『ただ殺戮の下に』
それが起こったのは実に唐突なことであった。
けたましく鳴り響く警報音。日頃建物そのものが死んでしまったかのように静まり返ったこの場所においては到底ありえないような騒々しさ。
「試験体E‐七、地下三階を突破」
「他の出来損ない共はどうしているんだ。このような非常事態のためだけに生かしているようなものだというのに……!」
そんな騒がしい中、たくさんのモニターを構える、部屋というよりは広間というほうが正しいくらいの広さの場所にその二人はいた。二人ともに白衣を纏った長身。周りであわただしくしている者たちに比べればいくらも冷静なものの、それでも彼らは焦っていた。
もしも地下を突破されたら?
もしも防護システムを物ともしなかったら?
もしもこの管制塔に辿りつかれたら?
そこにあるのは――死。
「それが……他試験体、AからCのクラスの十二体が一斉にE‐七に攻撃を仕掛けたものの、返り討ちにあった模様です」
「そんな馬鹿なことがあるか……! 失敗作とはいえ最高位クラスの兵器相手に、最低クラスのEの兵器など話にもならんはずだぞ……!」
兵器――この建物が作り出しているのはそういったものだ。
人間を素体にした兵器。例えば金剛石をも握りつぶすモノ。例えば対戦車砲をものともしないモノ。例えば視認すらさせないほどの速度で動くモノ。もしも完全な形でそれら規格外なものを作ることができたなら? それも大量に。それは世界をも掌握できるほどの戦力となるだろう。
しかしながらその目論見も今ここに潰えようとしている。それも失敗作によって――いや、これほどの殺戮劇を演じる兵器と化した今、それは成功作と呼ぶほうがふさわしいのかもしれないが。
と、モニターに件の兵器が映る。対するは確か、俗に言うパイロキネシス、炎を自在に操る能力を持ったモノだったか。
しかし兵器のほうは自分に降りかかる龍のような炎柱などないかのように相手へと飛び掛りそして、相手の頭めがけてその腕を振り下ろす。振り下ろした腕はそれこそ豆腐でも潰すかのように相手の頭蓋を砕く。砕かれた頭部からは鮮血のみならず、人としてもっと大事な部位もが弾け散り飛んだ。そして蓋のなくなった首からは足掻くように続いている胸の鼓動に合わせて動脈血が噴き出すが、やがてそれも迫り来る死に従い勢いをなくし、人であり兵器だったモノはその場に崩れ落ちた。
「信じられん……。やむなく出した最高位の兵器がいとも簡単に殺られた……」
「試験体、地下二階へ到達。どうしますか?」
「全部だ! 全試験体を奴にぶつけろ! 失敗作も成功作も全てだ!」
もはや自暴自棄ともいえる選択であった。仮にそれでこの事態を収拾したにせよ、大量の兵器を同時に開放すれば、それが次なる災害となるのだから。
ただそれもあくまで、仮に、の話である。
もうこの場にいる誰もが悟っていた。――アレは止まらない。止まるのはきっと世界が止まるときだけだ。
だから――向かっていった他の試験体が瞬時に全て歪な肉塊と化し、その中身をばら撒くことになったとしても、それはただの予定調和でしかない。
「試験体、地下一階へ。……緊急プログラム最終項目、実行します」
と、男があるひとつのボタンを押した。
モニターに映るのは、地下の廊下に次々と防護壁が下ろされていく様子。地上部分、地下への入り口に設置されたカメラには、厚い扉が閉じ、地上と地下が完全に遮断される様が。
この実験施設地下はシェルター並みの強度を誇っている。それは兵器たちに容易に破壊されないようにという意味も含まれているがもうひとつ、重要な目的がある。
緊急プログラム最終項目。
それは文字通り最終。地下の爆破である。
緊急時、事態の収拾、ならびに証拠を隠滅するために全てを焼き払ってしまおうというものである。
と、大きな振動とともに、多くのモニターが砂嵐を映すようになった。爆破が実行されたのである。
沈黙。
しかし――誰もが予想はしていた。
静寂の中、唯一無事なモニター、地下入り口の映像に変化が起こる。
地上と地下をつなぐ扉が、地上のほうへと向かい倒れる。爆破自体が成功した証拠として、扉が倒れるのと同時に中からは黒煙が立ち込める。見れば鉄の扉も内側は黒く変色している。
そして。
