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2話

 「ヴィクトール・ド・リシュリュー、君には王国に対する重大な犯罪に関与した疑いがかかっている。明日より王宮の調査官による取調べが行われるので、今日はこの部屋で休みなさい」


 「はい、承知致しました」


 「思うところはあるだろうが馬鹿なことを考えず、誠実に取調べに臨むことをお薦めするよ」


 「心得ております。ヴィクトール・ド・リシュリュー、赤心を以て臨む所存で御座います」


 「では私はこれで失礼する。それと卒業おめでとう、リシュリュー君」






 そう言い残して俺を学園内にいくつかある宿所へ連行してきた衛兵の長が退出する。

クソが、最後の最後で一気に現実を直視させやがって。


 そうだよ、今日はめでたい卒業だってのに何でこんなとこに一人寂しくぶち込まれてるんだ俺は。

卒業式の夜だぞ、学生最後の夜だぞ、遊び呆けていられる最後の夜なんだぞ、本来なら今頃愛しの婚約者ルイーズとバカ騒ぎしてた筈のものを。

高位貴族の俺に気を使ったのかプライバシーは確保してくれたみたいだがかえって孤独が増すだけだ。





 しかし、シャルル殿下には驚いた。

あのクソ真面目のジョゼフがついていながら国の金を使い込むとは。しかもチラッと聞いただけだが結構な額ちょろまかしてるみたいだぞ。


 不味いな、いくら王族や高位貴族だからってただじゃ済まんぞ。

この度の仕置きオルレアン主導だが、司令塔はカトリーヌ嬢の様だからな。さぞ公正なお裁きが下るんだろう。

オルレアン公爵家次期当主のフィリップならともかく、カトリーヌ嬢なら報復で縛り首とか、私情で動くような真似は絶対しないだろう。ぶっ飛んだこと言ってくれたら突っ込む余地もあるんだが、真っ当な判断をされたら何も言えん。

どう生きてきたらあんなノブレス・オブリージュの塊みたいな人間ができるんだか。


 恐らく俺は貴族の身分を剥奪される。そうなるとまずまともに話を聞いてもらえるように持っていくところから始めなければならない。そんな手間考えるだけで頭が痛くなる。どれだけの付け届けを配り歩けばいいのやら。




 やはりアンヌが変なこと口走らないよう付かず離れずで監視なんかしてないでルイーズと一緒にいればよかった。


 パーティーの最中、急に愉快な仲間たちが集まりだしたと思ったらアンヌの奴め、俺まで引っ張りこみやがった。こっちの話なんか聞きやしねえ、俺が表沙汰にしたくないと示してもまるで考慮しなかった。宥め賺そうという素振りすらなかった。俺が何でも言うこと聞く人形かのような扱いだ。

あれは自己中心的どころじゃねえ、この世は自分の為にあると言わんばかりの振る舞いだった。

そういや何度か実際にそんな感じのこと言ってたな、妄想と現実の区別が付けられないとか痛々しいにも程がある。




 みんな「何でお前がいるんだ」って見てるだけじゃなくて口に出して欲しかったな。


 殿下なんか露骨にアンヌの盾になって俺を遮ってたし、ジョゼフは冷めた目してたけどあれ絶対俺を闇に葬る算段立ててただろ。同じ侯爵家の同年代だから何かと付き合いあったし、俺の手管を知ってる。奴にしてみれば愛しのアンヌに特大の悪い虫が付いた訳だからな。


 そんでポリニャック家の木偶の坊はやたらと軽蔑の目をくれやがった。

普段から硬派気取ってやがるから俺の軟派な態度が気に食わねえんだろうが、筋を通さずフラフラしてるのはそっちだろうがよ。

 ルイーズと俺が何度、お前の婚約者が泣いてるのを慰めたと思ってる。何かとアンヌと比較する様な態度取りやがって。内罰的な娘がそれでどれだけ傷付くか分かってねえからそんなことができるんだ。


 どいつもこいつも自分の下半身に正直になったくせに「俺は悪くねえ」と言わんばかりの態度しやがって。

相手がいるにも関わらず、よそに目をやるならどんな理屈があろうとこちらが悪いのだと肝に銘じろ。そして殴られろ。殴れないような娘を相手にもったなら悟らせるんじゃねえ。貴人が雅を忘れたら存在価値がねえだろうが。


 チビについては思い出したくもない、言いたい放題抜かしやがって。月夜の晩ばかりと思うなよ。


 男衆は全員敵意剥き出しなのに何故か俺は摘み出されることなく、当たり屋の方がまだマシな理屈でカトリーヌ嬢に喧嘩を売るという自殺に最後まで同行する羽目になってしまった。

なんでアンヌはあの曲者揃いの連中を従えられるんだ?ヤクでも盛ったのか?






 他愛もないことをぐじぐじ考えてると窓の外に人の気配がした。やっと待ち人が来たらしい。

俺は横領に深くは関わっていないと見られているのか、見張りも出入口の外にしかいない様だ。気付かれないよう慎重に窓を開け訪問者を確認すると、予想通りの人物がいた。


 「お待たせ致しました。貴方様の忠実なる僕、ピエール・マザラン只今参上致しまして御座います」


 「御託はいい、首尾はどうだ?」


 「万事抜かりなく。アンヌ嬢への真実の愛を貫く為、我が主は昨日の時点でルイーズ御嬢様との婚約を解消したことと相成りまして御座います」


 よし!まず第一関門突破!あとはルイーズに累が及ばぬよう工作せねば。

俺の持てる力全て出してゴネ倒してやる。相手はオルレアン、それでも通せるか分からん。

 



