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アトランティスのつまようじ  作者: 関川 二尋
第七幕
31/66

【脱獄物語】幼稚園児の誓い②

 しかしながら幼稚園児の誓いとは何と大事なものなのだろう。

 毎日楽しく暮らすだとか、友達を大事にするだとか、泣いてはいけないだとか、そういうことはとっくに習ったはずだというのに、いまさらになって誓いを立て直しているのだ。

 こう考えると、人生の大事なことは幼稚園でとっくに学んでいたのだ。


   ○


 だが今の時代、こういう単純なことが守られない時代だ。

 感情のおもむくままに行動してみたり、つまらない毎日を人のせいにして生きてみたり、友達や周りの人間を利用するだけの存在としてしかみていなかったりと、幼稚園で立てた誓いを大人になってから全部破っている。

 わたしだって例外ではない。

 結局何も学べていないということなのだ。

 当の幼稚園児たちがそれを守ろうと頑張っているというのに。


   ○


 成長にともなってその誓いを破らせるものは何なのだろう?

 何がそういった道徳観念を曇らせるのだろう?


   ○


 それは『自由』のせいだろうとわたしは思う。

 自分が一人だけで生きている、というおごりのせいだ。

 確かに自由は大切だ。この収容所のようなところで暮らすのが正しいことだとは到底思えない。

 だが『自由』というのは今や、あらゆる宗教のようにねじまげて解釈され、一人一人の心の中で腐った花を咲かせようとしている。

 いや、もういろんなところでその花は咲いている。


   ○


 考えてみてほしい。アメリカが自由の名のもとにしてきたことを。

 他国に自由を与えるためにしてきた数々の戦争を。

 彼らが通り過ぎた後も延々と続く混乱と、怨恨の連鎖を。


   ○


 考えてみてほしい。子供達の道徳観の腐敗を。

 子供達は自由の名のもとに、人に迷惑をかけなければ自分はなにをしてもいいと思っている。

 そして人の迷惑も感じられない鈍感な人間が育っている。


   ○


 考えてみてほしい。今の我らのなんと無責任なことを。

 今を楽しく暮らすために地球環境を傷つけ、そのツケを全て後回しにしてきた。

 汚れていく空、汚染される大地、食べつくされる動物達、手当たりしだいに伐採される植物達。


   ○


 それらは全て『自由』の合言葉のもとになされてきたことだ。

 自分達で勝手に自由の許可を与え、何も考えずに生きてきたせいだ。

 これでは人類が滅びるのも当然だ。

 子供にだって分かる話ではないだろうか?


