1話
「カトリーヌ・ド・オルレアン!貴様のアンヌ・ベキュー嬢への口に出すことすら憚られる数々の非道な行い、もはや捨て置けぬ!
栄光あるガレリア王国公爵家の令嬢として生まれながら斯様な振る舞いをし、嫉妬にかられ他者を傷つけ排除しようとする醜い心根を持つ貴様をこれ以上婚約者としておくことはできん!」
修羅場。
王立学園の卒業パーティーというこの晴れの場にはかけ離れたはずの言葉だが、王太子シャルル殿下が突然自らの婚約者を糾弾し始めたことによってなぜかそれが今、発生している。
ガレリア王国王立高等学園。ガレリア王国王都リュティアにある王国で最も権威ある教育機関である。
国中の貴族や裕福な家の子女、平民の優秀な者、更には諸外国からも多くの留学生を受け入れている。
講師はその分野において一流の人物を揃えていて、図書館、宝物庫に保管されている史料は他に二つとない希少品ばかりである。
そんな一流の講師が一流の教材を使って超一流の教育を授ける最高の学び舎がこの学園なのだが、大半の生徒達とっては来たるべき社交界へのデビューに備える場となっているのが現状である。
この学園内ではどんな高位の貴族であろうと建前上一生徒として扱われる。無論全てが平等などということはありえない。真に受けた間抜けが恥をかくこともままあるのがこの学園の日常である。
むしろやらかしてもまだ取り返しがつく子供のうちに空気を読み、言われずとも察し、意を酌むという極めて難しい、魑魅魍魎蠢く社交界で生きてゆく上で必須の能力を身に付けさせようというのが学園の意図である。
だから我が国の王太子殿下も盛大にやらかしておられるがまだ取り返しがつくはずだ、頼むついてくれ。
現在学園には卒業式ということもあり国中の貴族や有力者、国外からの賓客が集結している。
我が子の晴れ舞台を見るためであったり、これを機に人脈をより広げるためであったり、純粋に社交の場を楽しむためであったりと、紳士淑女の皆々様が各々の思惑で賑わっていた。
それをこともあろうにいずれこの国を背負って立つシャルル殿下が痴情のもつれだか何だか知らないが、場の空気をお通夜かと間違える程に冷え切らせたが大丈夫、まだ学生、子供なのだ。充分巻き返せる。
そうしているうちに騒動の中心地から再び声が発せられた。先ほどのシャルル殿下の熱を帯びた叫びとは違い、落ち着いた声色だ。
この声は確か殿下の側近のジョゼフ様だ。
ジョゼフ様のお父上ヴィレール侯爵は長年宰相として国王陛下を補佐し、私人としても良き友として支えておられる。
陛下と侯爵は君臣を越えた絆で結ばれており、次世代においてもこの良き関係が続くようにとシャルル殿下とジョゼフ様は幼い頃より寝食を共にして友情を育んできた。
実際正義感が強く行動力ある殿下を沈着冷静なジョゼフ様がフォローし、いい感じにまとめるという王と宰相の輝かしい未来の片鱗がすでに見受けられている。
ジョゼフ様が登場したからには私も皆もひと安心だ。この騒ぎも時期に収束することだろう。
だからジョゼフ様、「あなたのような悪魔を野放しにしていたなど、一生の不覚」だの「その厚顔無恥は称賛に値しますよ」だのよく分かんないこと言ってないで早いとこ火消しをしてくれないですかね。
あんた殿下のストッパーだろ。なに一緒になって炎上してるんです?
メガネやたらとクイクイしてますけど、度合ってます?
地獄の底かと思ってたら更に下があったこの惨状見えてます?
