隠者の帰還
間に合った!
このペースを維持したい! (切望)
そしてストックを作りたい!! (切実)
石造りの城壁に囲まれた、木造と煉瓦造りの建築物が入り乱れる独特の町並みに目を細め、振り返れば今しがた通り抜けたばかりの大門と、敢えて堀を切らずに残した道が瞳に映る。
大きく開かれた鈍色の門扉は、魔物の素材を錬金術で混ぜ込んだ特殊鋼。
「久々に来たけど、あんまり変わってないな~」
町を見回して懐かしさに声を弾ませる灰髪碧眼の少女、アーシェは思わずそう漏らしていた。
何故ならここは彼女にとっても思い出深い地であり、大切な友人たちが暮らす場所。
「二人とも元気にしてるかな」
記憶にある道のりを辿って靴屋で左に曲がり、
「パン屋で左に――って、あれ?」
通り過ぎてから違和感に気付いて数歩後退。見間違いでも何でもなく、そこに建つ店は靴屋。
「潰れちゃったのかな……美味しいから好きだったんだけど」
その後も、
「服屋で右に」
繁盛している様子の大衆食堂を横目に右へと曲がり、そして――
「あれ?」
――道に迷った。
駄菓子屋だった所が土産物屋になっていたり、酒屋だった所が果物屋になっていたりと、他にも記憶と違う箇所は幾つもあった。
だが、明確に迷ったと自覚させるに至った三叉路、ここはアーシェの記憶が確かなら一本道だった。
途中の道を間違えていないのなら、明らかに一本増えている事になる。
「前に来たときは右寄りだっけ、それとも左寄り? ん~、普通に真っ直ぐだったような」
しばらくの間、アーシェはそうして頭をひねっていたが、わからないことを考えてもわからないという結論に達して、よし、と呟いて右寄りの道を進む。
……全く知らない場所に出た。
「あれ?」
大剣を背負った大男がドラゴンに股がった石像とか知らない、それがどことなくゼノと竜形態の自分に似てるところとか、なおさら知らない。
見知らぬ石像を中心に据えた広場を何とはなしに眺めていたアーシェはふと、その中から記憶にあるモノを見つけ、いや、嗅ぎ取ってくきゅぅぅぅとお腹を鳴かせる。
目を向けるのは一軒の喫茶店。店構えに覚えはないが店名は知っている、人間よりも優れた嗅覚が間違いないと判を押す。
「すみません、まだやってますかー?」
アーシェの腹時計が示す時間は一時半、普通の飲食店なら休憩時間に入っていても可笑しくない。
そういった意味での声かけだったが、ドアベルに反応して振り向いた二十代後半の女性はテーブルを拭く手を止め、綺麗と言うよりは可愛らしい笑顔を浮かべる。
「大丈夫ですよー、取り敢えずこのテーブルだけ拭いちゃうんで、先にパンを選んでてください」
「はーい」
返事をしてアーシェは商品棚の前へと移動する。と言っても頼む物ある程度決めているので、あとはまだ有るかどうか。
女性はテーブルを拭き終えて、大剣の柄がぶつからないように気を付けて覗き込む彼女の背に、そっと声をかける。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「ミートパイにベーコンエッグマフィン、オニオンチーズベーコンパン、アップルパイ、チョココロネ、ハニーロール。コーヒー、お砂糖なし、ミルクたっぷりで!」
目的の物とパン屋からカフェになったことで生まれた新商品を並べたてるドラゴンガール。
なお、これでも手加減しているのだが、それを知る由もない女性は笑顔を引きつらせ、小首を傾げて質問を連ねる。
「えっと、全部店内で?」
「うん」
「お一人で?」
「うん」
「お代金は?」
「大丈夫!」
三連投全てにアーシェ肯定を返し、最後はちょっとしたカフェでは『普通』なら使わない金貨まで見せて証明した。
……脱皮でとれた自分の素材を売る事で、元手ゼロで金を生み出せるからお金持ちなのである、このドラゴンさん。
それで一応納得した女性は彼女が背負う大剣を一瞥して、視線を足元へシフト。
「席はお外でも大丈夫でしょうか」
困ったようにそう尋ねられ、視線を追って重量物に目を向けていたアーシェは顔に謝意を浮かべて快諾する。
先に石畳の上に置かれたテーブルのもとへ行って、大剣を地面に直接寝かせてから支払いを済ませてパンを運ぶ。
席に着いて最初に手に取ったのは暖め直して貰ったミートパイ。齧り付けば生地がサクッと小気味良く音を立て、肉の旨味にチーズの塩気とトマトの酸味が渾然一体となって口一杯に広がり、香るのはクローブ他色々な秘伝のスパイス。
噛み締めればじゅわりとオリーブの果汁が溢れ、ダイエットという概念に真正面から全力でデッドボールをかます、背徳的旨さへと進化を遂げる。
「それ、美味しいですよね」
子供のように足を振って美味しさを表現するアーシェに微笑まし気な声をかけるのは、注文のミルクコーヒーを持って来た女性。
彼女は自分用らしきコーヒーとパン・ドレ、サラダサンドイッチを対面に置いて席に着く。
どうやらこれから昼休憩のようだ。
「アーシェ様の好物でもあるそうですよ」
「アーシェ様か~」
ミルクコーヒーを受け取りながら若干遠い目の彼女に何を思ったのか、石像を指して「あのドラゴンの方です」とご丁寧に教えてくれる。
確信していたが、本当にアーシェとゼノを象った物らしい。
「魔物の軍勢が襲ってきた時、最初に立ち向かった二人の英雄様です」
確かな尊敬の念を見せる女性を前に、その英雄の片割れであるアーシェは否定も肯定もせず、心静かにただミルクコーヒーに口をつける。
このエピソードは時系列的に一章の少し後ですね。
基本的に章ごとの時系列は飛び飛びになりますが、主に二つの時代を中心に書いていきます。




