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アトランティスのつまようじ  作者: 関川 二尋
第六幕
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【脱獄物語】憎しみの遺伝子と思い出話④

 それにしても大塚はよく調べたものだった。


「調べはついているんだよ。君たち三人は同級生だった。小学生の時だ。それから三人はばらばらの進路を辿ったが、君と神城だけは東京大学に進み、再会し、最後の夏休みに三ヶ月の間ポルトガルへ旅行に出かけている」


 大塚は何の資料も見ずに、わたしをじっと見つめてそう告げた。


   ○


「ええ、そのとおり。よく調べましたね」


「それだけ君たちは仲が良かったということだ。さて、この神城だが、最近になって後継者選びをしているという噂が広がっている。

 彼は独身で子供もいない。君は知らないだろうが、その事で全国的な抗争が広がっている。神城の引退が誰から見ても突然で早すぎることが原因だ」


「あいつは昔から父親の跡を継ぐことを悩んでましたからね」


   ○


 わたしの答えに大塚は警棒を手の平にパシッと打ちつけた。


「違うな。彼はあせっているんだ。なにか理由が出来たんだ。それもすぐに足を洗わなければならないようななにか。

 そして山川鋭子。彼女の回りでも、大きな変化が起こっている。彼女は今回の放射能除去爆弾の件で、一番のスポンサーであるアメリカ政府に正式なクレームを出した。これは財団始まって以来の大事件だ」


「クレームを出すのは当然でしょう。あれは明らかに契約違反だった」


「そんな事はこの際どうでもいいんだ。神城龍次にしても、山川鋭子にしても、なにか大きな賭けに出ようとしている。

 そして君だ。君はここの科学者全員を集めて何かを作ろうとしている。こんな大規模な研究はこの刑務所始まって以来の事だ。一体何を作ってる?」


   ○


 大塚は再び、警棒をパシリパシリとやりだした。

 その腕から暴力の匂いが発散され、わたしは落ち着かない気分だった。暴力には小さな頃から苦い思い出がたくさんある。


「大気の組成を変化させる装置ですよ。破れたオゾンホールを修復し、厚く積もってしまった二酸化炭素の層を酸素に変える装置……」


 わたしは慎重に言葉を選びながら嘘をついた。

 一応こういう事態は想定してあったから。

 が、


「この私に嘘をつくなっ!」

 怒鳴り声とともに大塚が警棒を机にたたきつけた。


   ○


 狭い室内に突如として轟音があふれ、壁がビリビリと震えた。

 わたしの背中に一瞬にして鳥肌が這い登り、恐怖で頭の中が真白になった。

 だがわたしは恐れないようにした。

 暴力には冷静に対処するのが一番だ。

 わたしは子供の時にそれを学んでいた。


   ○


「そんなに興奮しないでください。嘘なんかつきません……」


「テルオ、私を甘く見るなよ、おまえが何かをやらかそうとしていることは分かってるんだ。このまま死ぬまで独房に閉じ込めておく事だって出来るんだぞ。本当の事を言え!」


 大塚長官の目は狂気に半歩入り込んでいた。


「大塚長官、お互い子供ではないんですから、冷静になってください。だいたいここでの自由な研究活動は政府から保証されているし、身柄の拘束だって、普通の刑務所ならいざ知らず、ここでは認められていないはずです」


 わたしはつとめて冷静に話した。

 相手が興奮している時は、特に子供のように興奮している時には、毅然とした大人のような態度が必要だ。

 わたしは昔、山川鋭子からそれを学んだのだ。


   ○


「誰が、子供だって……?」

「あなたですよ。警棒で机を叩いて脅すようなまねは、大人のすることじゃないでしょう?きちんと話し合えば……」


 だが結果は逆効果だった。

 大塚の顔が見る見る紅潮し、唇がぶるぶると震えだした。

 眼球が怒りでゆらゆらとゆれ、彼の頭の中が狂気でいっぱいに膨らんでいくのが分かった。


 彼は立ち上がると無言のままわたしの背後にまわり、いきなり警棒で背中を殴りつけた。肺の中の空気が一気に押し出されて息がつけなくなり、痛みで目の中に星が飛んだ。


   ○


「えらそうな口を叩くなっ!長官はこの私だっ!本当の事を言え!おまえは脱獄するつもりなんだろう!」

「……今度は、暴力ですか?そんなやり方は、卑怯だ」

「うるさいっ!本当の事を言えっ!鋭子と二人で何かを企んでいるんだろう!龍次もグルなんだろうがっ!」


 彼が鋭子と龍次をまるで知り合いのように名前だけで呼んだのには少し驚いたが、そのときのわたしはそんな些細なことを気にかけている余裕はなかった。

 ふたたび大塚の警棒がブンと空気を切り裂いて振り下ろされ、わたしの太ももに叩きつけられた。

 その痛みにわたしは涙を流し、悲鳴を漏らした。


「あなたは……ここの規則を守る長官でしょう?これは、明らかに、規則違反だ!」

「うるさいっ!自分の都合のいいように規則を持ち出すな!」


   ○


 大塚はたしかにそういった。

 だがわたしは彼の言葉の意味が分からなかった。


 それはわたしが、彼が『大塚守男』だということを忘れていたせいだ。

 もう少し後に気づくことになるのだが、彼もまたわたしの小学生の時の同級生だったのだ。


 過去にわたしは規則のことで彼に意見したことがあり、彼のなかではいまだにその言葉が残っていたのである。

 そんな些細なことが『憎しみの遺伝子』として彼の中にずっと眠り続けていたのである。


 だがこのときのわたしはすでに苦痛で冷静に頭が働かなくなっていた。


   ○


「……規則は規則だ。わたしはこの収容所内での自由は保障されている。あなたにだって、それを破る権利はないはずだ」

 わたしは大塚に殴られながらもそう告げた。

 ずいぶんと忘れていた暴力と痛みの味をかみ締めながら、ただ大塚の繰り出す警棒の痛みに耐えていた。


「うるさいっ!私が長官なんだ!俺が規則なんだ!分かったか!」

「それはまちがってる……」


 大塚はなおも顔を真っ赤にして、警棒を何度も振り下ろす。

 頭を殴らないのは、拷問がばれないようにするためだろう。

 切れた理性でもそこだけは忘れていないらしい。


 大塚はわたしの右に回り、左に回り、肩や背中や足を気の向くままに殴りつけた。

 わたしの服が裂け、裂けた生地の間から赤黒く変色した皮膚が見えた。これは本当に殺されるかもしれないな……


 なんとか頭だけはかばいながらそう思った。


   ○


 不意に……

 痛みが人ごとのように遠のき、大塚長官の「本当の事を言え!言うんだ!」という怒鳴り声が遠のいていった。


 ねっとりとした暴力の嵐の中、わたしはゆっくりと気を失い、椅子から転がり落ちていった。


「ちくしょうっ!チキショウ!このじじいめっ!」


 大塚が警棒を壁にたたきつけ、ずり落ちかけたわたしの体を元通りに椅子に座らせた。そしてわたしの顔をつかみ、食いつかんばかりに告げた。


「織田輝男、お前は五日間の独房行きだっ!」


 その言葉だけが聞こえたのでわたしは笑った。


「ここの規則では……それが……あなたに出来る最も長い刑罰だ」


 そしてわたしは気を失った。


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