上げて落とすとか流石だよ。見た目通りのドSぶりだよ。
よく見りゃ騎士団長の息子のむっつりノッポや百年に一人の天才飛び級おチビ。
そして何代にも渡って宮廷に仕え、大臣を何人も排出している侯爵家の三男坊、女ならば貴族、平民、下僕だろうが構わず声をかけ、化物の方がまだ見られるような醜女だろうが、棺桶にもう全身突っ込んでるような老婆だろうがホイホイ着いていく、脳味噌を下半身に取り付けたチャランポランのロクデナシ、虫以下の知能しかないくせに人が無意識にポロッとこぼしたような些細なことでも覚えてる小賢しいナンパ男もいるではないか。
どうした、ボンクラ?真っ青だぞ?
何、「やっべ、やっちまった」って顔してるんだ?
当たり前だこの大馬鹿が。むしろお前の抜け作ぶりで今まで大事故にならなかったのが奇跡だったんだ。
っておいおい、ノッポとおチビも言いたい放題し始めたよ。
何々、カトリーヌ様が殿下への恋慕を拗らせてアンヌ嬢に嫉妬、身分の差をたてに侮辱の言葉を吐き、持ち物を壊し、終いには階段から突き落としただって?
中身のあることは言ってなかったので一纏めにしたが、二人の発言内容はこんな感じだ。
ノッポよ、普段のむっつりからえらい変わりようじゃないか。
その情熱を何故婚約者のジャンヌに向けてやらなかった?
お前酷い時には会っても目もくれず、アンヌとくっちゃべってたな。
彼女は「ネクラで辛気くさい自分より、明るくて可愛らしいアンヌ様に惹かれるのは当然ですから」と泣いていたぞ。
何が「俺の孤独をアンヌだけは理解してくれた」だ。そのアッパラパー女にそんな知的なことできるとは到底思えんぞ。
そしておチビ、「ヤダヤダ、どいつもこいつもバカばっか。マシなのはお姉ちゃんくらいだ」とは言うがバカはお前だよ。
子供で平民出身のお前はよく知らんのだろうが、オルレアンに睨まれてその程度の仕打ちで済むわけがないだろう。
アンヌ嬢どころかそんじょそこらの貴族程度、跡形もなく消すことくらい朝飯前だ。
王族ですらオルレアンには配慮してるんだぞ。
大丈夫かな?オルレアン公爵滅茶苦茶娘バカだからな、国を割っての内乱とかにならないよな?
おっといけない、脱線が過ぎた。そんなもん私ごときの考えることじゃない。
そんで、この騒動は嫉妬に狂った末の凶行とのことだぁ?舐めるんじゃないぞ。
人の男に手を出し、かけがえのない青春時代を台無しにしてくれた尻軽淫売のアバスレ売女への報復をその程度で勘弁してやるなどあり得ない。私がカトリーヌ様なら最低でも二度と人前に出られないくらい顔面とメンタルを痛めつける。
なるほど、それであのノータリンは何も言わず黙ってるのか。
キレた女の仕打ちがどんなものかお前はよ~く知ってるもんな。
こんなのご挨拶ですらない。
しかし、いいのか?そろそろカトリーヌ様が始末にかかるみたいだぞ。
このままじゃお前ただ突っ立てる案山子だぞ?
こんだけ無様を晒したんだから、せめて一発目立たないとバカ話のネタにすらならんぞ。
ほら、さっさとバカみたいなことしろよ。
大丈夫だって、お前の普段通りを出せばそれだけで名人級のバカが飛び出すんだから。
お前には才能があるんだ、バカの才能が。
この一世一代の晴れの舞台でお前のバカを見せてみろ!
残念!時間切れ!
