表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
博士とアリスの日常  作者: 佐乃上ヒュウガ
5/8

第5話 アンドロイドは夢を見るのか

果たしてそれは夢と呼べるものなのでしょうか?

 夢とは、睡眠中に、現実にない事象を感じる現象である。

 睡眠を必要としないアンドロイドは、夢を見ることもない。


 少なくとも、アリスはそう考えていた。

 ならば今のこの現象は何なのだろうと、アリスは思う。

 ソコには大小様々な、データの塊があった。


 博士に起こされてから、経験した内容。学習した内容。

 起動する前に博士によって教えられた知識。

 そして、見覚えのない光景。


 それらが膨らんで、縮んで、場所を移して、一部は消える。

 シャボン玉のようだとアリスは思った。

 何故そう思ったのかは、良く分からなかった。


 ――ウェイト状態からスタンバイ状態に移行。

 ステータスチェックを実施。各種機能に問題なし。


「おはよう、アリス」


 聞き覚えのある声が響く。

 昨日目覚めたのと同じベッドから、アリスは身体を起こす。


 少しだけ考えて、ここで眠るようにと博士に指示をされて、ウェイト状態になったことを思い出す。

 ――思い出すとは、一体なんだ?


「おはようございます、博士」


 違和感を感じながらも、アリスは挨拶を返した。

 現在時間は午前7時ジャスト。この時間にスタンバイ状態となるよう、タイマーが掛けられていたのだろうか。


「……博士。過去のデータへのアクセスがスムーズに行われていません。何があったのでしょうか」

「インデックスの再作成に時間がかかっているんだろうね。暫くすれば良くなる筈だよ」

「インデックス……」

「君は他のアンドロイドに比べて、データの記憶量が桁違いだからね。内部に持っている記憶領域だけでは、すぐに容量が一杯になってしまうんだよ」


 言葉の意味が理解できずに、アリスは暫く考えた。

 それに気付いた博士が、言葉を重ねる。


「君にはいわゆる五感に相当するセンサーが存在するけど、そこから取得した内容を全て記憶するようにしているんだ。通常のアンドロイドは、不要なデータは捨てるようになっているんだけど」

「ログの残し方に違いがある、ということでしょうか」

「まぁ、そうなるね。データはこのマンションのサーバーに保管させているのだけど、何しろデータ量が膨大だからね。圧縮して最適化させないと、そこも一杯になってしまう」


 予想はしていたけどここまでのデータ量だったか……などと言って、博士は少し困ったように笑った。


「何故、そのような苦労をしてまで私のデータを残そうとするのですか」

「それはね、アリス。僕は君に記録ではなく、記憶を与えたかったからだよ」

「……記録ではなく、記憶」

「昨日君は、珈琲の淹れ方を学習した。珈琲を淹れる、という目的を果たすために必要なのは、学習結果だけだ。だけど僕は、その過程も覚えていて欲しいと思った」

「過程、とは」

「どういった理由で珈琲を淹れようとしたのか。どのようにして珈琲の淹れ方を学んだのか。どうして豆から珈琲を淹れようとしたのか」


 結論に辿り着くまでの過程。

 試行錯誤の残骸を、しかしそれこそが大切なものなのだと、博士は言った。


「だけどやっぱり、あらゆるデータをそのまま保存しておくのは無理があるな……。そのうちアクセス速度にも問題が出てくるだろうし……。抽象化が必要かなぁ」

「抽象化、とはなんでしょうか」

「忘れる、ということだよ」

「忘れる……削除、デリートということでしょうか」

「いいや。1000のデータを100に、10に集約するということだよ。大切なものだけを残すんだ」

「判断の仕方が良く分かりません」

「その辺りのロジックは、こっちでも考えてみるよ」


 そう言って博士は机に向かう。

 邪魔をしては悪いかと思い少しだけ悩んだ後、アリスは言った。


「……夢のようなものを見ました、博士」

「夢?」


 振り返った博士は、ひどく驚いた表情をしていた。


「ウェイト状態で居る間に、様々なデータを見ました。

 学習したデータや昨日の記録だけでなく、入力されていない情報も中には含まれていたように思いました。

 ……アンドロイドも夢を見るのでしょうか、博士」

「少なくともそれは、意図した機能ではない。だから推測することしかできないのだけれど」


 真剣な表情で、博士は言う。


「夢を見ることの目的には、記憶の整理というものも含まれる。ウェイト中のデータの最適化は、正しく記憶の整理に相当すると言える。君が最適化の様子を観測できるなら、確かにそれは夢のようなものかもしれない」

「……不明瞭なことがあります、博士。前者の二つについてはそれで説明が付きますが、入力されていない情報も含まれていました。それは一体、何処から生じたものなのでしょうか」

「入力された情報でないのなら、答えは一つしかないだろう」


 簡単なことだと、博士は笑った。


「君が生み出したんだ、アリス。データとして残るのは、知識と過去のデータだけじゃない。君の考えや、思考の過程もデータとして残っている」


 だから君が見たのはその断片なのだろうと、そう言った。


「ところでアリス、入力されていない情報というのは、どんなものだったんだい?」

「……良く、覚えていません」


 それは事実だった。全てのデータの詳細を認識する時間はなかったし、圧縮後の為か認識できなかったデータもあった。

 だけど、一つだけ覚えていることがあった。

 博士と向かい合って、笑っているアリスが居た。


 そのようなデータが何故生み出されたのか。

 なぜそのことを博士に黙っていようと考えたのか。

 やはりアリスには、良く分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