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少し歩くとふと路地裏に不思議な看板があるのが目に入った。
その店は酒場『魔女の隠れ家』という看板を掛けており、情報収集にはありきたりではあるがここに入って見ようと思えた。
扉を開け中に入ると、ついさっきいた酒場とはまた違う雰囲気で、席はカウンターのみこの時間入っている客は俺を合わせて三人のみ。
一人は筋骨隆々で体の大きな、その身なりから察するに恐らくは傭兵でもやっていたのだろう男。
もう一人はタンクトップの女性だが、すでに酔いつぶれているのかカウンターテーブルに突っ伏したまま動かない。
「こりゃまた若い子が来たね」
軽く笑いながら席に座るように促す。
二人の客のちょうど間に座る。
「オススメをください」
「君にはこれがオススメかな〜」
差し出されたのは夕焼け色の液体。
「これは?」
「ジャワの実のジュース」
「ここは酒を出す場所では?」
「若い時からお酒を飲むのは良く無いわよ〜」
カウンターに肘をつき顎を乗せて俺と目線を合わせた上で、すっとジャワの実とやらのジュースを押してくる。
この人は何歳ぐらいなのだろうか、かなり若く見える。
「今日はどうしたんだい?」
「魔法について知りたくて来たんだ」
最初キョトンとしていたお姉さんだったが、何か納得したようにニヤニヤし出す。
「あなた使えない人ね?」
「なぜそうだと?」
「使える人はそんな質問はしないわ」
なるほど理にかなっている。
「何が聞きたいの? 魔法の使い方なら学園で学んでいると思うけど、魔法を使うときには魔力を消費するわ。今はマジックポイントなんて言い方もされているけれど、基本的に魔力は二種類あって、人が生まれながらにして持っていルものと、魔石に力を借りるもの。前者は魔力を生成出来る人出来ない人がいるから、体内で魔力を生成できない人のために魔石から魔力を借りる魔法の使い方が編み出されたの」
なるほど俺は体内で魔力が生成できない人間なのか。
いやまてよ、なら魔石を使えば俺も魔法が使えるんじゃ……
「けど魔石から魔力を借りて魔法を使うには訓練が必要なの。自分の魔力じゃあない分魔石の魔力を引き出す作業が必要だから。でもね、それでも魔法を使えない人はいる、そういう人は根本的に魔力を感知する機能そのものが体に備わっていないの」
「じゃあ訓練次第ではまだ可能性自体はあるということか?」
「残念ながら今の学園の教育の水準からして見ても、十二歳までに魔法を使えなかったら魔力感知の機能は備わっていないと思ったほうがいいわ」
つまり俺には魔法が使えないということか。
魔法の世界で魔法が使えないとは、この先苦労することになりそうだな。
「なぁにあんた魔法の一つも使えないのぉ?」
先ほどまで突っ伏して寝ていた女性が、酒の入ったグラスを片手にこちらを見ていた。
碧く透きとおる眼でこちらを見ている金髪の女性は、ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべ俺の横の席に座りなおした。
「おねぇさんが一から教えてあげようかぁ?」
俺の眼をじっと下から見つめたまま、太ももをなぞるように触ってくる。
よく見るとタンクトップの襟がだらりと下がり、その豊満な胸の谷間がちらりと見えている。
すぐに眼をそらし女性の手をどける。
「いいえ自分でなんとかするので大丈夫です」
つれないわねぇ、と言ってグラスの酒を一思いに飲み干したかと思うと、また机に突っ伏して寝始めた。
「ごめんなさいね、この人最近色々あって疲れているのよ」
「モテる男は辛いなぁガキンチョ」
物静かな人なのかと思っていた男性客が急に口を開く。
よく見ると右目に傷が入っており左目だけがこちらを見ていた。
かなり年を取っている様子なので、もう前線からは立ち退いているのだろうか。
何か気になることがあればエリシア書店に行け。
酒屋を後にする時に片眼の男性客にそう言われた。
今日ぶつかった女の子もエリシア書店の名前を口にしていたな……
明日はエリシア書店に行こう。
収穫の多い一日を終えて、一層騒がしくなった酒場へと帰ってくる。
笑い声で話す声も聞き取れない中で、自分の母親らしき酒場の店主が手招きしている。
「急に起きてきたと思ったら店も手伝わないで外でぶらぶらしてきて、そんな暇があるなら魔法の訓練でもして少しでも人様の役に立つことしな!」
なぜだろう今目の前にいる女性は初対面にも関わらず、妙な安心感とともに説教に対する反抗的な感情が湧いてくる。
そこはやはり前世ではないが、この体の前の所有者のルカくんの記憶というのも少なからず体に染み付いてしまっているのだろう。
そんな忠告を黙って聞いて自分の部屋へ階段を登ってゆく。
部屋に着くや否やベットに横たわり、今日買った赤い石ころを右手に持ち天井の方へと掲げる。
やはりなんの変哲も無い石ころにしか見えない。
掴む右手に力を込めて見たり、魔法を使うようにイメージしてみるがやはり何も起こらない。
やはり俺には魔法は使えないのだろうか。
無造作にポケットに突っ込み、そのまま寝てしまった。
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