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青い翅

 あくる日、食堂でまたあずみにつかまった。こちらとお呼びではないのにどうしてこう毎度出会ってしまうのだろうか。

 窓際でひとり食べていたら、目の前の通路をあずみが通っていった。私が気が付くよりも速く、あずみは私のことを認識したらしい。私が目にしたときには手を振っていやがった。またお節介が始まるのかと思うとちょっと落ち込みそうになった。

「いいじゃんいいじゃん。素晴らしいじゃないか」

 昼食の乗ったトレイを手に、当然のごとく私の隣に座ってきたあずみは、執拗に私と伸吾との関係に進展はないかを訊ねてきた末に、そう口にした。私としては、嘘をついてうるさいお節介を聞くよりかは本当のことを言ってやんややんやと囃し立てられる方がいいやと、悲観的な予想の元伸吾とのやり取りを話したので少し驚いた。まさかこんなにも穏やかな感想が返ってくるとは。想定外だった。

「ふふん。それにしても、やっぱりくっついたかあ。あたしね、千尋と伸吾くんってすごく似合ってると思ってたの。二人をそれぞれ見た瞬間にね。これは絶対だって。大学の構内じゃなかなかあんたたち一緒にならないでしょ? でもね、時々見かけるツーショットを見てるとね、すごくいいのよ。よかったの。世の中には並んで立っているだけで、ばっちり合ってることが分かる男女ってのがいるのよねー」

 そうか。そう言うものなのか。感心しながら私は聞いていた。なるほど、あずみの目にはそのような形で私たち二人が見えていたのか。あずみからすれば、付かず離れずだった私たちはさぞかし歯がゆく感じられたのだろう。だからお節介を焼きたくなったのかもしれない。完成形が見えているのになかなか辿り着かないものには手を加えたくなるのは、少し分かる気がする。

 そう考えてみると、人ってなかなか分からないものだ。変化だけが先に見えてしまって、困惑してしまうことだらけ。先立って原因があるはずなのに、それが見えてこないのだ。私はあずみのことを煩わしいと思っていた。変化の原因を考えることもなく普通に思っていた。もしかすると、そんなつまらない困惑のために友達との関係を齟齬にしかねなかったのかもしれない。見えてこない原因というものは、なかなかに厄介なものだと思った。

「でも、そこまで進んだなら今度は千尋からアタックする番よ」

 訂正。やっぱりあずみは一言多い。お節介は元々からの気質なのかもしれない。

「しかし本当によかった。二人がくっつかなかったらどうしようかと思ってたもの」

 にひひと笑いながらあずみが言う。その笑みにちょっとカチンときた。

「どうしてあずみはそこまで私たちのことに干渉したがるの?」

「さあて、どうしてでしょうね。あたしにも分かんない」

「分かんない?」

「そう。分かんない。分かんないけど、なんて言うのかな、突き動かされるようにして、どうしても口出したくなっちゃうんだ。だってさ、二人ともじれったいんだもの。伸吾くんは、あれで結構奥手だし、千尋は鈍感でしょう。だからさ、何とかしてあげたいなって思ってさ」

「また、それは大層なボランティア精神なことで」

「ちょっと。気を悪くしないでよ。千尋が鈍感なのは本当でしょう?」

「何回も言うな」

 傷つくだろうが。

「まあ、鈍感というか思慮深いというか、そのどっちもなんだと思うけどね」

「あずみはお節介だよ」

「あら。そうよ。知らなかった?」

「うん。だから、どうしてこんなに干渉してくるのか分かんなくてむかついたこともあった」

「あ、そうだったの?」

「うん」

「ふーん。それは悪かった」

「うん。悪いことだった」

 できるだけ不機嫌そうに見えるようあずみを睨んでやった。だって、あずみは私が本気で思っていたことを話しているのにカレーをつついていたのだ。スプーンを口に運んで、ようやく私の視線に気がつく。

 しばらく見合ったあと目が左右にぶれて、突然あずみは両手を合わして頭を下げた。

「ごめん。千尋の気持ち、ちっとも考えてなかった。本当にごめん」

 また、なんとも信憑性にかける謝り方だ。

「……本当にそう思ってる?」

「思ってます」

「本当に?」

「はい」

「……じゃあ、いいよ。許す」

 あずみががばりと頭を上げた。

「ありがとう、千尋。あんたは聖母様のように優しい御仁だよ」

 気色悪いからやめてほしい。潤んだ瞳に見つめられて、思わず目を逸らしてしまった。

 あずみには許すなんて言ったけれど、本当はそんなに簡単に割り切れるものでもない。所詮は小さなことだけれど、やっぱり嫌だったものは嫌だったのだ。おいそれと完璧に受け入れるのは困難なことだ。でも、だからといって強情を張っても意味がない。あずみはそう人なのだ思うことができたなら、心は少しは軽くなると思う。

「へへ。でも、千尋は本当にいい奴だよ」

「当たり前じゃない。あずみの友達になってあげてるんだから、少しは感謝しなさいな」

「ふふ。それはお互い様」

 確かにそのとおりだ。

 見合っていたら笑えてきた。結局はやっぱりあずみは私の大事な友達なのだ。だから笑い合える。だから嫌な思いもする。それがつながってるってことなんじゃないだろうか。

「それにしても、千尋は親子丼が好きだねえ」

「私の午後のエネルギーは親子丼からじゃないと得られないの」

「なるほど。知らなかった」

「私もいま知った」

「なにそれ」

 笑い声は食堂の喧騒の中に消えていった。


  ♪


 冬の夕暮れは少し特殊な気がする。どの季節よりも音が少ないような気がするのだ。どうしてそうなのかは知らない。もしかすると、気温が低いと音はこもるものなのかもしれない。

