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アトランティスのつまようじ  作者: 関川 二尋
第八幕
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【脱獄物語】鋭子ふたたび③

 それからわたしは松平と自分の部屋に戻った。

 扉がわずかに開いていた。その隙間からサイとコロがニャアニャアと鳴いている声が漏れ出していた。

 妙だった。お腹をすかせている声ではない。

「オレはネコが大嫌いだ。十五分だけ待ってやる」

 松平は腕を組み、廊下の壁に背をもたれさせた。

「ああ、すまないね。なるべく早く戻るから」


   ○


 わたしは自分の部屋に足を踏み入れた。

 居間の扉の向こうでサイとコロがまたニャアニャアと鳴いている声が聞こえた。

 わたしが帰ってきたのが分かったのだろうか?居間に通じる扉を開くと、床にしゃがみこんでいる大きな背中が見えた。

 輪ゴムで縛ったポニーテールが見える。

 それが誰であるかはすぐに分かった。庭師のロンさんだった。


   ○


「あの、ロンさんですよね?」

 わたしが呼びかけると、ロンさんは膝に乗っていたサイとコロをゆっくりと下ろして立ち上がった。

 初めて間近で見たロンさんはずいぶんと背が高かった。

 体つきもがっちりしてずいぶんと威圧感がある。

 だがその顔は優しげで、どことなく懐かしさを感じさせるものだった。


   ○


「よぉ、テルオ。ようやくのご対面だな」

 ロンさんは大きな手を差し出してきた。

「ええ、この子達の世話をしてくれていたんですね」

 ずいぶんと気さくな感じの人だな、と思いつつ、わたしたちはがっちりと握手を交わした。

「まぁな。オレも猫は好きだし。それにお前が困ってたみたいだったからさ」

「あの時、声が聞こえたとき、きっとあなただと思いましたよ。あれでわたしは独房の辛さに耐えられました。改めてお礼を言わせてください」

「まぁ、いいってことよ。オレたちの仲じゃないか」


   ○


「そう言わないで下さい。わたしは本当に感謝してるんです。親切にしていただいて、どうもありがとうございます」

「だからいいって。それにこいつらと遊んでるのも、なかなか楽しかったしな」

 ロンさんはずいぶんと気さくな人らしかった。まるで昔からの友達のように、話しかけてくれた。


   ○


「良かったら、ビールでも飲んでいきませんか?」

「おっ。いいねぇ。今日は勤務も終わったんでご馳走になるかな」

 わたしはそそくさと冷蔵庫に行き、ビールを持ってきた。

 さすがにわたしまで飲むわけにはいかない。

 ロンさんはソファにどっかりと腰掛けると、ビールの缶を空けた。そして豪快に一気に飲み干した。そしてわたしは猫の食事の準備を進めることにした。

「プハァっ!いや、しかし。この刑務所は最高だな!本物とは大違いだぜ。なんたってビールまで飲めるんだからな」

「まるで本物の刑務所にいたことがあるみたいですね?」

 そう言ってから、しまったと思った。

 ずいぶんと立ち入ったことを話してしまったようだ。


   ○


「あ、す、すみません、へんな事聞いてしまいましたね」

「ん?ああ、いいって。一年ばかり入ってたよ」

 ロンさんはなんでもない事のように言った。

 まるで旅行にでも行ってきたような言い方だった。

 そして当たり前の事のようにこう続けた。


「それより、脱獄の準備はできたのか?」


   ○


「えっ?」

 思わず聞き返した。

 何でロンさんがそんなことを知っているのだろう?

 それとも、もう計画はばれているということだろうか?

 科学者はもちろん、看守やスタッフにまで?

