賑やかな夕食
初回限定連続更新、五本目。
そして現在、魔法のランタンに照らされた食堂でノアの料理が振る舞われていた。
夏野菜の冷製スープと量が少ない内臓のうち気管と肺、心臓を屑肉と合わせたハンバーグがみんなに配られ、好みが分かれやすい腎臓と肝臓の肉野菜炒めは大皿に盛られてテーブルの中央に。
余談だが、処理が面倒な胃腸は他の不要部位と一緒に捨ててきた。脳は頭に戦斧をぶち当てたので使える状態ではなかった――そもそもノアが調理できたかも不明だった――からこれも同様。
両手を打ち合わせて子供たちの注目を料理から自身に移したノアは、右手を対面の席に座るアーシェに向ける。
「アーシェさんがお肉を下さったので、今日の夕食はこれだけ豪勢になりました。みんな、せーの」
「「「「ありがとうございます!!」」」」
「どういたしまして~」
総勢二〇名弱が綺麗に声を揃える様子に、アーシェか逆に拍手を送りながらそう答えると、厨房から出てきたケーナとテッドが彼女の右隣に、アインとテイルは左隣の席に座る。
四人ともとても疲れているのか元気がない。唯一テイルのアインの右隣を睨む眼力だけは鋭い。
「どうしたの、四人とも?」
「危ないことした罰で肉を包丁でミンチにして」
「キンキンに冷やしたお肉を冷やした手で混ぜて」
「魔法で色々冷やして」
「あとは盛り付けも」
ケーナ、アイン、テイル、テッドの順で答える四人の頭を撫で、アーシェはにこりと笑いかける。
「お疲れさま。冷めないうちに食べよっか」
「うん」
「一つは温くならないうちに、ね」
「「さんせーい」」
「「「「いただきます」」」」
アーシェが最初に手を伸ばしたのはハンバーグ。ナイフを入れれば肉汁が溢れ、小さく切り分けた物を口に運ぶ。
ぶちぶちコリコリぐちゅり。
荒く刻まれた心臓、小さく刻まれているのに確かな存在感を保つ気管、柔らかいのに弾力のある肺の食感と旨味が柔らかな肉の中から口一杯に広がる。ちぎったパンに肉汁とソースをつけてこれも一口、甘酸っぱい木苺の香りが広がりより美味しい。
瞬く間にソースまで綺麗に平らげる。
「美味しぃ~」
「喜んでいただけて何よりです」
気付けばノアに微笑ましいものを見る目を向けられ、アーシェは顔でははにかみつつも手は恥じらう様子もなく夏野菜の冷製スープに伸ばされる。
澄んだスーブに賽の目切りの夏野菜と薄切りの炒めタマネギ、出汁はおそらく鹿の骨。
あっさり目の味付けでしっかり煮込まれた筋と軟骨は勿論、トマトとタマネギの出汁も吸ったナスは非常に美味しい。セロリも独特な香りが肉の臭みを消し、いいアクセントになっている。
「この味、もしかして」
肉野菜炒めに視線を向けて立ち上がろうとするのをケーナが服をつかんで止めて、大皿に一番近いテッドが小皿に取り分ける。
「こんぐらいでいいか、姉ちゃん」
「うん。ありがとう、テッド」
テッドから小皿を受け取り一口。肝臓は柔らかく腎臓はコリコリ、野菜もシャキッと歯触り良し! 濃い目の味付けに加え、ノアの下処理がいいのか――アーシェは全く気にしないが――好みが分かれる原因にもなる臭みはほとんど感じられない。
正直、お酒が飲みたくなる味だが流石に孤児院で飲むほど今のアーシェは常識知らずではない。
代わりに夏野菜の冷製スープを飲む。
「うん、合う」
セロリの香りはモツの臭みにも有効だった。
アインの視線に気づいたアーシェは野菜とモツを一つずつ刺したフォークを彼に向ける。
「試してみる?」
「……うん」
迷うそぶりを見せたが最終的にアインはそれを食べた、その場にいたほぼすべての人間が嫉妬の炎が燃え上がるさまを幻視した。
数少ない例外であるアインは表情を苦いものに変えるとスープを流し込むように飲んで、やや申し訳なさそうに一言。
「むり」
「大人でも苦手な人は苦手だから、あんまり気にしなくてもいいと思うよ」
テイルの射殺すような視線を受け流してアーシェはアインの頭をなでてから自分の食事に戻り、アインはアインで何かを感じ取ったのかテイルの方に顔を向けるが、その時にはすでに姉の顔に戻っている。
周りをよく見れば顔を青くした者が何名かいるが、それだけで気付ける筈もない。夏野菜のスープをお供に肉野菜炒めを挟んだパンを食むアーシェだけはどこか楽しそうなのも疑問に拍車をかける。
「そういえば、アーシェさんが冒険者じゃないというのは?」
だが、アインがその答えを得る前に耐えれなくなった――あるいは他の子供たちに気を使った――ノアが質問を投じる。
「ん? んぐぅ、ぅく。別に大した理由じゃないよ。私が冒険者ギルドに所属してないだけだから」
口の中の物を飲み込んで、そう答えたアーシェはスープに口をつけながらふらふらと視線をさまよわせ、しばらくしてから器をテーブルに置く。
「冒険者は冒険者ギルドに所属してる人のことで、私の場合は旅行者とか探検家?」
「えっと、何か所属できない理由があるのでしょうか?」
「? ないよ。所属する意味がないからしてないだけで」
「それは何故なのですか?」
「冒険者ギルドは民間のギルドだから、国を超えちゃうと横のつながりもほとんどないから」
好機とばかりに繰り出される質問にアーシェはむしゃむしゃと食べながら答え、完食する頃には周りの空気も完全に変わる。
具体的には子供たちの期待の視線で。
特にそれが顕著なのはお仕置きや仕事中でアーシェの話を聞けなかったテイルとアイン含む年長組。作戦が成功したノアはこっそり息を吐き、お茶で喉を潤すのだった。