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アトランティスのつまようじ  作者: 関川 二尋
第七幕
34/66

【過去物語】神城龍次

 その事件まで、輝男は『神城龍次』のことをよく知らなかった。

 同じクラスであるのは知っていたが、話した事は一度もなかった。

 知っている事といえば、龍二がクラスで一番背が高く、スポーツが万能だということ。かなりの男前だがいつも無表情で、なんとなく人を寄せない雰囲気がある、ということくらいだった。


   □


 実際、龍次はいつも一人ぼっちで、生徒たちは彼を避けていた。

 噂では彼の父親は町でも有名なやくざの親分で、クラスメイトはその話だけで彼を怖れ、関わらないようにしていたのだ。

 だが輝男から見た龍次は荒っぽいところなどまるでなく、むしろ物静かで大人しい人物だった。

 それでも不思議と堂々としたところがあり、誰もが一目置いている、そんな感じの少年だった。


   □


 輝男が知らなかったのは、龍次の父親が町で一番のやくざの親分どころではなく、全国で四番目のやくざの大親分だったということである。


 少し『神城龍次』の事にも触れておこう。


   □


 龍次は代々ヤクザ家業を営んでいた『龍虎会』一家の長男、その跡取りとして生まれた。

 小さいころからの母親の指導により、習いものだけでも英会話、中国語会話、水泳、ピアノ、習字、ダンスなど、ありとあらゆる塾・稽古に通わされていた。

 勉強にしても東大出身の家庭教師が専属でつけられ、空手や剣道といった武道にも専任の講師が付けられていた。

 龍次は跡取りとして家族の期待を一身に背負っていたのだ。


   □


 そして龍次には『虎子』という長姉が一人いた。

 この姉は父親の激しい気性をそっくり受け継いでおり、昔から活発できかない子供だった。

 男の子をケンカで負かしてくるのはしょっちゅうの事、父親とぶつかっても一歩も引くことなく、しまいにはケンカまで吹っかける始末だった。

 父親はこの『虎子』が男だったらと、何度も思ったものだった。


   □


 ちなみに姉の虎子は家族から何の期待も受けてはいなかった。

 何ひとつ習いものはさせてもらえなかったし、一人で放って置かれることが多かった。そのせいか虎子はよく龍次をからかっていじめた。

 言葉はもちろん、パンチやキックもしょっちゅうだった。彼が泣くのを見ると、なんだか無性にかわいく見え、それを優しく慰めるのが大好きと、不思議な愛情のかけ方をしていた。


   □


 その愛情は多少歪んではいたが、それでも彼女は弟のことが大好きだった。どんなにいじめても、いつも自分のところに戻ってきてくれたからだ。

 家族の中で自分を必要としているのは弟だけだと分っていたのだ。


 それは龍次にしても同じだった。父と母の期待は感じていたが、なにを期待されているかよく分からなかった。幼稚園でも学校でも誰もが自分を避けていた。

 結局言葉を交わし、暴力とはいえ龍次と向き合ってくれたのは、このおっかない姉だけだったのだ。


 二人のこの複雑な愛情関係は彼女が『龍虎会』を引き継ぐまで、実に五十年以上も続くことになるのである。


   □


 そして輝男が知らなかった事実がもう一つある。

 それは龍次が輝男のことを意識していたということである。


   □


 それはテストの成績のせいだった。龍次は自分の学力が周りのみんなから飛び抜けていることを知っていた。それだけの努力をしているという自負もあった。

 だがテストの成績は常に輝男の方が上をいっていた。

 これは龍次にとって驚きだった。自分以上に努力できる人間はいないと思っていたからだ。

 それを上回るということは、努力以上の何かがあるに違いなかった。

 だが普段の輝男からそれを想像することは難しかった。


   □


 だが龍次に悔しいという気持ちはなかった。

 ただ輝男がどうしてそんなに頭がいいのか、そこに純粋に興味があった。

 そしてある日、龍次は輝男のあとについて図書館へ行った。

 彼がどんな本を読んでいるのか、知りたくなったのだ。

 そこで知ったのは、輝男がアトランティス大陸にとりつかれているということだった。龍次は輝男が返したばかりの、アトランティス大陸について書かれている本を手に取った。小学生が読むにはやけに分厚い本で、言葉遣いもずいぶんと難しそうだった。

