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アトランティスのつまようじ  作者: 関川 二尋
第九幕
41/66

【脱獄物語】アトランティス大陸の秘密②

 田中(ハジメ)は落とし穴の中からニコニコと、わたしが喜ぶさまを見上げていた。

 そしてわたしが落ち着くのを見はからって、こう切り出した。

「博士、これから一緒に見に行きませんか?」

「それはそうしたいのだが……できるのかね?」

「大丈夫、任せてください」


   ○


 田中一は学生カバンを持参していた。

 ずいぶんと懐かしい学生カバンだった。

 真っ白なキャンバス地の肩掛けタイプで、わたしが中学生の頃にはどこの学校でもこのタイプのかばんが指定されていた。

 田中はそのフタをめくり上げると中からCDケースほどの大きさの機械を取り出した。全体が真っ黒いプラスチックで覆われ、その上面の真ん中には小さなレンズが十個ばかり並んでいる。

「これがなにか分かりますか?」

「いや、君の新発明かね?」

「違いますよ、これは博士の発明品です。たぶん博士の最初の発明品だったんじゃないですか?」


   ○


 すぐにわたしは思い出した。

 それはあの3D再生機だった。

 わたしが最初に世間で認められた発明品だ。

 わたしが始めて実用化にこぎつけた時は、重箱ほどの大きさで、ブラウン管テレビほどの重さがあった。

 おそらく改良を重ねてここまで小さくなっているのだろう。進化というのはなかなかすすまないものだが、進歩というのはすごいものだ。

 だが基本的な構造はかつてわたしが考案したものと変わらないようだった。


   ○


 だがこの機械はわたしにとって苦い思い出の詰まったものだった。

 すでに一度書いたが、この機械はわたしと鋭子を一躍有名にし、それからわたしたちをひどく傷つけたのだ。

 わたしの人間不信が始まったのも、そもそもこの機械の発明が原因だった。

「これでなにをするのかね?」

「博士のアリバイを作るんです」

 田中のひと言でわたしにはピンと来た。

 わたしが寝ている状況を録画し、ベッドの上にそれを再生しておくという訳だ。

 3D再生機ならば、よっぽど近くに近付かない限り、本物と見分けかつかない。


   ○


「じゃあさっそく始めましょう。博士、ベッドに寝てください」

 田中は手早く録画の準備にかかった。

 わたしがこれを発明した時には十台以上のビデオを並べて撮影したのだが、最新鋭のこの機械は録画も簡単だった。

 そしてわたしが眠っている五分ほどの映像を撮影し、あとはエンドレスリピートで、ベッドの上にわたしが眠っている映像を再生するようにセットした。

 再生ボタンを押すと、ベッドの上にもう一人のわたしの映像が横になって眠りだした。それはもう手で触れられそうなくらい本物そっくりだ。

 アリバイは完璧、準備は完了だ。


   ○


 なんとも気のきくことに、田中一はもう一本のスプーンを持参していた。

 わたしはそれを受け取ると、穴の中に降り立ち、田中一の持ってきた懐中電灯で暗闇を照らし出した。

「ここから実験室までは五十メートルくらいです」

 田中の手の平には小型のパソコン端末があり、その画面には刑務所の見取り図が映っていた。

 いつの間にこんなものを用意したのだろう……ちらっとそんなことを考えた。

 それに気づいたのか田中は振り返ってこう言った。

「安心してくださいセンセイ、警備システムも完全にコントロールしてますから。ただ人の目だけはどうしてもごまかせないですからね」

 たぶん彼のハッカーの腕は今も健在だということなのだろう。


   ○


「センセイ、こっちの方向です」

 わたしは目の前にある土の壁をスプーンでそっとすくってみた。

 手ごたえはほとんどない。だがごっそりと土は抉られてなくなっていた。

 もう一すくい、今度は大きくすくってみた。こぶしがらくらく入るほどの穴があけられた。砂粒もきれいに消えている。

 これはじつに便利な道具だった。もしこれが世間に出回れば、トンネル工事はずいぶん楽になるに違いない。海底トンネルを掘るのだって簡単だ。

 スプーン一本で世界中の国に移動できるようになる。

 だが、こういう発明はあまりにもたやすく悪用されることになるだろう。とくに犯罪や、戦争にはうってつけだ。


   ○


「簡単でしょう?」

「ああ、じつに使いやすいね」

「実験室までは五十メートルくらいですから……そうですね、二時間もあれば掘れますよ」

 それからわれわれは必死にスプーンをふるった。

 土は簡単にスプーンの中で消え、スプーンをふるうたびに、みるみる穴が大きく広がっていく。

 このサクっと言う感触がなんとも気持ちよく、最初は夢中になって穴を掘った。

 だが一時間もするとさすがに飽きてきて、腕がだるくなってきた。

 こうなると日頃の運動不足を呪いたくなる。

 しかも田中一はわたしのところに来るために、トンネルを一本掘っていたわけだから、すでに体力の限界をむかえていた。

 結局のところ、最後の一時間はわたし一人で穴を掘り進めることになった。


   ○


 その過程はどうあれ、とにかくわたしは黙々とトンネルを掘り、二時間後には実験室の下に到着した。

 腕時計を見ると、時刻は朝の九時になっていた。

 わたしたちは、今度は真上にトンネルを掘り出した。腕を伸ばした高さまで穴を掘っていくと、やがてスプーンの先にコツンという音が聞こえた。

 周囲を丸く掘り出していくと、フローリングの板材が現れた。


   ○


「田中君、床に突き当たってしまったよ」

「スプーンが掘れるのは土だけですからね。でも大丈夫です。スプーンの先で合図の音を出してください」

 言われたとおりに、スプーンの先で軽くノックしてみる。

 と、わたしから見て天井の板がグラグラと動き、その隙間から光が差し込んできた。

 暗闇に慣れたわたしの目にはその光はあまりにもまぶしく、しばらく目がズキズキと痛んだ。

 やがて板が外され、さらに水銀灯のまぶしい明かりが穴の中にどっと降り注いだ。

 同時にか細い手がわたしに向かって差し出され、懐かしい声が聞こえてきた。


 そこに待っていたのは、倉井小夜子だった。


   ○


「織田博士、ずーっと、お待ちしてたんですよ」

 小夜子はそういってぽろぽろと涙を流し始めた。それから一気に涙腺がゆるんだのか、わたしの胸に飛び込んでおいおいと泣き出した。

「……とうとう完成したんです、みんな頑張ったんですよ、博士が帰ってくるまでにって、あたしの薬ですごく疲れてるのに、みんな休まないんです、でもよかった。織田博士も元気そうだし……」