カトリーヌ様の「もう結構ですわ」頂きました!流石オルレアン、すげぇ切れ味だ。
私もガンくれてビビらせるくらいはできるが、あんなオーラで圧倒するなんて真似はできない。
おい、助かったって顔してるんじゃねぇぞスカタン。
ん?私に気づいたか?直立不動になった。
そうだ、それでいい。一生そうしてろこのバカが。
「ルイーズ、あなた大丈夫?まるで殺人鬼みたいな顔してるわよ」
うるさい、顔がキツイのは生まれつきだ。
そっちもなかなかの面構えだぞ、ジョゼフ様の婚約者、ティエール伯爵令嬢ジョゼットさんよ。
まあ、仕方ない。この程度私にはいつものことだが、彼女のジョゼフ様は殿下一筋、色事なんぞ興味もないといったクソ真面目の化身で女にうつつを抜かすなど一度もなかった。その分ショックも大きいのだろう。
ここはしょうもない連れ合いを持つ者の先達として優しくしてやろうじゃないか。
どれここは場を和ませる小粋なジョークを一発飛ばすとするか。
「そう?じゃあ、みたいなが取れないように引き続き堪えることにするわ」
「やめて頂戴、あなたが言うと洒落に聞こえないのよ」
こいつ、親友であるこの私をキレると殺人を働くような人間だと抜かしおった。
まあ、私の普段の行いが悪いんですがね。いくら建国時から代々続く武門のスールト家出身だからって少々粗暴に振る舞い過ぎた。
物心つく前から嫁ぎ先が決まってたから売れ残る心配もないし、一般的なご令嬢と比べるとのびのび育ってきたからなあ。
「はぁ、結局こうなるのね。何とか穏便に決着をつけたくてカトリーヌ様と色々詰めたのに」
何?そいつは聞き流せんぞ。
私たちは同じようなロクデナシを伴侶に持つ親友を越えた心友、ソウルフレンドじゃないか。
仲間外れなんて寂しいことするなよ、駄目男対策会議なんて私以上の適任はこの学園にはいないぞ。
「なぁに、ジョゼット。あなたこの乱痴気騒ぎのこと知ってたの?しかも、私を除け者にしてくれちゃって」
「それに関してはごめんなさい。でもしょうがないでしょ、私達の婚約者の問題に巻き込むのはお門違いだし、あなたがいると刃傷沙汰になりそうなんだもの」
ジョゼットさん?さっきの冗談じゃなくてマジでそう思ってます?
さすがに決闘でもないのに武器は持ち出さんよ。ちゃんと女の子らしくたおやかに素手でぶん殴るに止めますとも。
「まあ、あなたも当事者だったみたいね?私とカトリーヌ様であの女の身辺を調べた時にはヴィクトール様と接点なんてなかったはずなのに」
「大方、人に知られないように隠れて会ってたんでしょ。まったく、女が絡むと途端に優秀になるんだから」
「なによそれ、普段みたいに大っぴらに婦女子に声をかけているのならまだしも、人目を避けてこそこそ会うなんてもう戯れじゃすまないでしょう。ってなんでそんなに落ち着き払ってるのよ」
「あんな見え透いた地雷に手出す程バカじゃないわよ。どうせ、むこうから言い寄ってきたのを適当に相手して煙に巻いてたんでしょ」
「じゃあ、なんで人目を避けたのよ。迷惑ならはっきり態度で示せばいいじゃない」
「いやあ、王太子の女に言い寄られてると周りに思われるのはマズイでしょ。女好きが知れ渡ってるアイツだと特に」
アンヌは結構な数の殿方に色目を使っているが、堅物のジョゼフ様、朴念仁のノッポ、お子様のおチビなら一線を先に越されることはないだろうから殿下も許容できるのかもしれないが、アイツの場合どうだろう。敵愾心を持ってもおかしくないくらいアイツの女好きは周知の事だし。
王太子に睨まれる、またそうなのだと周囲に思われることのメリットなぞ一つもない。だからあいつは卒業するまで適当に相手して隠すことにしたのだろう。
私とあのバカは今日をもって卒業、アンヌは卒業まであと一年だ。
元々学園以外の接点などないのだから滅多に会うこともないし、卒業後は私と正式に結婚予定。
あのバカはそれをもって自然消滅にもっていこうとしたんだろう。
そして卒業式を迎え、何とか隠し通せたと油断して逃げ遅れた結果がこれだよ。
まったく、詰めの甘い奴だ。女の尻を追っかけるのは慣れてるだろうが、逃げるとなると勝手が違うらしい。
ちなみに、ジョゼット、カトリーヌ様、殿下、ジョゼフ様も卒業、ノッポこと騎士団長ポリニャック伯爵の長男マクシミリアンとその婚約者ラフィット伯爵令嬢ジャンヌ、おチビ改めアンリ・ドゥカズは残留組である。
ってあれ?何か空気変わったな。
「ジョゼットさん、それにルイーズさんもこちらにいらしたのね。」
「「カトリーヌ様!」」
何故カトリーヌ様がここに!?処刑はもう終わったのか!!?
