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サンドリヨン ~銀の勇者と灰の竜~  作者: 犬子猫
第一片 ある竜のおとぎ話
6/25

アーシェの日常

初回限定連続更新、六本目。

 再び始まった質問大会は子供たちが食べ終わる度に参加人数が増え、イコールでアーシェの負担が増えていく事態になりノアがタイミングを見計らって助け舟を出す。


「アーシェさんはこの都市に何日ほど滞在するんですか?」

「特に決めてないけど、長くて五日くらい」

「なら、その間は(うち)に泊まりませんか? 部屋も空いてますし、色々なお話を聞かせていただければお代も要りません」


 そこで言葉を切り、視線で示すのは期待に満ちた子供たち。

 別にお金には困っていない――むしろ一般人よりも潤っている――し、なんなら野宿でも全く問題ないアーシェは試しに心の天秤にかけ、


「それじゃあ、よろしくお願いします」


 即答。もともと子供も話すのも好きな彼女にとって、わざわざ計る必要もなかった。


「アーシェさんもこう言ってることだし、今日はこのぐらいにしときなさい」

「「「「はーい」」」」

「それじゃあ、お部屋に案内しますね」


 そう言って子供たちを散らしたノアの先導で途中、荷物を回収したアーシェが案内された空き部屋は狭い空間を二台のベッドに占領され、さらに狭くなった部屋の壁には机の代わりなのか画板がかけられている。

 軽く見回し、鼻をひくつかせるが特に埃っぽさはない。


「思ってたよりも綺麗」

「練習も兼ねて子供たちに掃除させてますから」


 ノアは真正面から言われて微苦笑を浮かべるが、当のアーシェは荷物を床に置いてベッドに腰かける。

 因みに布団は片されているので板木に直である。


「お布団もすぐに持ってきますね」

「お願ーい」


 ノアを見送ると武器を拾い上げて整備を始める、と言っても本格的な整備は錬金術師の領分になるので、アーシェに出来るのは汚れを落として油を塗布することだけ。

 研ぎ直しも大剣と手斧は頻繁(ひんぱん)に行う必要がなく、片手剣に至っては武器として使っていないので不要。

 なのでノアが布団を持ってくる頃にはちょうどよく終わり、子供たちと一緒にお風呂に入ると布団を敷いて眠りにつく。


「アーシェ、早く起きないと朝ごはん冷めるわよ」

「ん~」


 そして朝、アーシェを揺すり起こすのはネコミミ魅惑の少女ケーナだ。

 彼女は寝ぼけ眼のアーシェを着替えさせて裏庭の井戸まで引っ張って行き、たらいに注いだ冷水で顔を洗わせる。ケスケミトルを着たまま洗おうとしたので剥ぎ取るのも忘れない。


「目は覚めたかしら」

「うん、ありがと」


 手渡されたタオルで顔を拭いてケスケミトルを着直したアーシェとケーナは食堂に向かい、昨日と同じ席に着くとテッドが二人の前に料理を並べながら声をかけて来る。


「やっと起きたのか姉ちゃん」

「うん、おはよう」

「おはよ、これ昨日言ってたやつ」


 ついでに渡すのはおすすめの店の名前と場所が書かれたメモ。今日は仕事で案内できないから昨日の夜、用意したものである。


「おはよー」

「おはよう」

「おはようございます」

「「「いただきます!」」」


 どうやらアーシェと起こしに来たケーナが最後だったらしく、若干名が声を合わせる。

 催促に苦笑を溢し、アインたちにも挨拶を返してからアーシェもフライング組に続くと残る大多数が唱和する。

 朝食は赤ワイン煮込みとサラダに主食のマッシュポテト。スプーンでポテトと煮込みを半分ずつ掬って口に運ぶと幸せな味が広がった。


「んぅ~!!」


 横隔膜(ハラミ)、舌、胸腺と膵臓(シビレ)など希少部位は勿論、レバーに似た味わいの脾臓もとても美味しく、子供(アイン)たちも一様に顔を輝かせている。

 酸味の効いたドレッシングで和えられたサラダも味覚のリセットに一役買い、最後まで最高の味を楽しむことが出来た。ノアが自慢げに微笑んでいたのには最後まで気づかなかった。

 食後のお茶を飲むアーシェに、ノアは思い出したように声をかける。


「アーシェさん、今日のご予定は決まってますか?」

「とりあえず適当に町を歩いてみるつもりだけど、どうかしたの?」

「でしたら、今日は三時ぐらいに帰って来てください。スグリを使ったおかしをみんなで作ろうと思っていて、ちょうどそのぐらいが出来立てのはずですから」


 その言葉を聞いて真っ先に反応を見せたのは、これから仕事に行かなくてはならない年長組だ。彼らは一様に――怪我までしたケーナは特に――表情を絶望で曇らせる。


「ちゃんと残しておきますよ」


 その一言を聞いて年長組は仕事の準備に戻り、慌ただしく駆け回る。

 それを眺めながら別のところが気になったアーシェはそれを聞いてみることにした。


「昨日の使った木苺も今日使うスグリもテッドたちがとってきたやつだよね?」

「はい、没収しました」


 ノア曰く、『アーシェがいなかったら帰ってこれなかったのだからこれくらいは当然』だと。因みに甘草はある意味幸いなことに、ハーブと薬湯以外の使い方を知らないらしい。

 飲み干したカップを置いてアーシェは立ち上がる。


「それじゃあ、私もそろそろ行こっと」

「はい、いってらっしゃい」

「行ってきます」


 笑顔でそう返すと部屋に戻って準備を整える。片手剣を腰に差して財布はポケットに、大剣と斧は――悩んだ末――教導院に置いていくことにした。持っているだけで絡まれなくなるので便利ではあるが……正直、邪魔なのも事実だから。

 最初に向かうのは大通りの先に見える奇妙な建造物。

 大通りが交差する町の中央広場に一基だけ建ち、外観は塔のようだが緩い傾斜がついたドーム状の屋根中央から垂直に伸びる縦軸、その上下には四対の横軸が水平に生えている。

 塔に八枚羽のプロペラが刺さっているような感じ、と言えば分かりやすいだろうか?


「なんだろ、これ?」


 アーシェは軽く頭を捻るが全く解らないので、花売りの少女に花冠を編んで貰いながら素直に聞いてみた。

 答えは簡潔だった。


「風車だよ!」

「へ?」


 ついでに完結だった。

 上機嫌に花冠を編む少女は首をかしげるアーシェを見て、自身も小首をかしげて不思議そうに言葉を足す。


「横棒に帆を張って、風で縦の棒を回すの」

「あ、なるほど」

「麦の時期が終わる頃になると強い風が吹くから、毎年麦を挽くお祭りやってて有名なんだよ!」

「風車自体もこの町が開拓村だった時代に、当時の領主様に賜った物として有名なんですよ?」


 因みに大通りは『風の道』と呼ばれています、と最後にそう補足するのは近くにいた少女の母親だ。

 出来上がった花冠を頭に乗せたアーシェは去り際に花売りの少女を一瞥し、


「普通の風車の話もしてみようかな」


 教導院での予定を追加するのだった。

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