 ちょっと迷った後、龍次はその本を借りることにした。


   □


 だがその本を読むうちに、龍次もすっかりアトランティス大陸の謎にはまってしまった。

 それはずいぶんとスケールの大きな謎だった。

 空想の話のようだが、全くないとは言い切れない気がした。

 太古に栄えた超古代文明。謎の金属オリハルコンの存在。優れた都市設計。火山の爆発で一夜にして沈む悲劇。

 龍次は輝男を追いかけるように、アトランティス大陸の本を読みあさった。


   □


 やがて龍次は輝男とアトランティス大陸の話をしてみたいと思うようになった。

 自分の考えた仮説もあった。

 輝男がどういう仮説を立てているのかも興味があった。

 だが話し出すきっかけがなかなか見つけられなかった。


   □


 だがそのきっかけはやってきた。

 テレビでアトランティス大陸の番組が放映されたのである。もちろん輝男もそれを見たに違いない。龍次はそれを確信していた。

 それにテレビの内容もなかなかよかった。

 龍次が考えていた仮説とほとんど同じだったのだ。

 そういうわけで、龍次はその放送のあった翌日、飼育小屋に行く輝男の後を追いかけた。

 そこで、大塚が輝男に暴力を加え、いまにもデッキブラシを振り下ろそうとしているのを見つけたのである。


   □


大塚委員長(オーツカイーンチョー)、何してんだよ?」


 龍次はデッキブラシの木の柄を掴んでそう言った。

 目の前に立つ輝男の顔は血だらけでぐしゃぐしゃになっていた。それでもその目は死んでいなかった。

 後ろで倒れている山川鋭子をしっかりと守ろうとしている。


 へぇ、こいつなかなかやるじゃん。


 龍次はまずそう思った。


   □


「離せよ、龍次!お前関係ないだろ!」

「あのさ、この状況で離すわけないだろ?それに見ないフリなんて出来ないよ」


 そう言って龍次はあっさりとデッキブラシを奪い取った。

 それからじろりと親衛隊の女の子達をにらみつけた。


「逃げるなら今のうち、だと思うけど?」


   □


 龍次のひと言に女の子達の顔色が変わった。

 彼女達の目には本当の怯えがあった。そして全員そそくさと檻から逃げ出した。

 それはちょっと龍次をがっかりさせた。


 女の子に暴力なんてふるうわけないのに……


 だが龍次の場合こういう事は日常茶飯事だった。

 別に誰に乱暴したわけでもないのに、みんなが恐怖の目で自分を見てくるのだ。だが今回はその方が好都合だった。


   □


「龍次、オマエ脅かすつもりかよ?」

 大塚だけは憎しみで目をユラユラさせてすごんでくる。

「あのさ、ワルモノはおまえだよ、どう見たって」

「オマエなんかに言われたくないっ!」


 大塚は拳を握りしめて龍次に殴りかかった。

 だがその拳は、パシッと軽い音を立てて龍次の手の中に吸い込まれた。すると大塚は龍次の股間めがけてキックを繰り出した。

 が、その前に龍次が大塚の拳をひねりあげ、その痛みに大塚の蹴り出した足は途中で止まった。


   □


 すると大塚は泣き出した。泣きながら身をもがいた。

