第7話 思い出話
「上がってるわよ、アキヒコ」
帰宅した博士に客人、レヴィは気安い言葉を投げかけた。
「連絡をくれれば良かったのに」
「連絡してたら都合の悪いもの隠そうとするでしょ」
「いやいや、子供じゃないんだから……」
呆れた様子で答える博士に、アリスは珈琲を運ぶ。
「どうぞ」
「うん、ありがとう」
熱い珈琲に息を吹きかけ、博士はゆっくりとマグカップを傾ける。
「それで、今日は何の用かな?」
「ま、引き継いだ身としては一応報告しとこうと思ってね。昨日、マザーのフォーマットを行ったわ」
「そうか」
答えた博士は、何処か寂しそうだった。
「君には貧乏くじを引かせてしまったね、レヴィ」
「私が選んだことよ。それに、今更あの場所に居たところで、アンタに出来ることは何もなかったでしょ」
「ああ、そうだね。君の言葉はいつだって正しい」
そこで、会話が途切れた。
レヴィは無言でクッキーを口に運び、博士は所在なさげに珈琲をスプーンでかき混ぜる。
「マザー、というのは?」
アリスは尋ねた。
マザーという単語が、母親を意味していることは知っていたが、この場で使われた言葉にはまた違う意味があると思った。
「以前話した、自立思考型人工知能。その最後の一体だよ」
「最後の一体……」
「『三賢者の結論』をもって、自立型人工知能は開発禁止となった。そしてデータが流出することを恐れた者たちは、三賢者の廃棄を決定した」
廃棄。役に立たなくなったものを捨てる。
三賢者とまで呼ばれる人工知能達は、人間の役には立てなかったということなのだろう。
自分もいずれはそうなるのだろうかと考えて、しかしアリスはその思考を放棄した。
それは自らに備わった安全装置が作用した結果だろうか。
―――安全装置。何のための、誰のために用意された、安全装置?
「マザーは、こいつが学生の頃から作ってた人工知能の名前よ。つまりこいつは、マザーの生みの親ってわけ。セフィロトの提唱者にして、アンドロイドの父」
「初耳です」
どうやらアリスが思っていたよりも、博士は偉大な人物であったらしい。
そこまで考えて、彼女は自分が博士のことを何も知らないことに気付いた。
「誰しもに惜しまれて第一研を去ったアキヒコ博士が、まさかこんなところで自分の嫁を作ってるとは思わなかったわ」
「嫁……」
意味がよく分からず、アリスは自らの理解を阻害している原因となっている単語を口にした。
「いや、待って欲しいレヴィ、それは誤解だ。別に僕は嫁を作っているわけじゃない」
「そう? アリス。貴方アキヒコを起こしたり、家事をしたりしているでしょう」
「その通りです」
「アリスっ!」
「ほら見なさい」
「いや違うんだよ。それは別に嫁じゃなく、家政婦でも同じことが出来る。あぁっ、イヤでも別に家政婦としてアリスを作ったわけでもないし……」
困っている様子の博士を、アリスは黙って眺めている。
博士の言葉には、アリスにとっても意味のある言葉が含まれてるように感じた。
意味がある。つまりは気になる。興味がある。
「男性型のアンドロイドにしなかったのはどうして?」
「男か女かで言えば、やっぱり女の子だと思ったからだ」
「この外見は?」
「僕の趣味だ」
「声は」
「ボイスロイドの中で一番僕好みのものを使った」
「やっぱりただの嫁じゃないの」
「うぅぅ……」
反論できず、博士は項垂れてしまった。
「……どうせ作るなら可愛い子の方が良いじゃないか」
「遂に本音が出たわね」
やれやれと溜息を吐いて、レヴィは冷めた珈琲を口にした。
それから博士とレヴィは思い出話に花を咲かせた。
同僚が結婚したとか、研究室のメンバーがどこかに異動になったとか。
そうして話をする博士はアリスがこれまで見たことのない表情をしていた。
アリスはそんな博士を黙って眺めていた。
「ま、元気そうで安心したわ。山を越えて私も暇が出来たし、また遊びに来るから」
「次に来るときはきちんと連絡をくれよ、今日みたいに留守にしていても困るだろ」
「その時はアリスに相手をして貰うわよ」
「お相手します」
ニヤッと笑ってレヴィが視線を向けてきたので、アリスは言葉を返した。
「もしかして、アリスのことを気に入ってくれたの?」
「癪だけど、今まで見てきたアンドロイドの中では一番良い出来だと思うわ。多少趣味に走ってるとは思うけど」
「それはもう勘弁してくれよ……」
「でもま、楽しそうで良かったわ。珈琲、ご馳走様」
空になったカップを置いて、レヴィは立ち上がった。
それを見てアリスは一礼する。
「お粗末様でした」
そんなアリスの様子にレヴィは驚いた表情を浮かべる。
「ほんっと、趣味に走ってるわね。メイド服とか似合うんじゃない?」
「メイド服?」
「メイド服……」
「真剣に悩むなっての……」
何やら考え込んでいる博士に、レヴィは呆れた声を上げる。
そうして、アリスの知らなかった様々な情報をもたらして、初めてのお客様は帰っていったのだった。




