【脱獄物語】アトランティス大陸の秘密③
わたしは物質小型化装置の所に歩いていき、巨大なメガホンの中に座った。
「ちょっと座ろうか?」
小夜子と田中も一緒に歩いてきて、わたしの両隣に座った。
外ではまだ激しい雨が降っていて、大きな雨粒が金属の天井をバラバラと激しく叩いていた。
○
「わたしは若い頃、大学四年生の夏休みに、友人とアトランティス大陸を探す旅に出かけたんだ……
わたしとその友人は小学生の頃からアトランティス大陸の実在を信じていてね、そのアトランティス大陸が実在した証拠を見つけるつもりだったんだ。
向かったのはポルトガル領のアゾレス諸島というところだ。そこでクルーザーを借りて、毎日毎日あちこちの海底にもぐって、証拠を探し続けていた。だがそうしているうちに嵐にぶつかってしまってね、船から放り出されたわたしたちは、気付くと見知らぬ海岸に打ち上げられていた。
最初はそこが島だと思っていた、まさかアトランティス大陸だとは夢にも思わなかった……」
○
小夜子も田中一もじっとわたしを見つめて話を聞いている。
なんだか急に娘と息子ができたような気分だった。
遠い昔の冒険談を語る父親。
おかしなことだが、最近この二人といるとそんな感情がふつふつと湧いてくる。
○
「川沿いに内陸にすすんで丸一日歩いていくと、そこに村を見つけた。石造りの建物が並ぶずいぶんと古い村でね、わたしの聞いたことのない言葉で話す人たちが住んでいた。
どういうわけかわたしたちはそこの村長に歓迎されてね、三日ばかりをそこで過ごすことになったんだ」
わたしはアトランティスの思い出に浸りながら話を続けた。
○
「わたしと龍次……それが友達の名前なんだが……わたしたちは三日間、その村の周りを探検して歩いた。このつまようじを見つけたのもこの時だ。村はずれにボロボロの廃屋があって、そこの庭に埋まっていたのをみつけたんだ」
わたしはダイアモンドの爪楊枝を指先でくるくると回し、それが澄んだ輝きを放つのを見つめた。
○
「ところで、わたしはこの村を歩いている間、いつも一種の違和感を感じていた。それが何かははっきりとわからないが、とにかく全てが異質な感じがしていたんだ。
そしてわたしは特に空の高さが気になった。わたしは雲や星を見るのが好きでね、普段からよく空を見上げていたんだ。
だがね、この島の空は、なにか妙に高い感じがしたんだよ。わたしは長い間ずっとその感覚が気になっていた。
……この意味が分かるかい?」
二人はまるで分からないと、首を横に振った。
わたしの話し方が悪かったせいかもしれない。
○
「……わたし自身が小さくなっていたんだ……
……アトランティス人というのは小さくなった未来の人類で……
……アトランティス大陸というのはその小さな人類が暮らしていた、小さな島のことだったのさ」
そう、これがアトランティス大陸の真相だった。
○
「……今のわたしたちのサイズから見ればそれはちっぽけな島でしかない。でもね、小さくなった人間にとってそれは巨大な大陸なんだよ……」
○
小夜子の目に理解の色がさざなみのように広がった。
たぶん彼女の中で渦を巻いていた全ての謎がすっきりと収まったのだろう。
『なぞなぞ』とはこうでなくてはいけない。
「なるほど!そういうことだったんですね。あの時、織田博士が言った言葉の意味がようやく分かりました!」
小夜子は全て納得したようだった。
だが田中一はまだ首をかしげていた。
○
「しかし博士自身はどうやって小さくなったんでしょう?それにどうやってもとの大きさに戻ったんです?」
「たぶんあの島にはまだそのテクノロジーが残っていたんだと思う、つまりあの島の人たちがわたしを導いたんじゃないかと思っている。
彼らは、村の人たちはわたし達が来るのを知っていたようだったからね、それにわたし達を追い返すことも計画されていたようだった」
「なるほど……でもタイムマシンなんていうのはありえないんじゃないんですか?あの手帳の中の物語にでていましたよね」
田中一は何故だか少し言いづらそうにそう聞いた。
「たしかにそこがポイントだよ。あまりに非科学的な気がするからね、でもこの脱獄が成功すれば、あの物語のすべてが真実だと証明することになるんじゃないかね?」
「タイムマシンも、ありえない発明じゃない……か」
そう言う田中一の顔はうれしそうだった。
○
ちなみにこれがきっかけで田中一は本当にタイムマシンを完成させることになる。
田中一はこの日、この瞬間から、タイムマシンを作ることを考えはじめたのだ。しかもそれが完成するのは、なんとわたしが生きている間だった!
