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アトランティスのつまようじ  作者: 関川 二尋
第五幕
20/66

【脱獄物語】チャールズとスケイプ②

   ○


 なぜわたしと小夜子が驚いたのか?

 それはウェイターロボットにつけられた名前のせいだった。

 わたしの手帳の中の物語、もともとは『アトランティスのつまようじ』の中に刻まれていた物語、その物語の中に一体のロボットが登場する。

 そのロボットは主人公の家族であり、世話係をしている、料理も医学もこなす万能のロボットだ。

 そのロボットの名前がなんと『チャールズ』だったのである。

 この奇妙な一致。これが偶然であるとはとても思えなかった。


   ○


 冴子シェフがロボットをそう呼んだ時、わたしの胸にはっきりと光が差した。

 これまでは暗いトンネルの中を手探りで進んでいるようだったが、はっきりと出口の光が見えた気がした。

 アトランティスへの道は確実に続いている。

 わたしは再び運命を確信する事になった。

 

   ○


「織田センセ、ゆっくりしていってくださいね」

 冴子はアイスクリームの皿をチャールズに手渡し、テーブルから立ち上がった。

「もう行くのかい?」

「さっそくチャールズに秘伝のレシピを教えたくて。本当にどうもありがとう」

「どういたしまして。それよりチャールズにいろいろ教えてやってください。人間に優しいロボットになるように」

「わかりましたっ!」

 彼女はもうすっかりチャールズに馴染んだ様子で、肩の部分に手をかけている。

「行きましょう、チャールズ」

「はい、かしこまりました」

 冴子シェフが歩き出すと、チャールズがその後を追っていった。


   ○


「ちょっとびっくりしたね」

「ええ。あの物語のロボットと全く同じ名前でしたね」

 わたしたちはテーブルにひじを着き、額を寄せて小声で話した。

「と、いうことは一通り読んでくれたんだね?」

 

   ○


 小夜子はどういう返事をよこすのだろう?

 正直わたしは不安だった。

 あの物語はあまりにとっぴだから、SF小説と間違われるかもしれなかった。

 それも手帳に書いてあるところからしても、わたしが自分で書いた小説だと思われても仕方がないと思っていた。


   ○


「ええ、読みました……それで、その」

 小夜子はうつむきながら、小さな声で答えた。

 まずいな……、わたしはまずそう思った。

 わたしは彼女にもっと興奮した反応を期待していたのだ。

 あの物語はそれだけのインパクトのある話だからだ。すくなくともわたしにとってはそうだった。

「やっぱり、信じられないかい?」

「いいえ!そうじゃないんです。ただ、その、博士にご相談したいことがあって……」

「どんなことだね?」

「ここでは話せません。あの、あたしの部屋にきていただけませんか?」

 これは予想外の展開だった。

 彼女はいったい何を言い出すつもりなのだろう?

 せっかくここまでうまく運んできたというのに……

「そういうことなら、ちょっとお邪魔させてもらおうかな」

 わたしは不安な気持ちで、小夜子についてカフェテリアを後にした。


   ○


 わたしは小夜子に導かれるまま、彼女の部屋へ向かった。

 彼女の部屋は他の受刑者たちとは離れた場所にあり、まわりにはずらりと空き部屋が並んでいた。

 最初は女性の囚人がもっと集まる予定だったのだろう。

 だがここが創設されて以来、囚人となった女性は小夜子一人だった。


   ○


「散らかってますよ。ビックリしないでくださいね」

「その前に、わたしの部屋を見せてあげたいね」

 玄関のドアを開けると、大理石を張った広い玄関があった。

 そこには色とりどりの動物スリッパがならんでいる。そのすごい数と種類はちょっとした動物園のようだ。

 それからふかふかのじゅうたんを張った廊下を抜け、居間のドアを開くと、突然巨大な金色の影が飛び出してきた。

「ワン!」

 それは巨大なゴールデンレトリバーだった。


   ○


 その犬はびゅんびゅんと尻尾を振りながら、小夜子に抱きついてきた。

 立ち上がった身長は小夜子よりも高く、胴回りもみるからに小夜子よりも太かった。

 もちろん小夜子に支えられるはずもなく、彼女は押し倒された。

 さらにレトリバーが彼女の顔をなめまわそうと大きな口をあけた瞬間……


「ストップ! スケイプ」


 彼女の声が飛んだ。

 レトリバーは電撃にでも打たれたように、さっとおすわりした。

 だが電撃に打たれたのはレトリバーだけではなかった。

 わたしも電撃に打たれていたのである。


   ○


( ()()()()? )

 それはあの手帳の中の物語に登場する主人公の名前だった。

 これも偶然だろうか?

