ渋滞の川に虎子の怒号が響いた。


 仲間達がそれに続き、車を手当たり次第にぶったたいていく。

 道路は騒然となった。

 いたるところでクラクションが鳴らされ、虎子達から逃れようとあちこちで追突が発生した。

 それでも道路は確実に開かれていく。

 虎子は道を引き返してくると、救急車のドライバーに尋ねた。


   □


「どこの病院にむかってんの?」

「金沢病院です」

「知らないな。どうやっていくの?」

「2キロ程直進して、それから右折です」

「分かった。ついてきな」


 虎子は救急車の前を走り出した。

 目の前にはまっすぐ一本の道が出来上がっていた。

 道の両脇には虎子の仲間達が並び、鉄パイプや金属バットにもたれかかって虎子に手を振っている。

 虎子と救急車はその真ん中を颯爽と走り去った。


   □


 やがて虎子と救急車は病院に着いた。

 病院の前には改造バイクがずらりと並び、さらにそれを取り囲むように十台以上のパトカーが並んでいた。

 パトカーに付けられたサイレンが音もなくまわり、虎子と仲間達を赤く染め上げている。

 異様な雰囲気の中、少し遅れて救急車が到着し、後部扉が勢いよく開かれた。

 その中から女の子が一人と、その母親らしい担架に乗せれた女性が運び出された。

 女の子は辺りをきょろきょろと見回し、虎子の姿を見つけると大きく手をふってよこした。

「おねーちゃん、ありがとう!」


   □


「いいって。それより急ぎな!」

 虎子が手を振ってこたえると、少女は急いで母親の担架の後を追っかけていった。

 虎子は唇を曲げてつまらなそうにほほえむとバイクから降りた。

 輝男もヘルメットを脱いで、サイドカーから身を引きずり出した。

 輝男は何か声をかけたかったのだが、虎子のかっこよさに感動して言葉が出てこなかった。


   □


 それから救急車のドライバーが降りてきて、虎子に頭を下げた。

「ありがとうございました!」

「やめろよ、かっこ悪ぃ」


 それから警官がやってきた。

 虎子は黙って腕を揃えて差し出すと、その細い手首に銀色の手錠が掛けられた。


「あー、ついてないなぁ」


「そうですね。でもあの親子はついてましたね」

「そうなのかねぇ?しっかし、もうちょっと道の情報がよく分かってたら、逃げられてたのになぁ」


   □


「確かにそうですね。それに救急車をもっと早く先導できたかもしれない。それ以上に渋滞にははまることがなかった。そうでしょ?」


 虎子の顔が少し赤くなった。

 だが今度は怒っているわけではなかった。

「うるせぇよ」

「虎子さん、僕、発明しますよ。そういう装置」


 その一週間後、輝男は虎子との約束通り、カーナビゲーションシステムの原型を完成させたのである。


   □

 

 これは余談になるが、虎子はその装置とシステムを、父親のルートでとある企業に売却している。

 その企業はその後、カーナビでのトップ企業となり、そこから派生した金額は、虎子たちの壊した車の修理代を大きく上回り、さらに父親の重要な資金源へとなっていった。


   □


 さて、長々とこの時代の輝男の伝記をつづったのには、もちろん理由がある。

 それは輝男にとってこの時期が人生において最も幸福だったからである。


   □


 それまでの輝男は家族からの疎外、級友からのいじめなどいつも問題を抱えていた。

 たしかに龍次やその姉の虎子、鋭子などの友人の存在が彼を救ってきた。

 だがそれでも彼は、この時代にこの国で考えられる不幸を、背負っていた。

 だがこの時期だけは、輝男にとって何の問題もない、ただただ本当に幸福な時期だったのである。


   □


 虎子という友人がいて、暴走族とはいえ仲間がいて、発明品を考え、それを喜んでくれる人間達がいた。

 この時期の幸せな暮らしがあったからこそ、輝男は牢獄に何十年もの長い間を閉じ込められていても、希望を失わずに人間の明るい面を見続けることが出来たのだと、わたしは考えている。


   □


 そしてこの幸福な三年の後、輝男は現役で東京大学に合格する。

 そこで神城龍次との再会を果たし、アトランティス大陸を見つけだすのは、輝男の伝記に書かれているとおりである。

 ただ大学進学と同時に、虎子やその仲間達も離ればなれになり、輝男は再びひとりぼっちに戻ってしまう。



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