クソッ!トドメを刺すとこ見逃した!!
殿下たち衛兵につまみ出されてるわ。まだ喚き散らしてるよ、往生際の悪い。
「カトリーヌ様。終わったのですね、これで」
「えぇ、ジョゼットさん。終わってしまったわ、なにもかも」
何やら二人でしんみりしてますが、私は一体どう接すればよいのやら。
立場的には同じなのだがそれを知ったのはついさっき。
ここはまあ黙って聞いておくべきだろうな。
「カトリーヌ様。殿下やジョゼフ様たちへの仕置きはいかがされるのですか?」
「今は口裏会わせなどできないよう、殿下達五人それとヴィクトール様をそれぞれ別の場所に拘束しています」
「国王陛下の沙汰を待たねばなりませんし、すぐということはありませんが最終的には廃嫡、貴族身分の剥奪、裁きを受けることとなるでしょう」
「えっ!?」
え、マジで!?
確かにこれだけ国内外に恥を晒したんだから、廃嫡はやむなしとしても身分剥奪までするか?
とりあえずどっかの片田舎に押し込んで蟄居謹慎くらいだと思ってた。
若気の至りがえらいことになってしまいましたねぇ。
しかしそうか、平民か。
やっていけるかな、家事なんてからっきしだ。
いっそ私が稼いで、家のことはアイツにやらせるか?家庭教師とかならできるかも。
こんなんだが一応は私も貴族のご令嬢だ、マナーや作法は一通り叩き込まれてる。
なんてことをぼんやり考えていたら、カトリーヌ様より爆弾が投下された。
「厳しいとお思いですか?しかし国庫からの資金横領という殿下の所業を踏まえた結果、妥当だと私は判断致しました」
「は?」
理解が追っついていない私にジョゼットが震える声で補足する。
「殿下は国の資金を勝手に持ち出して、アンヌに貢いでたのよ。ばれないよう隠蔽までして」
そっか、じゃあしょうがないね!
しょうがなくねぇよ、脳の代わりにおがくずでも詰めてんのかバカが。
すげぇな、さすが王族。思考回路が常人のそれとは異世界だわ。
デートの支払い全部私から借りた金で済ましたことあるアイツも大概だが、これはもう次元が違う。
人の金どころか国税って。
ジョゼット、涙目になってるけどそりゃ泣くよ。
一時的とは言え国を騙せるレベルの隠蔽工作してるとなると殿下、ノッポは技術的に無理、おチビのおつむならできるだろうが身分的に国の金をどうこうなど不可能。
となると下手人はもうジョゼフ様しかいない。
だから平民に落とすのか。
平民なら遠慮なく投獄できる。貴族は何かと特権があるからな。
王太子とその取り巻きによる血税の横領。
理由は情婦に貢ぐため。
ばれないよう小細工を弄していることから計画的犯行。
当人たちに反省の色は皆無。
情状酌量の余地なしだな。
平民どころか罪人か、アイツ。
となると私も動かにゃならんな。
「カトリーヌ様、私にヴィクトールとの面会の許可を頂きたく存じます」
まずはアイツと直接話さないことには何も始まらん。