予想を裏切らず、中から、試験体E‐七は、それまでモニターに映っていたのとまったく同じ様子、何事もなかったかのように――事実彼女からすれば何もなかったに等しいのだろうが――足取り軽く地上へと躍り出てきた。
「試験体……無傷です……。もうじき、この管制塔に到着するものと思われます」
ついにきた。終わりが。
誰もが諦め、絶望し、発狂した。呆然として動かないものもいれば、自ら命を立つものまで現れた。混沌とする場。しかしながらそれも先からモニターに映っている惨劇を目の当たりにしているとなればしかたのないことではあった。だが中には、
「にげ、逃げろおおぉぉぉ」
発狂こそせよ、この状況下にあって未だ自分の生を諦めていないものもいた。
おかしな動き、急いでいるのだろうがその実足がもつれ、今にも転びそうな動きで部屋の出口へと向かう男。自動ドアが開く。
と。
それと同時に、男の上半身が宙に舞った。
鈍い音が二つ。下半身が崩れる音と、宙の上半身が床に落ちる音。そしてそれを成したモノは、男の上半身からはみ出た中身を踏みつけ、蹴散らし部屋の中へと進む。
蹴散らされた、ピクピクと動く桃色の肉塊が別の男の眼前へと着地した。ひっ、と悲鳴のような声を上げた瞬間、その男は縦に裁断され、自身が嫌悪したものと同じものを、自身の中から曝すこととなった。
それを見て、さすがに誰もが諦め、動きを止めた。
その後のことで特筆すべきことはない。ただ、今までと同じことが起きただけ。ただただ殺戮が繰り返されただけ。ただただ醜い肉塊が増えただけ。ただただ、部屋が紅く染まっただけ――。
三城幽都は名前こそ変わっているがごく普通の少年である。異世界の化物と渡り合うような力があるわけでもないし、そういった化物系事件の被害者だったりもしない。有体に言えば、どこにでもいる少年という奴である。
夜に何気なくコンビニに行くこともある。
いたって普通だ。
その帰り、近道をしようとすることもある。
いたって普通だ。
近道である路地裏で、血まみれの少女に会ったりもする。
いたって――。
「――――」
三城幽都は思わず立ち尽くした。
路地裏は、まるでその一画のみ異世界とリンクしてしまったのではないかと思ってしまうくらい不自然に黒い。否、月明かりを頼りに見ればそれは紅。この一画にだけ紅い雨でも降ったのだろうかと――平凡すぎる彼にはその程度の現実逃避しかできない。
だがそれも無駄なこと。目の前にはれっきとした紅の根源がある。
数体の死体。
それはバラバラになって散乱してしまっていたり、ぶちまけられた中身が絡まりあっていたりするため正確には何体の死体なのかはわからない。それはまるで死体同士が溶け合っているかのよう。
そんな地獄絵図の中心に、酸化して黒く変色し始めた紅に染まった少女が座り込んでいた。
黒い長髪。身にまとうのは飾り気のない服。飾り気はないが――今ではすっかり紅黒い花に彩られ、どんな飾りにも負けないほどの異彩さを放っている。そしてその腕は他の部位に比べ、特に染まり方が激しい。
どう考えても加害者にしか見えない少女。――だが待て、冷静に考えてば彼女だって被害者という線もある。そうだ、偏見での決め付けはよくないよな、うん。
そんな少女は。
――ううわ。
今まで耐えてきただけ彼は努力したといえるだろう。だが今現在の光景にはさすがに吐き気をも擁さざるを得ない。そして同時に彼女が被害者であるかもしれないという淡い希望は脆くも砕け散った。
少女は一番近くの死体上半身の切断面に腕を突っ込んだかと思うと、その中身のひとつを強引に引きちぎって外に引きずり出した。そしてそれを自分の頭上に掲げたかと思うと――ためらうことなく握りつぶし始める。ただしゆっくりと。血が徐々に滴る程度の力で。そして滴る血を、口を大きく開き口内に収めていく。
飲もうとしたのだろうがしかし、血というのは粘性の強い液体である。当然少女はうまく飲み込めず、それを盛大に吐き出した。そんな光景を見て、三城幽都もついに胃の中身を吐き出した。
と、その嘔吐で少女は少年の存在に気がついた。
手に持っていた残骸を投げ捨てる。べちゃ、という嫌な音とともにそれは路地裏の壁に張り付く。張り付き、徐々にずり落ちていく。
そして、三城幽都と少女は相対した。
「……。あー、うん」
