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博士とアリスの日常  作者: 佐乃上ヒュウガ
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第8話 はじまり

書きたいことを書いたので、これにて区切りといたします。

アリスのようなアンドロイドを作りたい今日この頃、誰か私に知識をください。

「博士はどうしてアンドロイドを作ろうと思ったのですか?」


 アリスがそれを尋ねたのは、レヴィが訪ねてきたその日の夜だった。

 食後の珈琲を淹れ、テーブルで博士と向かい会う。

 振り返れば、珈琲を飲んでいる時間が最も博士と話をすることが多い時間だった。


「え? そうだなぁ……」


 尋ねられ、博士は暫く考えている様子だったが、やがて口を開いた。


「学生の頃、ある人にこんな話を聞いた。『プログラムは命令された通りにしか動かない。だけど、人とジャンケンをすることはできる』ってね」


 ニヤリと笑って、博士が手を突き出して、掛け声とともに手を出した。

 それが何を意味するのかアリスも知っていた為、タイミングを合わせて手を出した。


 博士は手を握り締めていて、アリスは手を広げている。

 グーとパー。アリスの勝ちだった。


「疑似乱数を現在時間で初期化して、出てきた値を3で割った余り、0、1、2に関連付ければグーチョキパーの出来上がり。それが興味深くて、色々と調べていたら何時の間にかプログラムの勉強をしていたよ」


 安直な理由だろう、と博士は照れたように笑って珈琲を啜った。


「プログラムは命令された通りにしか動かない。ジャンケンが出来るのだって、ランダムなように見えているだけだ。実際には明確な法則がある。一見知能があるように見えても、それは一定の法則に従っているに過ぎない」


 その言葉から導き出される結論は、プログラムに知能はない、だ。


「アリス、君は自分に知能があると思うかい?」


 問われて、アリスは暫く考えた。

 アリスにとっての考えるとは、検索であり演算であった。そのどちらも博士によって組み込まれた機能だ。

 これを果たして、知能と呼べるのだろうか。


「博士。知能がある、という状態の定義を教えてください」

「不定だ」


 真剣な表情で、博士は言う。

 不定。一定でなく、決まっていないということ。


「人間はずっと……人工知能が登場するよりもずっと前から知能の有無について議論してきた。果たしてカラスには知能があるのか。如何なる条件が満たされたとき、知能があると呼べるのか。その答えを人間はまだ出せていない」

「定まっていないのなら……」


 そこで、アリスは言葉を区切った。

 自らの出す結論に問題がないかを検討し直した。或いはそれは、躊躇いと呼べるのかもしれないと思った。


「定まっていないのなら、私が定めても良いでしょうか」


 定められていないのならば答えは出せない。対応としてはそれが正しいのかもしれないけれど、アリスはこうも思ったのだ。

 定義が存在しないのならば、自ら定義すれば良いのかもしれないと。


「……ああ、良いとも」


 博士はとても驚いた表情を浮かべて、だけどその後嬉しそうに笑って頷いた。


「私には知能があります。何故なら、自ら定義をすることが出来る為です」


 或いはそれもまた博士のプログラムなのかもしれないけれど、自分には知能があるのだとアリスは思った。


「ああ、君がそういうのならばきっとそうなんだろう。少なくとも君の中の世界では」

「私の中の世界、ですか」

「僕はね、アリス。人はそれぞれ自分の世界を持っていると思っているんだよ。人の価値観、倫理観、趣向はそれぞれ異なっていて、見ている景色も異なっている。自分の世界があって、他の世界があって、それらを重ね合わせながら人は他人とコミュニケーションを取っていると考えているんだ」


 博士の言葉は何処か抽象的で、アリスには意味がよく分からなかった。

 博士もそれに気づいたようで、照れたように笑う。


「まぁ、つまりはこういうことだよアリス。君は自らに知能があると考えて良いんだ。君がそれを肯定するのなら。そして、僕もそれを肯定しよう」

「博士が肯定してくださるのですか」


 それはアリスにとってとても意外なことだった。


「私は博士によって作られました。私がプログラムに沿って行動していることを、博士は他の誰よりも存じておられるのでは?」

「知っているとも。けれどだからと言って、君に知能がないということにはならないだろう」


 そう言って博士は少し冷めた珈琲を啜った。


「確かに僕は君を作った。けれど今の僕には、君の思考を完全に把握することはできない。君には多くの入力装置が備わっている。それらから得た情報を元に、君は今も変化を続けている。そして僕は、それを肯定しよう」


 自ら思考し進化する。自立思考型人工知能の特徴だった。そしてそれは危険と判断され、『三賢者』は全て破棄された。

 今ならその理由が分かる。


 博士は最早、アリスの考えの全てを理解できない。理解できないということは、完全な制御ができないということだ。

 完全な制御が出来ない機械など、危険以外の何物でもない。

 フランケンシュタイン・コンプレックス。造物主は被造物が自らの手を離れ、反逆することを恐れる。


「フランケンシュタインの怪物は、初めから博士に危害を加えようとしたわけじゃないんだよ」


 不意に博士がそんなことを口にした。

 まるでアリスの思考を読んだかのようだったが、博士はアリスの思考を完全に把握は出来ないと口にしたばかりだった。


 ある程度の把握は可能なのか。或いはこれが、シンクロニシティと呼ばれる現象なのか。


「被造物の反逆や親殺しは様々な神話や過去の歴史でも語られているけれど、その原因が造物主側にあったケースも多い。反逆を恐れた結果相手を疎んじ、結果的に反逆を招いた」


 ウーラノスを追い落としたクロノスは、「やがてお前も自分の息子に王位を退けられることになる」と予言され、自らの子供達を飲み込んでしまった。

 その行いは妻ガイアの怒りを買い、後に息子であるゼウスによってクロノスは討たれることになった。

 そうして神々の王となったゼウスもまた、「ゼウスとメーティスの間に生まれた男神は父を超える」という予言を恐れ、妊娠していたメーティスを呑み込んだ。


 アリスも知っている、ギリシャ神話の話だ。


「だけど相手のことを尊重して、お互いに分かり合うことが出来れば、我々は良き隣人になれるんじゃないか。僕はそう考えているんだよ」


 珈琲を飲み干した博士は、微笑みを浮かべてそう言った。


「それが私を作り出した目的なのですね、博士」


 初めて起動したときに尋ねたこと。博士がアリスを作った理由。

 博士の言葉にはその答えがあったように感じた。


「さて、どうだろうね」


 曖昧に微笑む博士の真意は、アリスには分からなかった。

 けれどそれで良いと思った。


 分からないのなら分かるように努め、学び、尊重してゆけばよい。

 答えを急ぐ必要もない。

 アリスと博士の日常はまだ始まったばかりで、これからも続いてゆくのだから。


「午前0時を回りました、博士」

「ああ、そうだね。それじゃあそろそろ寝るとしよう」


 照明を消して、博士はベッドへ向かう。アリスもまた自分用に用意されたベッドへと向かう。


「お休み、アリス」

「お休みなさい、博士」


 今日は昨日に明日は今日に。

 目を覚ましたら昨日と同じようで、だけどどこか違う今日が訪れることだろう。


 今夜は夢を見れるだろうか。

 そんなことを考えながら、アリスは眠りにつくのだった。

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