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サンドリヨン ~銀の勇者と灰の竜~  作者: 犬子猫
第一片 ある竜のおとぎ話
7/25

アーシェの日常 二

初回限定連続更新、七本目。

 道に迷うことも気にせず路地裏を突き進み、たまたま見つけた夜間労働者用のバー兼小売業者でお酒を飲み比べ、地酒のウイスキーを購入する。少量しか生産されていないのか結構なお値段だったが、アーシェは顔色一つ変えずに支払った。

 因みに、飲酒年齢は国によって違うがアーシェの場合はそもそも禁止されていたり、身分によって制限されたりしていない限りは問題ない。


「こういうのはゼノが好きだから、今度お土産に持ってこー」


 友人の事を思い出しながら上機嫌で路地裏を歩き回り、昼頃には何故か最初に入った路地とほぼ同じ場所に戻ってきた。どうやら丸っと一周してしまったらしい。

 せっかくなのでメモを頼りに歩きながら食べれる物を買い込み、大通りを散策する。

 生ハム巻きゆで卵を包んだ揚げパン、エッグサラダと焼き鳥のクレープ・サレ(塩味のクレープ)、ベーコンチーズのレタス巻きと次々に食べながら歩いていると、ふと時計屋が目についた。

 太陽と腹具合でわりと正確に時間を計れるアーシェは時計を必要としていないが、何故か気になり足を向ける。

 壁や棚に飾られている時計は針が動いていない物の方が多く、動いている物も全てバラバラだ。


「どうした? 嬢ちゃん」

「ん~、今って何時?」


 ……現在進行形で食事中のため、腹時計は機能不全を起こしていた。


「なら、そこのでかいのだ」


 カウンターで目を光らせていた店主が示す方向を見ると、分針がちょうど一周した振り子時計から、ドラゴンに乗った剣士が現れるところだった。モデルはおそらく、初代勇者とその盟友だったドラゴンだろう。


「ちょうど三時だな」

「あ」


 何故か時計屋が気になった理由がわかった。出かける前、ノアはなんと言っていただろうか? つまり――


「ありがと、おじさん!」


 慌てて店を出たアーシェは教導院に向けて走り出す。


「このままじゃ、お菓子が冷めちゃう!!」


 ――そういう事だ。

 だが商業区画の中でも高級志向なエリアにある時計屋から、庶民が暮らす区画にある教導院までは人間の足で一時間、どう足掻いても三十分はかかってしまう。

 だからちょっと、アーシェはズルをする。わずか五分で町を駆け抜けて、教導院の裏庭に華麗な()()を決めてしまうようなズルを。


「間に合っ――た?」


 そのまま食堂に直行しようとして首をかしげる。食堂からいい匂いはするが物音はなく、代わりに玄関の方が騒がしい。

 一応、近くには台所直通の扉も有るが、軽く悩んだ末にそのまま正面に回ることにする。


「あんまりいい感じの音じゃないし、ちょっと急ご」



 教導院の正門前には豪華な馬車が停まり、その回りには人だかりが出来ていた――と言ってもその内訳はほとんどが子供たちで、大人は護衛らしき騎士数名と御者、そして馬車に乗り込もうとしているノアだけだ。

 一触即発の子供たちを比較的年長のテイルとアインたちが抑えているが、彼らもまた子供。


「先生を返せ!」

「チッ」


 全員を抑えることなど出来ず、山羊角の少年が無謀にも飛び出し、騎士の一人が苛ついたように槍を振る。


「駄目ッ!」


 その言葉がどちらに向けられた物だったのかは判然としないが、確かに言えることが一つ。直後に響いたのは肉を打つ音でも骨を砕く音でもなく、()()()()だった。

 左腕で少年を止め、灰色の木材から削り出したかのような片手剣を振り切ったアーシェは穂先が失われた槍を一瞥し――


「っと、あぶないあぶない」


 空から降ってきた槍の穂先を右手の人差し指と中指で器用にキャッチする。無論、アーシェが斬り飛ばした物だ。

 それをすぐに理解した騎士たちは言葉を失い、


「アーシェ、さん? いったい、いつ、どこから」


 それを理解できなかったノアはいくつもの疑問があふれ出て、言葉がまとまらない。


「裏門から?」

「いえ、門は正面にしかないんですが」


 適当に答えながらアーシェは剣を腰の鞘に納める。見た目は木剣っぽいが、純粋な性能差と腕力で金属を切り裂いてしまうような業物であると同時に、値段がつけられないほど貴重な魔法の品だ。

 普通に危ないだけじゃなく、盗られでもしたら大変なことになってしまう。


「き、貴様は何者だ!」


 剣を納めたからか騎士の一人がただの棒と化した槍をアーシェに向けて誰何(すいか)するが、残念ながら声が震えてしまっている。

 山羊角の少年を近くの子供に任せ、アーシェは騎士たちを無視してノアに近づいていく。それを止める者も止められる者もいなかった。


「状況が分かんないんだけど、何があったの?」

「えっと、領主様にいきなり呼ばれてしまって、少し揉めていただけなので問題ありませんよ」

「必要なら()()ぶちのめすけど」


 騎士たちが同時に肩を跳び上がらせ、ガシャア! と鎧が耳障りな音を立て、馬が不快そうに(いなな)く。

 憂いを帯びた笑顔から一転してノアは目を見開くが、すぐに困ったような笑みを浮かべる。


「お気遣いありがとうございます。でも、そこまでお手数はかけられませんから」

「ならいいんだけど、困ったらちゃんと言ってね」


 アーシェが国をまたいで一人旅出来るほど優れた戦闘力を持ってはいても、軍を相手にするのは無理があるし、領主を相手にできる権力など持っているはずもない。

 という言葉の裏まで理解はしたアーシェは大人しく引き下がる。


「お菓子、食堂にあるので温かいうちに食べちゃってくださいね?」


 最後にそう言ってノアが馬車に乗り込むと騎士と御者は馬を走らせ、街角を曲がってすぐに見えなくなった。

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