三城幽都は今ここで人生初めて、これどう考えても死ぬんじゃね? という境遇にいたった。
はしった。
くらいところについた。ちょっときゅうけい。
なんにんかが、はなしかけてくる。
よくわからなかったのでむしした。
むししたら、おしたおされた。
とりあえずころした。
のどがかわいたのでちをのむ。まずい。はきだす。
めのまえにまた、ひとがいた。
どうすればいいかわからないし、とりあえず――。
三城幽都は名前こそ変わっているがごく普通の少年である。旅をしているわけでもないし、幽霊とかが見えてしまったりすることもない。有体に言えば、どこにでもいる少年という奴である。
一人暮らしをしていたりする。
いたって普通だ。
女の子が家に来ることもある。
いたって普通だ。
その女の子が血まみれで殺人の容疑者だったりもする。
いたって――。
「なんだってこんなことに……」
三城幽都は頭を抱えていた。殺されてしまっていればそれすらできなかったと考えればまだ幾分も良い状況ではあるのだが、修羅場であることに変わりはない。
「のど、渇いてるのか?」
本人も信じられないことだが、死に直面して出た言葉がこれだった。少女が血を飲む姿から連想されたのだろう。しかし当然ながらこの質問は親切心からではなく、とりあえず少しでも時間を稼ごうという浅はかさ丸出しなものであって、そもそも答えを期待してなぞいなかったのだが。
少女はある意味期待を裏切り、その質問に対し頷いた。
ならお茶でも。あ、でもその格好じゃ。風呂、入る? といった流れ。少女がこれ全てに頷いたが故の今の状況である。
現在、少女は入浴中である。家についてすぐ、彼女は三城幽都の差し出した麦茶を即飲み終えるなり、声をかける間もなくふらふらと浴室へと向かっていった。そんなわけでフリーになった三城幽都は次なる策を講じているわけである――というよりは、いかにして自身の安全を確保しつつ少女を警察に引き取ってもらうか、という一点にのみ考えは集約されるわけだが。
しかし安全を確保しつつ、というのはかなり無理がある。何せ少女は路地裏であれほどの行為に及んでいるのだ。一歩間違えば自分とてこの場であの路地裏の被害者同様の末路をたどることになる。間違っても下手な行動には出られない。
と。浴室のほうから物音が。どうやら少女が風呂を済ませたようである。――どうしたものか、まだ何も思いついていないのだが。
浴室から出てきた少女はぶかぶかのパーカーを纏っている。無論三城幽都のものである。さすがに血にまみれた服を着なおせるわけにはいかないし、かといって素っ裸で放置するわけにもいかない。というわけで貸し出しが行われたわけである。
「…………」
少女は何も言わない。ただただ三城幽都を見つめている。
――参ったなぁ。
三城幽都としても少女を見つめ返すくらいしかやることはない。にこりと微笑んでみるが少女は無反応。詰みだ。完全に行き詰まった。
と。
唐突に少女が三城幽都に向かって歩き出した。
万事休す、とはまさにこのことであろう。三城幽都、人生二度目、死の覚悟をした。
しかし。
「――――」
またしても少女は良い意味で予想を裏切った。三城幽都の横をすれ違い通り過ぎると、彼の背後にあったソファに横たわった。
そしてすぐ、寝息が聞こえてきた。
みずももらえた。
ちもおちた。
ただ、ねむい。
ねむいから、ねる。
三城幽都は名前こそ変わっているがごく普通の少年である。天使に知り合いがいるわけでもないし、変な憑き物に悩まされているわけでもない。有体に言えばどこにでもいる少年という奴である。
人の家に泊まりに行くこともある。
いたって普通だ。
人が泊まりにきたりもする。
いたって普通だ。
殺戮の容疑者と一晩を共にすることもある。
いたって――。
「……さて、本当にどうしたものかなあ」
三城幽都はまたしても頭を抱える羽目になっていた。今現在、既に日が高く昇る時刻になっている。これは彼の自堕落な生活習慣がこんな緊急時にまで発揮されたということではない。彼自身はいつも通りの時間に起きていたのだが、いかんせん例の少女のほうが全力で寝たままであり、また彼にできることなぞ何もなかったために、こうして今に至るわけである。その間、何もやることがなかったので、先日同様考えをめぐらせていた。