 だがスケイプなんて名前が偶然に一致するなんてことはちょっと考えられなかった。ポチだとか、シロだとか、レミーとかウィニーならわかるが、よりによって犬の名前がスケイプというのは……

 わたしは驚いた表情をはりつかせたまま、小夜子の顔を見下ろした。


   ○


「これも偶然だと思いますか?」

 小夜子はじゅうたんの上に寝そべったまま、わたしを見上げてそう言った。

 足をきちんとそろえ、両手を胸の上で組み合わせた姿である。

 色っぽいような、神聖なような、不思議な雰囲気だった。

 それから彼女は静かに目を閉じた。

 そして寝そべったまま話を続けた。


   ○


「この犬は最初から『スケイプ』という名前だったんです。あたしもあの物語を読んだ瞬間ビックリしました」

「わたしもだよ。こんな偶然ってあるのかな?」

「博士……ちょっとあたしの昔話を聞いてくれますか?」

「ああ、もちろんだとも」

「いままで誰にも話したことのない話なんです」

「光栄だね。わたしも座らせてもらおうかな」

 わたしはじゅうたんの上にあぐらをかいて座った。

 小夜子が寝ているのはわたしの左手のすぐ先、『スケイプ』という名のレトリバーは彼女を挟んで反対側に座っている。


   ○


「ここに来る前の話です……あたしには好きな人がいました……彼は、アメリカ人で、同じ大学に通う医学生でした……背が高くて、繊細で、とても印象的なブルーの目をしていて、困っている人がいるとほっとけないお人よしで、いつもニコニコしていて、すごくあったかい感じのする人でした」

 小夜子は思い出をかみしめるように語り始めた。


   ○


「彼、本当は医者じゃなくて、画家を目指していたんです。でもご両親の希望をかなえるために医学生になったんです。

 でもやっぱり絵はずっと好きで、研修先の病院でも患者さんの似顔絵を描いたりして、とても人気がありました。

 あたしの絵も描いてくれました。

 彼の描く絵はモデルがどんな顔をしていても、みんなにっこりと笑って出来上がるんです。

 不思議で、やさしい人で、あたしは彼のことが大好きでした……

 でも、彼には恋人がいたんです。

 その人はあたしたちが勤務していた病院の患者さんの一人でした。その子の病名はHIV、もちろん、あの人もそれを知っていました」


 小夜子の閉じた目の間から、涙がつっと流れ落ちた。その様子にレトリバーは彼女のもとに向かおうとしたのだが、命令がとけないせいでそれもできず、足踏みすることしかできなかった。