 もがきながらもその隙に龍次に攻撃しようとした。龍次はそのたびにちょっと強く拳をひねりあげ、大塚に激痛を味あわせた。


「手ぇはなせよ、龍次!きたねぇぞ!」

「きたないのはおまえの鼻水だろ?」


 龍次は余裕だった。ほとんど大人と子供の喧嘩だった。


   □


 その一方、輝男は龍次が戦うのをじっと見ていた。

 龍次の強さはまさに圧倒的だった。

 どうやら最悪の時期は過ぎたようだ。それから振り返って、鋭子を見た。鋭子はまだ飼育小屋の床に座っていた。

 だがもう泣いてはいなかった。

 それでも服は砂や鳥の糞にまみれ、頬には涙の跡がついていた。


「だいじょうぶ、山川さん?」

「うん。あたしはへーき。でも強いんだね、龍次君って」


   □


 そのとき『ポキッ』っという小さな音がした。

 まるでカラカラに乾いた小枝が折れたような音で、それは龍次の手の中で聞こえた。

 とたんに大塚が、火がついたように泣き出した。

 そのあまりの声の大きさに、龍次も思わず手を離した。

 大塚は泣きながら自分の手を見た。もう戦意は完全に喪失していた。

 その大塚の手が見る見る腫れだした。その右手はあっという間に倍くらいにふくれあがり、グローブでもはめているような感じになった。


   □


「あ、わりぃ」


 龍次は思わず謝った。

 だが厳密には骨を折ったのは龍次のせいではなかった。その瞬間、龍次は手を押さえていただけだった。大塚がその握った拳ごと、龍次の顔にパンチを加えようとしたのが悪かったのだ。

 だが言い訳したところでどうにもなりそうもなかった。


   □


 そして最悪のタイミングで、最悪の教師が駆けつけてきた。


 輝男が一年生のときに担任をしていた、あの女教師だった。


   □


 その教師を呼んだのは大塚の親衛隊の女の子達だった。

 彼女たちは自分たちがその教師に好かれていることを十分に承知した上で、他の教師ではなく彼女を呼んだ。

 そういう意味で彼女たちは実によく悪知恵が働いた。

 この女教師は子供の目から見ても、すごくだましやすかったのだ。


   □


 彼女達は教師に、龍次が暴れていると告げた。もちろん嘘である。

 龍次が暴れて鋭子を小屋に押し込め、輝男を殴ったと言った。これももちろん嘘だった。

 そして彼を止めようとしたクラス委員の大塚君が一人で立ち向かっていると告げた。これも大嘘だった。


   □


 だが女教師はそのすべてを頭から信じ込んだ。

 そして駆けつけたそのとき、委員長の大塚が右手をパンパンに腫らして泣いているのを見つけた。

 その背後では鋭子が倒れ、それをかばうように輝男が立っていた。そこに立ちふさがるように立っていたのが龍次だった。


   □


 やっばりこういうことになったわね。


 女教師はまずそう思った。

 龍次もまた彼女が目をつけていた生徒だった。普段はおとなしい子供だったが、彼女はいつか彼が問題を起こすとにらんでいた。

 彼の父親はやくざだからだ。だが周りの教師はたいてい龍次のことを褒めていた。おとなしいし勉強もできる。喧嘩が強いはずなのに、暴力を振るうことは絶対にない、などなど。