めぐらせた。
めぐらせたが。
……。
――無理。
出た結論はそんなものだった。もとより素手であれだけのことをする人間――人間かどうかも怪しいくらいだが――をどうにかしようなどどだい無理な話である。
というわけで。
三城幽都は逃げることにした。
自身の家を捨て逃げるというのはいかがなものかとは思うが、いかんせんあの状況では他に選択肢はあるまい。……家に帰ってまだなお彼女が居座っていればそのときはさすがに終わりだが、しばらく家を空ければそのうち出て行くだろう。いささか希望的観測である感は否めないが。
というわけで郊外。
都心部と離れていることもあって、人影は少ない。三城幽都の視界に関してのみ言えば、もはやないと言い切れるくらいである。
世辞にも問題解決したとはいえない状況、三城幽都はお気楽な方だが、それにしてもさすがに足取りは重い。何も知らぬ第三者から見れば、今の彼は自殺志願者のごとく沈んでいるように見えるだろう。実際そのように見える程度には沈んでいるわけだが。
と、そんな彼の前で。
猫が死んでいた。
否、厳密に言えば死んではいない。ただ、そのまま放置すればいくらもしないうちに死ぬであろうという様態である。いわゆる瀕死状態。
車にでも轢かれたのだろう、道路には多少の血の跡がある。――しかし轢いた奴は猫をそのまま放置していったんだろうか。いくらなんでも気づかなかったということはないだろうし。なんと冷徹な奴だ。……問題放置という意味ではこっちも大きなことを言えたものではないが。
さて、どうしたものか。動物病院? しかしもう手遅れっぽいしなぁ。などと彼が考えていると。
例の少女が彼の横を通り過ぎ猫へと向かい、その猫の頭を踏み潰した。
ぐしゃ、という、砕け、弾けるような音。
瀕死状態だった猫は、問答無用その場で即絶命した。
――。
三城幽都はその場で放心せざるを得なかった。何故この場に少女がいるのか。というより、少女はいつからの自分の後ろについていたのだろうか。途中から? ありえない。彼は家からここに至るまで、それなりに道を曲がったりしてきている。途中から、彼のたどった道を推測し追いかけてくるなどできない芸当だ。
ならば当然、家を出た段階で少女は彼の後ろについていたということになる。ただただ、沈んだ男の後ろを、何をするでもなく、ついていっただけ。それはなんのために? そして、何故猫を殺したのか。何かの見せしめ?
それら全ての疑問を総合したとき、彼の中で最悪の結論が導き出された。
それは、死。
殺すためについてきて、殺す前段階としての見せしめ。そんな最悪のパターンの夢想。
「どうして」
そして三城幽都は一番最初、少女と出会ったときと同じ行動をとっていた。
「どうして、殺したの?」
それは、時間稼ぎであり。
それは、純粋な疑問でもある。
それは、浅はかでありつつも純粋な行動。
その複雑な彼の気持ちが伝わったからなのか否か――それは判然としないところではあるが、今まで一言も口を開かなかった少女は初めて、
「わたし、は」
口を開いた。
「それしか、しらないから」
それだけいって、彼女は再び口を閉ざした。
三度、自身の死の境地に至って、三度とも、自身以外のことを想うような、ずれた彼だからこそ。そんなことを平然と言う少女に対して、
恐怖ではなく、寂しさを感じた。
殺すことしか知らないといった少女。それは、とても恐ろしいことである。ただ、同時に、それは脅威的である以上に、寂寥感を感じさせる。三城幽都は、その寂しさを、無視することができなかった。
こんな、楽しいこと悲しいこと、嬉しいこと嫌なこと、多種多様なものにあふれる世の中にあって、その何をも知らないだなんて。
そんなこと、いってほしくない。などと思ってしまった。
だから。
「そんなこと……言っちゃいけない」
彼はさらにずれた行動を繰り返す。
だれかのでていくけはいがした。
それでめをさます。
どうしていいかわからなかったのでけはいをおった。
きのうのあのひとを、みつけた。
あとをおってみる。
と、ねこがしんでいた。
あのひとは、なにもしない。
どうすればいいかわからなかったから、とりあえずころした。
あのひとは、どうして? なんてきく。
どうしてって、どうして?