作ったのは老人となった田中一を中心とした、科学者の子供たちで構成されたグループだった。
さすがにこれにはわたしも驚いた。
○
ちなみにもう一つだけ。
タイムマシンというのは過去をさかのぼることしかできない。
これは作ってみて明らかになったことだが、どう調整しても未来にだけは飛ぶことができないのだ。
理由がお分かりだろうか?
未来は何も決まっていない、あやふやな状態にあるからなのだ。
だから正確な座標を決めることができないのだ。
○
「答えはそれしかないと思うよ。はるかな未来にわれわれ人類はタイムマシンまで発明するんだよ。すごいと思わないかね?」
「未来がつながってるんですね。この先もずっと……」
小夜子はしみじみといった。そして背後にそびえる巨大な装置を見上げた。その頬を一粒の涙が落ちていった。
○
わたしには彼女の涙の理由が良く分かった。
今の時代、人類に明るい未来は何一つ期待できない。
科学技術の進歩も止まり、経済も破綻している。
環境問題も乗り越えられないまま、さらに人類は多くの問題を作り出している。
少し冷静に考えてみれば分かるはずだ。
この先、人類が発展する可能性よりも、滅亡する可能性のほうがはるかに高い。
われわれには生き延びていける何の約束もないのだ。
○
だがアトランティスが存在すること、それは未来への約束だった。
われわれはまだまだ生き続けていくことができるのだ。
われわれの子孫が暮らしていける道がまだ残されているのだ。
その世界では人類は虫のように小さくなっているだろう。
だが社会があり、世界があり、スケイプやカズンのような若者たちが生き生きと暮らしているのだ。
○
まぁ、ミツバチのような存在になるかもしれないが、われわれはもう地球を支配しようなどと考えなくなるだろう。
そう考えてみると、ひょっとしたら虫という生物自体は、巨大な集団を維持するために小さな体でいる事を選んだ種族なのかもしれない。
植物と共存するためには、ずっと小さい姿のままでいることが必要なことだったのだ。小さな体であればどんなに数が増えたところで自滅するようなことにはならない。
今後、わたしたちは彼らの生存術をまねることになる訳だ。
しかしわたしたちはただの虫ではない。
タイムマシンまで持った、豊かな文明を持った虫なのだ!
○
わたしもまた感動してその装置を見上げた。
これは正真正銘わたしの最後の大発明だ。
タイムマシンまではとても手が届かないが、わたしはこの発明を完成させることで、たしかに人類の役に立てると思う。
わたしには何よりそれが嬉しかった。
○
「正直なところ、わたしは人類という連中の大半が好きじゃない。
わたしは彼らにずいぶんと裏切られたし、ひどい目に合わされてきた。
でも憎んではいないんだ。いつだってわたしは人間のために発明をしてきたんだ。分かるだろ?」
「ええ、あたしもおんなじです」小夜子が言った。
「本当に嫌いだったらわたしは爆弾でも発明していると思うよ。
たとえば人間から思考力を奪うような爆弾とかね。
でも、今度の発明だけはきっとみんなが喜んでくれると思うんだ。
今度の発明で、みんなが良いほうに変われると思うんだ」
○
「そうですね、織田博士。だって小さくなったあたしたちには、使いきれない財産がすでにある。戦争だってもう永遠に終わるかもしれませんね」
「そうなることを願っているよ。この装置はわたしから人類への最後のプレゼントなんだ。
もっとも今はまだ渡せない。人類がこの発明を受け入れるにはずいぶんと長い時間がかかるだろうけどね」
○
「博士、僕は全面的に協力しますよ」
田中一は立ち上がるとそういった。
「君が協力してくれれば、こんなにたのもしいことはない」
わたしと小夜子も立ち上がった。
「ですが、博士の計画は甘いですね」
田中一はビシッと言った。相変らず手厳しい。
だが田中一の言葉はいつも正しかったし、彼の理論は一本の筋が通っている。
○
「まず、小さくなって脱獄する。ここまではいいでしょう」
わたしと小夜子は思わず安堵の息を吐いた。
これが駄目だといわれたら、今までの努力が全て水の泡になってしまうところだったのだ。
「しかし、どうやって刑務所の外に出るというんです?」
「外に出て行く荷物の中にまぎれ込むつもりだったんだが」
「確実性に欠けますね。二百人の人間が消えるんですから、刑務所内は大騒ぎになります。いくら僕達が小さくなったって、見つかる可能性があります。それにそんなに小さくなってつかまったら、それこそ悲惨ですよ。僕達は虫かごの中にまとめて閉じ込められてしまうかもしれない、」
○
「まぁ確かにその通りだね」
「ポイントは確実性です。確実に外に出なくちゃならないんです。それもすばやく」
乗り気になった田中は実に頼もしい存在だ。
