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アトランティスのつまようじ  作者: 関川 二尋
第四幕
15/66

【脱獄物語】原子の世界はスカスカ②

   ○


 わたしがカフェテリアに着いたのは、十一時半ごろだった。

 このカフェテリアでは二百人近い科学者が自由な時間にやってきて食事をする事ができる。

 かなりの広さがあったが、この時間にはわたしのほかに誰もいなかった。わたしは一番窓際の席を選んで座った。

 するとまもなくわたしの発明品であるウェイターロボットがやってきて、わたしの前にカプチーノを散々こぼしながら置いていった。

(まだ実用化には程遠いな……)

 わたしはカプチーノをちびちびと飲みながらタバコに火をつけ、田中ハジメがやってくるのをゆっくりと待ち構えた。


   ○


 田中ハジメは約束の時間通り、十二時ちょうどにやってきた。

 いつもの通り詰襟の学生服を着ていた。

 もう三十歳を超えているのでかなり奇妙な服装なのだが、本人が言うには学生服が一番落ち着くのだそうだ。

 なにより、勉強しようという気分になるらしい。

「おはようございます、センセイ」

「おはよう、田中君。まぁ、何か飲みたまえ」

 田中が座ると同時にウェイターロボットがやってきた。


   ○


 ちなみにこのウェイターロボットの説明を少し。

 このロボットは当時としては画期的な二足歩行だった。やたらと角ばった足だがひょこひょこと歩くことが出来た。

 さらに簡単な言葉を認識でき、五本の指を持った二本の腕を持ち、簡単な作業をこなすことまでできた。

 確かに出来たのだが、それが恐ろしく不器用だった。

 それはわたしがこつこつと一人で作っていたせいだ。いつものように仲間の手を借りなかったせいだ。


   ○


 しかし、後にこのロボットは歴史的に重要な働きをすることになる。

 もっともそれは遠い未来の話で、数え切れないほどの改良を加えられた後の話である。

 とはいえ世間的に有名な出来事ではなかったので、わたしだけが知る秘密みたいなものなのだが。

 だからこの時点ではまだまだ欠陥だらけのロボットであり、名前すらなかった。


   ○


 ウェイターロボットは静かに田中を見下ろしている。ちなみに顔はいかにもロボットという感じだ。

『ゴチュウモンハ?』

「エスプレッソを」

 田中は慣れた様子でそう告げた。

『エスプレッソハデキマセン』

「ウーン、じゃ、アメリカンを」

『アメリカンハデキマセン』

「じゃあ……まぁいいや、普通のコーヒーで」

『コーヒーハデキマセン』

 田中は不思議そうにわたしを見つめた。

「コレ、センセイの発明でしたっけ?」

「まぁね。カプチーノがおすすめだよ、頼んでごらん」

「じゃあ、カプチーノを」

『カシコマリマシタ。熱イノデオキヲツケクダサイ』


   ○


 ウェイターロボットの腹が開き、ゴトンとカップが落ちた。

 その中にコーヒーがダーっと落ち、泡立てた牛乳がもっさりと落ちてカプチーノは完成した。

 それからロボットはグラグラと震えるアームで、またもや散々カプチーノをこぼしながら、なんとか田中の前にカップを置いた。

 すでに半分ほどがなくなり、残りの半分は田中のズボンに染み付いていた。

「な、親切だろう。熱いので気をつけて、ってさ」

 もちろん悪気はない。試作品というのはこういうものだから。


   ○


「そうそう、センセイの発明はこういうのが多いんですよね」

 田中は熱い液体が肌に触れないように、ズボンを引っ張りあげながらそう言った。そしてウェイターロボットがくるりと振り返り、去っていこうとするのを捕まえた。

「ちょっと待った、ロボット君!」

「田中君、どうするつもりだね?」

「まぁ、見ててくださいよセンセイ」


   ○


 田中は学生かばんを取り出した。

 何の変哲もない黒皮のカバンである。

 だが中から出てきたのは、ノート型のパソコンとドライバーなどの工具一式だった。

「センセイの基本は正しいんです。そこに僕のアイデアと技術が加われば完璧なものが出来上がるはずなんです……」

 田中は手早くロボットの背中をあけた。そしてコードや、基盤、その他ごちゃごちゃとした部品を引っ張り出し始めた。


   ○


『ナニヲスルノデス?』

 ウェイターロボットは感電したようにぶるぶる震えている。

「……それを、今から、証明して見せます!」

 そしてわたしは彼の手早さに見とれた。

 彼は取り出した基盤に自分のパソコンをつなげ、ピアニストのような指さばきでプログラムを打ち込みだした。

 そうしながら、ロボットの腕を取り外し、あっという間に分解してさらになにかの部品を詰め込んで組み立てなおした。

 まさに彼は芸術家だった。彼はパソコンのプラグを抜き、コードをつなぎなおし、基盤をロボットの腹に詰め込んで、バタンと背中のフタを閉めた。

 時計は見ていなかったが、ものの五分というところだ。

「出来ましたっ!」


   ○


 田中は袖をまくった学生服で額の汗をぬぐった。そのうれしそうな顔は少年そのものだ。

 だがロボットの外観そのものに大きな変化は何もなかった。

「センセイ、何か頼んでみてください」

「じゃあ……アメリカンを」

 ウェイターロボットの目がきらりと光った。心なしかロボットなのに背筋が伸びたような気がする。


()()()()()()()()

 流暢なバリトンボイスが答えた。


 ロボットは自分のお腹でコーヒーを沸かすと、一滴もこぼすことなく、それどころかカップを揺らす音一つ立てずに、わたしの前にコーヒーを出した。

 その優雅な動き……完璧だった!

 まさにわたしはこんなロボットを作りたかったのだ。

 この瞬間がこのロボットの、進化の華麗なる第一歩となった。


   ○


(やっぱりこの男は天才だな……)

 わたしは田中一のその姿を見て改めて確信した。

 なんとしても彼を仲間に引き入れなければならない。

 わたしの脱獄のために、そしてアトランティスのために。

「どうです?センセイ」

「すばらしい。実はこのロボットはカプチーノ専門だとあきらめていたのだよ」

「試験は合格ですか?パートナーとして」

「ああもちろん、よろしく頼むよ」

 わたしたちはがっちりと握手を交わした。


   ○


 