わたしはそれしかしらないもの。
ほかに、どうしようもないもの。
そんなわたしをみて、あのひとはすごくつらそうにした。
わからない。
わからないからとりあえず――。
と。
あのひとは、わたしをひっぱってどこかへつれていく。
わからないけど、とりあえず――。
三城幽都は名前こそ変わっているがごく普通の少年である。妹に殺されかけた経験があるわけでもないし、誘拐の被害者だったりするわけでもない。有体に言えばどこにでもいる少年という奴である。
街に遊びに出ることもある。
いたって普通だ。
遊びに女の子を伴うこともある。
いたって普通だ。
その女の子は自分をいつ殺してもおかしくなかったりもする。
いたって――。
「――――」
少女は抵抗しなかった。だから彼は、いろいろなことを知ってもらおうと、いろいろなところへ彼女を連れて行った。
とりあえず、街に出た。
映画へ。
買い物へ。
食事へ。
とにかくがむしゃらに、目に入るもの全てを試さんとする勢いで、連れまわした。
ただただ、彼女に、もっとたくさんのことを知ってほしかったから。
何故、こんなことをしているのか。それも、幾度となく自分に死を予感させてきた相手に。そう、考えるまでもなくそれはおかしなことである。
それでも。
彼女に、もうあんなことはいってほしくなかった。
殺すことしか知らないなんて、もう。
そもそもそんなことを思う時点でおかしいのだろうがそれでも、である。
さて、当の彼女であるが、三城幽都の熱い想いとは裏腹に実に単調。彼のいうこと、やることを真似、行動しこそすれども、終始無表情。それでも。
少女は、どことなく楽しそうに見えた。
日も暮れ、三城幽都と少女は郊外へと戻ってきていた。
冷静になった彼は自身の行動を酷く後悔したが――実際問題確定的に殺人犯な子と遊びに出るなど正気の沙汰ではない――それでも、ひとつ。なんとなく、楽しそうだった彼女のことを思うと、それでもまあよかったのかな、と思ったりするのであった。
「今日、どうだったかな?」
彼は聞いてみた。無論答えなど期待していない。一朝一夕での理解を求めるほど、彼も酷ではないのである。
と。
少女は何もいわず、彼に抱きついた。
「――――」
「……え、と」
彼も突然のことに困惑した。ただ。
これが彼女なりの感謝の表現なのかな、と納得しておくことにした。
だから。
自分の腹に鈍痛を感じたときは、さらに困惑した。
瞬時には理解できなかった。そして、理解したときには遅かった。
倒れていく自分。かすんでいく視界の中に、最初にあったとき同様、腕を中心として血に染まった少女が映る。
ただなんとなく。
少女は、悲しげに見えた。
そして、そんなことを思いながら、三城幽都の意識は堕ちていった。
いろいろなところにいった。
よくわからないけど、いやじゃなかった。
これが、たのしいということ?
よくわからない。
とにかく、おれいがしたかった。
ただ、どうしていいかわからない。
だからとりあえず――。
……。
たおれたあのひとをみて、とてもいやなきもちになった。
よくわからない。
これが、かなしいということ?
わからない。
わからないけど――。
郊外。
そこには少年の姿も少女の姿もなかった。ただ、かすかに血痕が残るだけ――。