 一人で河口付近の土手に座っていた。整備された土手は、枯れてしまった草で覆われている。春になればまた吹き返すのだろうけれど、現状からはそんなことは想像できそうになかった。

 風が吹いた。冷たい風だ。海からやってきて、土手を駆け上り、一気に通り過ぎていった。私は身体を抱いて小さくなった。

 海に太陽が沈もうとしている。どういうわけか、その瞬間を見たくなってしまったのでこうしてここにやってきている。太陽は、天頂にあるころはそうとも分からないけれど、思っていた以上に早く動いていて、来たころはまだ高かったのにもう海に触ろうとしていた。

 私は鼻の先を赤くしながらその光景を待っている。待ちながら、伸吾とあずみのことを考えていた。

 二人とも伝え合うことができてよかった。分かり合うことは、できたどうか確固たる自信はないけれど、とにかくは伝えることができてよかった。伝わってきて嬉しかった。だから、いまはちょっと幸せだと思う。誰もいない部屋に帰っても、いまなら大丈夫な気がする。たぶんこの感覚は外れないと思う。自信があるのだ。頼りない自信だけれど。

 太陽は海に浸かり始めていた。真っ赤に染まる水平線を眺めながら、それでもやっぱり私には蝶の姿が見えていた。夕陽に照らされる青く輝く蝶。この前調べてみたら、メネラウスモルフォという南米に生息しているらしい蝶が一番似ていた。だから、この蝶は私の幻覚だ。だって南米にいる蝶が日本の冬空を飛ぶはずなんてないから。

 蝶はひらひらと当てもなく赤い空を飛んでいる。羽ばたきが聞こえてくるかのように強く大きく飛んでいる。それは形容のし難い光景だった。美しくもあり奇妙でもあり、なぜか怖くて気味が悪かった。そんな蝶を私は見る。見るしかないのだ。絶対に捕まえることはできないし、捕まえようとも思わない。捕らえてしまったら、この蝶は蝶でなくなってしまうという予感がしていた。

 夕陽が沈んでいく。一日が終わろうとしている。私はまたひとりの部屋で夜を明かすのだろう。そして朝を迎えて、また伸吾やあずみと笑い合うのだ。

 それは、ともすると確約された未来予想図なのかもしれない。大きなうねりなど存在しない、幸せながらも狭苦しいものなのかもしれない。明日の姿がまったく見えないなんてことは、ありえないのだろう。私はここにいる時点で、すでに囲いの中にいる。

 でも、それでもいいと思う。それだからこそいいのだと思う。分かるということは、一方でつまらないけれど、とても安心することなのだから。

 風が再び吹いた。とても強い風だった。枯れ草が擦れあい音を立てる。風がうねり動きながら音を立てる。そんな中、夕陽の真ん中で蝶は煽られて、空高く昇っていった。髪を押さえて見上げてみれば、いつの間にか蝶は跡形もなく消えてしまっていた。

 結局、私には蝶がなんだったか最後まで分からなかった。分からなかったけれど、いまを支点に、じっくり考えてみればいいんじゃないかと思った。

 答えが出るかは分からない。何せ、私には分からないことだらけなのだから。でも、いつか自分なりの結論が出せたらいいなと思う。そして再び分からなくなって、悩んで、また新しい結論を出せばいい。そうやって生きていけば、何とかなるような気がした。いや、何とかするものなのだと思うことにした。

 夕陽はもう沈みきってしまっていた。空は端から濃紺に侵食され始めていて、もう夜はすぐそこまで迫ってきているようだった。

 夜道は怖い。不安だ。だから早く帰らないと。私は立ち上がって、家路を急ぐことにした。

あとがきに変えて


長丁場お疲れ様でした。ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。拙い作品でしたが少しでも読者様の中に感じるものがあれば幸いです。

今回は企画作品も、主催で投稿するとなって力みすぎました。空回りしてしまったきらいが多々見受けられます。私自身、なんだかよく分からない話になってしまってどうしたものかと思っています。ことばについての結論を物語の中に組み込むのがとても難しかった。でもとてもいい経験になりました。


私にとって、ことばとは縁取り線のようなものでした。ことばは世界を切り取るツールです。区切って分かりやすくして、意味を強くする。それがことばです。

ただ、そうやって区切って意味を強くするが故に伝わらないこともあります。音楽なんかがいい例ですね。とても感動した音楽があったとき、その感動をことばで詳しく説明しようとすると途端に陳腐になってしまう。軽くなってしまう。自然の景色や映画や物語でも同じことが言えると思います。

何が訴えかけてきたのか。そこを詳しくしてしまうと、どうしても違ってきてしまう。それがことばにはあると思うんです。

けれど、だからと言ってことばがダメだという訳でもありません。強く意味を伝えることは必要なことだと思います。やっぱり、ことばで伝わると安心するし何よりインパクトが違いますからね。何をことばに変えて、何をことばにしないのか。結構重要なことだと思います。


うーん、いろいろともやもやする思いはあるんですが、なんだかうまくまとまりません。後日あとがきはまた変更するかもしれません。ごめんなさい。ことばで伝えるということは難しいことでもありますよね。本当に考えてばかりです。


それでは。なんだか尻すぼみですが、本当に最後までありがとうございました。また次回、違うところでお会いしましょう。お疲れ様でした。

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