   ○


「あたしから見ても、二人はお互いに深く愛し合っていました」

 小夜子はそう言って、ちょっとわたしを見た。

 わたしにはかけるべきが言葉がなかった。

 小夜子はまた天井を見て、目を閉じた。深く思い出の中に沈み込むように。

「正直に言うと、あたしは悔しかった。なんとか彼に振り向いてほしかった。その気持ちをあたしに向けてほしかった……

 彼女と付き合い続けることで、彼もいつか感染してしまうかもしれない。そうなったら彼を失うことになる。

 でもね、そんな風に思う自分も嫌だったんです。だって彼が本当にその人を愛しているのがわかっていたから……」


   ○


「……彼女は自分自身の病気を治すために、そして彼はHIVという未知の病気と、命がけで闘っていたんです。

 あたしの気持ちが入る場所なんてどこにもありませんでした。

 でも結局二人とも病気には勝てなかった……彼女は亡くなってしまったんです」


   ○


 彼女はまた少し沈黙した。

 わたしは彼女の次の言葉を待った。


「もちろん彼女の死は悲しかった。でも、同時に少しホッとしました。

 彼さえ生きていてくれれば、いずれ彼の悲しみを癒してあげることもできる。すぐにじゃなくても、いつかは自分の気持ちを伝えることができる、そんなふうに思っていました。

 でも違いました。彼から、彼自身がHIVに感染していることを聞かされたんです。今度は自分の体で、新しい薬を試すんだと、彼は笑ってそう言いました」

「……それで君はあの研究を始めたのか……」


   ○


「そうです。あたしはなりふりかまいませんでした。

 どんな手段だろうと、それが治療に結びつくなら、すべて試しました。彼のためなら、何を犠牲にしても誰を犠牲にしても、かまわなかったんです。

 あの頃のあたしこそ、本当のマッドサイエンティストだったと思います。あたしには彼の命しか頭になかったですからね。

 でも、あたしの研究はとうとう間に合わなかった。

 彼はそのまま死んでしまいました。

 もう絵を描くことも、あたしに微笑みかけてくれることも、話をすることも、永久に出来なくなってしまったんです。

 彼のことを想うと悲しくて、悔しくて……あたしは毎日泣いていました」

 それから小夜子はようやく目を開けた。

 そしてそばに座るレトリバーを見上げた。


   ○


「それから一週間ぐらいしたある日、あたしのもとに一匹の子犬が届きました。それがこの子、『スケイプ』なんです。そしてスケイプと一緒に彼のメッセージカードがありました」

 わたしはスケイプを見た。

「スケイプ……アレを持ってきて」

 その声にスケイプは尻尾を振りながら隣の部屋に消えていき、やがてラベンダー色のカードをくわえて戻って来た。そして横たわる小夜子の胸にポトリとそのカードを落とした。

 これまで何度もこうしてきたのだろう、その二つ折りのカードはラミネート加工されていた。

「博士、読んでみてください」

 小夜子はそのカードをわたしによこした。どういう訳だか、スケイプはわたしの横にピタリと座った。ゆっくりと振られた彼の尻尾がわたしのお尻をパタパタとリズムよく叩いてくる。

 わたしはそのカードを開いた。


   ○


親愛なる小夜子へ


 勝手なお願いですが、彼を頼みます。

 君にしか頼めないのです。彼の名前は『スケイプ』といいます。

 ちょっと変わった名前でしょう?

 彼は六人兄弟なのですが、彼だけがいつもケージから脱走するんです。彼の本名は脱走者『エスケイプ』なんだけど、その名前、外で呼んだら何かと問題があるので『スケイプ』と呼んでいます。

 つながれたり、ケージに入るのは嫌がるけど、それ以外は気の優しいいい犬です。


 君にはいろいろとつらい思いをさせてしまったと思います。僕は君の気持ちを知っていましたが、それに応えることができませんでした。

 でも君の気持ちはとてもうれしかった。君が僕のために研究をしてくれたこと、ずっと忘れません。

 本当にありがとう。

 僕はこれから死んでしまうけど、今は不思議と平和な気持ちです。

 だから僕のために悲しまないで下さい。

 さよなら、小夜子


 追伸 人生はなにかと上手くいかないことが多い。絵描きで挫折、恋人には死なれ、僕も若くして死ぬ。

 でも僕はそういうことを笑いとばすようにしている。悲しみや怒りは人を後退させるだけだから。

(説教くさいと言いなさんな。今の僕は老人みたいなものなんだ)

 だから君は笑って暮らしなさいよ。人生なんてのは、長大な冗談みたいなものなんだから。

 君の歩く道が光で包まれていますように!

 さようなら!


   ○


 わたしはその手紙を読み終えると、小夜子に返した。

「これは偶然なんかじゃありません……それに、偶然じゃないもう一つの証拠、あの手帳の物語の最後にあった言葉」

 小夜子はカードを胸に当て、わたしを見てそう言った。

「ああ、もちろんだよ。もちろんだ……」

 わたしもまたそのことに驚いていた。

「……わたしも覚えている。

『君の歩く道が光で包まれていますように!』

 それはスケイプの、手帳の物語での最後の言葉だった」

「そうです。この手紙の最後の言葉とまったく一緒でした。織田博士、これは絶対、偶然なんかじゃありません。アトランティス大陸には何かがあるんです。あたしの運命に深くかかわっている何かが。

 あたしはそれを確かめたい」


   ○


 小夜子は床に寝そべったまま、ゆっくりとスケイプの首をなでながら、涙で濡れた目でわたしの事をじっと見ている。

 わたしは立ち上がった。そして小夜子に右手を伸ばした。

 小夜子はわたしの右手をとり、ゆっくりと起き上がった。


 運命の歯車はがっちりとかみ合い、未来に向けて回りだした。

 わたしと小夜子にはそれがハッキリと分かった。



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