わたしと小夜子は彼の計画を期待して次の言葉を待った。
すると田中一は学生服のポケットから、あの銀色のスプーンを取り出した。
「これです。このスプーンを使って刑務所の地下にトンネルを掘るんですよ」
「塀の外までは6キロもあるんだぞ、出来るかね?」
「二百人が交代でやれば可能ですよ。そしてトンネルが出来たら、わたしが二百人の仲間を箱に入れて外に出ます。これが一番シンプルで確実な方法です」
「「たしかに」」
わたしも小夜子も口をそろえて言った。確かにそうだった。
○
「そうだ、博士!」ここで小夜子がうれしそうにいった。
「なんだね?」
「あたしにも脱獄計画があるんですよ、」
「そういえばそうらしいね」
「どんな計画ですか?」田中が言った。
「あたしは眠り薬を発明したんです!遅効性だけど強力なやつ。まだ人体実験はしてないんだけど、たぶん丸一日間くらいは昏睡状態になるはずなんです。これをなんとかして看守の人たち全員に飲ませれば、簡単に脱獄できませんか?」
小夜子は動物スリッパを揺らしながら、小さな人差し指をピンと立てて楽しそうにそう言った。
「うーん」
田中は自分の顎を親指でつかみ考え込んだ。
彼の頭の中で、ものすごい量の思考が行きかっているのが聞こえるようだった。
そしてわたしはといえば、頭をかきながら事態の推移を見つめるだけとなってしまった。
○
「いいですね」田中はしばらくしておごそかに言った。
「ほんとう?」そういう小夜子はとてもうれしそうだった。
「ええ、脱獄する時は看守に眠ってもらった方が確実です。そうですね、冴子さんにも協力してもらいましょう。職員用の食事に薬を混ぜてもらって、配ってもらうんです、遅効性といいましたが、だいたいどれくらいです?何時間後に効きはじめるんです?」
「たぶん、二、三時間くらいかな。それより遅いかもしれないけど、半日はかからないと思うわ」
「いいですね。これで計画が整いました」
田中一の目がきらりと輝いた。
○
「決行日まではあと三日。今日と明日の二日間で脱獄用のトンネルを掘りあげます。
これには科学者みんなで当たります。そして三日目、この日の朝食に眠り薬を看守達に配ります。
看守達が眠るのが昼から夕方の間と仮定して、彼らが眠ったら全ての仲間を集めてこの実験室に集合します。
そしてこの装置を使って全員を小型化し、彼らをケースに入れてわたしがトンネルの外に出ます、どうです、博士?」
○
「完璧だね。外に出てからアトランティス大陸に行くまでは山川鋭子が手配してくれると思う。だがみんなを運ぶのはわたしがやった方がいいんじゃないかね?」
「博士は有名になりすぎてますよ。外に出てから身動きが取れなくなります。それに僕自身が小さくなるためのもう一つの物質小型化装置を作るには、やはり僕が大きくないとできません。
そのためにも僕だけが普通のサイズでいる必要があるんです」
○
まったくそのとおりだ。何から何まで筋が通っている。
水も漏らさぬ完璧な計画だ。
唯一気がかりなのは、この物質小型化装置をここに残していくということだ。しかしこれはあとで回収する方法も出てくるだろう。それさえのぞけば完璧な計画だ。
まさにパーフェクト。その時のわたしはそう確信していた。
だがそれは大間違いであることを後に知ることになる。
脱獄というものは、何一つ計画どおりにいかないものだったのだ。
○
だがそれを思い知るのはまだ少し先の話だ。
「さすが田中さん……」
目をキラキラさせて小夜子が言った。
「……で、これからどうするの?」
「これから僕は穴掘りスプーンの量産にかかります。小夜子さんは何か理由をつけて刑務所のみんなにトンネル堀りの協力をするように説得してください。集合場所はカフェテリア。そこの床からトンネルを掘り始めます」
○
「わかったわ!まかせて!」
「わたしはどうしたらいいかね?」
「とりあえず博士には元の部屋に戻ってもらった方がいいでしょう、そのほうが看守も油断しますしね」
「うむ。だが……」
「大丈夫です、状況はちゃんと知らせますから、」
まぁそういう事なら、今は田中の指示に従うべきだろう。
「分かった。キミの指示通りにしよう」
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こうしてわたしは独房にもどった。
自分の寝ている立体映像のスイッチを止め、同じようにベッドに横になった。
時刻は夕方になり、たった一つの窓からは灰色の空が見えていた。
まだ雨はやんでいないようだった。
○
さて、これで九章は終わりだ。
ついに物質小型化装置も完成し、計画の事も伝えた。
あとは誰のプランでも構わない、とにかくここから脱獄するだけだ。
が、意外にもそのトップを飾るのは龍次の計画だった……