 わたしは小夜子の小さな背中をポンポンとたたいた。

「小夜子さん、本当にお疲れさま。こんなに頑張ってくれて、本当にどうもありがとう。これが完成したのはきみのおかげだよ」

「そうじゃないです。みんなが頑張ってくれたからです。それにだれよりも田中さんのおかげです。田中さん、もう何日も寝てないんですよ」


   ○


 小夜子が離れたので、わたしは田中一と向かい合った。

 田中は照れたように頭をかいた。

 そのときに気付いたのだが、田中一もずいぶんと髪が薄くなってきていた。それに目の下にはしっかりとクマが浮いていた。

 わたしは田中一に若いころの自分の姿を見るような気がした。

 そして自分が彼の父親になったような、そんな不思議な錯覚を覚えた。

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもないんだ、それより本当にどうもありがとう。田中君」

「こちらこそ。僕もすばらしい発明に参加できてうれしいです」

 それからわたしたちはがっちりと握手を交わした。

 そして完成した物質小型化装置を見上げた。


   ○


 実験室は学校の体育館のような部屋で、バスケットボールのコートならたっぷり二面は取れる大きさがある。

 さらに天井までは三階建て分の高さがあり、水銀灯が天井からぶら下がっている。

 物質小型化装置は、その実験室の内部をいっぱいにふさぎ、まばゆい銀色の光に浮かび上がるようにして存在していた。


   ○


「本当にすごいな……わたしはなんだか夢を見ているようだ」

 わたしはその巨大な装置にそってぐるりと歩いた。

 装置は大きく二つの部分から構成されていた。

 ひとつは横に倒した円筒形のブロック、もうひとつはその先端に付けられたメガホンのような形をしたブロックである。

 それは巨大な懐中電灯にも似ていた。

 円筒形の部分は銀色に光り、無数のパイプが複雑に表面を覆っている。

 そしてメガホンの方は磨き上げられた白いセラミックのような物で出来ていた。


   ○


 理論上ではこの機械が実際にあらゆる物を小さくするのだ。

 そんな装置が実際に存在するという事実がすごいことだった。

 この感動は言葉では表せるものではない。

 この装置はこれまでの常識をすべてくつがえしていくだろう。

 そしてあらゆる分野におけるあらゆる可能性を広げていくに違いない。

 大げさではなく、この世界のあり方すべてを変える力があるのだ。


   ○


 ちなみにこの装置の持つ可能性を少し挙げてみよう。

 たとえばゴミ問題などは一瞬にして解決できる。一般家庭に出るゴミはもちろん、膨大な数のドラム缶に詰め込んでいた核廃棄物ももっと簡単に処理できるようになるだろう。

 当然ゴミ収集にも大きなトラックを使う必要はない。バイクが一台あれば町中のゴミを集めて回ることもできるようになる。

 物流という観点で言えば、巨大なジェット機ももういらない。小型のジェット機があれば町中の人間の引越しすら可能だ。

 大きなビルを作ることだって簡単だ。材料を小さくして持ち上げればクレーンも要らなくなる。

 日常レベルでの応用は数え上げたらきりがないだろう。


   ○


 そしてなによりも人そのものが小さくなれば、環境問題やエネルギー問題など今日の人類が抱え込んでいる問題のほとんどが一気に解決する。

 世界の面積は突如として何百倍、何千倍も広くなる。