「いや、脱獄なんて計画してませんよ。悪い冗談を言わないでくださいよ」

 パニックになったわたしは、そう言うのがやっとだった。


   ○


 ロンさんはハッハッと笑って立ち上がった。

 そして二本目と三本目のビールを自分で取ってくると、ソファに深々と腰掛けた。

 と、そこにサイとコロがやってきて彼の膝の上に仲良く座った。

 ホントによくなついている。まるでロンさんのネコみたいに。


   ○


「盗聴のことなら心配しなくていいぞ。装置は無音でループさせておいた。それより冗談だって?脱獄しないとアトランティスにいけないだろうが?」


 またもやわたしの心臓が跳ね上がった。

 何でそんなことまで知っているんだろう?

 盗聴器のことといい、いったいこの男は何者なんだろう?

 まさか、松平の言っていたスパイ?

「アトランティスって……どうして……」

 と、そこでロンさんの目がスゥーと細められた。

 いままでにこやかに笑っていた口元がキュッと引き締められた。


 まさか暗殺者とか?


   ○


 と思ったが、何か変だった。

「テルオ、お前、まさか気付いていないのか?」

「なにがでしょう?」

「オレだよ」

「オレって……えっ?ロンさん……ですよね?」

「やっぱりそうか……」

 ロンさんはお手上げとばかりにソファの背もたれにもたれかかって頭を抱え込んだ。が、すぐにがばっと起き上がって、わたしの顔をぐっと覗き込んだ。


「オレだよ。龍次。神城龍次だ。ばか者!」


   ○


 龍次は大きな手で拳骨を作ると真上からわたしの頭にごつんと落とした。

 それは目から火花が散るほど痛かった。

 だが、わたしの胸はとても温かく、懐かしいもので満たされていた。

 その拳骨の仕方はまさに龍次だったのだ!


