お菓子と矜持と契約
初回限定連続更新、八本目。
人数分の紅茶をいれたアーシェはカップの一つにブランデーを注ぐ。
「あ」
手癖でお酒を入れてしまったアーシェはしばし考え、気づかなかったことにした。酔うほどの量でもないし。ただ、まかり間違っても子供たちには渡さないように気を付けて紅茶を配り、席に着く。
食堂に集まった五十人近い子供たちのおよそ半数が通いの生徒たち、残りの半数がアーシェも見覚えがある教導院の子供たちだ。時間はまだ四時にもなっておらず、普段はまだ働いているはずのテッドやケーナたち年長組の姿もある。
子供たちが呼びに行った結果、店主たちが事態を考慮して気を使ってくれたのだ。
お通夜のような雰囲気を漂わせて皆が一様にうつむく中、アーシェはまだほんのりと温かいスコーンを手に取ると、たっぷりのクロテッドクリームとアカスグリのジャムを塗り付けて一口。
「んっ?!」
強い酸味が舌を刺す。クリームのおかげで幾分かマイルドにはなっているが、甘さよりも酸っぱさが際立って正直美味しくないので、シロスグリのシロップ煮も上に乗せて恐る恐る口に運ぶ。
「ん~♪」
ヴァレニエが加わったことで程よく甘く、それでいてアカスグリの酸味が味を引き締め濃厚なクロテッドクリームにくどさを感じさせる事もない。赤いジャムの上に乗ったシロスグリは小ぶりな宝石のようで見た目も美しく、プチプチと食感を残しているのも良い。
はっきり言って美味しい、アーシェが思わず感動の声を漏らしても仕方ないくらいには。子供たちからは白い目をもらってしまったが。
特にテッドたち三人から向けられる視線が酷い、アインに至っては失望と悲しみを濡れた瞳に浮かべ、更にはわずかに混ざる淡い期待が地味に痛い。
「何でそんなにのんきでいられるんだよ」
みんなの心情を代弁するように投げられたテッドの冷淡な声と言葉に、アーシェは焦りをブランデー香る紅茶で口の中の物と一緒に飲み下すが、動揺のせいかかつて女友達に叩きこまれた無駄に優雅な所作が出てしまったため、更に視線が厳しいものになる。……友人に落ち度は全くないが、ちょっと恨みたくなった。
食べかけのスコーンを一気に頬張って噛み砕き、紅茶で押し流す。ちょっと勿体なかったような気もするが気を取り直して真面目な表情でクロスグリのクッキーに手を伸ばす、ケーナにはたき落とされた。
「お姉ちゃんなら、先生を助けられる?」
「アーシェがどのくらい強いのかは気絶してたから見てないけど、多勢に無勢なのは間違いないわね」
「旅人な時点で権力も期待するだけ無駄でしょうね」
一連のコメディを幸運にも見ていなかったのか真剣な表情で訊いてきたアインの言葉をケーナとテイルは一蹴する、それが一般的な話でノアが出した結論を明確にするように。
当のアーシェはその隙に掠め取ったクッキーを口に放る。
「そもそも状況がよくわかってないんだけど」
優しい甘さが広がりクロスグリの甘酸っぱさの中にわずかな苦みを内包する独特の風味が鼻から抜ける。
「そういうのでなんとかなる相手なの?」
行儀悪く食べながら訊くアーシェに一部の子供たちが胡乱な目を向けてくる。ケーナとテイルの言葉を理解できた者たち、そして同じ結論を自力で出せた者たちだ。
聡い彼ら彼女らは言外にそれなら何とかできると語るアーシェを信じなかった。でも、物分かりのいい子供が多数派な訳がない。
山羊角の少年が袖を引く、アインが期待に表情をほころばせる、多くの子供たちが見つめる、雰囲気に押された少数派が希望を抱きそうになる。
「ムリよ」
零れる。
「いくら強くて助け出せたからって、犯罪者になって捕まるのが落ちよ!」
「貴女は国外に逃げればいいかもしれないけど、被害は動けない私たちにも来るのよ!」
溢れる。
「ホントに、助けてくれんのかよ。失敗してもしなくても、姉ちゃんは犯罪者になっちまうのに!!」
理性的な本音と感情的な本音が。
だから、胸を張って宣言する。
「私、結構スゴイからそういうのは気にしなくていいよ」
オオスグリのプチタルトを食むアーシェはサクサク生地と濃厚カスタードからプルプルのオオスグリジャムまでも味わい尽くし、それらよりも甘く微笑む。
「こんなおいしい物食べちゃったからには助けるよ、相手が勇者か魔王じゃないなら絶対に」