   □


 だが彼女は、自分だけは絶対にだまされないと思っていた。

 こういう子供は大人をだますのが実に上手なものなのだ。

 長い教師経験でそれを十分に学んでいる。

 そしてついにそれが証明されたのだった。


   □


 女教師は龍次の元につかつかと歩み寄ると、耳をつねりあげた。

 だが龍次はびくともしなかった。


「神城龍次、すぐに外にでなさい!」

「ハイ。わかりました」

 龍次は弁解をひと言も口にしなかった。

 なにを説明したところで、この女教師がなにひとつ理解できるとは思えなかったからだ。

 理解しようとすらしないのも明白だった。

 何ともやりきれないが、こういう事には慣れていた。


   □


 龍次は黙って飼育小屋からでた。

 その前にチラとだけ輝男のことを振り向いて言った。


「大丈夫か、織田?」

「うん、ありがとう。助かったよ」

 輝男は腫れ上がった口でなんとかそれだけ言った。

 すると小屋の中にあの女教師が入ってきた。

 ずいぶんとおっかない顔をしていた。

 今回、輝男は完全に被害者だった。こちらに悪いところはなにひとつなかった。

 なのにこの教師は泣いている大塚のところへまっすぐに向かった。


   □


「大塚君、大丈夫?いったい誰にやられたの?」

「龍次君と……織田君……です」

 大塚はしゃくり上げながら、そう答えた。

 顔面は蒼白で、脂汗が流れていたが、その目だけはギラギラと輝男を見ていた。

 その目には被害者だという嘘と、輝男への憎しみがこもっていた。

 そしてその目の迫力に、女教師はあっさりと騙された。


   □


「織田君、どうしてこんなことをしたんです?」

「先生、それは違います。悪いのは大塚君です。大塚君が僕を殴ってきて、神城君が助けてくれたんです」


「テルオ、オマエ嘘つくな!」

 大塚が急に立ち上がって叫んだ。

 そして腫れ上がった右手を輝男の顔に突きつけ、女教師に向かって興奮した様子でまくし立てた。


   □


「僕は注意しただけなんです!先生、織田君は校則違反してたんです。それを僕は注意しただけなんです!そしたら、そしたら……」

「おちついて、大塚君。先生はちゃんと分かっていますよ」

「……そしたら、織田君が急にボクに殴りかかってきて……」


「僕は、殴ったりなんかしてません」

 あまりに事実と違うことを言い始めたので輝男は思わず口をはさんでしまった。もちろん顔を腫らしているのは輝男の方だ。

 

「したじゃないか!ウソつくな!そうしたら龍次までが入ってきて、ボクのことを殴ったんだ!」

 すると女教師は優しく大塚の肩に手を回した。そしてキッと輝男のことをにらみつけた。

「織田テルオ、あなたまた問題を起こしたのね。なんで神城君と喧嘩になったのかはわからないけど、それはこの際どうでもいいわ」


   □


「それも違います。神城君は僕を助けてくれただけです。僕を殴ってきたのは大塚君です」

 輝男は龍次のことだけは誤解を解きたかった。

「嘘だ!先生、織田君は嘘をついているんです!」

 大塚はまた涙を流し女教師に訴えた。

「大丈夫です。先生はちゃんと分かっていますよ」


   □


「先生ちゃんと聞いてくださいよ。嘘をついているのは大塚君のほうです。僕も神城君も悪くないんです。大塚君が山川さんに乱暴しようとしていて、それを助けていたんです。●●信じてください》》」

「そんな嘘を先生が信じるわけないでしょう!」

 どうしてこの教師はこんなに馬鹿なんだろう?

 輝男の怒りは沸騰点を越えて、悲しみに変わっていた。

 この教師に信じてくれ、などと言ったところでどうにもならないのに、それしかいえなかった。


   □


 と、そのとき、輝男の後ろで鋭子が立ち上がった。

「山川さん……?」

「大丈夫、わたしにまかせて」

 鋭子はスカートに付いた砂埃をパンパンと払い落とした。

 それからどこも汚れてなんかいない、というように衿の形を整え、胸を張った。

 鋭子はこの教師のことは知らなかった。だがちゃんと話せば大人というものを納得させることができるのは知っていた。

 大事なのはちゃんと落ち着いて、冷静に話すことだ。


   □


「先生、織田君のいうとおり、大塚君が悪いんです。大塚君と仲間の女の子達が、あたしたちに文句を言ってきたんです。そうしたら急に大塚君がカッとなって、織田君に殴りかかってきたんです」

「あなた、たしか……山川さんだったわね?あなたは転入してきたばかりで分からないんでしょうけど、大塚君はそんなことをする子じゃないわ」

「でもしたんです。あたしは大塚君の友達にここへ閉じ込められて蹴られたんです。そうしたら織田君が助けに来てくれたんだけど、今度は大塚君が棒を持って織田君をぶとうとしたんです。そこに神城君が来て、あたしたちを助けてくれたんです。それが真相なんです」

 鋭子は決然とした態度で言った。

 その姿はとても立派だった。なにかの映画を見ているようだった。

 輝男は自分が感情的になっていたことに気づいて恥ずかしくなった。


   □


 すると、大塚がまたしゃくりあげた。

「……ヒッ……ゥ……先生、僕は、ぜったいに……ウゥ……そんなこと、してません……先生、ボクを信じてください!」

 そしてなんともいいタイミングで泣き出した。大塚は普段、冷静な優等生で通っていたから、その効果は絶大だった。


   □


「大塚君、もう泣かないで大丈夫よ。先生にはちゃんと分かってますからね」

 女教師は威圧するように鋭子の前に立ち、言葉を続ける。

「……山川さん、たいそう立派な演説をしたつもりかもしれませんけどね、先生はだまされませんよ」


   □


 鋭子はそのひと言にあ然とした。

 それは彼女に軽いパニックを引き起こした。

 何も間違ったことは言ってないし、ちゃんと筋道立てて正直にしゃべったのだ。

 なのになにも伝わっていないのだ。こんな事があるのだろうか?