   ○


 だがわたしはこういった全てを何とかしたい。

 その思いに変わりはない。

 わたしはいろんな人間にいじめられ、裏切られてきた人間だ。

 今だって何の罪もないのにこの刑務所に三十年間も閉じ込められている。

 わたしの人類に対する絶望感は相当に深い。

 それでもわたしは何とかしたい。

 やはりそう思うのだ。


 みんなが楽しく暮らせるように何とかしたい、と。


   ○


 と、その時、ガチャンと扉から音がした。

 あわてて目を向けると、トレーが引っ込められたのが見えた。

「おい、ちょっと待ってくれ!」

 あわてて追いかけようとしたが、靴音は反響を残しながら廊下の向こうへと遠ざかっていってしまった。

 孤独というのはやはり、精神的につらいものがある。

 もっともそれが独房の真の目的なのだろうが。


   ○


 本当にわたしには何もする事がなかった。

 わたしはベッドの上に寝転がり、天井を見上げているだけだった。

 わたしは少し昔のことを思い出した。鋭子との思い出のことだ。

 わたしが一番初めに彼女の前で泣いた時のことだ。


   ○


 あれはもう三十年近く前になる。

 それはわたしと彼女が二十二才の時だったと思う。

 当時のわたしは大学卒業を目前にしながら、就職先も決まっておらずにふらふらしていた。

 成績は良かったが、大学院への進学は最初から考えていなかったし、漠然とどこかの企業の開発部のようなところに入るつもりでいた。

 だがわたしを雇ってくれる企業は何処にも現れなかった。


   ○


 それまで続いていた日本の好景気がまっさかさまに転落し、その後何十年も続く不景気と就職難が始まった最初の年だった。

 わたしの就職難を不景気のせいにするのは簡単だが、実際はわたし自身にまるで魅力がなかったのがその理由だ。

 前にも書いたが、わたしはとにかく人前に出るのが苦手なタイプだった。面接などはまるで駄目で、面接官に質問されるとうまく言葉が出てこなかった。

 これでは雇ってくれる企業が現れるはずもない。


   ○


 だがわたしは不思議とあせってはいなかった。

 これまでもいろいろと不幸な目にはあっていたし、それなりに乗り越えてきたのだから、何とかなるに違いない、そう思っていた。

 なにか世間があっと驚くような発明をすれば、企業の方から自分を求めてくるに違いない、そんなふうに考えていた。

 なんといってもわたしは若かったし、それなりに自信家だったのだ。


   ○


 一方で、鋭子はそのころちょっとしたごたごたに巻き込まれていた。

 小学生の時のアトランティスの番組で世間の注目を集め、それ以降テレビドラマ・映画出演など順調にキャリアを積み上げていたのだが、それに気をよくした両親が突然大手プロダクションから独立してしまったのだ。

 芸能界ではよくある話らしいが、その直後から彼女の仕事は激減し、新しい会社はすぐに経営難に陥ってしまった。

 絵に描いたような転落劇はつづき、両親は離婚、鋭子は母親と二人だけで細々と食いつないでいる状態になってしまったのである。


   ○


 わたしと彼女が再会したのはそんな時期だった。

 そのとき鋭子は自主制作でCDを発売し、あちこちのCDショップに営業に回っていた。

 店内でミニライブを行い、握手会・サイン会をひらいて、CDを一枚ずつ自分で売っていたのである。

 わたしは横浜の大型レコード店で偶然それを見かけ、握手会の列に紛れ込んだ。

 人は大して並んでいなかった。彼女の方もずい分と疲れていたのか、だれかれかまわず笑顔を振りまき、ひたすら握手を続けていた。

 そしてわたしの順番が回ってきた。


   ○


「応援ありがとうございますっ!」

 彼女はCDに手早くサインし、にっこりと笑ってわたしに渡してくれた。

「はい、あの……」

 何か言おうとは思ったのだが、言葉が出てこなかった。

 流れ作業の一つの部品になったような気分だった。このままでは次の場所『出口』まで運ばれていってしまう。

 焦っているうちに彼女の方からわたしの右手を取った。

「はい、あくしゅ。テルオくん」

 はっ、と彼女の顔を見た。彼女はニッコリと笑っていた。

 うれしかった。気づいてくれていたのだ。


   ○


 それからわたしたちは近くの喫茶店で、二人だけになった。

 わたしは龍次とアトランティス大陸を探しに行き、それらしい場所を発見したことを話した。

 彼女はこの知らせに驚き、自分も行きたかった、何で教えてくれなかったのか、というようなことを言った。

 ちょうどその頃は仕事もなくて、時間だけはいっぱいあったのに、とずいぶん責められた。


   ○


 それから彼女は最近の仕事は、つらいことばかりだということを話した。

 自分が何のためにこんな事をしているのかよく分からないと言った。別にアイドルになりたいわけじゃない。ただ母親がそうしろというから、そうしないと食べていけないからそうしているだけなのだと。

 それからわたしたちは少し将来のことを話した。

 わたしは何か発明をして就職しようとしていること、彼女はアイドル業に専念し、ゆくゆくはもう一度女優業に戻りたいと話した。

 そして時間があったら、ちょくちょく会って話をしようと約束した。


   ○


 その頃のわたしにはたっぷり時間があった。

 わたしは暇を見つけては彼女の会社に顔を出すようになり、彼女の会社の雑用を手伝うようになっていた。

 給料はもちろん受け取らなかったが、わたしは自分がどうして就職できなかったのかを知ることになった。


   ○


 わたしは働くということがどういうものなのか、分かっていなかったのだ。

 世の中は実にいろいろな仕事で人々がつながり、成り立っているものなのだ。コミュニケーションの大事さ、モラルの大事さ、誠実であることの大事さ、わたしは雑用を淡々とこなしながら、そういったことを今さらながら学んでいった。

