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サンドリヨン ~銀の勇者と灰の竜~  作者: 犬子猫
第一片 ある竜のおとぎ話
9/25

アーシェの日常 裏(り)

初回限定連続更新、九本目。ラストです。

 先代領主はあまり子宝に恵まれず、やっとの事で生まれた一人息子を大変甘やかしていた上に、二ヶ月ほど前に急逝してしまったため教育が行き届いていない。

 というのが現領主について子供でも知っていることだ。

 そこに年長組が奉公先で聞いた話を統合すると、『先代が甘やかしまくって娼館通いが板についたボンクラ暗君』になる。

 因み、領地運営は先代の頃から仕えている部下がやっているらしい。

 ――という諸々の話を聞き終えたアーシェは優雅に紅茶の香りを楽しみつつ、一息で飲み干してカップをソーサーに戻すと、子供たちを見据えてゆっくりと頷く。


「うん、ぶっ飛ばして脅そう」


 なにやら権力的なモノもほのめかしていたが、結論は短絡的だった。




 というわけでテッドの案内で領主の家までたどり着いたアーシェは、敷地を囲う外壁を少し離れた位置から見上げ、今度は近づいて材質を確かめるように軽く叩く。


「潜入より派手に行くほうがいいかな?」

「姉ちゃん」

「心配しなくても大丈夫だよ、結構慣れてるから」


 ぼそりと不穏なことをつぶやいたアーシェは不安そうなテッドを帰し、外壁に沿って歩く。

 やろうと思えば飛び越えたり、壁に大穴を開けたり出来るが、今回は後の事を考えて別の手段をとる。


「何者だ!」

「ん~、不審者?」


 すなわち、正面突破。

 門を守る全身鎧の衛兵、ハルバード持ちと盾の陰で剣をつかむ二人組にアーシェは大剣を鞘ごと向ける、格好良く抜き払うには腕の長さが足りないから。


「むぅん!!」


 それを敵対と取ったのか侮辱と取ったのかはわからないが、重い踏み込みと共にハルバードが振り下ろされる。

 問答無用の直撃ルート。

 武器重量で圧倒的に勝るはずのアーシェは、それを衛兵の真横を駆け抜けるように躱し、そのまま通り過ぎて盾持ちへ突撃を仕掛ける。

 重装備の衛兵は回避を諦めて盾の陰に身体と、()()()()()を隠す。

 大剣が触れるのと同時に盾を横に振って受け流し、突き出された剣撃は顔の真横を貫いた。

 アーシェが躱した訳ではない、力を流しきれず体勢が崩れたせいだ。そして当然――


 大剣から離した左手で兜ごと顔面を掴む。


 ――そんな状態で防げる道理は――


 足を払って地面に叩きつける。


 鎧を着ていようと衝撃まで防げるわけは――ない。一言もしゃべらせず無力化したアーシェは大剣を持ち直し、轟音の余韻が消えるよりも早く、もう一人の衛兵に迫る。


「ぬぅうん!!」


 苦し紛れに斜めに振り上げたハルバードを軽くしゃがんでやり過ごし、衛兵の腹に大剣を添える。


「せーのっ!」


 振り抜く。


「ぬおおおおおおおおおッ!」


 それだけで衛兵の身体はあっさりと宙に浮き、二回、三回とバウンドして止まった。


「やり過ぎちゃったかな?」


 一応、呼吸を確認してから大剣を抜き、鞘を背負い直す。戦闘音(のろし)は上げた、もうまもなく門が開く。


 アーシェが上げた戦いの狼煙は屋敷の最上階、領主の部屋まで届いていた。

 二十歳を少し過ぎた程度の若い男は、バスローブ姿で今も断続的に響く戦闘音を聞きながら愉しげに頬を歪める。


「こんなことしていて、いいんですか?」


 それに呆れて声をかけるのはエルフゆえに見た目は若いノアだ。壁際に建つ彼女はベッドに腰掛けたままの領主にじっとりした視線を注ぐ。


「どんなバカが来たのか知らんが、屋敷の警備には特に精鋭を起用している。ここに来れるわけもない。それより君はシャワーを浴びないのか、それぐらいの時間なら待てるぞ?」

「貴方に君などと呼ばれる歳ではありません」


 夜の帳も落ちぬうちに淫蕩に(ふけ)ろうとする領主にはっきりと表情を歪め、ノアは実年齢をにおわせる。あわよくば引いてくれればと思っての発言だが、彼に気にした様子はない。

 思わず大きくため息を吐く、叶うなら魔法を打ち込んでやりたい気分も何とか吐き出して領主に近づいた直後、


「ノア見っけ!」


 バルコニーの手すりにぶら下がる灰髪の少女が声を上げる。因みに右手は大剣を持ったままなので左腕一本で体と装備重量を難なく支えている、むしろ手すりの方が悲鳴を上げている。