 それにこのままでは、助けてくれた輝男君や龍次君が悪者になってしまう。

 だがどう伝えれば伝わるというのだ?

 泣けばいいのだろうか?

 それなら得意だ。

 でもそんなことは彼女のプライドが許さなかった。

 それは輝男や龍次を裏切ることのような気がした。


   □


「先生、ちゃんと聞いてください。嘘をついているのは、大塚君……」

「待って、山川さん。その前に私からも聞きますよ。そもそもどうしてあなた達は大塚君に注意されたんです?」

「それは……」

 鋭子は瞬間口ごもってしまった。

 それが悔しくて思わず拳を握りしめた。

 でもちゃんと言わなきゃいけない。

「……それは……」


   □


「それは、僕が野良猫に餌をあげてたからです」

 輝男が言った。そして女教師が何か言う前にすぐに言葉をつづけた。

「でも、だからって、山川さんにひどいことをしていいわけじゃないでしょう?僕だって大塚君にいいだけ顔を殴られました。それが自業自得だというなら、それでもいいですよ。悪いのは僕一人だけでいいです。でも神城君はそれを助けてくれただけです。神城君はなにも悪くありません」


   □


 龍次はその言葉を檻の外で聞いていた。

 その言葉は龍次の胸を熱い固まりで満たした。

 それはとてもうれしい言葉だった。

 自分にも初めて友達ができたのかもしれない。龍次はそう思った。

 それもいっぺんに二人もできたのだ。


   □


「かばいあってもだめよ。先生はだまされませんからね。はっきり言っておきますが、原因はあなた達にあるんです。そうにきまってます」

「先生、お願いだから信じてください。わたしたちは何も悪くないんです。嘘をついてるのは大塚君の方で……」

 だが山川鋭子の言葉を輝男がさえぎった。


「いいよ、もう、山川さん。この先生は聞く耳を持たないんだ」

 輝男はもう完全に頭にきていた。

 鋭子が無事だったから、あとはもうどうでもいい気分だった。

 どうせ何を言ってもこの教師は聞かないし、そもそもこちら側の話など何も聞く気がないのだ。

 だったら何を気にする必要があるだろう?


   □


「よくないよ、織田君。ちゃんと説明すれば……」

「絶対わかんないよ。先生は僕を嫌ってるんだよ。昔からね」

 それから輝男は女教師にこう告げた。


「あなたは最悪の教師ですよ。何が本当かも分からないし、分かろうともしない。あなたには教育者の資格はないし、まともな人間関係も築けないし、この学校の中で僕たちをいじめることしか出来ない、サイテーの人間ですよ」


   □


 その瞬間に女教師のビンタが飛んだ。

 輝男はそのビンタをよけもせず、正面から受け止めた。

 そして新しい血を口元ににじませながら言った。

「先生、僕に体罰をする前に、大塚君を保健室へ連れて行ったほうがいいんじゃないですか?」


   □


 女教師は怒りに拳をふるわせた。

 が、なんとかそれを押しとどめると、くるりと背を向けた。

「織田輝男、すぐに校長室にいらしゃい!」

「わかってますよ」

 輝男がそう答えると、女教師は顔を真っ赤にし、大塚を連れて歩み去った。


   □


「大丈夫かよ、織田?」

「へーきだよ。見た目ほどはひどくないんだ。それより助けてくれてありがとう」

「こっちこそ、かばってくれて、なんか悪かったな」

「当たり前だよ。それより、山川さんを保健室まで送ってあげてくれるかな?キミにしか頼めないんだ」

「ああ、いいぜ。大塚の野郎も一緒だろうから、ばっちりついてて守ってやる」

「ありがとう、神城君」


   □


 それから輝男は鋭子に向き直った。

「ごめんね、こんな事になっちゃって」

「そんな……織田君は何も悪くないわ。それより、助けてくれてありがとう」

 輝男は少し照れた笑みを浮かべると、職員室に向かって歩き出した。


   □


 この瞬間から三人は生涯の親友になったのである。



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