 人口の過密などもはや問題にはならない。土地が余れば、よけいな戦争だってなくなるだろう。

 食糧問題もそうだ。リンゴひとつでどれだけの人間が満腹になることか。

 ガソリンだってドラム缶いっぱいあれば、何万台という車を走らせることができるようになる。小さな車たちが出す排気ガスなら、環境に与える問題もたかが知れている。


   ○


 この装置がもたらす可能性は無限だ。

 コレがあれば人間ははるかな未来へと踏み出すことができるようになるだろう。

 生き続けること、それこそがあらゆる人間の目的であり、人類という種族の目的だとわたしは考える。

 この道具はそれを助けてくれる。人類がこの先もずっと存在できるように、はるか先の道へと歩みだすのを助けてくれるだろう。


   ○


 だがその可能性の大きさはいうまでもなく、危険の大きさでもある。

 これを使ってできる悪いことを想像してみたらいい。

 そのアイデアはいくらでも出てくるのではないだろうか?

 この装置が悪用されれば、人間にあらゆる災厄をもたらすことも可能なのだ。


   ○

   

 そこで集団の精神年齢の問題が出てくる。

 つまり今の人類にこの道具を渡しても大丈夫かどうかを考える必要が出てくる。

 前にも書いたが、今の国家レベルの精神年齢はいいところ五歳、幼稚園児レベルだろう。

 わたしは一人の大人として、五歳児にこの道具を与えて正しく使うことを期待できるだろうか?

 もちろん出来やしない。危ない道具は子供の手の届かないところに置いておかなければならない。

 そうしなければ大事な子供が、自らを傷つけるのを見ることになってしまう。


   ○


 人間から危ない道具を取り上げること。

 人間の手から科学という道具を取り上げること。

 それこそが今まさにわたしのやろうとしていることなのだ。


   ○


 しかし……この装置はあまりにも大きかった。

 わたしにとってはそれだけが誤算だった。

 わたしが考えていたのは、手のひらに乗るくらいの装置だったのである。

 脱走に使うために、この装置は気軽に持ち運べる大きさになる予定だったのだ。


   ○


「ところで博士、この装置はいったい何の装置なんですか?」

 小夜子はこの巨大な銀色の物体を見上げながら言った。

「これはね、いろんなものの大きさを縮める装置なんだ」

 わたしの答えに、小夜子はきょとんとした顔でわたしを見つめた。

 頭の中に理解がしみこんでこないようだった。

 だが信じられないのも無理はない。

 こういう装置が現実に存在するというのは、小夜子でなくとも想像がつかないものだ。


   ○


「小さくする?……でもそれが脱獄とどういう関係が……?」

 と小夜子は小さなあごに手をあてて考えだした。

 だがすぐに思いあたったらしい。

 目をまん丸にしてわたしを見た。

「まさか、それって?」


   ○


「そうだよ、その『まさか』さ。わたしたちの体の大きさを縮めるんだ。たぶん二センチくらいの大きさになる」

「二センチ?そんなに小さいんですか?」

 小夜子は人差し指と親指で二センチの長さを作った。

 確かにずい分と小さい。

「ああ、そのサイズなら逃げ出せない部屋なんてない。どんなドアにだって隙間があるからね。独房だって楽勝さ。どんなに頑丈な鉄格子だって小さくなったわれわれを閉じ込めることはできない」