「アーシェさん!! どうしてここにッ!?」

「殺さないように全員倒すのはちょっと無理そうだったから、ちょっと近道をっと」


 答えながら壁を蹴って鉄棒のように体を回してバルコニーに乗り上げ、鍵のかかったガラス戸に燐光の灯る指先で魔法陣を描く。あまり描き慣れていないのか歪な五芒星とそれを囲む楕円にちょこちょこと図形を書き足し、最後に指先で小突くと鍵がひとりでに開いた。

 怪盗のような所業で侵入を果たしたアーシェに領主は目を眇め、感嘆の交じる声を上げる。


「ほう? どうやってここまで辿り着いたのかはわからんが、なかなかの腕前だな。今回の件は不問にするから俺に雇われないか?」

「悪いけど対価は既に支払われてるの」

「誰に雇われたのかは知らんが、倍、いや十倍は約束しよう」

「その言葉は私に対する侮辱と取る。それに、お前に支払える物でもない」


 真っ向から叩きつけられた侮蔑に領主は顔を赤く染め、近くに置かれた鐘を叩きつけるように鳴らす。

 すると背後の扉が勢いよく押し開けられ、突進を仕掛けてきた何者かを横に跳んで躱してからアーシェは失敗に気付き、慌てて追撃に移ろうとするが投げナイフが背中――の大剣の鞘――に直撃してつんのめる。


「とっとっとお!」


 超重量の大剣に不釣り合いな軽い体重しかないアーシェはそれだけで転びそうになり、たたらを踏む。

 その隙に両手戦斧を槍のように構えて突進してきた大男は領主たちとアーシェの間で反転、道を阻むように陣取り、恨めしそうに振り向くと隙あらばと殺意を研ぎ澄ます痩躯の短剣使いが退路を塞いでいた。意味合いとしては間違いだが、状況は『前門の虎、後門の狼』とでも言ったところか。


「まだ若いけど、良い女になりそうな娘じゃん」

「ん? ありがと」

「……油断するなよ、お前の悪い癖だ……」

「後で好きにしていいから、さっさと捕まえろ!」

「って、言われてもなあ」


 だが規格外の大剣を軽々と振るうアーシェとて、二人からすれば十分な脅威。生半可な同時差攻撃では大剣の一薙ぎで打ち払われ、一対一ではどちらに転ぶか解らない。

 従って狙うべきは完全同時攻撃か、隙を突いて一撃で倒すかだが、短剣使いの距離が少し遠い。


「なあ、降参する気はないか?」

「無いよ」


 何かを悩むように刃先を揺らすアーシェは降伏勧告をバッサリと切り捨てる。そして――答えはどちらでも良かった。


「なら、死んでも恨むなよ!」


 先に動いたのはアーシェを挟む二人。戦斧が振りかぶられた時には既に、短剣使いは一足一刀の間合いにアーシェを捉えている。次に繰り出されるのは左右からの()()()()()()

 距離を、タイミングを計られ、完全に遅れを取ったアーシェは大剣を手離し――


「アーシェさん!!」


 ノアの悲痛な声が響き、二人の勝利が確信に変わる刹那。大剣が地に落ちる音がアーシェには文句の様に感じられた。

 ――鋭い踏み込みと共に繰り出された戦斧を左手で受け止め、吸い込まれるように首筋に迫る短剣を無防備に受ける。白刃が肌を滑り、ケスケミトルに収められていた長髪が掻き上げられて宙を泳いだ。

 文字通り傷一つ……いや、()()()()()。髪も一本たりとて切れてはいない。


「「は?」」

「「え?」」


 四つの間の抜けた声が重なるが、アーシェはそれらを無視して短剣使いにニコリと笑顔を向ける。


「その短剣、毒とか塗ってある?」

「……っイヤ」

「よかった」


 直後、背筋に薄ら寒いものを感じて咄嗟に飛び退った短剣使いに、アーシェは戦斧から胸倉に掴みなおした大男の巨体を冗談のように浮き上がらせて追い付き、その胸倉を右手で掴む。


「それなら、少し刺さっちゃっても大丈夫だよね?」

「うおおっ!」

「ッ――!」


 投げ飛ばして壁に叩きつける。柔を以て剛を制す的な(わざ)ではなく、力技で。

 声にならない苦悶を漏らして武器を取り落とす二人をしり目に、大剣を拾い上げたアーシェは死刑を宣告する聖人のように優しく、浄罪を謳う処刑人のように残酷に告げる。


「私、実は剣の扱いって苦手なんだ。君たちは素手じゃなきゃ、うまく手加減できないぐらいには強かったよ」


 言葉をなくし立ち尽くすノアと尻餅をつく領主はその時になって初めて気づいた、灰髪を多段ウルフカットにした特徴的なティアードヘアに。

 ノアが知っていた、彼女の名前を。

 領主だけが知っていた、その意味は。


「……何故だ……」


 自然と、声がかすれる。


「何故、庶民の食事で町を守るっ」


 大剣が鞘に納められ、背負われる。


「何故! 子供の菓子で人を救うッ」


 錯乱したようにわめく領主に向けられる、夕闇に輝く緑眼()は獣のよう。


「宝物守る灰の竜!!」


 細長い竜の尾がスカートから零れ落ち、言葉ではなく行動でもって肯定したアーシェはそれを領主の首に巻き付ける。


「貴方が読んだ物語には書いてなかったの?」


 顔を寄せ、見下ろす彼女の口元から覗くのは人には長すぎる牙。


「私は人間が好きなの。だから契約を果たさせてもらうぞ? ()()


