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アトランティスのつまようじ  作者: 関川 二尋
第四幕
18/66

【過去物語】アトランティスへの入り口

 ネコとの別れの後、輝男は一人で悲しみと困難に立ち向かった。

 担任教師からのいじめ、同級生からの疎外、家庭内での孤独。

 そういったものはあいかわらず続いていたが、輝男はいつでも笑顔を絶やさなかった。それはネコとの約束であり、自分で立てた誓いだったからだ。

 そして輝男はいつも笑顔を浮かべていたから、周りの人間は輝男がどれだけ傷ついているかいつまでも知らずにいた。

 それはそれで周りには幸せなことだったし、輝男が望んでいたのもまたそういうことだった。


   □


「傷つくのは一人だけで十分だ」


   □


 そのころの輝男は自分にそう言い聞かせていた。


   □


 そういった生活は小学校の一年生から二年生の間、まるまる二年あまりも続いた。

 だが三年目に変化が起こった。クラス替えである。


   □


 輝男を目の敵にしていた女教師は違うクラスの担任となった。

 輝男にとってはようやくの解放だった。

 次に担任になったのは、大学を出たばかりの若い男の教師『湯沢』先生だった。彼は教師という仕事に情熱と誇りを持っていた。


   □


 前任の女教師はこの新米教師に、輝男に注意するよう伝えた。

『あの子はとにかく救いようのない子供で、すべての教科の成績は悪いし、独り言を言うなど精神的にゆがんでいるし、友達ともうまくやっていけない。

 そのくせいつも笑ってばかりいて反省の色もまるでない。

 他の生徒にも悪い影響を与えているし、いつも教師の足も引っ張る問題児だ。

 こういう子供は本来、わたしのような経験豊かなベテランが指導するべきで、あなたのような新米教師には荷が重いだろう』

 等々。


   □


 だが湯沢はその全てを聞いてからニッコリと笑った。

「僕にとっては楽しみな生徒ですね」

 彼はこの女教師の話を一切信じなかった。

 彼は彼女のような存在こそ悪い教師の見本だと考えていたからだ。

 大学を出たばかりで、彼には彼なりの理想と教育理念があった。


『学校教育とは皆が楽しく暮らして生けるための土台作り」


 その信念は他人からの言葉でたやすく曲げられるようなものではなかった。

 だから輝男を正しく指導していくことで、自分も教師として一緒に成長できるはずだと思った。


   □


 確かに『湯沢』は教師として未熟だったかもしれない。

 だが輝男にとっては初めての本当の先生になった。

 湯沢は放課後になると、輝男と一緒に教室に残り、遅れたぶんの勉強を取り戻していった。

 国語から始めて算数・理科・社会。気分転換には体育も教えた。

 輝男は飲み込みが早かった。遅れていた勉強はわずか一ヶ月で取り戻した。二年間分の勉強をわずかに一ヶ月である。

 すぐに湯沢は輝男が授業の内容をすでに学んでいたことに気づいた。そもそも勉強する必要すらなかったことに。


   □


 輝男の天才に一番はじめに気づいたのがこの教師であった。

 湯沢は次の一ヶ月で三年生が学ぶすべてを教えた。

 輝男はあっさりと理解した。

 最初から知っていたからである。

 それから一年あまりで輝男は小学校だけでなく、中学校・高校で学ぶべき事すべてを学んだ。


   □


 輝男の成績はがらりと変わった。

 体育、音楽を除くすべての教科で完璧な点を取った。

 手のふるえも止まり、図画工作にも才能を発揮した。


   □


 なかでもその当時に作り出した『最も効率のよい風車』は、現在風力発電のプロペラとして使われている。

 もちろんその当時に発表されることはなかったのだが、湯沢が中年になったある日、地元に建設された風力発電所の巨大なプロペラを見て、輝男の工作を思い出すことになる。

 余談だが、このプロペラの設計者の娘が、輝男と同じ学校に通っており、彼は授業参観の日に偶然輝男の作品を目にしていたのである。


   □


 湯沢は輝男に夢中になった。

 輝男は天才だった。

 どんな知識もスポンジのように吸収した。暗記だけではない。輝男の中にはいろいろな知識が眠っており、また子供らしい無邪気さがあったので、その発想はつねに斬新で独創的だった。