「それではまず、今回の研究だが……」

 わたしはコーヒーを一口飲み、さっそく切り出した。

「……原子をどうにかしようと思っているのだよ」

「どうにか……ですか。なんかあいまいですね」

「そうだね。こいつは長年わたしを困らせてきたからね。ここらでわたしの言うことを聞いてもらおうかと思ってるんだ」

 彼はわたしの顔を真剣な表情で見つめている。


   ○


 田中ハジメはこの収容所に来て以来、素粒子物理学のエキスパートになっていた。

 そして当のわたしはといえば、実はあまり詳しくなかった。

 だからこの共同研究というのも、簡単に言えばわたしの思い付きを、田中の頭脳を借りて実現するのが目的だった。

 これはちょっと釣りに似ているかもしれない。えさをぶら下げて、田中が食いつくのを待つのだ。

 そして前にも言ったかもしれないが、わたしは釣りの天才だった。


   ○


「実はだね、わたしはこの分野のことは大して詳しくないんだよ。だから、初歩の初歩から君に教えてほしいと思っているんだ」

「そんな、センセイに教えるだなんて、とんでもないです。ボクなんかまだまだ学生です」

 繰り返すようだが、彼は三十歳を超えている。

「キミは立派な先生だよ。少なくともわたしにとってはね」

 田中はうつむきながらうれしそうに微笑んだ。

 そしてわたしは生徒になるため、用意していた大きな真っ白の模造紙を取り出して、机いっぱいに広げた。


   ○


 そしてその右隅に簡単な人間の体のイラストを書いてみせた。


   ○


「まずは身近なところから始めたいんだ。そうだな……たとえば、我々の体はいろいろなものから出来ているよね?骨だとか、筋肉だとか、神経だとか、内臓だとか」

 そういいながら体から矢印を引き、サインペンで骨や筋肉の簡単なイラストを付け加えた。

「そうですね。血液なんかもありますね」

 田中の言葉どおりに、これも水溜りみたいなイラストを加えた。


   ○


 ちなみにわたしは研究を進めるときはいつもこの方法を使っている。

 ビジュアルを使った方がお互いに理解しやすいし、頭の中が整理しやすくなる。

 そしてなにより二人の間でイメージが鮮明に共有される。


   ○


「そういった筋肉とか内臓だとかは基本的に動物細胞からできあがっている。ここまではあってるよね?」

「はい。骨だってあんなに硬くても細胞から出来上がっていますね。神経だって糸みたいだけど、これも細胞から出来てます」

 わたしは内臓から矢印を伸ばし、日の丸弁当のような細胞の絵を描いた。

 外側の四角は細胞液を包む細胞膜、梅干しの丸は細胞核である。


   ○


「その動物細胞はだいたい同じ形を持っているんだよね。核があって、細胞膜があって。そして細胞というのはだいたい水とたんぱく質から出来上がっている。違ったかな?」

「ええ、乱暴な言い方をすれば、それでほとんどですね」

 わたしは細胞から矢印を引いた。

 そのとがった矢印の先に今度は、『水』と『タンパク質』の文字を書き入れた。


   ○


 そして今度は『水』の文字からさらに矢印を伸ばした。

「では『水』は何から出来ているんだろう?」

 田中はポケットからペンをとりだした。そして無意識なのだろうが、ペンをくるくると回転させはじめた。