 そうしながら、何か大きな転機が来るのを待ち構えていた。


   ○


 そんなある日、わたしは二人の運命を大きく変える発明を閃いたのである。

 それは簡単に言うと立体映像の再生機だった。

 それもホログラムのようなぼんやりとしたものではなく、もっと質感をリアルに再現できる完璧な『3D再生機』だった。

 それまでの立体映像というのは、目の錯覚を利用したものが多かった。だから左右色違いの眼鏡をかけたり、特殊なものの見方を必要としたりしていた。

 だがわたしの作ったそれは、どこから見ても立体的に見えるようになっていた。


   ○


 試作品の一号にはバラが開花するシーンを使った。

 あらゆる角度から撮影したバラの二次元データを取り込み、極細のレーザー光線の束を集中させることで空中にその画像を再現して見せたのである。

 それは手を伸ばせば触れられそうなほど、葉の表面に膨らむ水滴までも再現できる完璧な立体映像の再生装置だった。


   ○


 わたしはこの試作品一号を鋭子の誕生日にプレゼントした。

 本体はちょうど重箱くらいの大きさの真っ黒い箱である。

「スイッチを押してみて」

 わたしが言うと彼女はその装置を机の上に載せ、スイッチを押した。

 最初はバラの蕾が空気中に現れた。やがてその蕾が身震いし、広がり始め、隙間からは真っ赤な花びらがのぞいた。

 つぼみはどんどんと膨らみ、花びらはゆっくりとその花を広げ、やがて一輪のバラとなって空中に浮かび上がった。


   ○


「コレ……すごいね……それしか言葉が出ない……」

 彼女はうっとりとその映像をみつめていた。わたしはそんな彼女の表情を見ることが出来てとてもうれしかった。

「気に入った?」

 わたしが聞くと、彼女はうなずいて、また再生のボタンを押した。

「これをわたしに?」

「ああ、もちろん」

「すごい発明よね、これ……」

 わたしたち二人の間で、ゆっくりとバラが花開いた。

「あの、ホントにそう思うかい?」

「ええ、本当にきれい……こんなの見たことない。ねぇ、織田君、特許はとったの?」

「特許?そんなのとってないよ、だってこれはキミへのプレゼントだからさ」

 鋭子はわたしの首にぐるりと腕を回すと、もたれかかり、頬にそっとキスをしてくれた。

「ありがと。すごくうれしい」

 彼女に囁かれ、わたしは自分の顔が真っ赤になるのが分かった。


   ○


 それからしばらくして鋭子から連絡があった。

 わたしと彼女の名義で本当に特許をとったということだった。

「これは絶対わたしたちの運命を変えるものになるわよ」

 彼女は自信たっぷりに言った。

 わたしはといえば正直そんな感じはしなかった。

 発明品そのものの出来には満足していたが、量産化して売るということになると、どうやったら良いのかさっぱり分からなかったのだ。


   ○


 それからさらに一週間後、鋭子はわたしを町工場のようなところに連れて行った。

 その工場は彼女の母親の親戚が経営していたところだった。

 住宅街の隙間にひっそりと立つ、やけに古びた工場だった。

 いかにも職人肌のおじさんが五人ばかりと、経理をやっているおばさんが一人、そしてでっぷりと太った社長が一人の小さな会社だった。

 そこでわたしはここの社長に紹介され、開発・技術指導者として雇われることになった。

 給料はずいぶんと安かったが、仕事は全面的に任せてもらえることになった。

 

