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アトランティスのつまようじ  作者: 関川 二尋
第一幕
3/66

【手帳物語】ボクの生まれた世界

 ハロー(Hello)


 ボクの名前はE・スケイプといいます。

 EはEVE『イブ』の略で、これは本来、女の人につけられる名前だと思うので、何だか恥ずかしく、父や母や友達にはE『イー』と略して呼んでもらっています。

 ただ続けて呼ぶと、

 イー・スケイプ

 イスケイプ

 エスケイプ

 と『脱走』という意味になってしまいます。

 でもボクはこの名前が気に入っています。

 とてもボクらしいと思うからです。


 ところでボクは今【収容所】の中にいます。

 驚いたことに、収容所に入れられた人間というのは、なんとボクが二百年ぶりだそうです。

 警備のロボットがそう教えてくれました。

 犯罪という行為自体が二百年ぶりなので、ボクをどうやって閉じ込めたらいいのか、そもそも閉じ込めていいのかもよく分からないという話でした。


 そこでボクは裁判所の一室を改造した収容所に閉じ込められる事になりました。

 収容所のルールは一つだけです。

 それはこの建物の外に出てはならないというものです。

 でもそれだけです。それ以外は何をしていようと全くの自由なのだそうです。家で暮らしているのと大して変わりはありません。

 でも一つだけ課題を出されています。

 それがこの作文です。


 なにしろこの国で二百年ぶりの犯罪なので、ボクは自分がどうしてここに閉じ込められることになったのかを、自分なりに考えて書かなくてはならないそうです。

 彼らが言うには、この国で犯罪をする気になるという、動機・理由が全く理解できないということでした。だからこの作文を裁判官達が読んで、ボクをどうするかを決めるそうです。

 作文にはこれまでの事を思いつく限り正確に、その時の感想をまじえながら、書かなければならないそうです。


 そういうわけでボクはこの作文をしばらく書き続けることになります。

 最初に断っておくと、ボクがこの収容所にやってくることなった、そもそもの原因は、ボクとボクの友達だった『カズン』が大変な事をしてしまったからです。

 でもボクは今でも自分のしたことが悪いことだとも、間違ったことだとも思っていません。

 正しいことをしたと今でも思っています。

 でもそれを簡単に説明することは出来ません。

 簡単に書くと、いろんな誤解を生むと思うからです。


 だからボクはこの作文で、ボクとカズンに何が起きたのか、どうしてそんな事になったのかを、最初からありのままに書いていこうと思っています。

 そうすれば、ボクが罪を犯すつもりがなかったこと、カズンが悪いわけではないことも、ちゃんと説明できると思います。

 前置きが長くなりましたが、これから作文を始めます。

 タイトルは【ボクの人生】です。





   【ボクの人生】


                      EVE・スケイプ 著


1『ボクの生まれた世界』


 ボクはAE350年6月8日に、アトランティスの首都【ブライト】で生まれました。ボクたち家族はそこから引っ越したことはないので、ボクは十七年間ずっとブライトで育ちました。


   △


 ブライトはとてもいい街です。安全だし、清潔だし、静かだし、緑は多いし、まわりの人も優しい人ばかりでした。

 ボクはあまり人づきあいが好きではないので、友達はあまりいませんでしたが、それでもこの街は大好きです。


   △


 父の名前は『エース』といいます。父はテニスが大好きです。ボクが生まれてからの父の記憶といえば、テニスウエアとラケットを持っている姿だけです。いつも真白のポロシャツとショートパンツで、ポケットには黄色いボールを入れていました。

 父は朝起きると、その姿でコートへと出かけ、日が暮れると帰ってきます。毎日がその繰り返しでしたが、父はいつも楽しそうでした。


   △


 母の名前は『マリン』といいます。母は水泳の好きな人でした。ボクの記憶の中では母はいつも水着を着ているか、水着の上にバスローブを羽織っているかのどちらかでした。

 母もまた、朝起きてしばらくすると近所の人とプールに出かけ、その仲間たちと晩ごはんを食べに行き、いつもお酒をずいぶんと飲んで帰ってきました。


   △


 父と母の生活はバラバラで、一緒にテニスや水泳を楽しむということはありませんでした。それでも家に帰れば二人は仲良しだったし、夜になればいっしょに映画を見て楽しんでいました。二人の間にボクがいることもあったけど、そんなにしょっちゅうではありませんでした。


   △


 二人のこの生活はボクがずっと小さかった頃から延々と繰り返されてきました。たぶんですが、ボクが生まれる前からそうだったと思います。だからボクは父と母と一緒に遊んだという記憶がほとんどありません。

 でも寂しいとは思いませんでした。どこの家もみんな同じようなものだからです。父には父の、母に母の生活があって、それを楽しむことは当たり前だからです。それに父も母もボクのことが嫌いなのではないことは分かっていましたから、なにも心配することもありませんでした。


   △


 ボクの世話をずっとしてくれたのはロボットの『チャールズ』です。

 チャールズは背が高く、銀色のボディーをしています。頭がよくて、料理も上手、空は飛べないけれど力持ちで、すごく気がきくし、ボクは小さな頃から彼のようになりたいと憧れていました。

 たぶんたいていの子供はボクと同じだったろうと思います。ボクも本当にチャールズのようなロボットになりたかった。


   △


 それから猫の『モノ』。彼はハンサムな顔をしたオスの三毛猫です。

 彼は人間の言葉を少しは理解できるらしく、ボクの言う事はよくききます。

 ボクはモノとチャールズと3人で遊んでいる時間が一番楽しかった。

 小さな頃は三人で、一日中カーペットの上を転げ回ったり、ブロックで町を丸ごと作ったりして遊んでいました(モノは町を破壊するだけだったけど)。

 たぶん父のテニスや母の水泳と同じ感じなのでしょう。


   △


 これがボクの家族です。ボクはごく普通の家に生まれ、普通の子供と同じように育ちました。

 でも正直に言うと、ボクは普通の子供とは少し違う子供でした。ボクはどの学校でもよく先生に怒られていました。

 それはボクがいつも問題を起こしていたからです。自分にその気がなくても、問題が勝手に出てきてしまうのです。


   △


 そのことは上手く言えないけれど、ボクの中の何かが、この世界で生きていくのには、少しだけど、決定的にズレていたせいだと思います。

 そしてそのズレのようなものがボクにいつも問題を引き起こさせる、そんな感じでした。





 今、裁判官の人が来て、この作文を回収するというので、ここで中断します。次も子供の頃の話を続けて書こうと思います。


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