勇者は告白した
視点:勇者
自分が持つ白い髪を何度も嫌った。両親が僕の白い髪に不快そうな顔を見せた時、何で産んだのか聞きたくなった。
白い髪は勿論学校でイジメを受ける。子供のくせにえげつない方法で自分を傷付けていく様は世の中の醜さをよく理解させてくれた。
あぁこうやって弱い者は淘汰されるんだ、そう思った。そういう風に緩やかに絶望していった時だったんだ。
何時ものように元気よく無邪気に傷付けていく奴らのリーダー格の髪が途端に白くなった。目を丸くした自分を見て其奴らは何だよ、と言ってからリーダーの髪色が変化した事に気付いた。
其奴らの後ろでつまらなそうに見ている少女がいた。何となく風の噂で聞いた事のあった。孤児だが有能で魔法が使えると。
その少女の存在は、他とは異質だった。
子供なのに暗く冷めた瞳。薄幸そうな表情。全てを知ってしまったような、そんな憂鬱げに揺れる睫毛。小さな体には合わない大きな本。
何もかも、違う。そう理解させられた。
「うわああぁぁ」
リーダーの髪が変化して、それを分かった取り巻きは恐怖で逃げる。リーダーも遅れてお母さんー!と負け犬のように叫んで消えた。
呆気なく消えた奴らからもう一度少女に視線を移した。少女は彼らなんて居なかったかのように空を見て、それから歩いていく。
ぼう、と消えてしまいそうな程に儚く見えるその姿に、自分は、いや僕は感動した。
「あぁ…」
言葉に出来ないような喜びが体全身を走る。今まで生きてきた中で感じた事がない程の喜びだ。
だって、誰が予想出来ただろうか。あんなにあんなにも彼女は、弱い。
弱く儚く、誰よりも早くに自然の中では淘汰されてしまうような存在。なのに有能な才能で誰よりも強く生きている、と錯覚させている。
弱いのにアンバランスな力を持って。強い力を持つのに、彼女はあんなにも弱い。
弱い者でも強者をひれ伏させる事ができる事よりも、弱い彼女を皆強く高慢な存在だと思っている方がとても愉快だった。誰もその事実に気付いてない事が、彼女自身も恐らく自身が弱いと気付いていない事に、最高の感覚を与えてくれた。
何にも興味がないようにし、全てを拒む事で小さな世界を守る彼女。きっと頼られたり押し付けられても断れない、と無意識に気付いているからこそ周りを近付かせない。
頭が良いのに周りを誘導する事をしないのは人と関わる事が怖くて怖くて堪らないから。少しでも傷付かないよう縮こまって、そして目を閉じ耳を塞いでいる。
「あの子が、欲しい」
そう自然と言葉が出て、その言葉に笑った。そうだ、その為にやる事がある、と。
その後、あんなにも絶望していた毎日がキラキラと眩い世界に変化した。知識を全力で得て、元々魔力はあると気付いていたのでそれを強める日々。
他者に対する絶望で鍛えてなかっただけで、結構自分は強かったようだ。少し訓練するだけで面白い程漲る力に笑ったものだ。
でも、これだけでは手に入れられない。いや、出来るだろう。しかし力だけでは傷付けてしまう。
出来る限りは無傷で手に入れたいものだ。あの子を色んな鎖で、一切身動きが取れないように縛りあげて。少しでも逃げようとする意志を消して、例えどう思っていようとも自分の隣以外の場所に行けないように。それくらい、彼女を固めたいのだ。
だから、勇者になった。他者を助けよう、なんて少しも思った事はない。
しかし、そのお陰で地位と名声を得た。それは例え白い髪であろうと、昔あんなにも非難されたそれさえ今では王家に相応しいとさえ言われる世界を作る。
全てを得た。だから、後は簡単だった。
「良かった良かった、間に合った」
わざとらしくゆっくり言って。とん、と椅子に座らされば彼女は怯えを隠そうとしながら言葉を選ぶ。
強がって、それでも逃げようとする小さな彼女の首に短剣を添えれば頭の良い彼女は口を閉ざし、ただ自分の言葉を甘受する。震えたらいけない、と叱咤しつつも自身の世界を破壊しようとする存在の自分への恐怖を語る瞳は舐めてしまいたくなる程に美しい。
いやだ、やめて。そう言わんばかりに小さな唇は熟れているのに青ざめていて。きっとそれは噛み付けば甘いのだろう。
抵抗したいのに、抵抗出来ない。聞きたくないのに自分の言葉を聞く事しかできない。逃げたいのに、細い足には力が入らない。その感情と相反する現状に混乱しつつも受け取るしか出来ない彼女はお皿に乗ってしまったうさぎだ。
あぁなんて、なんて素晴らしいのだろう。喉がなりそうになるが、それを抑える。今でも十分美味しそうだが、まだまだ足りない。
本当は首から溢れる葡萄ジュースのように紅い雫も飲み干したい、そう思うけれど。まだまだ、彼女への鎖は足りない。
圧倒的な力で押さえ込んだ。次は心も縛り付けないと。どうしようかなぁ虐めたいけど、虐め過ぎると自殺しちゃうかもしれないからなぁ。
多くの人に虐められて俺に依存させるのも良い。でもこの怯えた姿がとても惹かれるから、適度に虐めないとかなぁ。
「大丈夫、基本自由にしていいから。今まで通り研究室に篭って好きにお勉強してていい。だけどね、」
言わないで。そう悲鳴をあげる瞳はお月様のようにまん丸で。渇いているのに、しかして泣きそうなその目にゾクゾクが止まらない。
聞きたくない。耳を塞ぎたいだろうけど、塞げない。耳って骨が無いって言うし、食べるとコリコリして美味しいのかなぁ。でも食べたら無くなっちゃうから、それはそれで勿体ないかなぁ。
「僕から離れたら殺す」
そう宣言してやればこれ以上青ざめないと思っていた顔は真っ白で、血の気が見られない。
絶望しきるとこんな顔をするんだ、想像以上に怯えて、でもそれを隠そうと必死なのだろう。唇に歯を立てて我慢しているけれど。それでも溢れる恐怖感は、自分の圧倒的優位性を象徴していて。
あぁこの胸に広がるのが、恋なのか。相手の一つ一つの動作で感じる幸福感。自分だけしか見て欲しくないと思う嫉妬。求めるのは自分だけが良いと思う独占欲。
恋なんて、親を見ていたらロクなものじゃないと思っていたし、相手にそこまで依存するのに吐き気すら感じていたけれど。いざ自分がしてみると、堪らないものだ。麻薬をやったような、異常なほどの興奮。これは依存せざるを得ないだろう。
あぁ君も早く僕の元に落ちてきて欲しいなぁ。絶望して絶望して絶望して。そのまま落ちて、その逃げられない程固められた鎖に恐怖して、そして縋るのがその状況に追い込んだ僕しか居ない。
「恋はすごいねぇ」
さぁ、落ちておいで。待ってるから。