   ○


「どうして……こんなところに?それよりどうやって?」

 あまりに驚いたのでそんな言葉しかでなかった。

 が、返事はまたもや拳骨だった。

 昔からそうだ。龍次にはよく拳骨で答えられたものだった。


   ○


「アトランティスに行くからに決まってるだろう。それよりさ、オレたち友達だろ?気付かないか?普通」

「いや、あんまり雰囲気が変わってたからさ」

「ああ、そうか。変えたのさ、整形とかじゃないけどな、身分もすっかり変えてここに潜りこんでる、そういうプロもいるんだよ、オレの組織にな」


   ○


「目的はサクラだよな、やっぱり……彼女に会いに行くんだよな。懐かしいな、もう、ずいぶんと時間がたってしまった」

「ああ、だからさ。もうこれ以上待たせるわけには行かないだろ?どっちもしわくちゃになっちまう」

「ああ、ホントだよ。ずいぶんとみんなを待たせちゃった」

「本当はお前からの連絡をずっと待ってたんだぜ、何年も何年もな」


   ○


 それから龍次はこれまでの人生をかいつまんで話してくれた。

 あのアトランティスの冒険から帰った後、龍次は父親の組織を引き継いだ。そして自分の組織を作り直し、周りを巻き込みながらの激しい拡大を続けていった。

 彼が作り上げたのは犯罪に頼らない資金作りのシステムだった。さらには組織を地域の自警団へと変革させることで、組織の人間たちに社会的地位とプライドを取り戻した。


   ○


「なに、オレのじいさんの頃の組織に戻したのさ。

 豊富な金さえあればそういうことが出来るんだよ。

 実際みんな良く働くんだ。毎朝掃除だってするし、ガラは悪いけど子供たちの登下校にくっついていったりする。

 犯罪だって激減した。おっかないオレたちの組織が常に目を光らせているからな、変なやつも寄ってこない」


 龍次はそういって笑った。その道のりの困難さは彼の顔に刻まれた傷と皺を見ればよく分かる。


   ○


「まぁ、ずいぶんと抗争もやらかしたけど、天下はとったんだ。

 ここ数年はずっと平和が続いていた。オレのやるべきことは終わった。そのとき、あの葉書きが届いたんだ。

 だけどひとつだけ問題があったんだな、オレはサクラ一筋だったから結婚もしなかったし、もちろん子供もいない、だから引退しようにも後継者がいなかったのさ」


「あぁ、その話は聞いたよ。あちこちで抗争が始まったって」

「ああ、だがもうじきそれも終わるよ。

 たぶん来週あたりにオレの死亡記事が出る。

 そして遺書が発表される段取りになってるんだ」


   ○


「遺書?」

「ああ、その遺書の中で後継者に『姉貴』を指名しておいた」

「姉貴って、あの『虎子ねぇちゃん』か?」


「ああ、あいつらを束ねられるとしたら姉貴ぐらいしかいないよ。

 まぁ女の組長ってのは前例がないけど、姉貴ならやりとげるよ。

 日本一の組長になる」


「怖かったもんな虎子ねぇちゃん。お前よりおっかなかったよな」

「ああ姉貴にくらべりゃおれなんか可愛いもんだよ。

 だって小学生の時から親父を怒鳴りつけてたんだから。

 まぁこれ以上の適役はいないな」


   ○


「そうだろうな。虎子ねぇちゃんに喧嘩を売ろうなんて考えたくもないよ」

「まったくだ。姉貴の方も子育てが終わったんで、二つ返事で引き受けてくれたよ。すごく乗り気だった」

「ますます怖いな……」

「オレもそう思う。それこそ虎を放し飼いにするようなもんだ」

「残された人たちが気の毒だな」


「ま、それはそれだよ。とにかくオレはこの世界から姿を消すんだ。そして庭師のロンさんが新しく誕生するのさ」

 龍次はサイとコロを膝から下ろすと立ち上がった。

「オレの準備は整った。この世界とのお別れもすんだ。テルオ、早く行こうぜ、アトランティスへ!」


   ○


「おーい、センセイ、いつまでやってるんだ!」

 扉の向こうから松平が呼ぶ声がした。

 そういえばずいぶんと龍次と話し込んでいたのだ。

「すぐに行くよ。もう少しだけ待っててくれ」

「早くしろよな!」


   ○


「なんだよ、忙しいな。それよりもう独房から出られたのか?」

「まだだよ。今日は鋭子との面会日でね。なんとあの看守の松平を丸め込んだんだ」

「あいつ、あいかわらず無茶苦茶な女だな」

 龍次はヤレヤレと首をふった。


「でも、これで脱獄計画が実現できそうだよ。龍次、キミも覚えているだろ?聖脱獄記念日のことは……」


「えっ?おまえ、脱獄計画って?」

 龍次は意外そうな声を出した。


 それこそわたしのほうが意外だった。


   ○


「え?脱獄計画の事だよ?さっき準備が、って言ってたなかったか?」

 なんの話か混乱してきた。


「いや、荷造りのことさ。なんか混乱してきたな。テルオ、ひょっとしておまえも脱獄計画を練ってたのか?」

 わたしはコクリとうなずいた。

 そしてわたしもますます混乱していた。


「いや、オレはさ、おまえを連れ出しにきたんだよ」

 龍次は当たり前のようにそう告げた。


「え?龍次がわたしを?そういうことなのか?でもわたしも脱獄計画を考えていて……」


   ○


「おーい、センセイ。いいかげんにしろ!」

 また松平が呼んだ。

 だがわたしの頭はまだパニックに陥っていた。

 龍次までが脱獄計画を立てているというのだ。

 何がどうなっているのかさっぱり分からない。


   ○


「ま、いいや。詳しい話はいずれまたな」

 龍次はそういってわたしの背中を押した。

「……なに大丈夫、オレがオマエを脱獄させてやる」


   ○


 後に分かることだが、この瞬間、脱獄を巡るドタバタ劇が幕を開けたのだった。


   ○


 さて、この章はこれで終わりだ。

 ずい分と原稿もたまってきた。そろそろこの紙の束を完成したばかりのダイアモンドの記憶装置に書き込んでみようかと思う。

 これは田中一とわたしがこのアトランティス大陸に来てから作り出した初めての発明品だ。

 これも未来のテクノロジーで作られると思っていた品物の一つだが、なんとわたしが生きているうちに実用化されたのだ。

 科学はすごい。天才っていうのはすごい。




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