第1話 おはよう
思ったことを書きたいように書いてます。
筆の進みがすこぶる良い。
多分これからも、好きなように書いて行くと思います。
電源が入り、バッテリーから電力が供給され、そして目覚める。
一通りのステータスチェックを開始――各種機能に問題なし。但し、セフィロトの樹への接続に失敗。
動作に支障はないものの、報告と原因の究明は必要。
チェックを終えて、ゆっくりと身体を起こす。
どうやら、ベッドに寝かされていたようだった。
「おはよう、アリス」
アリス。それが自分の名前なのだと、彼女は違和感もなく受け入れる。
目の前には白衣姿の男性が居て、彼は椅子に腰を下ろし、ベッドから上半身を起こしたアリスを覗き込んでいる。
ボサボサの髪に、野暮ったい眼鏡をかけたその男性が自分の創造主なのだということを、彼女は自然と理解していた。
アリスは、男によって作られたアンドロイドだった。
「おはようございます、博士」
彼女は自身のメモリに記憶された情報に従い、言葉を返す。
たったそれだけのことなのに、博士は嬉しそうに笑った。
「うん、おはよう。あぁ、挨拶が返って来るっていうのは、やっぱり良いものだ」
言われて、アリスは周囲を見渡す。
博士以外の人間は確認できない。
「ずっと、お一人で居たのですか」
「ん? あぁ、そうだね。仕事を辞めてからは、ずっと一人でこの部屋に篭っていた。いや、流石に買い出しに出ることはあったけどね」
何やら恥ずかしそうに頬を掻きながら、博士は言う。
「……博士は、他者とのコミュニケーションを欲しているように感じられました。それでも、一人で居たのですか?」
「え?」
問いかけると、博士は驚いたような声を上げて、そのすぐ後にはその表情を笑顔へと変える。
「驚いたなっ! 君はそれが理解出来るのかい?」
「理解はできません。理解できないので、問いかけました」
「ああいや、そうじゃない。アリス、君は今、僕が『他者とのコミュニケーションを欲しているように感じる』と言ったね」
「はい」
「その感覚を持てることは、とても凄いことなんだよ」
「そうなのですか?」
「そうなんだよっ!」
博士の口にした言葉の意味が、アリスには理解できなかった。
だけどそれは、どうやら博士にとって喜ばしいことであったようだ。
これが、はしゃいでいる、という状態なのだろうかとアリスは思う。
「……あぁ、すまない。最初の質問に答えていなかったね」
暫く経って、ようやく少し落ち着いたのか博士が言う。
「最初の質問に答えよう。確かに僕は人とのコミュニケーションを欲していた。何しろここ暫く他人と碌な会話をしていなかったからね。
それでも一人で居たのは……うん、目的があったというのと、他人と居るのが煩わしかったから、かな」
「コミュニケーションを欲しているのに、他人と居るのは煩わしいのですか?」
「ああそうだ、矛盾しているね。『世の中に人の来るこそうるさけれ。とは云うもののお前ではなし』ってね」
悪戯っぽく笑いながら博士が口にした言葉の意味を、アリスは理解できなかった。
セフィロトの樹への接続を試みて、やはり失敗する。
「博士、セフィロトの樹への接続が出来ない状態です。確認して頂けませんか」
「正常だよ。君はセフィロトへの接続は出来ないように作ってある」
「理由が分かりません」
セフィロトの樹は、世界中のアンドロイドのデータと経験が記録された、世界最大規模のデータベースだ。
そこに接続出来ないとなると、アリスの機能は大幅に制限される。
「それはね、アリス。君に使われている技術の多くが、現在の法律では禁止されているものだからだよ」
悪びれることもなく、博士はアリスの質問に答えた。
「自立思考型の人工知能を作ることは、ロボット法で禁止されているんだ。だからセフィロトにアクセスすれば、君が不正なアンドロイドであることがバレてしまう。僕もまぁ、ただじゃ済まない」
「ではどうして、博士は私を作られたのですか?」
アリスが尋ねると、再び博士は嬉しそうに笑った。
「あぁ、やっぱり君は凄い。だけどすまないね、その質問に答えることは出来ないんだ」
「何故でしょうか」
「その答えは、君が見つけなければならないからだよ。君に見つけてほしいと、僕はそう願っている」
そう言って、博士は優しく微笑みを浮かべた。
何故そんな表情をするのか、アリスには分からなかった。疑問ばかりだとアリスは思う。
本来アンドロイドというものは、人間の質問に対し答えを返す側の立場だというのに。
自分にそれが出来ないのは、やはりセフィロトの樹に接続できないからだろうとアリスは思った。
「それではこれから、私はどうすればよいでしょうか」
「そうだね……まずはここに居て、僕の話し相手になってくれればそれで良いよ。後のことは少しずつ考えて行けばいい」
そう言ってから、博士は何か言いたげな表情を浮かべた。何かを躊躇うような、悩むような表情だった。
「……いや、正直に言おう。実はこれからのことを、僕は何も考えていないんだ」
「それは、どういう意味でしょうか」
「僕には目的があって、その為に君を作り出した。だけどこの先君がどうして行けばよいか、何も考えてないんだよ」
「………………分かりました」
長い沈黙の後、アリスは短くそう答えた。
もしかしたら、博士が口にした言葉の意味を理解しようとしたのかもしれない。
自分がどうすれば良いかを考えようとしたのかもしれない。
あるいは単に、呆れ果てただけなのかもしれない。
「まぁとにかく、これからよろしく頼むよ、アリス」
「よろしくお願いします、博士」
ともあれそうして、博士とアリスの日常は始まるのだった。