「なんか……すごい装置なんですね」

「ああ。この装置があればここにいる全員が脱獄できる。これで分かっただろう?二百人の科学者が脱走できる秘密が」

 小夜子は大きくうなずいた。


   ○


「あのぉ、ちょっと待ってください、博士。脱獄って、ここから逃げるってことですか?」

 遠慮がちに田中一が声をかけた。

 彼の顔にはとまどいとおびえがあった。

 彼が脱獄計画のことを聞いたのはこの時が初めてだったからだ。まぁ驚くのも無理はない。

 しかも知らない間に共犯者にされていたのだ。


   ○


 今こそ全ての真実を告げるときだった。

 わたしは田中一の正面に立ち、彼の目をまっすぐに見て告げた。

「そうだよ、ここから脱獄するんだ。しかも科学者全員で」

「そうよ、そしてみんなでアトランティスに行くの」

 小夜子はうれしそうに付け加えたが、田中一はますます混乱したようだった。

 わたしが彼の立場だったら、やはり混乱していただろう。

 そして相手の精神状態を疑ってしまうだろう。


   ○


「アトランティス?それは何の話なんですか?」

「最初から順番に話すよ。わたしはね、ここに入ったときからずっと、脱獄することを考えていたんだ」

 わたしはポケットの中からくたくたの小銭入れを引っ張り出し、アトランティスの爪楊枝を取り出した。

 この時も指先にぼんやりと暖かい感じが伝わってきた。

 そう……全ての始まりはここからだったのだ。


   ○


「わたしは昔、とある場所で、このダイアモンドの爪楊枝を発見した。そこから全てが始まったんだ」

 わたしは田中の手の平に爪楊枝を乗せた。

 その小さなダイアモンドのつまようじは銀色の光を浴びて、まばゆく輝いた。

 田中一はそれを指でつまむと、水銀灯にかざしてそれを眺めた。


   ○


「それはね、ダイアモンドで出来ているんだ。先端部分に小さな傷がついているのが見えるだろ?」

「ええ、見えます」

「角度を変えて見るとわかるんだが、それは二次元を閉じ込めた傷なんだよ」


   ○


 田中はその言葉に明らかに疑念を抱いたようだった。

 これも普通の科学者だったら当然の反応だ。

 前述したが、それはこの世に存在しないはずのものだったからだ。

「二次元かどうかはともかく、たしかに小さな傷がありますね。これはなにかのマークなんですか?」

「さすがに鋭いね」

 田中の頭脳の回転には毎度驚かされる。

 わたしはその傷が意図的なマークだと気付くのに半年以上かかったというのに。


   ○


「そう、それはマークだ。その傷の位置を精密に測ると数字が取り出せるようになっているんだ。そこには未来の物語が封印されている」

「これよ」

 小夜子は白衣のポケットからわたしの手帳を取り出した。

 そして小さな文字がびっしりと書かれたページを田中に見せながら続けた。

「これにはね、未来の物語が書かれているの。ずーっと未来のアトランティス大陸の話、あたしもこれを読んで運命を感じたわ。あたしたち全員の運命が、アトランティス大陸につながっているんだ、ってね」


   ○


 田中一は手帳を受け取ると、頭からパラパラとめくり、それからパタンと閉じると小夜子に返した。

 なんともあっさりとした反応だった。

 少しくらい読んでくれてもよさそうなものなのに。

 その時のわたしはそう思った。


   ○


「その物語の中で聖脱獄記念日というのが出てくるんだ。その日はね、アトランティス大陸を作った二百人の科学者が刑務所から脱獄した日とされている」

「ええ、そう書いてありましたね」

 田中一はあっさりとそういった。

 わたしと小夜子は目をまん丸にして驚いた。

 どうしてそれを知っているのだろう?

 最初はそんな風に思ったのだが、すぐにもうひとつのことに気がついた。


   ○


「なにか?」田中一は不思議そうにそういった。

「もう読んだの?」小夜子が聞いた。

「あ、ええ。僕は速読をやるんですよ、それで僕達がその二百人の科学者なんですか?」

 田中一はずい分とあっさり答えた。

 それにしても彼の能力にはいつも驚かされる。

「ああ。正直最初はわたしも信じられなかった。自分が関係しているとは思えなかった。それぐらい遠い未来の話だったんだ。だがここに来て暮らしているうちにそう信じるようになった」

「ちなみに、その脱獄記念日はあさってなのよ」

「それはまた、ずいぶん急ですね」

「わたしにとっては三十年間待ち続けたチャンスなんだ」

「しかしそのアトランティス大陸というのは本当にあるんですか?大陸があるなら、今の時代に発見されていないはずがないと思うんですが?」

「あ!そうです、織田博士、あたしもそれを聞きたかったんです」

 小夜子も急にわたしに振り返って言った。

 わたしはわたしを見つめる二人の目を見た。

 いまこそアトランティス大陸最大の秘密を明かす時だった。



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