 生死を握られ解らされる。


「は」


 いくら『虎』や『狼』を揃えたところで『竜』には及ばない、気まぐれで蹴散らされる木の葉と変わらないのだと。


「はい」


 その回答に満足したのか、アーシェは尻尾をほどくと懐から小さな竜の石像を取り出す。それは首をもたげて領主の顔を見据えると、羽を広げて彼の肩に飛び乗る。


「ひっ」

「ちゃんと見てるからね?」


 監視用にゴーレムを残したアーシェの尻尾がするするとスカートの中に消え、ノアに手を向けてニッコリと笑うその姿は可憐な少女のもの。


「それじゃあ帰ろうか、みんな心配してたよ」

「あ、はい」


 混乱から抜け出せぬまま思わず取った手にノアは軽く抱き上げられ、周囲の騒乱を避けるようにテラスから外壁、外壁から屋根へと次々に跳び移るアーシェに揺られ、状況に流されるまま身を任せた。

 暫くしてやっと落ち着いてきたノアはアーシェの肩を叩く。


「アーシェさんもう大丈夫です。下ろしてください」

「ちょっと待って」


 風車を大雑把な目印に移動していたアーシェは一度止まって周囲を見回し、手近な路地に飛び込むと壁を何度も蹴って落下の勢いを殺して着地。思いの外軽い衝撃にノアは驚きながら立ち上がり、


「行こ」


 そのまま手を引いて歩き出す彼女に問いを投げる。


「アーシェさんは、子供たちに話していたお話のドラゴン、なんですよね」

「そうだよ」


 前を歩く少女は、少女の姿をした竜は振り返りもせずに肯定する。


「なら、何で助けてくれたんですか……宝物守る竜は『人が作った宝物』を対価に『人の願いを叶える竜』。私に払えるような物は――」

「初代勇者の聖剣が何で出来てるか知ってる?」

「え? えっと、盟友だった竜の牙、ですか?」


 突然の話題変更に戸惑いながらも答えるノアに、アーシェはどこか自慢げに謡う。


「勇者は振るう。友たる竜の爪牙と鱗に一滴の血、そしていっぱいのリンゴ酒で出来た名も無き聖剣を」


 おそらく、初代勇者について描かれた作品の一節。


「私たち宝物守る竜は確かにお宝が好きだよ。でも、それだけが好きって訳でもないの」


 大通りへの入り口を前に歩みが止まり、振り向いたアーシェの澄んだ瞳はいっそ宝石のようでもあった。


「初代勇者の友達にとってのリンゴ酒は、私にとっての美味しいごはんや飲み物と一緒。だから『美味しいお店』を紹介してくれることが『命を助けた』対価として成立する」

「それじゃあ、対価が支払われているというのは」

「テッドは対価を支払ったけど、美味しいものを食べさせてくれたノアに、私はまだ何も返してなかったからね」


 そう言って笑うアーシェの――

 くきゅ~ぅううう。

 ――何よりも正直なお腹にノアは思わず笑みを溢し、手を引いて歩きだす。


「それじゃあ、早く帰ってご飯にしましょうか」

「うん!」


 その姿は仲の良い姉妹のようで、何処か親子のようでもあった。


 †


『お前、名前はなんだ? ――俺はアージェント。魔王を倒した勇者様だ』


 竜はその日、知らない感情があることを知った。


『俺の聖剣は斬った物を燃やす、焦熱系最強の聖剣なんて言われてるが実際には違う。()()()()()()。たったそれだけのシンプルでスゲー聖剣だ』


 それを知りたいと思ったから、彼女は名前を決めた。


『だけど呪いのせいで俺にしか使えなくて、使ったら死んじまう……――ただ、まあ抜け道ってのは案外あるもんでな』


 彼の名前と自分の灰色を合わせた、自分だけの名前(アーシェ)


『俺を殺すための呪いだから、()()()()()()()()。そしたら別の勇者がコイツを使える――要約すれば、そのために死ねって言われたんだよ』


 人から知った感情は人から学ぶべきだと思ったから。


『納得はしてるし総意じゃないのも知ってる。でもムカついたからオマエにやる。命も、聖剣もな』


 願いを叶える竜は聖剣に願った。


「ねえ、私を人間にできる?」

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