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サンドリヨン ~銀の勇者と灰の竜~  作者: 犬子猫
第一片 ある竜のおとぎ話
2/25

少年少女の日常

初回限定連続更新、二本目。

 カラント教導院。それがエルフの女性、ノア・カラントが営む孤児院兼学校の名前である。

 町の子供たちに勉強を教え、その対価として得た金銭で親のいない子供たちを育てる。はっきり言って赤字だが、それでも成り立っているのはエルフであるノアの多彩な魔法が他人種から求められ、その対価として金銭や物資を得ているという側面が大きい。

 ジーニアーは魔法を使えるが才能に大きく左右され、獣人(ワイルド)はそもそも使えない。

 ドワーフも魔法を使えるがこの都市には数えるほどしかいない、これはエルフも同様。海や湖、大河に面しているわけでもないので、人魚(ネイアド)はそもそもいない。

 とまあ、長く前置きを語ったが現状を簡潔に説明すると、

『ノアが出稼ぎに行った』

『授業がなくなった子供たちは()から暇をもて余している』

 この二言につきる。

 これが特に顕著なのは有り余る体力で遊びまくる年少組――


「暇だ」

「暇ね」


 ――ではなく、年長組のテッドとケーナだ。

 十歳以上の子供たちは普段は下働きとして働き、合間で授業を受けているのだが、今回は二人の参加日とノアの急な仕事がかぶってしまった形である。


「暇なら遊んでよ」

「ヤーよ」

「せっかく仕事がないのに疲れたくねぇ」


 二つ年下――テッドからは三つ下――のアインからの誘いを二人はすげなく断り、アインもそれがわかっていたのかあっさりと引き下がる。

 十歳になったばかりのケーナにとって、今日は初めての休みであり、テッドの反応はいつもの事だからだ。

 だから、いつもと違ったのは一つだけ。


「なら、外に行きましょう」


 アインと同じ日に拾われ、けれど一つお姉さんなテイルが引き下がらなかったこと。


「イヤって言ったはずよ」


 猫の獣人であるケーナは尻尾をあからさまに揺らして見せるが、テイルは動じることなく胸に抱えた本を持ち直す。逆にだらだらと冷や汗を流し始めたのはこの場で最年長のテッドだ。

 かつて、いたずら小僧であった彼は知っている。


 女の怖さを。


 女同士の争いの怖さを。


 女同士の争いに巻き込まれる怖さをっ!!


 下手なことを言えば両方を敵に回すことは勿論、年下ながら身体能力で上回る獣人のケーナ、ジーニアーながら魔法の才能を持つテイル。どちらを敵に回しても恐ろしい。

 雰囲気の違いを感じ取りつつもそれを知らないアインは、ケーナとテイルの間で視線をさまよわせた後、姉貴分(テイル)に声をかける。


「テイルが自分からそう言うの珍しいね」


 一転、満開の笑顔で振り向いたテイルは持っていた本のタイトルをアインに見やすいよう持ち直し、好機と判断したテッドはこっそりと慎重に逃走を開始する。


「書庫でとっても興味深い本を見つけたの。ほら、アイン、読んでみて」

「えっと、お金になる動植物事典。冒険者ギルド銀の弓矢発行?」

「アイン正解♪ 難しい言葉もあったのによく読めましたー♡」


 テイルは本当に、本当に愛しそうにアインの頭を撫でまわし、くしけずる。アインも嫌がりはするが照れ隠しといった様子で、それが一層テイルのかわいがりを加速させる。血は繋がっていないが、これもブラコンというのだろうか?

 尻を浮かせ、ちょっとずつスライド移動していたテッドの襟首をケーナは見向きもせずにつかむ。


「えっと、それでお金を稼いで先生を助けようってこと」

「ええ。でも動物は無理だと思うから、植物狙いね」

「でも、行くのは町の外だよね。危なくない?」

「そうね。正直不安だから歳上にも付いて来てほしかったんだけど……お姉ちゃんは嫌みたい――お兄ちゃんは頼りないし」


 そう言って流し目を送る先は勿論ケーナだ。彼女は対抗するように立ち上がり、襟首をつかまれたままの頼りないお兄ちゃん(テッド)は首が締まり文句も言えなくなった。


「ちょっと、さっきはそこまで言ってなかったじゃない」

「ちゃんと言うつもりだったけど、さえぎったのはケーナよ」


 交わされる鋭い視線と冷笑。静かに燃え上がる二人とは対照的に冷え上がった子供たちはそそくさと、助けを求めるテッドを置き去りに離れていく。

 アインは子供たちとテッドの間で視線を彷徨わせるが、必死の形相で首を振るテッドの救援に向かう。当然、テイルの眉がピクンと跳ね上がる。

 テッドはいろんな意味で泣きたくなった。


「そろそろテッドを離してあげたら?」

「アンタには関係ないでしょ」

「あ、それとも不安なの? 捕まえてないと取られちゃいそうで」

「そういうアンタは、アインに恋人が出来たらギャーギャー泣きわめいて闇討ちでもしそうよね」

「……………………」

「……………………」


 指先に燐光を灯し、テイルは魔法の使用準備を整え、ケーナはいつでも飛び掛かれるように腰を落とす。


「だぁっもう! いい加減にしろお前ら!!」


 だがそれを止めたのは意外にもテッドだった。二人がかりでなんとか拘束を脱した彼はアインの肩を借りて立ち上がり、ケーナとテイルをびしりと指さす。


「まずケーナ! お前は町の外に行きたいのか、行きたくないのか?」

「正直、興味はあるわ」

「次にテイル! いくら魔法が使えても、前に立つ奴がいなきゃ意味ねーんだからちゃんと頼む!」

「くッ! ……不安なので、一緒に来てください」


 死にかけたせいで逆に気が大きくなったのか、普段とは打って変わって強気な態度にケーナは鼻白み、テイルは悔しげに(ほぞ)を噛む。


「最後にアイン。お前はどうする」

「行きたい!」

「よし! 許可する!!」


 最年長の意地を見せて仲裁を果たしたテッドは、然り気無く対テイル用最終兵器(アイン)を味方に付ける。

 ……開き直っても怖いものは怖いのだ。


「そんで、何が必要なんだ?」


 だが、そんなことは覚らせまいと両手を腰に当てて、テイルに水を向ける。

 言い出しっぺなのだから、何かしらあるのだろうと。


「まずはハサミと移植ごて、後は……鉈もあった方がいいかしら?」

「それなら鉈はアタシが持つわ。剣の代わりにもなるし」

「あとは、カゴもかな?」

「そうねアイン、混ざらないようにフタ付きのを三つずつ持っていきましょ」


 事典を開いて必要な物をピックアップするテイルと、意見を出し会うケーナとアインの姿に、ようやく緊張をほぐしたテッドはゆっくりと息を吐く。

 こうしてテッドたち四人は汚れてもいい丈夫な服に着替え、鞄に必要な物と個人的に必要と判断した物を詰め――ケーナだけはさらに腰に鉈を下げ――て町の外に向けて歩き出す。

 これが、まだ日が頂点にも達していない午前の出来事である。

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