 「しかしながら、まったく以て残念無念に御座います。ようやくルイーズ御嬢様を奥方様とお呼びすることが叶うとこのピエール、期待に胸を躍らせておりましたのに」


 「それについてはこんな無能の下に就いちまった不幸を嘆いてくれ」


 「ええ、我が主の放蕩振りは百も承知で御座います。なればこそ、ルイーズ御嬢様と絶縁するべきではないと臣は愚考する次第」


 「お前普段から勿体振った喋り方だけど、今日はいつにも増して酷いな。何?嫌味?」


 「話をすり替えるにしてもお粗末な論法ですな。此度の騒ぎを乗り越えられたとしても御身のような極楽蜻蛉、手綱を握ってくれる伴侶がいなければ野垂れ死ぬのが関の山というもの。

 説教染みた物言いになりますが、このような巡り合わせが今一度あるやも知れぬなどと浅はかなことは考えないことですな」


 「そりゃそうだ、俺みたいな愚図の相手をしてくれる懐の深い女とまた巡り合えるなんて金輪際ないだろうよ」


 「理解しておられるのなら尚更、斯様な行いは慎むべきかと。自分がどうなろうと相手だけは守るなどという独り善がりの自己犠牲など薄ら寒いだけに御座います。

 人一人の成し得る事などあまりに矮小。故に人は人を愛し、求めあうのです。過酷極まりない現世において脆弱この上ない人間は、互いに求めあわずにいられない。

 しかし、どこまで行こうと人は人。神ならぬこの身では真に分かりあうことなど、到底不可能。救いであるはずのお互いがかえって傷つけあうだけなどということもしばしば。

 であるからこそ、互いを理解しようと努めねばならぬのです。時に近づき、時に離れ、文を、言葉を、逢瀬を交わし、目を奪われるような美しさも、目を背けたくなるような醜さも受け入れなければならない」


 「我が主、御身はルイーズ御嬢様と襁褓も取れる前の時分に出会い、共に今日まで人生を歩んでこられた。

高々二十にも満たぬ年月、臣が存じ得ているのはそれよりも尚短い時間で御座います。

 それを踏まえ断言致します。

御身が彼女に対するよりも大きな愛を持つ事が出来る人、また彼女よりも御身に慈しみを与えてくれる人などおりません。

 あなた方はお互い以上に愛する事ができるものなどなく、お互い以上に慈しみを与えてくれるものなど存在しない、そう確信し、そう願い、そして真実へと昇華させた」


 「職業柄、迷える子羊たちの告悔を幾度となく耳にしました。その度、拙僧は説いて参りました。例えどれほど罪深き魂であろうと、主は必ず救って下さる。やり直すことができるのだと。

 しかし、取り返しの付かないことがあるというのも真理。人と人の巡りあわせもまた同様」


 「御身の行いはお互いに塗炭の苦しみを味わわせるが如き所業ゆえ今一度、申し上げます。ルイーズ御嬢様との婚約破棄、どうかお考え直し下さいませ」





 

 さすがは元聖職者、口がうまいったらありゃしねえ。俺如きの決めた薄っぺらい覚悟なんぞ簡単に揺るがしやがる。

 

 だが、それは聞けない注文だ。

オルレアン相手に、頼れそうな味方も軒並み手負いのこの状況、下手をすれば物理的に首が飛ぶ。


 今回の騒ぎ、王家、またそれを輔弼する有力勢力は手酷い傷を負った。

ヴィレールは宰相として身近で、リシュリューは宮廷貴族の領袖として宮廷で、ポリニャックは王家が直接動かせる武力の騎士団の長として、ドゥカズは王家に見出された有力平民層として各々王家に仕えてきた。


 これら全てどころか、次の王位継承者までが面目を失った。

 次の継承者を第二、第三王子たちのいずれかにスライドさせ禊とすることはできる。しかし、補佐する連中の求心力回復は難しいだろう。


 それらに代わり王佐となればこの世はオルレアンの天下だ。

ただでさえ、爵位の差があるというのに王家の信任まで上回られたのであれば、宮廷を住処とし、確固たる地盤のないヴィレール、リシュリューに勝ち目はない。

ポリニャックの騎士団や地方の諸侯が実力行使に出ようが王を抱えている以上どうとでもなる。逆賊との勅命を引き出せばいい。

平民層の発言力など公爵家の前には推して知るべし。それどころか、平民を甘やかし付け上がらせるからこうなるのだなんて方向に行きかねない。

 

 そもそも王家に連なるオルレアン。うまくやれば簒奪、いや禅譲も不可能ではない。


 こんな都合のいい状況、麒麟児と声望高く、野心も人一倍のフィリップが座視するなどありえず、あの手この手で介入してくるだろう。

カトリーヌ嬢はあくまで公正であろうとして兄の策謀に立ち向かうだろうが、フィリップの相手は荷が重い。

公爵本人は野心家という訳でもないが、獲れるものを態々獲らないというほど酔狂ではない。


 



 勝ち目が薄い以上、持てるリソースは全てルイーズの安全に注ぎ込む。

 

 気合を入れろ、まずはコイツを説き伏せなきゃ話にならん。

これからどうするにしてもピエールを十全に使えなきゃ何もできん。

俺の本心がどうであれ、意志を明確に示せばコイツは従ってくれる。

こんな小僧に何故忠節を誓ってくれるのか分からんほどの義士だ。

変に取繕っても滑稽なだけ、ならば俺という人間全てをブチかましてやる。




 「そんなことあるわけねぇだろ、てか話が長えんだよ坊主上がり」




 やっぱり、思ってもいないことを平気な顔して抜かすのは辛えなぁ。



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