 湯沢は次々と勉強を教え、いろいろな課題を与え、輝男の天才をのばしていった。

 やがて自分の手に負えなくなると、自分の通っていた大学に輝男を連れて行き、いろいろな講座を受けさせるようになった。


   □


 だが皮肉なことに輝男はまた独りぼっちになっていた。

 湯沢の好意は素直にうれしかった。

 だが彼の熱狂は輝男をひどくみじめな気分にした。

 何だか自分の頭がただの道具のように感じた。

 湯沢はその道具の限界を常に試しているようだった。


   □


 それでもやはり輝男は笑っていた。

 三年生も終わり四年生になる頃には、大学の方にばかり顔を出すようになった。

 そのせいで小学校では全く友達ができなかった。

 そうかといって、大学で友達が出来るわけもなかった。

 大学生たちは表向きは親切であったが、子供にとって本当の友達になれるはずもなかった。

 むしろ彼らは奇妙な目で輝男を見ていた。


   □


 輝男はそういう視線に敏感だった。

 笑ってはいても、いつの間にかその笑顔はふたたび引きつるようになっていた。

 絶えず与えられる課題は彼の睡眠時間を削り、目の下にはいつもクマができるようになった。

 だが家族は誰も気遣ってはくれなかった。

 何時に帰ってこようと、輝男は一人で自分の部屋に行き、机の上にのった食事を食べるだけだった。

 そして湯沢も輝男の才能ばかりに目がいき、輝男自身のことを見なくなっていた。

 それからしばらくして輝男は大学に行くことをやめようと思いはじめた。


   □


 輝男がアトランティス大陸の事を知ったのは、ちょうどそんなときだった。

 それは大学からの帰り道でのことだった。

 陽はとっくに落ち、群青色の空には星が輝きだしていた。

 と、彼の目の前を一匹の三毛猫が横切ったのである。


   □


 ちなみに彼自身は気づいていないが、彼の人生の節目には必ずネコという存在が登場し、彼を導いている。

 このときもそうだった。

 そのネコは長いしっぽを優雅に振りながら、古ぼけた書店の中に入っていった。

 そして輝男は猫が大好きだった。


   □


 輝男は三毛猫の後を追ってその本屋に足を踏み入れた。

 文房具なども扱っている、小さな本屋である。

 雑誌だけは新しいものを揃えていたが、文庫本やハードカバーは古いものばかりでほこりをかぶっていた。

 店主は老人で本を広げたまま眠っていた。

 あまりいい本屋ではない。

 読みたくなるような本があるとはとうてい思えなかった。

 その三毛猫は図々しくも、慣れた様子で平置きの本の上に飛び乗り、くるり体を丸めた。

「かわいいヤツだなぁ……」

 その猫にさわれるか試そうと、輝男は一歩近づいた。

 と、一冊の本が自分を呼んでいるのに気がついた。


   □


 それは辞典ほどの厚みのあるハードカバーで、太古に滅んだ古代文明についてまとめた本だった。

 アトランティス大陸、ムー大陸、ピラミッドを造った謎の文明、南米で栄えた古代文明、オーパーツ。

 そういった超古代文明について、あらゆるうわさ話をまとめ上げた本だった。

 こういった本は輝男にとって初めてだった。

 胸の奥で好奇心の炎が暖かくともる感じがした。

 ポケットの財布にはちょうどピッタリの金額が入っていた。

 輝男は持っていたお金をすべて出してその本を買った。


   □


 その本はとてもおもしろかった。

 中でも輝男はアトランティス大陸に夢中になった。

 現在に匹敵、もしくはそれを凌駕する科学技術を持った国。

 夢の金属、オリハルコンの存在。

 だがそんな超古代文明も、火山の爆発で一夜で滅んでしまったという。そのストーリーは輝男の心の中をつよく揺さぶった。

 もっとアトランティス大陸について知りたいと思った。


   □


 ちなみにその当時から輝男は語学、数学、科学、歴史とあらゆるジャンルに広範な知識を持っていた。

 それこそ大学生が束になっても勝てないほど、輝男の知識は圧倒的だった。


 その輝男が、いわゆる非科学的なジャンルに惹かれたのはなぜか?

 それは彼の中に子供らしさがたぶんに残っていたせいだったのか?

 それともその頭脳が冷静にアトランティス大陸の実在を感じ取ったせいか?


 わたしもその答えは知らない。

 その答えを知っているのは織田輝男だけだ。

 だが動機はともあれ、その瞬間から輝男はアトランティス大陸にむけて歩き出したのだった。


   □


 それからのテルオのアトランティスへの熱の入れようは半端ではなかった。

 アトランティス大陸に関して触れている、あらゆる本を買い集めるようになった。

 もちろん日本語で書かれた本には限らなかった。海外で出版されたさまざまな言語で書かれた文献も集めた。

 それを終えると、海外の研究者たちと文通を始めるようになった。

 そのために英語を始め、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ポルトガル語などの言語も次々にマスターしていった。


   □


 輝男の部屋は本と手紙の山になった。

 無数に集められた地図が壁じゅうに張られ、棚には怪しげな小物が所狭しと並べられた。

 さらに輝男は大学を通じて、当時発売されたばかりのコンピューターをいち早く手に入れ、膨大な量のリストを作り始めた。

 そのリストは読むべき本のリスト、研究者のリスト、実在を探るために必要な道具のリスト、と細かく分類され、壁のあちこちに張り出された。


   □


 これは余談だが、これらの購入費用は全て母親が捻出してくれた。

 もともと金銭的に困っていたわけでなく、それらを買うことで多少なりと輝男に関わる時間が減ったからだ。

 母親の思惑はどうあれ、輝男にとってはありがたいことだった。


   □


 輝男の生活はガラリと変わった。

 朝はおばあちゃんより早く起きだして、本を読み出した。

 食事をする時も本を手離さなかった。

 夕方になって学校から帰ると、地図を広げて論文を書き、その作業は深夜にまでおよんだ。

 そんな生活をつづけながらも、輝男は実に生き生きとしていた。

 その熱の入れように、祖母と母親はますます輝男を見放した。

 輝男にとってそれは寂しいことではあったが、うれしい変化でもあった。

 もう誰からも干渉されることがなくなったからである。


   □


 やがて輝男は大学に行くこともやめた。

 正式な生徒として認められていたわけではなかったから、引き止めるものはいなかった。

 本当は小学校にいくのもやめようと思ったが、湯沢のために小学校にだけは通い続けた。


   □


 それからの約一年間、輝男はアトランティス大陸の研究に没頭した。

 もう寂しさを感じることはなかった。

 輝男は初めて好奇心を感じ、それを満たす喜びを感じていた。


   □


 やがて輝男は小学五年生になり、再びクラス替えが行われた。

 湯沢先生は違うクラスの担任になってしまったが、あの女教師のクラスにも入らずにすんだ。

 次の担任はのんびりした性格の中年の男性教師で、輝男に格別関心をはらうことはなかった。


   □


「これなら一人でじっくり研究が続けられるな」

 輝男はそう思ったのだが、輝男はそのクラスで山川鋭子と出会い、その運命を大きく変えてゆくことになるのである。



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