「それは『分子』ですね。『水分子』です」

「分子ね。分子が無数に集まって水を作っているというわけだよね」


   ○


 わたしは丸をぎっしりと隙間なく並べたイラストを加えた。

『水分子』が集まって『水』になる様子にしてみたのだ。

 そしてその丸の中のひとつから、また矢印を伸ばした。


   ○


「では『水分子』は何から出来ているんだろう?」

「水分子は『水素原子』と『酸素原子』で出来ていますね。その二つが一定の割合で混じることで『水分子』になります」


   ○


 わたしはすでに引かれた矢印の先にもうひとつのイラストを付け加えた。

 二つの小さな丸と一つの大きな丸を書き、それを三角形に線で結び水の分子モデルを描いた。

 小さな丸は水素原子、大きな丸は酸素原子を表している。

 

   ○


 わたしは酸素を表す大きな丸からさらに矢印を伸ばした。

 そして土星のようなイラストを描いた。

 一応原子のイラストのつもりだ。

「原子はこんな感じだったね。これがたくさん結びついて分子を作っている」

 田中は大きくうなずいた。

「そうです。すべての物質は原子から成り立っています。しかし原子の種類はたかだか百種類ほどしかありません。しかしその百種類が組み合わされることで色々な性質の分子が生み出されます。空気もそう。鉄もそうです」


   ○


 田中は原子から矢印を引き、雲のような空気とレンガのような鉄の絵を描いた。

 そしてわたしは自分の前に土星の形の原子の絵をいっぱい書いた。

 なんだか幼稚園のお絵描きの時間のようだった。


   ○


「考えてみるとすごい話だね。百種類ばかりの材料から、人間の体ができあがってるなんて」

「ええ。しかも全部使ってるわけじゃありません。われわれ人間の体に使われているのはそのうちのホンの一部です……」

 田中はそういいながら、今度は今までとは逆の矢印を書き加えていった。


   ○


「……そのほんの一部の原子が無数に集まり、組み合わされることで分子が作られます。さらにその分子がやはり無数に組み合わさり、集まって細胞が作られ、その細胞がやはり無数に集まることで筋肉や骨や内臓が作られるんです」

 矢印は人間の体のイラストまで戻ってきた。

「そうやってわたしたちの体はできている!」

 わたしの言葉に田中はにっこり笑った。

 自分が先生の役をしていることがちょっとばかり恥ずかしいらしい。

 わたしも彼に微笑を返した。

 もっともわたしの場合は釣り師の心境。

 ついに釣り上げたことを確信した笑みだった。


   ○


 しかし同時にわたしは懐かしい気分を感じていた。

 科学へのもっとも純粋な好奇心。

 それが満たされていくあの感動だ。


   ○


 ちなみにわたしがこのことを知ったのは小学生のころだ。

 百科事典で原子の存在を始めて知った時、わたしはずいぶんとショックを受けたものだった。

 なんだか自分の体がいいかげんに出来ているような気がしたのだ。

 だがまぁ、今になったら分かることだが、実際人間なんてそんなものである。



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