   ○


 それから三ヶ月後、わたしは百個の3D再生機を完成させた。

 その間にわたしはいくつかの改良も加えていた。

 まず空中に浮かべる画像を拡大することが出来るようにした。以前は五十センチまでの再生が限界だったが、改良して百八十センチまで再現できるようにした。

 当然画質のキメも細かくした。さらにかつては一分が限界だった動画の再生を、十分間にまで引き伸ばした。

 この改良型の3D再生機の映像は、まるで目の前に生きている人間が存在しているように見えるくらいにリアルなものになった。

 その映像が動き出すさまは、これまでのどんな映像よりも迫力があり、インパクトがあった。


   ○


 わたしはその完成品を持って彼女のプロダクションを訪れた。

 わたしは鋭子と彼女の母親の前で、再生機のスイッチを入れた。

 サービスのつもりで鋭子の全身の画像を取り込み、ちょっと歌っているシーンを再生させた。

「すごいわね……これは」

 鋭子の母親である女社長はあんぐりと口をあけた。

 そして鋭子本人と何度も見比べた。

 じっさいここには鋭子が二人いるように見えていたのだ。


   ○


 女社長はしばらく腕組みをして考え込んでいたが、やがて、

「これに全て賭けましょう!」

 何を決心したのか、静かにそう言った。

「とにかく最高のスタッフをそろえるわ。作曲家、作詞家、衣装、振り付け、カメラマン、全部最高のものをそろえる。鋭子、こんどの新曲にすべてをかけるわよ」

 彼女の目にはずいぶんと野心が灯っていた。

 やりづらい大人だな、正直そう思った。

 なんだかイヤな予感もしたが、鋭子のためだとその時は思った。


   ○


 それからしばらくして鋭子の新曲が出来上がった。

 フリルをふんだんに使った衣装を身につけた、十分間のプロモーションビデオも出来上がった。

 明るくポップで、鋭子の魅力を存分に引き出したビデオクリップだった。

 その映像データは3D再生機の中に納められた。

 そうして完成した百個の再生機が東京都内のあちこちのCDショップ、デパートに置かれた。

 そして鋭子のリアルな立体映像が、いろんなところで新曲を歌いだしたのだった。


   ○


 空前の大反響が日本中に巻き起こった。

 それはわたしたちの予想をはるかに上回るものだった。

 3D再生機にはまだ値段も決まっていないのに、注文が殺到した。

 鋭子の新曲もいろんなチャートで一位を獲得した。

 なんだかわたしたちを中心に世界が回り始めたみたいだった。

 わたしたちの運命は大きく変わったのである。

 わたしたちは有名になり、使いきれないほどのお金を手にすることになった。


   ○


 わたしが一番うれしかったのは、彼女の美しさが日本中にあふれたことだった。

 本当に彼女はかわいらしく美しかった!

 3D再生機も順調に売れ、売れた分だけ値段が下がり、やがて一般家庭にも普及するようになった。

 彼女の映像はいろいろな人の部屋の中で再生されるようになったのだ。

 そこまでは良かったのだ。すべてが順調だったのだ。


   ○


 だが悲劇が起こった。映像の中の鋭子の衣装が消し去られ、一糸まとわぬ姿にされてしまったのである。

 もちろんそんな映像を撮ったわけではない。

 何者かが加工したのだ。加工してインターネットにばら撒いたのだ。

 皮肉なのはそれが発覚してからというもの、ますます機械が売れ、鋭子の人気が上がったことだった。


   ○


 わたしはその時、鋭子の前で泣いてしまった。泣いてすむ問題じゃないことは分かっていたが、ボロボロと涙が勝手にあふれて止まらなかった。

「ほんとうにごめん。こんなことになるなんて思ってなかったんだ」

「泣かないで輝男。わかってるわ。これはあなたのせいじゃない」

 彼女は無理に微笑んだ。

 すごく傷ついていただろうと思う。

 だが彼女は泣かなかった。


   ○


 人はいつだって最良のものを最悪に使うことを考える……


 わたしはその時初めてそれを知った。

 それを知り、悔しくて悲しくて、何よりも怒りで目の前が真っ暗になった。

 わたしの発明を最悪のことに使った連中すべてが憎かった。


   ○


 わたしは3D再生機の製造から一切手を引いた。

 そして鋭子はアイドルをやめ、アメリカへと旅立つことになった。


   ○


「本当に行っちゃうんだね……」

「ええ。いよいよ女優に再挑戦するの。目指すはハリウッド女優!」

「鋭子は元気だよな、いっつも」

「あたりまえよ。いつだって前向きなんだから。それより、わたしがいなくなると寂しい?」

「そりゃさびしいさ」

「止めたりしないのかな?」

「止めたって、行くに決まってるだろ。一度言い出したら絶対きかないからな」


   ○


「まぁね、それに、これはわたしが初めて自分で決めたことだから」

「そうだね。でもさ……」

「なぁに?」

「いつか話したろ?アトランティス大陸の話」

「ああ、龍次君と見つけたっていう話ね。アゾレス諸島で見つけたんでしょ?」

「そう」

「……なんかいいづらそうね」

「まぁね。気のきいたセリフが出てこないんだ」

「いつもどおりでいいのよ。テルオにそんなの期待してないんだから」


   ○


「ぼくはいつか君をアトランティス大陸に連れて行くよ」

「いつ?」

「いつかさ。一緒に来てくれるかい?」

「ええ!もちろん!どんなところか見てみたい!」

「じゃあきまりだ」

「その時がきたら絶対教えてね。約束よ」

「ああ、約束する」

「必ず守ってよ?」

「ああ。必ず」


   ○


 あの日からもう三十年が過ぎようとしている。

 これ以上鋭子を待たせるわけにはいかない。

 彼女はずっとわたしを待ってくれていたのだから。



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